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10話 黒の鰐

ヌメヌメになった服を湖で洗濯し、《魔法袋》から新たな服を取り出して着こんだイリスは半ば八つ当たりのように〝オクルト〟というらしい巨大蛸を調理していた。


さすがのイリスの料理スキルでも、この大きさの蛸全ては料理しきれないということで、その間、俺達、いや主にレフィスは残りの蛸肉を喰っている。


「分かってはいたけど、僕だけ何も無いんだよね」


軟体動物である蛸には骨がない。骨食家であるグレイには残念ながら食べる場所が無かった。


「大丈夫ですよグレイ様。今までの得てきた食料から骨料理も作りますので」


「本当かい、イリス?」


「ええ。それよりまずはこのエロ蛸を切り刻むことが先決ですが」


怪しく笑いながら蛸を切ったりミンチにしたりしていくイリス。よっぽどヌメヌメ地獄が恥ずかしかったのだろう。


「……エロいのはイリスの胸」


「レフィス様、御飯抜きにしますよ」


「……ごめんなさい」


「レフィスがイリスに謝った!?」


グレイが驚愕の声をあげる。確かにレフィスの謝罪というのは珍しいかもしれない。

こうして見ていると母娘にも思えてくるな。勿論、母がイリスで娘がレフィスだ。


「できましたよ」


「……美味しそう」


「ちゃんと僕の分もあるね」


「早速、頂くとするか」


イリスの作った蛸料理は相変わらず美味い。今まで蛸の刺身を食っていたが、それとはまた違った美味しさがある。俺はコメンテーターではないのでこの美味しさをどう表現したら良いか分からないが、とにかくイリスの作る飯はどれも美味しかった。


「美味かったな、いや本当にイリスの腕は凄い」


「ありがとうございますロスト様」


魔道具の恩恵というのも確かにあるだろうが、それもイリスの腕があってこそだろう。レパートリーも多いし、こと料理に関しては完璧だと言っていい。


「レフィスも料理をしたらどうかな?」


グレイが骨の唐揚げを食べながらレフィスに言った。


「……私は食べるの専門」


「さすがは食欲の権化――うがッ!?」


テーブルの下で人知れず振られたレフィスの【紅蛇螺】がグレイの足を砕く。このやり取りも久しぶりだ。


「……グレイは失礼」


「何だろう、叩かれて少し安心してる僕がいるんだよね」


「グレイよ、それはちょっとヤバいぞ」


ボケを通り越してアブノーマルな性癖に目覚めようとしているグレイ。将来が心配過ぎる。


「えっと、大丈夫ですかグレイ様?」


「……グレイは頭が手遅れ」


「アハハ、そりゃ僕の頭は空っぽだからね」


空気が混沌としている。なんだろうこのボケしかいない空間。ボケがボケを誘発してカオスが加速しているようだ。

これは、突っ込み属性の仲間を早いとこ見つけた方がいいかもしれない。


食が進むに連れてボケは暴走し続け、いつしか収集も困難な状態へと陥った。そこまで来ると俺もヤケクソ気味にボケまくって笑いまくっていたのだが、その声が煩過ぎたのか、魔物が寄ってきた。それが切欠で宴会は御開きとなり、それぞれが食後のウォーミングアップとばかりに寄ってきた魔物を殺していく。


魔物を全滅させ、皆も落ち着いたところで本来の目的に戻る。そう、ブラック・アリゲイター戦だ。


「それじゃ、そろそろ行くか」


「鰐狩りだね」


「……イリスは調理の準備」


「はい。腕によりをかけさせて頂きます」


イリスの料理を堪能して、腹も膨らんだ俺達は、万を持してブラック・アリゲイターへと挑むことにした。




――――




本来なら不意討ちの一つでもかましてやりたいが、この開けた湖で不意討ちというのも難しい。俺達は仕方がないのでなるべく気が付かれないようにブラック・アリゲイターへと近付いていった。

イリスは置いてきている。彼女の実力では近くにいるだけで足手まといになりかねないからだ。


一応、形だけは背後から近付いてみるものの、結果的にそれは無意味だった。俺達がある程度近付いた地点で眠っていた筈のブラック・アリゲイターはゆっくりと身体を動かしてこちらを睨み付けたのだ。


