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11話 魔眼

血の臭いが鼻腔を擽り、徐々に意識を取り戻していく。長い微睡みの中にいた俺は一瞬、自分が何者でどうしてここにいるのか分からなかったが、大好きな血の香りを嗅ぐことによってすぐに正気に戻る。


そこまで意識が覚醒した段階で俺はゆっくりと目を開き、周りを見回してみた。そこには真っ赤に染まった湖とブラック・アリゲイターの死体、そして()()()()()が二体が存在していた。


真っ赤に染まった湖はブラック・アリゲイターの血が染み出した結果だ。よく考えると凄まじい出血量である。

まぁ、それはいい。ブラック・アリゲイターを倒したまでの記憶はあるから、気を失ってからそう時間が経った訳でも無さそうだ。


さて、問題は二体の魔物の方である。


一体目は漆黒の骸骨だった。金色の象形文字らしきものが描かれた、灰色のローブを羽織ったスケルトン。

しかし、その禍々しさはただのスケルトンとは格が違う。それこそ()の(・)俺なら見た瞬間一目散に逃げ出す、または死を覚悟して嬉々として立ち向かうであろうレベル。ブラック・アリゲイターの更に上をいく重圧感を纏ったアンデッドだった。


そして、もう一体の魔物は美しき女性だった。年の頃は前世の記憶と照らし合わせて18といったところか。

銀の髪に透き通るような白い肌、更に漆黒のドレスを纏ったこの女性は一見すると人間のようにも見える。だが、それは大きな間違いだ。黒スケルトンのような禍々しさこそないが、その代わり彼女が纏っている雰囲気は闇そのもの。紅色の闇で自身を着飾るアンデッドである。


とまぁ、ここまで外見描写をしてきたが、俺も馬鹿ではない上に二度目の経験だ。十中八九この黒スケルトンと銀髪美女はグレイとレフィスの進化後の姿で間違いないだろう。


そういう俺の肉体も進化して若干変わっていた。といっても、俺の場合は二人とは違って相変わらず包帯ぐるぐる巻きのミイラみたいな様相な訳だが。

着物の方にはグレイのローブにもあった金色の象形文字が刻まれている。意味は分からないが、格好いいので気にしない。

見た目は殆ど変わらないが、この身に宿る活力は餓鬼の時の比ではない。ゾンビから餓鬼となった時も思ったが、進化時の能力アップはレベル上昇時の能力アップとは一線を画すようだ。


そんな俺だが、一つだけ身体に大きな変化があった。それは額に新たに第三の眼が現れたこと。今はまだ瞑っているが、これを開いたら大変なことになりそうだと俺は本能的に感じている。


ステータスで確認したところ今の俺の種族は餓鬼から〝餓闘鬼(ガトキ)〟へと進化したらしい。闘いに餓えた鬼、それが今の俺。


そんな感じで自己分析を終えたところで、向こうの意識も覚醒したらしく二人ともこちらに優しく微笑み掛けてくれていた。


美人の微笑みは嬉しいが、骸骨に微笑まれてもあまり嬉しくはないがね。


「おはよう。グレイ、レフィス」


纏う雰囲気がガラリと変わってしまった二人に声を掛ける。二人がグレイとレフィスだというのは殆ど確実だろう。しかし、進化というのは身体、そして心すらも急激に変化させる。レイスになって流暢なお喋りになったグレイに喰屍鬼(グール)となって言葉を交わせるようになったレフィスと前回の進化では、その性格にまでかなりの影響があった。今回も同じだとしたら、もしかしたら、この二人は俺の知っている二人では最早無いのかもしれない。


