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1話 物語の始まり

 岩陰に隠れながら、俺は敵の様子を伺っていた。

敵は丁度、大きな猪〝ハードボア〟を倒して油断しているところだった。運の良いことに今は猪の血の臭いが辺りに充満しており、俺の匂いで敵に気付かれる可能性は低い。


敵の数は三人。装備品を見る限り、戦闘経験の少ない駆け出しだと思われる。


敵が武器をしまい、猪の解体に入った。周りを警戒している様子はない。よっぽどの激戦だったのか、皆肩で息をしており、辺りを警戒する余裕なんてないようだ。


俺はそれを好機と見て、岩陰から飛び出した。


一番厄介そうな剣士の青年をその剣を抜く前に奇襲にて殺すことにする。手に持った錆びてボロボロになった剣で剣士の頭部を叩き斬る。

剣士の青年の頭を割るのと同時に錆びた俺の剣も砕けちった。


「――ッ!?」


「ガルーラ!?」


ガルーラというらしい青年の突然の死に残りの二人はパニックに陥っている。これは好都合とばかりに槍を持っていた青年の胸を蹴りあげる。防具を纏っていたが、俺の蹴りはそれを貫き、敵の命を刈り取った。


「――イヤイヤイヤイヤタスケテタスケテタスケテ!!」


残った弓使いの女は恐怖で身体を震わせ、既に戦闘不能だった。それを冷たい感情で見下ろし、そのまま拳を振り上げ命を奪った。




――――




三人の死体を綺麗に平らげて、俺は満足しながら、頭の中でステータスと呟いた。


頭の中に浮かんだ文字列、これを俺はステータスと呼んでいる。

その内容は、【名前】【種族】【レベル】という項目に別れている。そのステータスによると、俺のレベルは17になっており、今の闘いで一つ上がっていた。


ステータスを見れば一目瞭然だが、俺は人間ではない。



――ゾンビだ。



身体は完全に腐っており、ネッチョリしていて腐臭も凄い。胸には大きな穴があり、左頬は千切れ、あばら骨が剥き出しになっている完全なるゾンビだった。

俺がこんな身体になってから、既に一ヶ月が経つ。


俺は昔、人間だった。そして、何故か人間の頃の記憶と精神の一部を継承している。だから希に出会う同族のゾンビのように知性の欠片もなく、ただ生者に襲い掛かる魔物とは少し違った。

だが、俺は自分の名前と記憶の一部、そして倫理観と感情の一部を失っていた。


失った名前の代わりに俺は自分を〝ロスト〟と名付けた。名前を失った俺にはピッタリな名前だろう。


過去の俺について分かっているのは俺は高校という場所に通っていて、それなりの教育を受け、知識も豊富だということ。しかし、その記憶も虫食い状態のようなものであり、親の顔や名前、住んでいた町の風景なんかは全くもって思い出せない状況だ。その頃の記憶にあった世界と今の世界はかなり違う環境だが、なぜそうなったのかはよく分からない。それが理解できないのも記憶の欠落によるせいなのだろう。

因みにステータスなんかの知識は前世の俺の記憶から引っ張り出したものだ。俺が読んだ何らかの書物にあった知識である。



俺はこの一ヶ月、この場所で人や異形の魔物を襲い喰らい生きてきた。人を殺すことに戸惑いは無かった。今の俺は人を同族とは見られないからだ。寧ろ本能が人を敵と見なす為、嫌悪感すらあり、俺と人間は相容れない存在となってしまっている。


人や魔物を殺すのには理由がある。それはたった今行われたレベルアップという現象を起こす為だ。レベルが上がれば肉体は強くなり、更に強い敵を倒せるようになる。弱肉強食のこの場所では強くなければ簡単に死んでしまうので、レベルアップは生き残る上で大切な要素だ。

前の俺の記憶でもレベルアップは大切だとされているので、間違ってはいない筈だ。


「そろそろ行くか」


あまり長居をしていると、人間の血の臭いに誘われて厄介な魔物が寄ってくるかもしれない。

俺は剣士の剣を俺の折れた剣の代わりに貰って、その場を立ち去ることにした。


俺が今いる場所は所謂、〝洞窟〟と呼ばれるような場所だった。

この洞窟には地下にも関わらず光がある。それを生み出しているのは辺りに生えている光る苔で時間の経過ごとに赤色光と青色光を交互に繰り返す性質がある。時間感覚的に、どうやら半日ごとに色の変わるこの苔のお陰でこの洞窟は暗闇に支配されずに済んでいた。

本来、ゾンビである俺には〝光〟は敵である。しかし、俺はこの光が苦手ではなかった。苔の作り出す光は僅かなもので、辺りはほんのり薄暗く不気味な雰囲気を漂わせており、俺にとっては寧ろ気持ちの良い場所となっていた。


