13話 ダークエロフ
砲撃岩亀の死骸の処理を初めて既に一日。
この亀の巨体を解体するのは並みの作業ではない。
削いだ肉はイリスが《魔法袋》にしまっている。この膨大な肉量がどうやってと思うが、現実、イリスはその袋に何の躊躇いもなく肉を収納している。
魔道具の原理は分からないが、本当に便利なものだ。
それにこれだけ肉があれば、暫くレフィスの胃袋も癇癪を起こさずに済むだろう。
「グレイ、肉の削ぎ落としはこの辺りでいいか?」
「大丈夫そうだね。後はこっちで何とかするさ」
砲撃岩亀の皮やその筋肉は死した後でもその強度を落とさない。故に肉の大雑把な削ぎ落としは俺でないと不可能だった。勿論、肉の削ぎ落としだけならレフィスにも可能ではある。だが、彼女の場合、肉と共に骨にまでダメージを与えてしまう為に、解体という意味では不適だった。
レフィスは俺達が砲撃岩亀を解体している間、亀肉を食いまくっている。イリスはそんなレフィスの為に料理を作り、それを振る舞っていた。
硬い皮や筋肉を削ぎ落とされた砲撃岩亀を仕上げとばかりに血肉を綺麗に処分していくグレイの骸兵。
その数、百近く。これだけの数で作業するのだ、砲撃岩亀の白骨化もそろそろ終了だろう。
砲撃岩亀を白骨化せずにゾンビ化するという案もあるにはあった。グレイの【不死骸兵】ならスカル化だけでなくゾンビ化という選択もできたのだ。ゾンビ化ならばこんな面倒な作業はしなくても構わないし、砲撃岩亀の強靭な肉体まで手に入るのだから良いこと尽くしである。
だが、グレイはその選択をしなかった。それはゾンビでは【骨整形】の効果対象外だと言うのと、自身も骨身であるグレイとの親和性を考慮しての判断だ。
どうやら、グレイはこの砲撃岩亀をどうしても自分でカスタマイズしたいらしい。
砲撃岩亀の白骨化作業が終了したのは俺の肉削ぎの行程が終わって二時間ほどが経過した頃だった。
一番硬い皮や筋肉を削いだ後は動員数も増加したこともあって比較的すぐに作業は終わりを迎えた。
「さぁ、まずは軽くアンデッド化してしまおうかなァ」
そう言うとグレイは白骨と化した砲撃岩亀に手を当てると、大量の魔力を流し混んでいく。
アンデッド化する魔物の大きさが大きさだ。アンデッド化に必要な魔力も相当に必要だろう。だが、グレイは涼しい顔をしながらアンデッド化を完了させた。
ネクロマンサーへと進化したグレイの魔力は俺の想像を遥かに凌駕しているようだ。
壮絶な音を発しながら立ち上がる骨となった亀。
その大きさは《黒骨鎧鰐》の二倍はある。
砲撃岩亀は生前の覇気を宿したままにアンデッドとなって甦った。いや、アンデッドとなったことにより下手すると生前よりも強力だと言えるかもしれない。
更にこれからグレイの《骨整形》によって強化されることを考えるとその強さは正に未知数。
完成した暁には一度闘ってみたいものだ。
アンデッドとなれば例え斬ったとしても時間が経てば再生するのだし、是非とも生前よりも強化された砲撃岩亀と再戦したい。
「……ロスト、愉しそう」
食事を中断したレフィスが俺の隣にいた。
口の周りが血だらけだったので軽く拭ってやる。
「まぁな。こいつをどうやって斬ってやろうかと考えると、確かに愉しいな」
「そんな物騒な想像は止めて欲しいよ!?」
「なぁ、ちょっとだけ斬らせてはくれまいか?」
「絶対に駄目。そういうのは僕のカスタマイズが終わってからにして」
グレイは俺から一刻も早くスカル系アンデッドと化した砲撃岩亀を遠ざけようと、自身の影へとその巨体をしまいこんだ。
グレイの小さな影にこの巨大な体躯を誇る亀が沈みこんでいく姿は何だか現実離れした光景である。