そう、心の中で危惧していた訳だが――。


「おはようロスト。アハハ、見てよ真っ黒。これからは木炭と間違えられないようにしないとだねぇ~」


相変わらずのお喋り具合で陽気に話すグレイ。どうやらグレイに関しては性格方面の変化は生じなかったらしい。

別に性格が変わったからと言って俺がグレイと仲間だというのは絶対に変わらないが、正直、ホッとしている。


「……私はレフィス。ロストの愛妻」


「レフィス、進化して記憶障害が起きてるぞ。俺とおまえは結婚なんてしてないからな」


「……違う」


「ん? 何が違うんだ?」


「……私とロストの関係も一緒に進化した」


よし。この無表情で意味不明なことを言う感じ、喰屍鬼(グール)時代のレフィスと何ら変わってないようだ。

レフィスに関してはもう少しその天然ボケをどうにかしてほしかったところはあるが、それは言っても仕方がない。


「二人とも変わらないな」


まぁ、もしかしたら少しは精神的にも変化があるのかもしれないが、そんなもの俺達の積み重ねてきた友情からすれば誤差の範囲だ。

それが嬉しくて少し笑ってしまう。


「なんというか、ロストは少し変わったよね」


「ん? 外見か?」


俺の外見はグレイやレフィスのように明確なものはない。額の眼だけが唯一大きく変わった部分だが、それも今は閉じてる上に包帯の布で隠れてしまっている。故に、外見的に変わったところは今は殆どないはずなのだが。


「いやいや、外見はあんまり変わって無いけど、なんと言うか雰囲気かな。レフィスからは凄く深い重圧みたいなのを感じるけど、ロストから感じるのは斬られるような殺気なんだよね」


「殺気、ねぇ」


当然だが、俺は仲間に殺気を振り撒いてるつもりなんて無い。しかし、一つだけ心当たりがあった。それは閉じている額の眼である。

この眼にはなんと言うか、餓闘鬼(ガトキ)の全てが秘められている。ようは、闘いに餓えた鬼の本性みたいなのが、この眼には封じられているのだ。

だから、グレイの言う殺気というのはおそらくこの眼から漏れだしているものだと思う。


「……尖ったロストも格好いい」


そう言いながら俺の腕を自身こ胸に抱え込むレフィス。レフィスの胸は喰屍鬼(グール)の頃から確かに進化しており、それなりの大きさがある。巨乳ではないが、品のある大きさだ。彼女の体型に完璧に調和した大きさと形はまさに美乳と言うに相応しい。


「……おっぱいも大きくなった。ロストの好きな巨乳」


「いやぁ、巨乳って言うのは見栄を張り過ぎじゃないかな?」


腕を組ながらレフィスの胸をそう称するグレイ。

レフィスの【紅蛇螺】鞭モードで足を粉砕されるグレイ。

足を奪われ、這いつくばるグレイ。


「……グレイはもう立たなくていい」


這いつくばったグレイをグリグリと踏みつけるレフィス。何ともシュールなSMプレイだ。


「ロスト、なんだかレフィスから可愛さが減ってる気がするんだけど」


いや、可愛さが減ったのは進化のせいとかではなくて、グレイの日頃の行いのせいだと思うぞ。

その証拠に俺にはレフィスが未だに可愛く移るからな。


「まぁ、グレイの自業自得だよ」


そんなことをワイワイやっている内に近付いてくる影があった。と言っても敵ではない。我等が飯炊きガングロ爆乳ビッチことイリスが戦闘の終わりを嗅ぎ付けやってきたのだ。


「イリスか」


「皆様がお変わりないようで安心しました」


それを聞いたレフィスがイリスに詰め寄った。

レフィスの身長は喰屍鬼(グール)の時よりもかなり高くなっている。喰屍鬼(グール)の時のレフィスの身長は約150センチだったが、今のレフィスの身長は170センチを大きく越えている。

そんなレフィスが身長160センチ後半のイリスに詰め寄れば、当然ながらレフィスがイリスを見下ろす形となる。更に今のレフィスが身に纏う重圧は凄まじいレベルとあって、常人なら近寄られるだけでも気絶してしまうに違いない。

事実、イリスも顔を青くして冷や汗を流していた。


「……調子に乗らないで」


その声は俺達からすればいつも通りの平坦な声色に感じたが、それを言われた当の本人はガタガタと足を震わせていた。

レフィスの顔は人形のように美しく、まるで氷のようだ。その氷の顔を無表情のまま、更に平坦な声で『調子に乗るな』と言われれば確かに普通に凄まれるより怖いかもしれない。