間近まで来るとよくわかるが、ブラック・アリゲイターはまるで一つの山だった。高さだけで五メートル、全長は三〇メートルは下らない。

同クラスの弩級ナマズを見た時も思ったが、ここまで大きいと本当に洒落にならん。


その大きさに改めて戦きつつも更に一歩近付く。するとブラック・アリゲイターは本格的に臨戦体勢に入り、大きく口を開くと湖中に響き渡るような咆哮を繰り出した。


一瞬、他の二体のブラック・アリゲイターがこの咆哮を聞きつけ接近してくるかと思ったが、それは杞憂だったようで、この大音量が響き渡る中、他二体のブラック・アリゲイターは目すら開けていない。どうやらブラック・アリゲイターに仲間意識というものは存在しないらしい。


咆哮という分かりやすい開戦の合図を受けて俺達はそれぞれ行動を始めた。

今回の闘いはおそらく長期戦になる。というのも、今までの経験からして大型の魔物は馬鹿みたいに体力と生命力があるからだ。俺達も無限の体力を持つのだから、耐久力と持久力の勝負となるのは必至である。


「まずは僕からかな」


グレイは地面に手を当て魔力を込めると、それを三本の《巨骨槍》にしてブラック・アリゲイターの足元から撃ち出した。直径一メートルはあるその槍は以前にも増して硬度を増しており、更に魔力を宿らせることで破壊力を強化している。


三本の槍がブラック・アリゲイターの顔面に迫る。そしてそのまま着弾する、かのように思われた。


しかし、現実にはそうはならなかった。


「アハハ、ちょっと勘弁してくれよ」


グレイの厭きれ声が空しく響く。

ブラック・アリゲイターは自身の足元という至近距離から現れた《巨骨槍》を頭を横に逸らして回避したのだ。

その巨体に似合わぬ敏捷性を遺憾なく発揮したブラック・アリゲイター。その光景は俺達からしてみれば冗談のような悪夢だった。


「これは、最初から俺も上げていかないと無理そうだな」


簡単に倒せる相手だとは俺も思ってはいなかった。今の俺達でもギリギリ倒せるか否かという高みにいるのがブラック・アリゲイターという化け物なのだ。


俺は出し惜しみは止めて【加速知覚(アクセル・センス)】を発動させ、【不死武道(イモータル・アーツ)】を駆使してブラック・アリゲイターへと迫る。動きの最適化に加えて加速世界の肉体行使により、以前とは比べ物にならないほどの速さで、またこれ以上にない限界の速さで大地を駆け抜けた。

しかし、ブラック・アリゲイターはその俺の速度にすら反応して、まるで小蠅を追い払うかのこどくその前足を振りかざす。その速度は加速した俺の感覚でやっと捉えきれるようなものだった。

だが、捉えられれば問題はない。【直感】と【見切り】を並行使用してそれを最小限の動きでもって避ける。更に山のようなブラック・アリゲイターの身体を踏み込んで、その背中へと駆け上った。

そして身体を捻り、今までの勢いに回転を重ねて身体中の筋肉を爆発させる。そうして生まれた膨大なエネルギーを【呪詛鴉】へと乗せて振るった。


刀身がブラック・アリゲイターの鎧のような鱗を斬り裂く。しかし、俺の【呪詛鴉】はブラック・アリゲイターの肉を裂くことはなかった。


鱗半ばまで斬り裂いた俺の【呪詛鴉】だが、逆に言えば斬り裂けたのは鱗の半ばまで。傷を負わせることが出来なければ呪印を刻むことは出来ず、また、ダメージを与えることも出来ない。


「――ッチ」


選択を間違えた。


餓鬼となって上がった身体能力に【不死武道(イモータル・アーツ)】で自壊するほどの怪力を発揮し、更に疾走の勢いまでエネルギーへと変換して、それを恐ろしいほどの斬れ味を持つ【呪詛鴉】で振るえば一刀両断とまではいかないまでも、傷くらいは負わせられると踏んでいたのに、実際はそうはならなかった。