「なんだか餓闘鬼になってからのロストは血生臭いね。いや、魔物としてはそれで正しいのかもしれないけど、ゾンビだった頃のロストの方がよっぽど紳士的だった気がするよ」
「……大丈夫。血生臭いロストも素敵だから」
「そんなに血生臭いかな?」
確かに、餓闘鬼となってからの俺は多少というか、かなりというか、過度に好戦的になった。
おそらく、今まで抑えてきた魔物としての本能が滲み出始めているのだろう。人間だっという過去はあれど、その事実も最近は風化の一途を辿っている。
まぁ、本気で本性剥き出しになると【驕傲の魔眼】が目を覚ますことになるわけだが。
どちらにしろ、俺の中の過去の記憶という自身を縛っている鎖が朽ち始めているのは確かだ。もし、それが本当に千切れればその時俺は真の意味で魔物となるのかもしれない。
――――
砲撃岩亀の処理が終わったので俺達は神殿を後にすることにした。
最初に来た時は清廉で厳かな場所だったこの大部屋も俺達が出る時にはあちこちに肉片が散らばり、床という床が赤く染まっているという何とも気分のいい場所となっていた。
亀のいた湖もすっかり紅に染まり、血の池のような様相と化している。まるで地獄だ。
地獄と化した部屋を抜け、《階層ボス》である砲撃岩亀を倒した際に現れた通路をひたすら歩いていく。
そして、その通路を抜けた先。俺達は第三階層へと辿り着いた。
第三階層もやはりというか構造は洞窟状の形をしていた。第一階層、第二階層と洞窟状の構造をしていたので、予想は付いていたが。
だが、第三階層は第一階層とも第二階層とも少しばかり違った構造をしているようだ。
目の前に広がる洞窟はとにかく広い。どれくらい広いのかと聞かれたら、砲撃岩亀が自由に活動できる程の広さと答えれば分かるだろうか。
俺達のような人間程度の大きさしかない者から見たら途方もない大きさに感じる。
第二階層のボス部屋も広かったことには広かったが、ここは閉鎖空間ではなく洞窟の通路だ。限りなく広がるようにも感じるその広大さに俺は圧倒されていた。
巨大洞窟の天井部分からは淡い銀の光が洞窟を照らしており、それがまたこの空間に幻想的な雰囲気をプラスしている。
「ここが、第三階層ですか。ここさえクリアできれば私の使命も半分は終わったも同じですね」
「気を緩めるなよ、失禁するぞ」
「しません!!」
「間違えた。『気を緩めるなよ、死ぬぞ』が正解だ」
「どんな間違えですか!! それに大丈夫ですよ、油断なんてしませんし、生き残る術はそれこそ大量にありますから」
そう言うとイリスは《魔法袋》を取り出して揺すって見せた。どうやらその袋に生き残る術とやらが入っているらしい。
「まぁ、なら良いけどな。ここからはおそらく敵もまた一段階強くなってくる。俺達の助けは期待するなよ」
「分かっています」
第二階層ですら戦力的には話にならないイリスの実力が第三階層で通用するはずもない。確かに隠れることだけは人並み以上にこなせるようだが、それもバレたら終わりだ。俺やグレイやレフィスは問題ないが、イリスはほんの少しの油断で死に至る。ここはそんなステージなのだ。
イリスに注意を促した後、俺達は第三階層へと足を踏み入れた。
――それから、巨大洞窟を歩くこと数分。
第二階層の蒼の洞窟であったならば既に大量の魔物に囲まれていてもおかしくは無いのだが、この巨大洞窟には魔物の影も形もなかった。
洞窟は不気味な程に静まりかえっている。
そんな静寂の中、静かにしかし確かに【直感】が迫り来る脅威を捉えた。
「皆、お楽しみの御時間だ」
そいつは別れ道の曲がり角から姿を現した。
現れた魔物は一言で言えばムカデだった。ただし、そのスケールはこの巨大洞窟に比例しているかのように巨大だ。