だが、それも杞憂に過ぎないだろうということは俺達は分かっていた。もう長い付き合いだ。レフィスが本当に怒っているか否かはすぐに分かる。


「……この巨乳からしたら私の胸は貧相かもしれない。だけれど私の胸だって変わったの」


「は、――はい」


イリスの声が震えている。これは何だか可哀想だな。


「……でも、イリスのこの胸がある限り、私の胸は劣等生」


いやいや、レフィスさん。イリスにはイリスの、レフィスにはレフィスのそれぞれ素晴らしいところがあると俺は愚考するわけでして。

イリスの爆乳もレフィスの美乳も俺は大好きだ。


「も、申し訳ござッいません」


「……なら私の萎乳マッサージを受けなさい」


「いや、え、その――アンッ!!」


凄まじい勢いでレフィスがイリスの胸を揉み出した。単純に掌をワキワキさせてるだけなのだが、その回数が驚異的だ。一秒間に恐らく、50回くらいは揉んでいるだろう。

身体能力のこれ以上にない無駄遣いだった。


そして、それを受けて艶かしい声を上げるイリス。エロ担当の面目躍如と言ったところか。


「ロスト、止めなくていいの?」


「いや、あれが二人のスキンシップなんだろう。外野は生暖かく見守ってやるべきだ」


「そうだね、レフィスは楽しそうだし、イリスは悦んでるし問題ないか」


女性陣の戯れを眺めながら、俺達男性陣は互いの身体能力や新たに会得した能力なんかを話しあった。

その話によると、どうやらグレイの魔力はレイスだった頃の二倍近くに膨れ上がっているらしい。これで更に強力な骸兵が作れると喜んでいた。


「……萎め~」


「いやッ! レフィス様、服の中に手を入れてはいけません!! ――らめッ~!!」


女性陣の方はどうやら最終局面を迎えたらしい。これならもう少しでレフィスも加えて話し合いが出来そうだ。


「続きはレフィスも加わってからにしようか」


「そうだね。僕も二度説明するのは手間だし」


「ロスト様、グレイ様、見てないれ助けてくらさいッ!!」


見事に呂律が回っていない。


「イリスには可哀想だけど、レフィスが楽しそうだからノータッチかな」


「相変わらずロストはレフィスに甘いよね」


進化してもその辺りは変わらないようだ。俺のレフィス贔屓はおそらく治ることはないような気がする。


「御願いれすから、誰か助けれッ――」


その愉しそうな悲鳴を俺達は聞かなかったことにして、先にブラック・アリゲイターの解体をすることにした。肉はイリスに調理してもらうから良いとして骨はグレイの新たな戦力になるのだから、傷付けないように細心の注意を払って解体していく。


「らめッ~~~~!!」


俺達が解体に勢を出して肉を削ぎ落としていたところにイリスの一際、大きな悲鳴が湖に響き渡った。


「……ヤってやった」


ドヤ顔で戻ってくるレフィス。

レフィスが何らかの表情を浮かべるとは珍しい。


「楽しかったか?」


「……とっても」


「それは何より」


「で、あそこでビクビクと痙攣しているイリスはどうするの?」


人様には見せられないような、あられもない姿を堂々と晒しているイリス。奴には露出癖でもあるのだろうか。

しかも、顔が何だかいつものキリッではなく、アヘッとしている。


「まぁ、幸せそうだしな。グレイとりあえず他の魔物に襲われないようにイリスを守っといてやれ」


「了解」


グレイがそう言うと、イリスの周りから骨が現れ、あっという間に骨の牢獄のようなもので囲んでしまった。

これなら確かに魔物に襲われる心配もないが、何だか猟奇的な上に犯罪的な気がする。


「とりあえずは先にブラック・アリゲイターの解体から済ませてしまおうか」


レフィスも参加して、グレイが手下のスケルトンを呼び出し、ブラック・アリゲイターの解体は急ピッチで行われた。




――――




ブラック・アリゲイターの解体が終わり、二人から詳しい話を聞いたところ、グレイはレイスから〝ネクロマンサー〟へ、レフィスは喰屍鬼(グール)から〝吸血鬼(ヴァンパイア)〟へと進化を遂げたらしい。


そして、二人とも進化した際にそれぞれ、新たな能力を得たようだ。まずはグレイから述べていくと、新たな能力は【骨整形(スカル・クラフト)】と【不死骸兵(イモータル・レギオン)】というものだそうだ。

