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12話 第二のボス

湖に狂わしい程に濃い血臭が漂い、肉片が岸辺に打ち上げられる。

とてもスプラッタな光景が広がっていた。


俺は自分が作り出した惨状を眺めて、頭を軽く掻く。


「ごめん、やり過ぎちった」


「アハハ、仕様がないよ。カッとなって思わずやった、今は反省しているみたいなことは魔物なんだしよくあるさ」


「……普通は反省もしない」


「いや、別にそこは反省してないんだよ。反省してるのはブラック・アリゲイターの骨まで斬っちまったことと、思わずイリスのことを斬りそうになったこと」


別に血に酔って本能のままに行動することは悪いことではない。魔物の倫理観なんてそんなものだ。

だが、ブラック・アリゲイターの骨を刻んでしまったのは俺の過失だ。グレイの大事な戦力を奪ってしまったのだから。

それにイリスを斬ろうとしたのも良くない。俺は一度、イリスを仲間と認めたのだから。俺は例えアンデッドでなくとも仲間は斬りたくないのだ。


「確かに骨までスッパリ斬れてるね。あの鉄壁ブラック・アリゲイターの硬い骨を斬るなんて驚きだよ。

まぁ、【不死骸兵(イモータル・レギオン)】には出来ないけどブラック・アリゲイターの骨も食べてみたかったし、謝るほどのことじゃないさ」


そう言うとグレイはブラック・アリゲイターの骨の欠片を摘まむと口に放り込んだ。


「うわッ、美味しい!?」


そして、これを食べれたんだから僕に文句は無いよ、と言ってグレイは話を終わらせた。

何ていい奴なんだグレイ。性格がイケメン過ぎる。


「私も気にしてませんよ。そもそも、この身体は皆様に捧げましたから。例え斬られても文句は言いません」


イリスが澄まし顔でそう言った。

だが、イリスに関してはそういう問題ではないんだ。


「イリス、おまえが居なくなったら悲しむ奴がいる。だからそんな言い方はしないでくれ」


「ロスト様……」


声が若干潤んでいるイリスの手を取る。

そうだ。最初の頃ならいざ知らず、今の彼女は俺達には欠かせない存在になっていた。


「イリスが居なくなったらレフィスが悲しむ」


「レフィス様が?」


「……うん。悲しい」


「そうだよ。イリスが居なくなったら舌の肥えたレフィスの世話を誰がするというんだ?」


「え?」


イリスが下手に美味い料理なんか作ってくれたせいでレフィスの舌はすっかりグルメと化している。

そんなレフィスがイリスを失ってみろ。次の日からの食事は地獄になってしまう。主に俺達が。


「……イリスの料理が無くなるのはダメ」


「もしかして私の価値は料理だけなのでしょうか?」


「「「…………」」」


「沈黙が辛いです!!」


まぁ、正直言って美食家レフィスのお供という側面は強い。

ダークエルフとのパイプライン的な役割もあるが、そちらは必須という訳でもないからな。


「あとは、このデカイ乳か?」


イリスの爆乳を鷲掴みにする。

イリスの存在意義と言ったら料理スキルにこの爆乳くらいのものだ。イリスの存在の八割がこの爆乳に集約されていると言っても過言ではないだろう。

大きい上に柔らかい。魅惑の果実がそこにはあった。

エデンの知恵の実ですらこんなに魅惑的ではなかっただろうに。


いや寧ろこれこそがエデン!!