高さにして三メートル。長さに関しては百メートルクラスはあるだろうか。その巨体だけでも充分過ぎる程に脅威的だが、その身体は金属のような鉛色の光沢を放っており、その防御力の高さを嫌でも思い起こさせる。
「アハハ、これはなかなかに楽しめそうだね」
「……腕がなる」
「これは、斬りがいがあるな」
俺達は第三階層に入って早々にして俺達は砲撃岩亀級の魔物と出会ったのだった。
――――
ムカデの生命力は化け物染みている。アンデッドたる俺達の回復力、またブラック・アリゲイターやら砲撃岩亀なんかの耐久力とは違う単純な生命力に特化した魔物、それが今回のムカデ〝鋼殻百足〟だった。
というのもこのムカデ、胴体を半分に斬ってやったら、下半身と上半身で独立して動き始めたのだ。さすがに関節一つレベルにまで細切れにしてやれば動かなくなったが、逆に言うとそこまでしないと死なないのである。
しかも、その鋼の甲殻は俺の【呪詛鴉】の刃を容易く弾き、全くと言っていいほどに受け付けない。【最適化】を使用しても文字通り刃がたたなかった。
そこで《呪印【蝕】》を解禁しての闘いとなった訳だが、鋼殻百足の甲殻は呪詛の刃と化した【呪詛鴉】ですら弾いて見せた。
これには流石の俺も驚き、笑みを深くしたものだ。
どうやって斬ってやろうかと考えながら、試行錯誤を重ねる。その時の駆け引きが俺は愉しくて仕方がなかった。
そしてその駆け引きの 結果、関節部分ならば何とか《呪印【蝕】》を刻めることが判明。
それから《呪印【蝕】》を刻んでからの斬撃〝二重斬り〟でもって反撃を開始した。
レフィスはレフィスで【紅蛇螺】を巨大な紅のランスへと変化させて、【紅結晶の魔腕】によって紅腕と化した腕でそれを鋼殻百足に突き刺していた。
〝紅流星〟とでも言うべき紅の呀突。吸血鬼となったことで俺すらも越える肉体強度を得たレフィスはその有り余る力を愚直なまでの突きに込め、流星の如き破壊力を生み出している。
単純なる破壊でもってレフィスは着実に鋼殻百足の身体へとダメージを与えていた。
しかし、好調なレフィスとは一転してグレイは随分と苦戦しているようだった。グレイの配下には鋼殻百足にダメージを与えられるような骸兵は存在しない。例外はスカルアンデッドと化した砲撃岩亀だが、これはまだ完成段階に至っていない為にグレイは使うことを渋っている。
本当に窮地ならば迷わず使うのだろうが、鋼殻百足は俺とレフィスだけでも倒せそうだったのでグレイは結局、亀を使うことは無かった。
【巨人の右骨腕】と【巨人の左骨腕】だけを上手く使い、グレイは終始俺達のサポートにまわっていた。
鋼殻百足を倒すのに掛かった時間は結局、三時間にも及んだ。
進化した俺達が割りと本気で闘ったことを考えると三時間も粘った鋼殻百足の生命力はやはり相当なものだったと言える。
残念なことに今回の鋼殻百足はその生命力の高さ故、細切れにして殺したのでグレイの【不死骸兵】にすることはできない。ある程度死体の原型が保たれていないとアンデッド化はできないらしい。
鋼殻百足をアンデッドにして配下にできれば化なりの戦力アップを期待できたのだが、無理なら仕方がない。次はどうにか原型を残したままで殺したいものだ。
――――
第三階層に入ってから早くも二日が経った。
俺の感覚としてはそんなに時間が経った気はしていないのだが、イリスがそう言うのだからそうなのだろう。ダークエルフは体内時計が優れているらしく、経過した時間がかなり正確に分かるそうだ。
この二日で闘った魔物は数えられる程しかいない。