あの分厚い甲殻を有するバブル・クラブを一刀両断にしたコンボだというのにである。俺の予想より遥かにブラック・アリゲイターの鱗は厚く固かったようだ。こんなことならば、《呪印【蝕】》からの〝二重斬り〟を繰り出しておけば良かった。このコンボならば防御力は関係なく斬り裂けるのだから。


攻撃力を重視した結果、逆にダメージを与えられないという皮肉な結果になってしまったようだ。


「だけど、実際〝二重斬り〟だと攻撃力が足りないんだよな」


一閃目で《呪印【蝕】》を刻み、二閃目で《呪印【疵】》を刻めばそれなりのダメージにはなるだろうが、致命傷とは言い難い。それこそブラック・アリゲイターからしたら治りの悪い掠り傷程度にしか思わないだろう。

何度も刻めば話は変わるのだろうが、この強敵がそう何度も刻ませてくれるとは思えない。


そう自己分析しながら、一旦、戦線を離脱する。【加速知覚(アクセル・センス)】を解除して熱くなった頭を冷やさなければならないからだ。

オーバーヒートする前に冷やせば先頭不能になるような後遺症は防げる。それが何度も知覚を加速させてきた俺が経験から導き出した、闘いを長く続ける為の答えだった。

だが、それには当然ながら、この超感覚を解く必要があり、そうなれば俺の戦闘力は激減してしまう。普段闘っているレベルの敵なら【加速知覚(アクセル・センス)】など無くても余裕で倒せるが、ブラック・アリゲイター相手となるとそんな余裕はない。なので、一旦戦線を離脱せざるをえないのである。


段々と時間の流れが正常に戻っていく中で、俺は戦況を確認していた。戦線を離脱したから視界も開け、闘いの状況がよく見える。


現在の戦況は一応は互角と言っていいだろう。

ブラック・アリゲイターの主な攻撃はその体格に見合った巨大な口から繰り出される噛みつき攻撃と、口から吐き出す氷結ガスだ。実際のところ氷結ガスは俺達アンデットには意味がない。これが炎なんか吹かれた日には大急ぎで撤退するところだった。本当にそれだけは運が良かったと言う他ない。


そういう訳なので気を付けなければならないのは主に噛みつき攻撃となるのだが、その噛みつき攻撃を一人で捌いているのはレフィスだった。いつものようにブラック・アリゲイターの目の前を陣取り、刀身を巨大化させた【紅蛇螺】の大剣モードでもって、その攻撃を上手く往なしている。レベルが上がり【腕力】の出力が大幅に強化されたレフィスだからこそ出来るこれ以上にない力業だ。勿論、そこには熟練の技もある。そもそも、単なる力比べならば流石のレフィスだってブラック・アリゲイターには敵わないだろう。ブラック・アリゲイターの攻撃を上手く往なしているからこそ、レフィスはブラック・アリゲイターと拮抗できているのだ。


そして、ブラック・アリゲイターの側面を殴り続けているのはグレイの【巨人の右骨腕(スカル・ギガンテロワ)】と、今回初御披露目となる【巨人の左骨腕(スカル・ギガンテーシェ)】だ。それはブラック・アリゲイターと闘う為にグレイが用意したもう片方の腕だった。

レベルが上がり魔力量も上がったグレイならば、この二つの腕すら容易く維持することが出来る。更に損傷しても魔力を消費すれば簡単に治るとあって、今の有り余るような魔力を持つグレイには最適の武器だと言えた。


ブラック・アリゲイターの腹をその拳で抉るグレイ。それに腹を立てたブラック・アリゲイターがグレイの方を向こうとするが、それをレフィスが許さない。

【怪力】と【紅紅螺】を持つレフィス。【巨人の右骨腕(スカル・ギガンテロワ)】と【巨人の左骨腕(スカル・ギガンテーシェ)】を持つグレイは破壊力という意味では俺よりも遥かに上だった。