骨整形(スカル・クラフト)】は骨で作られた魔物、スカル系の魔物を自身で弄くり回せる能力とのこと。つまり、《骨狼(スカルウルフ)》の骨を強化したり、骨をより強力なものへと取り替えたりが可能になったようだ。

次に【不死骸兵(イモータル・レギオン)】だが、これは【骸兵(スカル・レギオン)】の完全上位版らしい。今まで、骨を原料としたスカル系の魔物しか作れなかったのを、この能力はゾンビ系としての復活も可能とするのだとか。

これらの能力は完全に配下作成に特化している。どうやらネクロマンサーという種族はそういう魔物のようだ。

確かにクリエイターとしての能力を初めから有していたグレイにはピッタリな進化先だと言える。


次に吸血鬼となったレフィスの能力に触れるとしよう。レフィスの得た新たな能力は【紅結晶の魔腕(クリムゾン・アルム)】と【血創結晶(ヴァンプ・クリスタル)】、の二つ。


紅結晶の魔腕(クリムゾン・アルム)】は言ってみれば喰屍鬼(グール)時代にあった紅腕が変化したものだ。今は喰屍鬼(グール)だった時とは違ってレフィスの腕は生身となっている。紅腕のように鉱石のような腕ではない。だが、【紅結晶の装甲(クリムゾン・アルム)】を使えば、彼女は前のようにその腕を紅腕化することが出来る。いや、喰屍鬼(グール)時代よりも遥かに強力な腕へと変化させることが出来るのだ。

吸血鬼は種族的に凄まじい怪力らしいが、その怪力であるレフィスが更に紅腕化すれば、その破壊力は想像を絶すると思われる。


レフィスのもう一つの能力【血創結晶(ヴァンプ・クリスタル)】は血を原料に紅結晶を創ることが出来る。この紅結晶は【紅蛇螺】の刃やレフィスの紅腕と同じ素材らしく、レフィスは創った紅結晶を【紅蛇螺】或いは紅腕を通して操ることができるらしい。

何とも応用力に富んだ能力だと思う。


「ロストは何か新たな能力は得なかったのかい?」


「俺か?」


実は二人と違って俺は新たな能力と言えそうなものを持ってはいなかった。既存の能力【直感】や【見切り】が更に研ぎ澄まされた感じはするし、試しに【加速知覚(アクセル・センス)】を使ってみても頭が熱くなって使用できなくなるということは無くなっていたが、悲しいかな新たな能力と言えそうなものに目覚めたような感覚はなかった。


「いや、ロストの場合は既存の能力が馬鹿みたいに高性能だから、身体能力が上がっただけでもう充分な気がするよ」


俺が新たな能力を得られてないと、肩を落としながら言うとグレイが気を使ったのか、俺を励ますようにそう返した。


「まぁ、能力というか、新しい眼は手に入れたけどさ」


人差し指で額を指す。布に隠れて分かりにくいが、ここに新しい眼があることをグレイとレフィスに説明する。


「……本当だ眼がある」


布をどかしてレフィスに眼を見せてあげる。この眼は構造が少し特殊で、普通なら上下に開く筈の瞼が左右に裂けるように位置している。普通の眼を90°倒して左右対称にした感じと言えば分かるだろうか。


「……開けてみて」


「いや、それはまた今度ね。こいつを開けるのは多分危ないから」


「……超デンジャー?」


「うん。激デンジャー」


いつまでも開かずの眼にしとく訳にはいかないから折を見て実験しておきたいところだが、今はとりあえずいいだろう。


「――ッは!! ここは?」


イリスがどうやら目を覚ましたらしい。


「なんで私は檻の中に入れられているのでしょうか?」


「フッフッフ、それはね僕達の慰みものになっ――イタッ」


アホなことを言い始めたグレイの頭を叩く。

おまえの骸骨顔で言われたら怖いだろうが。


「こらこら、無駄に怖がらすな。そもそも、骨とミイラの慰みものって何だよ」


グレイの生殖機能は朽ち果ててるし、俺のだって干からびてるわ。


「いや、こういうシチュエーションはなかなか無さそうだから言っておこうかなと思ってさ」


「……なら私の慰みものをやってもらう?」


「御願いですからもう勘弁してください」


イリスを檻から出してやる。

そらから彼女には鰐肉の調理をしてもらい、その間に俺とレフィスは進化した身体の軽い調整をすることにした。グレイはグレイで鰐骨を忙しく弄っている。どうやらブラック・アリゲイターをただの骸兵で済ます気はないらしい。