右がアダムで……。


「左がイブだな」


「ロスト、君の胸に対する熱い思いが全て漏れ出てるよ」


「というか、いつまで揉んでるんですか!!」


永久(とわ)に」


「ロスト、目がマジだね」


「……そのまま()げてしまえ」


「レフィス様、隣で怖いことを呟かないで下さい!! そしてロスト様はいい加減、胸から手を放して下さい!!」


えっと、こういう嫌がる女子のことを前世では何と言ったか。

そうだ、確か……。


「ツンデレ」


「何でか知らないけれど不本意です!!」


それから俺は前世の巨乳好きを遺憾無く発揮してイリスの爆乳を揉みしだいた。

途中からはレフィスも参戦してのドンチャン騒ぎ。俺がアダムを担当し、レフィスがイブを担当することでイリス山の攻略を図った。


結局、何がしたいかも分からないテンションで俺達はただひたすらにイリスを苛めていた。

何かストレスでも溜まっていたのかもしれない。実際、イリスの胸を揉みしだいた後は何だかスッキリしていたし。


「私の扱いが酷いです……」


「アハハ、ロストとレフィスは基本的にサディストだからね。マゾヒストな僕やイリスじゃ敵わないよ。寧ろこの逆境を快感に変えてこそのイリスさ」


「この中に私の味方が一人もいないことはよく分かりました……」




――――




「よし、コメディーパートは少し休憩してシリアスパートに入ろうか」


「……メリハリが大事」


「二人とも良い性格してるよね」

「私はもう色々と諦めました」


グレイとイリスが何か言ってるが、そこは気にせずにとりあえず、俺の額にある眼について三人に説明を始める。


俺の第三の眼。俺はそれを【驕慢の魔眼(ユベル・アルマ)】と名付けた。額にあるこいつにはどうやら俺の闘争本能と殺戮本能が封じられていること。一度【驕慢の魔眼(ユベル・アルマ)】を開いたら最後、俺の闘争本能と殺戮本能が満足するまでは周囲の生物を殆ど見境なく殺してしまうこと。発動中は敵の弱点が分かり戦闘力は爆発的に上がること。


以上の三つを皆に話した。


「つまり、暴走するわけだね」


「身も蓋も無い言い方をするとそうなるな」


暴走してもグレイとレフィスは狙わないが、あの状態の俺は連携プレーもへったくれもない独断専行に走る鬼となってしまう。

その効果は素晴らしいがデメリットが辛過ぎる。


「……暴走したロストも格好いい」


「そうだね。何だか禍々しくて僕も好きだよ」


「まぁ、どうしても勝てないような強い奴なんかには奥の手として発動するのはアリかなと思うけどさ」


それでもやっぱり奥の手は奥の手。常用できるものではない。

額のオメメは暫く封印だ。


「とりあえず、俺の【驕慢の魔眼(ユベル・アルマ)】についてはこんなものかな」


「それなら、お食事にしましょうか」


そう言ってイリスは散らばったブラック・アリゲイターの肉を指す。


「既にミンチになっているようですし、ハンバーグがよろしいですかね」


あまり放っておくと腐敗してしまう。

それに他の魔物もタカりに寄ってきてしまうということで、必要な肉をイリスに渡して、俺達は破片の拾い食いをすることにした。


レフィスはグレイの骨兵達に破片を集めて貰って、一人凄まじい勢いで食い始めていた。


「ロスト、それでこれからどうする?」


一人で無双しているレフィスを他所に骨の破片をパリポリと食べるグレイ。他の魔物に骨が食べられることはないので余裕の表情だ。


「どうする、か」


念願のブラック・アリゲイターも倒した。進化もした。

それこそ、暴走状態とは言え、俺一人でもブラック・アリゲイターを倒せる程に急激に強くなってしまった現在、この場所に留まる必要はない。


「俺としては向こう岸の洞窟が怪しい気がするんだよ」


鰐肉を口に運びながら目線を湖の先、丁度俺達が湖に入ってきた場所の反対側に向ける。

そこには洞窟へと続きそうな穴があった。

そして、その穴は他の穴とは違い、何か人造物めいた装飾が施されている。


それは、見ようによっては〝神殿〟の入り口にも見える。


「僕も同意見さ。あのガーゴイル風に言えば〝試練〟イリス風に言えば〝階層ボス〟があの先にいるんだろうね」


前の洞窟、つまりこの迷宮と呼ばれる場所の第一階層のボスがいた場所もあんな感じの神殿だった。

あの洞窟の先にはグレイの言う通り、《階層ボス》とやらが俺達を待ち受けているのだろう。そしてそれを下すことが出来れば俺達は次の階層、第三階層へと降りることが出来るわけだ。