だが、力だけで勝てるほどブラック・アリゲイターも甘くはない。


いい加減、目の前の敵と側面から攻撃してくる骨がウザくなったのか、ブラック・アリゲイターは再び咆哮を上げると、いきなり暴れだした。

今までその場から動こうともしなかったブラック・アリゲイターが、その山のような巨体を操って無差別攻撃を行う。それには流石のレフィスも対応できず、ブラック・アリゲイターの横凪ぎを喰らい吹っ飛ばされた。

その際、【紅蛇螺】で受け止め、衝撃を逃していたようなので、これで戦闘不能ということはないだろう。だが、それなりのダメージは受けたはずなので戦線復帰まで時間が掛かるかもしれない。


グレイは一度、【巨人の右骨腕(スカル・ギガンテロワ)】及び【巨人の左骨腕(スカル・ギガンテーシェ)】を自身の身に仕舞い、代わりに《骨狼(スカルウルフ)》を召喚して安全圏まで逃げた。

グレイ自身の防御力はこう言ってはなんだが大したことが無いのでその判断は正しいと言える。


「今回は俺がサポートに徹するべきかね」


土蜘蛛や鎧蜘蛛のような今まで倒してきた強敵への攻撃役は主に俺だった。だが、ブラック・アリゲイターに対して今の俺には決定打がない。

ならば、その役所はグレイとレフィスに任せて、俺は今まで二人が俺にしてきてくれたように二人の手助けをすればいい。


頭のクールダウンも済んだことだし、癇癪を起こしたブラック・アリゲイターを宥めに行くとしようか。


加速知覚(アクセル・センス)】を発動し、狂ったように暴れているブラック・アリゲイターへと再度接近する。しかし、そう簡単に接近を許すほどブラック・アリゲイターは心の広い奴ではなかった。

近付いてくる俺に気が付いたブラック・アリゲイターは鰐口で俺に喰らい付いてくる。その速さは先の腕の振り下ろしよりも速く鋭い。だが、こちらもその攻撃は予想していた為に、何とか避けることができた。


鰐口を避け、その巨体の横をすり抜ける。目指すはブラック・アリゲイターの後ろ足だ。


自身の側面を走る俺へと体当たりを繰り出すブラック・アリゲイター。その巨体と速度故に生じた運動エネルギーが俺を木っ端にせんと迫りくる。


それを足の筋肉がはち切れるような、というより足の筋肉を弾き飛ばしながらの跳躍でもって回避。更に空中で一瞬の内に再生した己の足をブラック・アリゲイターの横腹に着け、そのまま再度跳躍した。


お目当ての後ろ足に辿り着いた俺は【呪詛鴉】を一閃。《呪印【蝕】》を刻みつける。


「やはり、傷が浅いな。呪いの進行速度も緩いか」


《呪印【蝕】》を刻む刃は呪刃であり、普通の魔物であれば防御力を無視して《呪印【蝕】》を刻むことができる。だが、今回刻んだ呪いはブラック・アリゲイターの肉にギリギリ届いた程度のものだった。

どうやら、こいつは呪い耐性も馬鹿みたいに高いらしい。


だが、ギリギリでも肉に届いたなら問題はない。


「――〝縛れ【呪詛鴉】〟」


漆黒の剣でもって侵食蝕部分に刺突を繰り出す。そうして刻んだのは第壱の呪い《呪印【疵】》ではなく、第惨の呪い《呪印【重鎖】》だった。


その呪いは刻んだ対象の部位に掛かる重力を倍にするというもの。呪力の重鎖が刻んだ対象を縛る呪いである。


対象の部位の重力を倍にするという意味では、その効果が一番高いのは勿論最大質量を持つ胴体ということになるだろう。しかし、この呪いには一つ欠点がある。重くなってしまった胴体はその攻撃力を上げてしまうのだ。胴体すら武器であるブラック・アリゲイターにそんなことをするわけにはいかない。