幾重にも道が別れ迷宮のようになっている洞窟を俺はゆっくりと辺りを確認しながら進む。

洞窟内は慎重に歩かなければならない。何故ならこの洞窟内には俺の勝てない魔物や人間もいるからだ。




――――




洞窟の通路を歩いていると、不意に岩陰から青い液体状生物が跳び現れた。


それは俺が〝スライム〟と呼ぶ魔物であった。スライムはこの洞窟内では一番弱い魔物であり、そして数としては一番多い魔物である。

もう一種類、俺が〝ウォークナッツ〟と呼んでいる根っ子のような触手で動く種の魔物がこの辺りではよく見かける。

洞窟内の魔物はこのスライムやウォークナッツを主な食料とする中型種、そしてその中型種を更に食らう大型種が存在する。

因みに俺はその括りの中では中型種に振り分けられる。

大型種はこの辺りだと〝巨大狼〟がいる。数は少ないが強力な魔物であり、俺はその姿を一度見ただけだが、それだけで勝てないと分かるような魔物だった。


と、少しばかり思考を巨大狼に飛ばしていた隙にスライムが足下にまで迫ってきていた。


こいつらには視覚は無いらしく、俺という存在に触れて初めて気が付いたようで、俺の感覚ではゆっくりと、スライムの感覚ではおそらく慌てて、逃げだした。


俺はゆっくりと離れていくスライムに数歩で追い付き、スライムの体内にある核をその青い身体に手を突っ込んで取り出す。すると核を失ったスライムの身体は溶けてなくなり、洞窟の地面へと吸い込まれていった。