――――




「はい、出来ましたよ」


鰐料理がテーブルに並んでいた。どれも美味しそうだ。

ブラック・アリゲイターの骨は全てグレイが使ってしまっているのでブラック・アリゲイターの骨料理は無いが、その代わりの料理も用意されているようである。流石はイリス、そつがない。


「気になっていたのですが、皆様の今の種族は何なのでしょう?」


鰐料理を物凄い勢いで食べていく俺達にイリスが控えめに聞いてきた。

そう言えば俺達が種族を喋っていた時にイリスは気絶していたのだったか。すっかり忘れていた。


俺は一度食べるのを止め、イリスに俺達の種族を教えていく。


「餓闘鬼にネクロマンサー、吸血鬼ですか……。それはまた常識外れの面子ですね」


「そうなのか?」


俺達には外の常識というものが分からない。だから常識外れと言われても実感が涌かなかった。


「餓闘鬼という種族は私も知りませんが、ネクロマンサーと吸血鬼は凶悪なアンデッドとして有名ですよ」


「僕って凶悪かな?」


「人間視点から見れば凶悪なんです。ネクロマンサーは数多のアンデッドを従え生者を蹂躙しますからね。過去にネクロマンサーによって滅ぼされた国もあると言いますし」


確かに、配下を連れて敵を蹂躙する時のグレイは色々と飛んじゃってたりするからな。あの姿を見れば誰だって怖れ戦くというものだ。

レイスの頃からそれだったのだから、ネクロマンサーに進化したグレイの凶悪度合いは計り知れない。


「グレイは普段は陽気なんだがな」


「……私はプリティー」


何だか、進化してレフィスのボケが加速している気がする。いや、事実レフィスは可愛いし美しいけど、それを自分で言ってしまうのはどうなのだろうか。


「吸血鬼はその美貌も一つの武器ですから。吸血鬼は高位の者になれば特殊な能力を数多く使う個体も現れますし、例え特殊な能力は無くてもその驚異的な腕力と再生能力はそれだけで脅威です」


「……私は強い女」


「レフィスは身も心も強靭だよ」


特に心の耐久力が半端ない。

何を言われても表情一つ崩さない鋼の精神力だ。


それから更に話を聞いていくと、ネクロマンサーや吸血鬼は現れたら国家規模の討伐隊が編成されるとか。

ネクロマンサーは過去に国を滅ぼしたことがあるそうだし、吸血鬼は放っておくと吸血鬼社会を築いたりするらしい。今も実はどこかに吸血鬼の国があると言われているとのこと。