第三階層はどうやら量より質というスタイルの階層らしく魔物と出会うことはそんなに多くは無いが、出会った魔物は全て鋼殻百足級の実力の持ち主ばかりだった。
それ故にどうしても戦闘時間が伸び、闘い続けて気がついたら二日も経っていた。
出会った魔物は、ランスのような角を持ったブラック・アリゲイタークラスの大きさを持つカブトムシ型の魔物〝アイアンランス・ビートル〟。第一階層にいた猪型の魔物、ハードボアを砲撃岩亀並みに巨大化させた上に鋼の鎧のような装甲を身につけた〝メタルアーマード・ボア〟。体長五メートル近くはある鉄の肉体を持つゴリラ〝シルバー・ゴリラ・ジャイアン〟。千体近くの雀蜂の群れ〝サウザンド・キラービー〟。これら以外にも何体か倒したが、苦戦を強いられたのは今述べた魔物達である。
【驕傲の魔眼】まで発動しなければ倒せないような魔物こそいなかったが強さ的にはやはり第二階層の比ではない。
この階層にはどうやら小型種や中型種、大型種などの区別は存在しないらしく、出現するどの魔物も等しく手強い。
そのせいで俺なんかは興奮し過ぎて周りに引かれることも屡々だった。
俺のことを悪鬼羅刹だの極悪魔物だの言ってくるレフィスやグレイだって戦闘中はかなり凶悪な気がするのだが、何故か俺の訴えは誰にも聞き入れてもらえない。
何でも、戦闘中の俺は発する殺気が本気でヤバいとのこと。イリスなんかは戦闘中の俺と目があっただけで死を覚悟したらしい。
そんなに殺気を振り撒いてる気はないのだが、その殺気とやらのせいで闘う前から怯えて逃げ出す魔物もいるほどだった。
笑っただけで逃げられた時は少しだけ泣きたくなった。
だが、この第三階層で一番テンションが上がっているのは間違いなくグレイだろう。
グレイは能力の都合上、強い魔物の死骸が手に入れば入るほど強くなる。先程述べた魔物達を骸兵に加えたグレイの兵力は既に留まる素振りすら見せていない。
アイアンランス・ビートルをゾンビ系アンデッドへと変えた〝アイアンランス・デッド・ビートル〟。
メタルアーマード・ボアの肉を削ぎ、スカル系アンデッドへと変えた〝メタルアーマード・スカル・ボア〟。
シルバー・ゴリラ・ジャイアンをスカル系アンデッドへと変えた〝シルバー・スカル・ジャイアン〟。
サウザンド・キラービーをゾンビ系アンデッドへと変えた〝サウザンド・デッド・キラービー〟。
これだけの兵力をグレイは既に有していた。個として持つにはあまりにも強大な戦力であり過剰な武力。
イリスが言うにはグレイは既に《災害級指定魔物》と呼ぶに相応しいアンデッドになっているとのこと。
《災害級指定魔物》とは人間達が打倒することを諦め、災害として扱うしかないような魔物の総称らしい。
今のグレイなら小国の一つや二つ、軽く破滅させられるとイリスは言っているので確かに災害と言われるのも仕方ないのかもしれない。
死者の王とでも言うべき風格を漂わせ始めているグレイを見ながら俺はそう思った。
――――
俺達がこの洞窟に入ってしばらく経つ。
突然だが、ここでイリスによるお色気シーンである。
「なんで私だけがこんな目に……」
今のイリスを正確に描写すれば、それはベトベトした粘液状の何かを頭から被った半裸の痴女というのが最も正しい。
「おい、そこの痴女」
「違います!! 服まで溶けてますし、何かヌルヌルしますし、生臭いしでもう最悪です」
「おい、そこの乳女」
「だから、違います!! 好きで胸を出してるわけではありません!!」
胸元だけ手で覆って隠すイリス。
そうやって恥じらう姿は今の状況を余計にエロく淫靡なものへと変えていた。流石はエロ担当。もはや、そのシチュエーションとか諸々のことを考慮しても天才としか言いようがない。