俺は取り出した核を口に放り投げボリボリと噛み砕く。


薄くて微妙な味がした。


ゾンビの俺にも五感の殆どが備わっている。唯一、痛覚だけが殆ど欠如しているが、味覚は存在する。

そして、グルメな俺の舌をスライムの核ごときでは満足させることは出来なかった。


それでも腹の足しと少しの経験値にはなったかと思いながら、再び宛もなく洞窟を進み始めた。




――――




「フンガーー!!!!」


荒々しい咆哮が洞窟内に響いた。それはこの一ヶ月でよく耳にした声であり、聞き慣れたハードボアの威嚇音だった。


これは、ハードボアが何らかの相手と戦闘行為を始めた合図である。相手は今までの経験上、人間のことが多い。


俺は漁夫の利を狙ってその咆哮元へと向かう。


ハードボアは中型の魔物であり、その見た目は黒毛の猪である。ハードボアの毛は凄まじく硬く、防御力も高い。おまけに好戦的で鼻も効く。

故に万全な状態のハードボアを倒すのはかなり難しい。特にその防御力は厄介だ。

だが、戦闘後の消耗したハードボアなら俺でも何とか倒せる。もし、ハードボアが敗れて、人間が勝ったとしても、先の人間達ように油断を突いて殺してしまえばいい。


そう思って音源まで足を運んでみると、既にハードボアは事切れていた。


ハードボアを殺し、その肉を喰らっているのは巨大な蜘蛛だった。ハードボアの大きさは俺の胸辺りまであるが、その蜘蛛は俺の背丈の二倍はありそうな巨体であった。


それは、俺が初めて遭遇する魔物であり、明らかに大型種に属する魔物だ。


俺はそいつを〝土蜘蛛〟と呼ぶことにし、すぐさまその場を立ち去る。巨大狼を見た時も思ったが、アレに勝つのは今の俺では不可能だ。


幸い、土蜘蛛はハードボアを喰らうことに夢中で俺を追いかけるようなことはせず、俺は無事に逃げ出すことができた。


逃げ切ったと判断し、安心していたところに二匹のゴブリンと遭遇した。

ゴブリンとは、緑色の皮膚をした子供程度の背丈しかない人型の魔物である。

曲がった鼻に、髪のない頭。目は血走っており、歯は黄色という俺の顔と同じくらい醜い顔が二つ、俺のことを睨み付けていた。


ゴブリンは俺のようなゾンビやハードボアと同じ中型の魔物であるが、その実力はゾンビ以下である。

ただ、こいつらは知恵が若干働き、武器を操ることがある上に群れる。故に俺以外の馬鹿なゾンビよりも厄介度は高いだろう。


だが、今回のゴブリンは二匹と比較的数が少ないし、武器も持っていない。

流石に五匹以上の群れとなると手を出さずに逃げるが、これなら俺でも十分勝てる相手だ。


そういう訳で、新品の剣を振って片方のゴブリンの首を飛ばす。基本的にゾンビは武器を使わない為に、ゴブリン達は油断していたようだ。

武器を持っているのだから警戒してもいいと思うのだが、基本的にゴブリンは馬鹿なので仕方ない。

もう片方のゴブリンもゾンビの桁違いな腕力で振るわれる剣によって胴体を叩き斬られ、絶命する。

二匹の死体を喰らった。


ゴブリンの肉はパサパサした鶏肉のような味がした。




――――




それから、光苔の光の赤色と青色が五回ほど繰り返された。つまり、五日という時間が流れていた。

その間に人間二人と、手負いのハードボア一匹、ゴブリンを七匹、スライムとウォークナッツを何匹も喰った。

そのお陰でレベルも18に上がっている。


そんな俺は今、同族の危機に立ち会っている。


洞窟の岩陰に隠れている俺の視界に映るのは、大剣を持った大男と闘う一匹の〝スケルトン〟という見たことのない魔物だった。

スケルトンは俺が今つけた名前だが、その姿は動く骸骨そのもの。


その姿容と感じる負のオーラは俺と同種のものであり、死者が甦った〝アンデッド〟とでも言うべき括りの仲間であると感じた。


スケルトンの闘い方は手から骨状の剣を生み出し、それを武器に闘うというものだ。

しかし、スケルトン自体の近戦能力の低さとその武器の脆さが目立ち、人間相手に防戦一方となってしまっている。

人間の方は巨大な剣に振り回されて大降りな攻撃を連発しており、威力は高くても避けやすい攻撃ばかりだ。お陰でスケルトンも何とか致命的攻撃は避けられている。どうやらこの男は剣の使い方というものを知らないらしい。ただの力自慢の素人、俺はそう判断した。

だが、戦況は人間有利に進んでいる。スケルトンの骨には徐々にヒビが目立つようになってきており、所々折れている場所もあった。スケルトンが敗れるのは時間の問題だろう。


いざとなったら俺はこのスケルトンを助けるつもりでいる。

人間には湧かない同情心だが、同族ならば話は別だ。


そして、数多の剣の交錯の後、とうとうスケルトンが倒れこんだ。

原因は足の骨折である。

大男がスケルトンの隙を突いて放った蹴りがスケルトンの足を砕いたのだ。


動こうと藻掻くスケルトンに止めを刺そうと大男が近寄る。


そして、その大剣をスケルトンの顔目掛けて突き刺そうとした瞬間、大男の胸から銀色の剣先が飛び出た。


「――ッえ?」


不思議そうに自分の胸を眺める大男から剣を引き抜き、血糊を払う。


この大男とマトモに闘うのは大変そうだったので、敵を仕留めたと油断したその隙を突いたのだ。


本来なら大男の死体を喰ってやりたいところだが、今回はそれよりも同族の救出が先だ。

血の臭いで他の魔物が集まってくると面倒なので、大男の大剣だけ回収して、とりあえずスケルトンを担いで安全そうな場所へと向かうことにした。



――――



スケルトンを担いでやって来たのは、洞窟の中に希にある洞穴の中だった。

洞穴は入り口が小さいので、大型種やハードボアレベルの体格を持つ魔物は入ってこれない一種の安全地帯となっている。


「大丈夫か、兄弟?」


「――ア――リ――ガ――ト――ウ」


俺の問いに対し、スケルトンは頭蓋骨を揺らしながら、言葉を紡いだ。


「おまえ、喋れるのか?」


それを聞いた俺は驚いた。

今まで、俺はこの洞窟内で意志疎通の出来る魔物を見たことが無かった。 同種のゾンビはアホみたいに歩き彷徨うだけだし、ゴブリンだって若干の知恵はあれど、意志疎通が図れる程ではなかった。


「――ハ――ナ――シ――デ――キ――ル」


ゆっくりと紡がれる言葉に俺は初めて本当の意味で仲間意識を持った。


「そうか、ならおまえ俺の仲間になれよ」


同族の意志疎通が出来るスケルトンと別れるのは惜しい。言葉を交わせる存在を俺は手放したく無かった。


「――ナ――カ――マ――ナ――ル」


その後、詳しく時間をかけて聞き取った話によると、俺は命の恩人だから何でも言うことは聞くということらしい。

どうやら、助けたことで好感度がMAXまで上がったようだ。


そんな話をしている内に、スケルトンの身体は元通りになっていた。俺達アンデッドは頭部を破壊されなければすぐに再生するので便利である。


こんな経緯で仲間になったスケルトンだが、俺の後ろをテクテクと黙って付いて来るようになった。たまにカタカタ骨を鳴らしているのが面白い。

なんだか、カルガモの親子になった気分だ。


といってもカルガモがどういう鳥かは知らないがな。




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