「正直、俺は闘いたくてウズウズしてる」


進化して得た肉体は餓鬼の頃を超越する程の力を有している。そしてそれはグレイとレフィスも同じ。

強くなった力を振るいたいというのは魔物としては当然の本能である。


「そうだね。僕も色々と試したいことはあるし、《階層ボス》ならきっとその良い実験相手になってくれそうだ」


そうして話し合った結果、残り一体のブラック・アリゲイターを倒したら《階層ボス》へと挑むということに話はまとまった。

食事の席でレフィスとイリスにも、その旨を説明し本格的に《階層ボス》へと挑む準備を始めた。


唯一危惧しているのはイリスの実力不足だが、イリスは生き残る為の魔道具、魔術を豊富に持っているとのことなのでそれを信じておく。

そもそもで、イリスは俺達にこの迷宮を攻略してもらわなければならない立場なのだから、俺達がイリスに気を使ってボス戦を回避していては本末転倒だ。

まぁ、その時は容赦なく置いていくが。




――――




食事が終わった俺達は自己鍛練に励んでいた。

本当なら食事の後はすぐにブラック・アリゲイターと闘ってしまいたかったところなのだが、残念ながらそれではイリスの体力がもたない。

アンデッドではないイリスは休息が必要だし睡眠だってする。それは仕方のないことであり、俺はそれを承知の上でイリスを仲間にしたのだ。

それに自己鍛練だって定期的にはしなくてはならないし、イリスの休息の間にそれをすれば無駄が無くていい。


刀を振りながら、以前との身体の差異を認識して適合させていく。今は既に【加速知覚(アクセル・センス)】を用いなくても最適化が可能だ。何となく無駄な動きが感覚で分かるようになった。

餓闘鬼になったことにより、認知速度なんかは飛躍的に上昇している。感覚の鋭さというのも餓鬼とは比べ物にならないほどに鋭敏になっており、肉体面の基礎能力が大幅にアップされている。

強化された肉体能力を自身の最適な動き方へと適応させていく。


闘いの中、鍛練の中で動きを最適化させる能力。とりあえずその能力、というか技術をこれから【最適化(オプティマイズ)】と呼ぶことにした。


これで俺の持つカードは【直感】【見切り】【不死武道(イモータル・アーツ)】【加速知覚(アクセル・センス)】【最適化(オプティマイズ)】の五つとなったわけだ。これらに加えて【驕慢の魔眼(ユベル・アルマ)】もあるにはあるが、これは奥の手なので数には入れないでおく。


そう考えてみると俺の能力ってどれも地味だな。

どれも、接近戦に特化した能力で派手なものは一つもない。


グレイのように手下を召喚できるわけではないし、レフィスのように派手な大技があるわけでもない。

と言っても、派手な大技が欲しいのかと聞かれればそれも違う。


別に俺は今のままで満足しているのでそれは構わないのだ。地味でも身体能力と刀だけで敵を圧倒する今のスタイルが俺は好きだし。


「あれだな、隣で派手な闘いを見せられてるからこんなことを考えてしまうんだな」


普段なら気にもしないような思考に陥ってしまったのは、隣で行われているグレイとレフィスの模擬戦のせいだろう。

グレイが【巨人の右骨腕(スカル・ギガンテロワ)】と【巨人の左骨腕(スカル・ギガンテーシェ)】を操り、それをレフィスが巨大な紅の蛇と化した【紅蛇螺】を操り迎撃していく様は、俺の得意とする戦闘とその規模が全く違った。

とにかく派手なのだ。


こんなものを見せられては俺の能力の地味さが嫌でも分かるというもの。物量を武器とするグレイに力業を武器とするレフィス。それと技術を武器とする俺を比べること自体がおかしな話ではあるのだが、進化して益々、その派手さを増した二人を見ているとそう思わずにはいられない。


それでも、単体戦の勝率は俺が一番高い。

派手さは無くても強さはあるのだ。


「【不死武道(イモータル・アーツ)】も【最適化(オプティマイズ)】しておこうかな」


隣の激戦を無視して一心に刀を振るう。

俺にはそれしかないのだから。

そして、それだけあれば、俺には充分なのだから。




――――




六時間ほどの訓練を終えて、イリスは目を覚ました。

新たな肉体のチューニングも完了しており、これならいつ《階層ボス》へ挑んでも大丈夫だろう。

勿論、《階層ボス》の前にブラック・アリゲイターを使っての最終調整もする。ブラック・アリゲイター戦はイリスが寝ている間に済ませてしまっても構わなかったのだが、寝ているイリスに被害が行くとも限らないので自粛しておいた。被害は無くても確実に鼓膜を裂くような咆哮なんかはあるだろうし、少なくとも安眠ができる環境では無くなってしまうからな。