「アハハ、何だろうね。イリスにはエロの神様の加護でも付いてるのかな」
「そんな神様は嫌過ぎます!?」
「……相変わらず、無駄に大きい」
イリスの胸を親の敵のように見つめるレフィス。
その後はレフィスによるイリス弄りが開催された。ヌルヌルヌメヌメとしながら乳くりあっている二人は、それはもうエロスである。
そんなエロエロ展開を他所に俺はここ最近、暇を見ては骨を弄っているグレイの隣へと座った。
こう、定期的に行われるこの淫乱フェスティバルにはもう慣れていた。希に俺も悪ノリして参加することもあるが、今日は遠慮しておく。
「しかし、掛かったのがこの程度のトラップだったのは不幸中の幸いかね」
とうとう服が殆ど溶けてしまい、申し訳程度にしか残っていないイリスへと視線をやりながら俺は一種の安堵を覚えていた。
「そうだね。これが強酸性とか毒素とかだったならイリスは死んでただろうし」
俺達がこの第三階層で引っ掛かったトラップは謂わば〝フォール・スライム〟とでも言うべきものだった。
その構造はひどく単純で、洞窟の天井からスライムが落ちてくるという安易なものだ。スライムも魔物というよりはトラップの一種のような扱いで、落下してきたスライムは生きてはおらず、唯の粘液のようなものであった。
ただ、この落下してくるスライムにも結構な種類があり、強酸性の〝アシッドスライム〟。毒を持つ〝ポイズンスライム〟。などの厄介な特性を持つスライムが落ちてくることも割りとあった。
しかし、このスライム、落ちてくる速度はそこまで速くはないので、察知さえすれば簡単に避けられる。
――今回のトラップを除いては。
今回のスライムだけはあらゆる意味で規格外だ。例え落ちてくることが分かっても避けられない程にその落下範囲が膨大だったのだ。
「俺は第二階層の湖が落ちてきたのかと錯覚すらしたよ」
「それは僕もさ。まさか気がついても避けられないとは驚きだったね」
骨を弄りながら会話を続けるグレイ。器用なやつだ。
「効果がショボくて助かったな」
「たぶん、防具と武器の破壊が目的だろうね。トラップとしては寧ろ嫌らしいものではあるとおもうよ」
グレイの言う通り、今回のスライムの効果は触れた防具や武器を溶かすというかなり悪質なものだった。体にまでは影響を及ぼさないが、防具を溶かされ武器を鈍化させられてはこの第三階層で生き残るのは不可能に近い。
直接、命を取らないだけでこのトラップは死の宣告に等しいものがあった。
幸いにして俺達にイリスを除いて被害はない。イリスの全てが詰まっているという《魔法袋》には破壊耐性とかいう効果が付与されているとかで壊されてはいないらしい。
俺は【呪詛鴉】でもって落ちてくるスライムを斬り裂いて直撃は防いだし、レフィスは【紅蛇螺】を盾にしてスライムを押し返していた。グレイも骨のドームのようなもので身を守り事なきを得ている。
その際、俺の【呪詛鴉】とレフィスの【紅蛇螺】は多少溶かされてしまったようだが、こちらの武器は再生能力があるので何の問題もない。
こちら側で失ったのはイリスの服と尊厳ぐらいのもの。つまり些事に過ぎなかった。
だが、これからのことを考えるとイリスは全体攻撃の対策をたてとかなければ不味いかもしれない。今回はエロエロスライムのおかけで助かっているが、次もそうとは限らないのだ。
「……ロスト、ヤり過ぎちゃった」
レフィスが何かもうただのエロスと化したイリスを担いで戻ってきた。身体中の筋肉が弛緩し、目も白目を向いており、口は半開き。
それに何だか生臭い。おそらく、スライムの臭いだとは思うがそれがエロさを加速させる。
「その淫乱娘はどうしようか。こんなに乱れてしまって」
私のせいですか!?