更に三発の刺突でもって《呪印【重鎖】》を刻んでいく。これで鎖の数は四本。奴の後ろ足の重さは五倍になった。


ブラック・アリゲイターが再び暴れ出したことにより四発目を刺すことは出来なかったが、今回の攻撃はこんなものでいいだろう。


また下がって頭をクールダウンさせる。このクールダウンの時間さえ無ければ、それこそ動けなくなるまで胴体に《呪印【重鎖】》を刻んでやってゲームセットだったのだが、そう上手くはいかない。それに例えそうだったとしても恐ろしいほどの反射神経を有するこのブラック・アリゲイターが大人しく何度も攻撃を喰らってくれるとは思えない。

しかし、左足を重くしてやったことで機動力は裂いてやった。俺の役割を考えればそれだけで充分な成果だと言える。それに加えて、片方だけの重さが変わったが故にブラック・アリゲイターのバランス感覚を狂わせることにも成功していた。


「後は、二人に任せるしかないな」


俺はこのまま《呪印【重鎖】》を左足に刻み続ける。それで動きを鈍くしてやればグレイとレフィスが上手くやってくれるだろう。


闘いは最終局面に向けてゆっくと着実に動き出した。




――――




二日間。ブラック・アリゲイターと闘い続けてそれだけの時間が経過していた。


俺達が普通の人間や普通の魔物だったならば、とてもでは無いが堪えられないような長い戦闘。驚くべきは、その時間を闘い続けた俺達というよりも、俺達と闘い続けたブラック・アリゲイターの体力だろう。


俺達はその気になれば一月でも半年でも闘い続けられるが、ブラック・アリゲイターは違う。ブラック・アリゲイターはアンデットではないのだから体力は有限である筈なのだ。


「尊敬するぜ、鰐さん」


身体中を自分の血で塗らしたブラック・アリゲイターは既に身体を赤黒く変色させていた。《呪印【疵】》をチマチマと刻み続けた結果である。そして《呪印【重鎖】》を百単位で刻まれた左足は最早、自力で動かすこともできない足枷と化していた。


それでもブラック・アリゲイターの戦意は折れない。その身に秘めた闘志はその陰りすら見せていない。


だが、二日間にも及ぶ戦闘はブラック・アリゲイターの命を徐々に削り取っている。俺が刻んだ《呪印【疵】》も相まって、ブラック・アリゲイターの体力はそろそろ底が尽きてもおかしくは無かった。

瀕死と称していい状況のブラック・アリゲイター。しかしだからと言って油断して言い訳ではない。少しでも隙を作れば、その牙は容赦なく俺達の存在を消し飛ばそうとしてくる。