ここまで凶悪な魔物なら国家規模の討伐隊が編成されるのも仕方ないのかもしれない。


「そもそも、進化という現象は極稀にしか起こらないはずなのですけれどね」


「僕達はこれで二度目だよ~」


「俺達は元々、ゾンビ二体、スケルトン一体の群れだったからな」


ハードボアにすら敵わなかったゾンビ時代。

なんだか懐かしい。


「皆様は魔族へとなる方々。それくらいは当然なのかもしれませんが、やはり私の常識からは逸脱されています」


「弱肉強食の世界で生きていれば強くならざる得ないんだよ」


実際、この洞窟に住んでいればよく分かる。弱ければ他の魔物の食い物にされるし、人間には殺されてしまうのだから、生きていきたければ強くなるしかない。


そう説明するとイリスは納得してくれたようだ。


「大変だったのですね」


「特にゾンビ時代は大変だったな」


「懐かしいね。僕なんか人間に殺されかけてたし」


「……私は露出が激しかった」


確かにレフィスは殆ど半裸だった上に内蔵やら目玉なんかが飛び出していたからな、色んな意味で露出過多だった。


「まぁ、楽しかったから良いんだけどな」


これまでの闘いを思い出す。激戦も多かったし死線だってくぐってきた。その度に何とかしていった結果が今の俺達だ。




――――




食事も終わった俺は第三の眼を試しに開いて見ることにした。

危険な感じはする品物だが、閉じたままではどう危険なのかも分からないから、安全を確保した上で実験的に開いてみることにしたのだ。


「僕達は離れていればいいんだよね?」


「ああ。何があるか分からないからな」


もしも、視界に映した生き物を殺すようなものだったら大変だ。そんなことは無いと思うが一応は注意した方がいいだろう。


「特にイリスは離れておけ」


グレイとレフィスは何だかんだで自分の身は自分で守れると思う。だが、イリスは別だ。彼女の能力はこう言ってはなんだが吹けば飛んでしまうレベルだからだ。


「気配を消して隠れています」


「僕達の近くにいれば守ってあげられるしね」


そんな段取りを経て、俺は第三の眼を開眼することになった。戦闘中の行使を考えて戦闘中に発動する。発動相手は弱すぎず強すぎないオクルトた。


ニョキニョキと身体をくねらせるオクルトの前に立つ。

オクルトは足を二本、上に伸ばして威嚇のポーズを取っていた。それをすると確かに見かけだけはブラック・アリゲイター以上になるのだが、あくまでも見掛けだけ。張りぼての威勢みたいなものだ。


「さて、どうなるのかね」


我が身体ながら、検討もつかない。ただ一つ言えるのは俺の力は額の眼に集まっているということ。つまり、力の結晶みたいなのが俺の額の眼というわけだ。

それを解放するというのだから、本当に自分でもどうなってしまうのか分からない。


「いくぞ、オクルト」


額に神経を集中して瞼を開ける。

ゆっくりと瞼が開き、そして……。



――世界が黒く染まった。



巻き起こるのは純粋な殺戮本能。

これはヤバい。熱く泥々したヘドロのような殺意が俺の頭の中を蹂躙している。

刀を振りたい。殺したい。とにかく、ぶった斬りたい。

そんな欲望が俺の中で渦巻き、俺を捕らえていく。殺意という鎖でしばられ、自由を無くした俺の意志。

全てががっちりブロックされた中で、顔を出したのは闘争本能。


闘いに餓えた鬼。

俺の額に封じられていたのは餓闘鬼の堪え難き性だった。


「アァァァァァァ!!!!」


雄叫びを上げて走り出す俺。

そこに理性はない。あるのは、ただ目の前の蛸を殺してやりたいという本能だけ。


不死武道(イモータル・アーツ)】を使用して身体の力を十二分に発揮して蛸に接近。そして斬る。


――斬る。


――斬る。


――斬る。


――斬る。


――斬る。


黒く染まった視界の中で、俺にはオクルトの必死で守ろうとしている場所が手に取るように分かった。

おそらくそこがオクルトの弱点なのだろう。


だから俺はその弱点を()()()()()()


簡単には死なせない。

もっと俺に斬るべき肉を供給させなけらばならない。


「どうしたァ? もっと噛みついてこいよ、蛸野郎」


黒く染まった思考の中、俺は殺意という快感を漂う。



◆ ◆ ◆



「ロスト様は大丈夫なのでしょうか?」


遠くで愉しむように蛸を斬り刻むロストを見ながらイリスは不安を感じていた。彼女の普段見るロストは少し性格に難はあれど、基本的に紳士で魔物とは思えないほどに礼儀正しいという印象だった。

しかし今のロストはまるで獣だ。彼女の知るロストとは似ても似つかない残虐性を秘めている。更にここまで無差別に放たれる殺気はそれだけで周りを威圧し、そして斬り刻む。まるで喉元に刃を突き付けられたかのような重圧をイリスは感じていた。


「刀で敵を斬ってる時はいつもあんな感じだよ。今回のこれは特に凄いけどね」


「……惚れ惚れする」


純白の頬を淡い桜色に染めながらレフィスはロストの方を眺めている。それは彼女の愛故でもあるが、それに加えレフィスはロストの魔物としての強さに惹かれていた。

純粋なる殺意。触れれば斬られそうな刀のようなオーラ。その全てがレフィスの心を鷲掴みにして放さない。

それは初めてレフィスがロストと出会った時から何も変わっていなかった。


「あれ、そろそろ終わりそうだよ」


グレイの視線の先には既に虫の息のオクルトの姿があった。どうやら、ロストは敢えて急所を外して戦闘を長引かせていたようだとグレイは解析する。そんなこと、今までのロストはしなかったことだが、あれだけ愉しそうなロストを見るのも久しぶりだとグレイは思った。