何て言う言葉をイリスが言っているような気がしたが、気のせいだろう。
とにかく変態と化しているイリスが向こう側から戻ってくるのを待って今後の対策を練ることにした。
◆ ◆ ◆
《迷宮都市リグルド》の冒険者ギルド。そのギルド長であるレリウスは【ゼティス教会】から派遣された【エクソシスト】と対面していた。
レリウスの部屋を訪れたのは、まだ若い豪華な衣装を身に纏った青年とその後ろで宗教的なローブと仮面を被った一人の【エクソシスト】。
「これはこれは、ケーロン・シントルメニア様。本日はよくぞ御出下さいました」
「おまえがレリウスか」
「はい。この《迷宮都市リゼルド》における冒険者ギルドのギルドマスターをしております」
「ほう。おまえが役立たずのギルドマスター、レリウスか」
その明らかに侮蔑が込められている言葉に一瞬、キレそうになったレリウスだったが、彼の立場がそれを止めた。
それに、確かにこと今回の一件に関しては役立たずと言われても仕方ないと思い直す。
「確かに。私に先見の目があれば、あなた方の手を煩わせることにはならなかったでしょう」
「フッ。やはり神に選ばれていない人間の限界などそんなものだろうな」
こいつ、ぶん殴ってやろうか。
レリウスはそう思った。
最初の挨拶からケーロンの態度は酷いものだった。ケーロンにとってゼティス教を信仰しているわけではないレリウスは人とすら定義されていない。
我らを生み出した神に仕え、信仰を捧げる。それは神の子たる人間の使命であり義務。それを怠り、放棄した無教徒たる人間達をケーロンは露骨に見下し、軽蔑していた。
他教徒に関しては最早、魔物と等しく粛正対象とするほどの過激な信徒。それがケーロン・シントルメニアという男である。
【ゼティス教会】から派遣されてきた《Sランク》冒険者相当の《大司教》という地位にいる【エクソシスト】。
対悪魔、対アンデッドの専門家にして【聖火を司る神の加護】を得ている最強の【エクソシスト】候補として名高いケーロン・シントルメニア。
しかし、そんな彼に対してレリウスは一種の違和感を覚えていた。
上手く説明できないが、ケーロンは偽物臭いのだ。
《Sランク》冒険者、ウイルド・ルーシアルを直接見たことのあるレリウスだからこそ分かるその違和感。
ウイルドは本物だった。人間としての枠を超えた神の片鱗。考えていることはよく分からなかったが、それでも確かにウイルド・ルーシアルは本物の化け物だった。
そうレリウスは思っている。
だが、目の前で先程からゼティス教の自慢話しかしないこの男からは実力者特有の雰囲気というか、匂いが感じられない。
そのくせ、その身からは信じられないほどの力を垂れ流しているのだ。これではまるで聖剣という絶大な力を持ったただの子供である。
失礼を承知で言えば、考え方が若い上に傲慢で愚か。
もし意識的に、愚かさを演じているというのならばそれはウイルド以上の化け物だが、レリウスは長年の経験からおそらく、こいつはただの馬鹿だと断定していた。
そんな風にレリウスがケーロン・シントルメニアを観察していたところで、仮面の【エクソシスト】がケーロンに何かを耳打ちした。
「役立たずのギルドマスター殿、件のアンデッドは既に第二階層にはその姿が無いそうだ。今、私の部下が第三階層でその邪気を捉えたよ」
「……そんな馬鹿な」
レリウスの顔が青ざめる。
レリウスがアンデッドの存在を初めて確認したのは第一階層でのことである。それからウイルドによって、第二階層へとアンデッドが進入したことを知らされた。
そして今、目の前の男はアンデッドは第三階層にいるという。
「ケーロン様。今回のアンデッドは異常を通り越して最早、あり得ない存在です。もしや、このアンデッド達は〝魔族〟なのではないでしょうか?」
〝魔族〟の発生が最後に確認されたのは五百年も前のこと。
まさかあり得ないとレリウスは思ってきたが、ことここに至って、その可能性がレリウスの頭から離れなくなっていた。
「愚かな。そのアンデッドが〝魔族〟であることなどありえない。〝魔族〟とは、そう簡単になれるものではないんだよ」
レリウスの心配を鼻で笑うケーロン。
「では、我々は使命を全うしてくるとしよう。安心したまえ。私はおまえとは違って神に選ばれた使徒なのだ。アンデッドごときに遅れはとらない」
自身の実力を信じて止まないケーロンに、レリウスは若干の不安を残しつつ、彼等を迷宮へと送った。
次話投稿は27日になります。
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