「目が覚めたか、イリス」


「はい。お陰様でゆっくりと休むことができました」


イリスが起きたので早速、朝飯の調達へと向かうことにする。

その朝飯とは勿論ブラック・アリゲイターだ。




ブラック・アリゲイター戦は思った以上に簡単に終わった。

今回は本能のままに惨殺した昨日とは違って冷静に骨を斬らないように刻んでやった。

魔眼を解放していない為に簡単に斬れるわけではないが、そこは【直感】と【最適化(オプティマイズ)】によって斬り方を凄まじい速度で学習し数分後には問題なく斬れるようになっていた。

最適化(オプティマイズ)】は自身の行動制御だけでなく、こういう学習能力にも応用が効くようだ。


俺がブラック・アリゲイターを斬り刻んでいる間にグレイとレフィスも怒涛の如く攻撃を加えていた。

グレイは【不死骸兵(イモータル・レギオン)】によって造り上げた《黒骨鎧鰐(ブラックアーマード・スカル・アリゲイター)》をブラック・アリゲイターへとぶつけている。

レフィスは自身の腕を【紅結晶の装甲(クリムゾン・アルム)】によって紅腕化し、更に【血創結晶(ヴァンプ・クリムゾン)】で結晶化させたブラック・アリゲイターの血をそれに吸収させることで紅腕を肥大化させて、単純にブラック・アリゲイターを殴っている。


最早、苛めにも見える虐殺が終わり、イリスが用意してくれた朝飯を食べた俺達はとうとう、湖の向こう側にある神殿へと向かうことにした。




――――




俺達の予想通り、湖の向こう側にあった洞穴は神殿へと続いていた。その様式は第一階層で俺達が目にしたものと殆ど同質であり、あの場所と同じように聖なる気で満ち溢れている。

その見事な神殿を眺めながらゆっくりと進んでいく。こうして見るのは二度目である俺達ですら、その荘厳なる佇まいに思わず圧倒され、息を飲んでしまうほどにこの場所は何らかの力に溢れていた。

見るのが二度目である俺達ですらそうなのだ。初めてこの場所を目にしたイリスに至ってはその目に見えないオーラに当てられて縮こまってしまっている。


神殿を歩いていくと、大きな扉へと辿り着いた。

それは第一階層の神殿でも同じだったし、扉の上に立つガーゴイルもやはり第一階層と全く変わらなかった。


悪魔をモチーフにした動くゴーレム。この神殿の案内人であり、最後の通達者。それがこのガーゴイルだ。


俺達が扉の前に立ったのを察知してか、ガーゴイルはその目を赤く染めて動き出した。


「あれは、ガーゴイル!?」


『そんな驚かないでおくれよ、ダークエルフの御嬢さん。俺はガーゴイルであって魔物じゃない。ただの飾りさ』


よく喋る飾りもあったものだ。

俺なら一日で捨ててやる。


「その扉を開けろガーゴイル。俺達はおまえとお喋りをしに来たんじゃない。試練を受けに来たんだ」


『そういうなよ。久しぶりの再会じゃねえか。種族は変わっちまったようだが面構えですぐ分かったぜアンデッドの【魔王候補】さんよ』


「君は僕達のことを知ってるのかい?」


『当たり前よ。というか一つ前の階層で会ったじゃねえか』


「あの時のガーゴイルと本当に同一ということなのか」


『意識を共有してんのよ。だから前の階層のガーゴイルと入れ物は違うが中身は殆ど同じってわけさ』


前の階層で出会ったお喋りガーゴイルとどうやら俺達は感動の再会を果たしているらしい。


『しかしまぁ、凄まじい勢いで走ってきたね【魔王候補】さん達よ。あ、そこの御嬢さんは違うか。一応【勇者候補】にはなるのかね。それにしては実力不足っぽいが、まぁ頑張りな』