ロストは自身の欲望や本能を故意的に潰してきたに違いない。連携や役割分担などの効率ばかり考えて自身の気持ちを無意識の内に蔑ろしてきたのだ。その蔑ろにしてきた気持ちが今、解き放たれているのだとグレイは考えていた。


蛸を殺したロストは、ゆっくりと辺りを見渡し始める。

その額にある眼は異様なものだった。


「額に黒の結晶みたいなのがあるね」


グレイが見たところ、ロストの額にある眼は黒の結晶のような形をしていた。少なくとも普通の所謂目玉のような物はなく、眼に見立てた水晶というのが表現としては的確だろう。

更に水晶の中には魔方陣のような何かが金色で刻まれており、その異様さに神秘性を追加していた。



自身を見つめる三人を無視して、ゆっくりと辺りを見渡すロスト。そんなロストの視線は最終的にはブラック・アリゲイターへと定められた。

その姿を見て軽く笑ったロストは一直線にブラック・アリゲイターの元へと向かっていく。




――――




オクルトを殺してしまった俺には耐え難い鬱憤が残っていた。

殺意が止まらない。まだ殺したりない。斬りたりない。


そう思い、視線を湖全体へと向かわせる。次の獲物は無いかと視線を彷徨わせていると、グレイとレフィス、そして姿を消しているはずのイリスが見えた。

グレイとレフィスに殺意が沸くことはない。それは、彼等がアンデッドであるからなのか、それとも最も長く付き合っていた仲だからなのかは定かではないが、とにかく彼等に襲い掛かろうとは全く思わない。

だが問題はイリスだ。イリスへの殺意は止まらなかった。別に憎しみがある訳ではない。ただ、単に斬りたいのだ。


もし、この場にいたのが俺とグレイとレフィス、そしてイリスの四人だったならば俺はイリスに斬りかかっていたかもしれない。

だが、幸いなことにこの場所にはイリスよりも更に斬り甲斐のある奴がこの場にはいた。ブラック・アリゲイターである。


進化前の俺達が全力で相手した魔物だ。相手にとって不足はない。


俺は餓闘鬼となり飛躍的に上昇した身体能力を駆使してブラック・アリゲイターの元へと向かう。


黒の視界は弱点を見抜く。しかし、それは生物としての弱点だけの話ではなく、その構造上の弱点まで見抜くことが可能だった。

つまり、斬れる場所というのが見えるのだ。餓鬼の時には全くもって歯が立たなかったブラック・アリゲイターの鱗だが、今の俺には分かる。斬るべき場所が見える。


不死武道(イモータル・アーツ)】も【加速知覚(アクセル・センス)】も今回は使わずにブラック・アリゲイターへと接近した。餓闘鬼の身体能力を最大限生かせば【不死武道(イモータル・アーツ)】や【加速知覚(アクセル・センス)】を発動する必要は無いと判断したからだ。

それに、そんなことをしたらつまらない。


近付いてきた俺に前足を振り下ろすブラック・アリゲイター。


餓闘鬼となって精度が格段にアップした【直感】と【見切り】でもってそれを躱す。

更に、前足の脇を通り抜け殘間に【呪詛鴉】を一閃。


黒の視界にはブラック・アリゲイターの前足の弱点がはっきりと見えていた。そこを寸分の狂いもなく斬り付けた【呪詛鴉】の刃はブラック・アリゲイターの前足を易々と斬り裂き、そして斬り落とした。


「ア~、イイネェ~」


刀を振るう快感に酔いしれながら尚も歩みを進める。俺の視線の先には《呪印【疵】》 の効果でドバトバと血を流しながらも、俺のことを敵と見なし牙を剥き出しにして怒り狂うブラック・アリゲイターがいた。


それを見て俺は悦びの笑みを浮かべる。


ブラック・アリゲイターが怯んだ。そして後退りを始める。

ブラック・アリゲイターがこちらを見返すその目には恐怖が宿っていた。


「そう、怖がるなって。俺と一緒に遊ぼうぜ?」




――数時間後、そこにはブラック・アリゲイターだった肉片のみが残っていた。





感想の多さに嬉しい悲鳴!!

皆様、ありがとうございます。

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