手負いの獣ほど恐ろしいものはないのだ。


故に俺達は情けも容赦もせずにブラック・アリゲイターの命を刈り取っていく。それが挑戦者たる俺達からの、湖の頂きに立つブラック・アリゲイターへの敬意の現れでもある。


ともすれば永劫に続くかとすら思ったブラック・アリゲイターの闘い。だがその闘いにもどうやら終わりが来たようだ。


レフィスが振るった大剣モードの【紅蛇螺】がブラック・アリゲイターの側頭部を殴打する。どうやら脳震盪を起こしたらしいブラック・アリゲイターは、身体をふらつかせた。

それをチャンスと踏んだグレイが【巨人の右骨腕(スカル・ギガンテロワ)】と【巨人の左骨腕(スカル・ギガンテーシェ)】でもって後頭部を殴り続け、ラッシュを掛ける。


巨大質量同士の衝突による轟音が湖に響いた。その鈍い轟音が止まった時、ブラック・アリゲイターは動かなくなっていた。


「……勝った?」


「ああ。俺達の勝ちだ」


「アハハ、とうとうやったね」


この蒼の洞窟に来て以来の目標を達成した俺達は何とも言えない達成感を感じながら死体となったブラック・アリゲイターを眺めていた。


そんな時、身体に突如異変が起きる。その異変は今までにも一度だけ経験のあるものだった。


具体的には初めて土蜘蛛を倒した後の感覚。つまり俺がゾンビから餓鬼となった時の感覚である。

そんな過去を思い返している内に俺の意識は途切れた。




――進化が始まったのだ。




◆ ◆ ◆




【ゼティス教会】に【エクソシスト】二名の死亡が伝えられた。


一人は《司祭》クラスの【エクソシスト】、ウルマ。そしてもう一人は《司教》クラスの【エクソシスト】、グレスト・ローゼンである。


【エクソシスト】の位はその実力と功績で決まる。最高ランクの《教皇》を頂点とし、その下に《大司教》《司教》《司祭》《助祭》へと実力順に分けられるのである。


そして、今回死亡したグレスト・ローゼンは《司教》クラスであり、ウルマ自身も《司教》に近い実力を有していた為に【ゼティス教会】の被った損害は大きかった。


「由々しき事態ですな」


【ゼティス教会】の本部。その会議室には七人の《大司教》がいた。

【ゼティス教会】及び《アステロン皇国》の意志決定は殆どが彼等によって行われている。


彼等のトップ《教皇》は基本的に政治には関わってこないからだ。


「まさか、グレストが殺られるなんて。まぁ、彼は神に選ばれなかった人間だし当然か」


発言したのは、この場において一番若い青年だった。名を〝ケーロン・シントルメニア〟と言い、【エクソシスト】に所属している人間である。


「ケーロン殿、グレストの死を貶めてはなりませんぞ」


「さよう。グレストとウルマは尊い犠牲となったのじゃ」


七人の《大司教》の内、【エクソシスト】であるのは三人のみ。他の四人は戦闘能力ではなく【ゼティス教会】への貢献でもって地位を築いてきた人間だった。


「しかし、あの二人が敗れるほどの強大な魔物となれば、【魔王候補】で間違いないでしょう」


「【魔王候補】を魔族にするのだけは阻止しなければなりませぬ」


「だけれど、〝蛮族の国〟に〝悪魔の血族〟〝北の九尾〟〝夜の一族〟〝巨人の渓谷〟〝蟲の森〟〝知恵ある蛇〟〝破滅の竜〟手をつけなければならない案件が多すぎますわよ」


【ゼティス教会】は魔物の根絶を大きな目標としている。その為にやらなければならないことは多いのだ。


「なら、私が行こう。神に選ばれたこの私が神に代わって裁きを下してやるのだ」


手を上げたのはケーロン・シントルメニア。彼は冒険者で言うところの《Sランク》の実力の持ち主であった。

【聖火を司る神の加護】を持つ勇者。



――【聖火剣】の二つ名を持つ【エクソシスト】である。



「確かにケーロンなら実力的にも問題は無かろう。だが、君の担当である〝北の九尾〟の討伐に支障をきたすようなことは無いのかね?」


「大丈夫ですよ、グレニウスさん。神に選ばれたこの俺がしくじる筈が無いではないですか」


自由奔放のレウスがこの場において唯一尊敬し、敬う姿勢を見せる男がいる。グレニウス・ローデルト。レウスと同じ【エクソシスト】所属であり、そしてケーロンの師匠でもある。

ケーロンは師匠の強さを知っていた。グレニウス・ローデルトは自分の更に高みにいることを、ケーロン・シントルメニアは知っていた。


「ならば、決をとろう」


意志決定は七人の《大司教》による多数決で行われる。

そして今回は特に反対するような者は出ず、ケーロン・シントルメニアのアンデッド討伐任務が可決された。




 ◆ ◆ ◆




それは圧倒的なまでの白だった。その空間には白とそして一人の青年しかその存在を許されてはいない。


ここは《アステロン皇国》の皇室。つまり、この部屋にいる青年こそ、この《アステロン皇国》の《教皇》その人。

純白以外何も無い一種神秘的なこの部屋に溶けてしまいそうなほどに白い髪と白い肌をしたその青年は、唯一この純白の世界の例外である翡翠色の瞳を部屋の一点に集中させていた。


その方角の先には【鋼竜の根城】があり、そして今この瞬間にとある魔物達の進化が始まっていた。


「運命が動き出したよ、ネルメス」


白の世界で青年は笑みを浮かべ、また視線を正面に戻す。


彼の名は〝エルファ・A・アステロン〟。


五百続く《アステロン皇国》唯一の《教皇》であり、最強の【エクソシスト】であり、そして。



――最古の勇者である。



「約束の時まであと少しだ」


青年は笑う。青年の形をした化け物は嘲う。





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