「ちょっと待てガーゴイル。その【勇者候補】ってのは何だよ」


この石像、さらりと重大そうなことを喋るから油断ならない。


『【勇者候補】か? 【勇者候補】はそりゃ【勇者】の候補だろうが。おまえさん達が【魔王】の候補であるように、そこの御嬢さんは【勇者】の候補なのさ。まぁ、魔物と違って【勇者】の候補は全ての人間と亜人ってことになるから【勇者候補】なんて言っても意味はそこまで無いんだがな。それに亜人は【魔王候補】になったりもするから定義が曖昧なのさ』


「この世界には【勇者】なんてものが存在すんのかよ」


これは後でイリスに聞かなくてはならないな。

というか、そろそろ外の世界の情報をイリスから聞いておかないとヤバそうだ。


『では恒例のアレ言っとこうか。〝汝、力を求め王を目指し神を殺さんとするなら先へ進み試練を受けるべし。命惜しければ去るべし〟で、どうする?』


「最初から試練を受けると言っているだろうが」


『そうだったね。でもこれ言わなきゃいけないルールだからさ。では四名様ご案内。君達ともう一度会えることを楽しみにしてるよ』


ガーゴイルがそういうと、扉が重々しい音を立てて開いた。

中から吹き出す風は妖気そのもの。黒く粘ついた殺気が俺達を手招きしているようだ。


「またな、ガーゴイル」


「次会う時はお土産でも持ってくるからねぇ~」


「……イリスの石料理を持ってきてあげる」


「石料理ですか? えっと頑張りますね」


首に懸かった死神の鎌を笑い飛ばすように俺達はいつも通り騒がしく、その扉を潜っていく。




『【魔王候補】が一度に三体か。一万年の休息はそろそろ終わる。〝神々の黄昏(ラグナロク)〟の始まりも近いな』




ガーゴイルの呟きが俺達の居なくなった神殿に響いた。




――――




神殿の扉を抜けて通路を進んだ先には広大なドーム状の部屋があった。

下手すれば群集湖のあったあのドーム状の空間程に広いかもしれない大部屋。中央には弩級ナマズが潜んでいたあの湖を彷彿とさせるような巨大湖が配置されている。

更に、この大部屋の壁には第一階層のボス部屋と同じような壁画が刻まれていた。

画用紙が巨大過ぎる為か、全体像しか見られないので細かいところは分からない。ぐるんとその場で視線を回して大雑把に把握してみると部屋の半分を闇の軍勢が、もう半分を光の軍勢と人間が描かれていた。

どうやら、闇と光の闘いが描かれているらしい。


「なんか壮大なテーマっぽいね」


俺と同じように壁画を眺めていたグレイがそう呟く。

闇の軍勢の中にはグレイのようなスケルトン系の魔物や、ゾンビなんかのアンデッドに加え、悪魔のような魔物や竜、それから巨人などのありとあらゆる魔の生物が描かれている。

反対に光の軍勢は夥しい数の人間に、何か特殊な力を振るう人間、それから背中に翼が生えた天使のようなものが確認できる。


「魔物と人間の戦争の歴史といったところか」


歴史というよりは神話に近いのかもしれないが。

とにかく、俺達はその巨大スケールの壁画を眺めていた。時間にして数秒のことではあったが、この壁画は何故か俺達の心に響いたのだった。


そんな壁画観賞も大部屋の湖が割れるようにして盛り上がったことで中止を余儀無くされてしまう。

湖を割って現れたのは巨大な島だった。



――いや、島のように見える何かだった。



「……亀さん?」


その全貌が明らかになり、それを客観的に描写するなら確かにレフィスの言う通り亀ということになるだろう。種類としては海亀ではなく陸亀。

だが、この亀は俺の知る亀とその大きさのスケールが違った。


ブラック・アリゲイターの三倍はありそうな巨体と言えば少しは想像がつくだろうか。

とにかく大きなその巨体は、一見すると最早、小島のようにしか見えない。それほどに大きな巨体とその質量はそれだけで凶悪な武器となるに違いなかった。


見上げる巨体は九メートルを軽く越える勢いがある。とてもではないが、普通なら闘う気も失せるスケールだった。

だが、不思議と倒せないような気はしていない。その体躯と身体から発せられる覇気を鑑みるに、進化を経た俺達なら打倒可能という結論に至った。


「……イリス、あれは料理できる?」


レフィスが槍を構え、穂先を軽く亀に向けながら無表情のまま、緊張感の欠片もないいつもの調子でイリスに尋ねる。


「亀料理ですか、スッポン料理でしたらできますのでその応用で何とか料理にしてみせます」


「……楽しみにしてる」


「では、私は終わるまでは【夜霧】で隠れていますね」


そう言うとイリスは魔術を使って姿を眩ました。

餓闘鬼となった視覚で目を凝らして見ればウッスラとイリスの姿も見えるが、このレベルの隠密性なら彼女が見つかる怖れもないだろう。


「……亀の解体ショー」


「あれ、僕のコレクションに加えたいから骨だけは傷付けないように頼むよ」


グレイは既にやる気満々で、影から《黒骨鎧鰐(ブラックアーマード・スカル・アリゲイター)》を二体に加え、【巨人の右骨腕(スカル・ギガンテロワ)】と【巨人の左骨腕(スカル・ギガンテーシェ)】を召喚している。

よっぽどあの亀の骨が欲しいらしい。


確かに良い骸兵となってくれるだろうが、残念ながら手加減できるほど優しい相手ではなさそうだ。


「まぁ、善処はするが保証はできかねるな」


【呪詛鴉】を取りだし自然体で構えた。

ブラック・アリゲイター以上の強敵を目の前に戦闘本能が身体の中で沸騰しているのがよく分かる。【驕慢の魔眼(ユベル・アルマ)】を解放していないのにこれなのだから、餓闘鬼というのは本当に戦闘に餓えた種族らしい。

勿論、俺の元来の性分というのもあるにはあるのだが。


自然と口角が上がり笑みが溢れる。

普段の冷静な俺が剥がれ落ち、魔物としての本能が顔を出す。



――目の前の奴を斬りたい。



その本能を細い理性という名の紐で辛うじて制御しながら俺は大地を駆け抜けた。


それを合図に二度目となるボス戦の幕が開ける。




――――




砲撃岩亀(ボンバード・ロックタートル)〟と勝手に命名した第二階層ボスの闘い方はまるで戦車だった。


砲撃岩亀の甲羅には等間隔に十二本の突起物が付いており、その一つ一つが謂わば砲台のような役割を持っている。

その突起物はこの亀の巨体に見合う大きさをしており、一本、一メートルは下らない。そんな突起物には魔方陣のようなものが刻まれており、その一本一本から巨大な岩弾を放つのである。


これがこの亀が砲撃岩亀(ボンバード・ロックタートル)と命名した理由だ。

十二本の突起物から断続的に、寸分の狂いもなく俺とグレイとレフィスへと砲撃される岩の威力は一つ一つが一撃必殺の威力をもっていた。

それでも無差別砲撃されるよりは遥かに増しである。そんなことをされてはイリスに偶然でも当たってしまう可能性が出てきてしまうからだ。

俺達に集中砲火してくれている分にはどうとでもなる。


と、理性的にイリスのことについて心配している風を装ってみたが、それは実は結果論だ。

落ち着いて考えてみた時に、あの時無差別砲撃されたらイリスは死んでたかもな、なんて後で反省しただけなのだ。


この時の俺に理性なんて欠片程度にしか残ってなかったのだから。


向かってくる岩を強化された【直感】と【見切り】でもって回避し、目の前の亀野郎を斬る、それしか考えてはいなかった。

使う呪印も《呪印【疵】》のみに留め、《呪印【蝕】》や《呪印【重鎖】》は使わないと決めていた。それどころか【不死武道(イモータル・アーツ)】と【加速知覚(アクセル・センス)】という強力な能力も封印している。


使うのは【直感】や【見切り】そして【最適化(オプティマイズ)】のみ。有り体に言って闘いを嘗めている。


つまり、嘗めて掛かっても勝てると踏んだのだ。


ここで勘違いして欲しく無いのは今の俺は【驕慢の魔眼(ユベル・アルマ)】を解放している訳ではないということ。戦闘本能と殺意に身を任せ狂ったように敵を斬る鬼と化した訳ではない。

しっかり、グレイに気を使って砲撃岩亀の骨は傷つけないように配慮しているし、レフィスの邪魔にならないように立ち居ちも考えている。


ただ、理性的にこの闘いを遊んでいるだけ。


顔に笑みを張り付けながら、亀に接近する。

こいつの砲撃は近付いてくる者を集中的に砲火するように設定されているらしく、一歩接近するごとに凄まじい数の岩礫が俺を襲った。


それを最低限の動きで避け、【最適化(オプティマイズ)】された肉体行使でもって更に一歩、また一歩と大地を駆ける。


既に湖から出て来ている砲撃岩亀の前足に辿り着いた俺は、その天に伸びる柱のような足を斬り裂いた。

だが、亀の足の皮膚は甲羅程ではないにしろ凄まじく硬い。それこそ並みの岩以上の強度を誇る。現にこの岩のような足を俺が攻撃するのは今回で五度目となるが、今までこの岩の守りを突破した攻撃は無かった。


しかし、【最適化(オプティマイズ)】の能力によって俺の斬撃は四度の強化が行われている。この足のどこが弱く、またどんな角度が斬り安いか、その情報が俺の頭には記録されている。その情報を元にこの亀を斬るべき最適解を導くのだ。


もちろん、【最適化(オプティマイズ)】も万能ではない。俺がどう努力しても出来ないことは最適解を見つけたとしても出来ないものは出来ない。

例えば俺が空を飛ぼうなんてアホなことをして、腕を翼に見立てて羽ばたいたとする。それを【最適化(オプティマイズ)】によって最適解を見つけたところで、最も効率の良い腕の動かし方は分かっても、結局飛ぶことは叶わないのである。

それは、今回も同じでもしも、俺の刃が砲撃岩亀へと届く可能性が元々、零なら俺はどう足掻いたところでこの亀を斬ることは出来ないだろう。


まぁ、そんなことがある訳ないのだが。


【呪詛鴉】が亀の足の皮膚を斬り裂く感覚がその刀身を経て俺の腕へと快感として伝わってくる。


浅くではあるが俺の斬撃は確実にこいつへと届いた。


更に三度、追加で【呪詛鴉】を閃かしてその場を離脱する。あまり長居すると、この亀さんは足の根元から炎を噴き出すからだ。

本当にとんでもない亀である。


一度戦線離脱したところで砲撃岩亀に変化が現れた。

放たれる石礫に青色のものが混じり出したのだ。


着弾を果たした青色の石礫をよく見ると、それはどこか人が体育座りをしているような形にも見える。

実際その見立ては正解であり、青色の石礫は折り畳まれた身体を広げて身長三メートルほどの巨大な岩石の巨兵と化した。ばら蒔かれた岩の兵士達は俺達の方へとゆっくりと歩いて来ている。当然だが、狙いは俺達のようだ。

恐らく、括りとしてはあのガーゴイルと同じゴーレムの一種だと思われる。単体だけではそれほどの脅威では無さそうだが、何せ数が多いので面倒なことになりそうだ。


砲撃の弾としても使える兵士を砲撃岩亀(ボンバード・ロックタートル)は大量砲火し始める。

おそらく、俺がダメージを与えたのが引き金になったのだろう。刻んだ《呪印【疵】》によって足から血を流し続ける砲撃岩亀(ボンバード・ロックタートル)を見ながら俺は頭を掻いた。


「ロスト、これ全部僕に殺らせてくれないかな?」


骨狼(スカル・ウルフ)》に乗ったグレイが隣にいた。声色から察するにかなり御機嫌らしい。


「構わないが、結構数が多いぞ?」


「素晴らしいよね。僕の玩具と向こうの玩具、どっちが強いか試してみたくなるよ」


グレイの魔力が不気味な程に高まっていく。


こうなったグレイは誰にも止められない。それに止める気もない。

気分の赴くままにやれば良いのだ。

命の削り合いのような戦場、それこそ俺達魔物が望んで止まないものなのだから。


「全て駆逐してこい」


「――了解」


グレイの影から現れる骨の兵隊達。

グレイが【骨創造(スカル・クリエイト)】によって一から創り上げたもの。【不死骸兵(イモータル・レギオン)】によって屍をアンデッドへと変えたもの。【骨整形(スカル・クラフト)】によって更に強化された〝カスタム・スカル〟と呼ばれるものまでグレイの保有戦力を惜しげもなく放出していった。


「いくよ、僕のペット達」


グレイの召還した骸兵の数は二百を軽く越える。

その中心にいる一際巨大な《黒骨鎧鰐(ブラックアーマード・スカル・アリゲイター)》の背にグレイは優々と立ちながら、全軍に攻撃命令を下した。


その姿は本当に魔王そのものである。


「んじゃ、俺も遊びに行きますかね」




――――




闘いは予期せぬ長期戦へともつれ込んだ。

それは別に砲撃岩亀(ボンバード・ロックタートル)が予想以上に強かったとかそういう理由ではなかった。

グレイのテンションが上がり過ぎて、まだ殺りたいと駄々をこねたのだ。


「アハハハハハハハハ!! ロスト、なるべく殺さないでくれよ? こんな愉しい闘いはなかなか無いからね!!」


と、終始こんな感じで砲撃岩亀の撃ち出すゴーレムの蹂躙を愉しんでいるので、終わらせるに終わらせられない。


「俺は飽きたんだがな」


既に亀の四肢の健は一本残らず全て切断してしまった。

今も、砲撃岩亀は癒えぬ傷を抱えもう動くことの叶わない足を曲げて地面に這いつくばっている。

本当なら四肢を斬り落としてやっても良かったのだが、それではグレイとの約束を破ることになってしまうので自重した。


しかし、何よりも俺のやる気を削ぐのは、そんな無様な姿を晒していることではなく、こいつの俺に対する態度だった。


「なんだよ、その怯えた目は。もっと殺意を込めてみろよ。それでも一応は《階層ボス》なんだろ?」


砲撃岩亀の俺を見る目は既に敗者の目だ。勝つことを諦め、俺に屈してしまっている。

そんな奴と闘ったところで何もそそらない。


レフィスなんかは屈服させた奴をいたぶるのが好きなのか、さっきから鞭状にした【紅蛇螺】で叩き続けている。

相変わらずの無表情ではあるがとても愉しそうだ。


「やっぱり詰まらないし、終わりにしようかな」


どこかで終わらせないと、このままずっとこの暇な時間が続いてしまう。砲撃岩亀の体力もなまじ高いが為に、このままだと死ぬまでに数日は掛かってしまうだろう。

流石にそこまで待つのも嫌なので、俺は一思いに終わらせることを決意した。


「グレイ、レフィス、遊びはそろそろ御仕舞いだ」


「もう少しだけ、ダメかな?」


「その言葉を、聞くのはそれで四回目だ。もう諦めろ」


「……わがまま言わない」


「レフィスにそれを言われるのは辛いねぇ」


「じゃ、終わらせてくるから」


ゆっくり、散歩でもするかの如く、砲撃岩亀へと近付いていく。

一歩、一歩と近付いていく度に、ゴーレムを弾とした砲撃が放たれるが、俺はそれを斬って捨てた。


迫り来る大質量に真っ向からぶつかるのではなく、力を流すように、斬る。ゴーレム達は自らの質量と速度でもって自ら斬られに来ているようなものだった。


この闘いで俺の剣の腕は大幅に上昇している。

自己鍛練で速く鋭く刀を振るえるようになることは確かに大切だ。だが、〝斬り方〟は実戦でなければ磨けない技術である。それに加え、【最適化(オプティマイズ)】によってその技術の向上効率は凄まじいものとなっている。


そういう意味では、今回の闘いは大いに意味のあるものであったといえる。そこは砲撃岩亀に感謝してもいい。

だが、俺にはもうこの闘いで得るものは何もない。


そんな考えに思考を割いている内に気が付けば俺は砲撃岩亀の首もとにいた。


足の健を斬り裂かれているコイツに最早、逃げる術はない。

その目は相変わらず恐怖に染まっていた。


それだけが最後まで気に食わない。


最初はあんなに愉しかったのに、と思いながら溜め息まじりに刀を振るう。

それは、この闘いの集大成と言えるような美しい一閃。


決して、その刀身は速くも鋭くも無かった。寧ろ穏やかと表現するほうがしっくりくる斬撃。

だが、その刃は砲撃岩亀の首を斬り裂き、その命を穿つ。


斬撃の指向性を完全に制御できれば、斬ることに速さも力も必要はない。亀の首の肉を断ち、不治の傷を刻む。

 砲撃岩亀の血が吹き上げ、雨のように降り注いだ。


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