乾杯
ふうっ
つい溜息が漏れる。ナツは退屈そうに足をパタパタと動かしていた。あの日は夢だったのかしら?もう7日も前のことを思い出す。
ーーー
「汲んできたわよ!」
ドアを勢いよく開けて、家に飛び込んだ。
「ナツは元気が良いですね。」
クスクス笑っているターナの笑い声が心地よい。
「聞いて!タンポポもたくさん咲いているのよ!」
「花が好きなんですか?」
「好きよ!とっても。花を見ているだけで癒され、心が踊り出しそうだわ。」
くるっとカグの方へ振り返る。
「カグは好き?タンポポとか、チューリップとか…」
「花は好きじゃない。」
「そう… でも、いつか!好きになれれば良いわね。」
なんだかカグの目を見ることが出来ず、窓の外を見つめてそう言った。花、好きじゃないんだ……。強く揺れる木々が目に入る。風が出てきたようだ。
汲んできた水を貯水場に流し入れる。
「ナツは、ここに1人で暮らしているのですか?」
不意にターナが尋ねた。
「ーええ、そうよ。両親はあそこの森の中の月の光村に住んでいるわ。15の時に私だけここに来たのよ。」
できるだけ明るく答える。
「そうですか。それからずっと1人で…。私には出来ないですね。」
少しかなしげに、柔らかく微笑んでいる。
「私が15の時は、確かカグに出会った歳ですね。秋頃に私の付き人として父様が連れて来たんです。もう2年になりますね。」
一つ、間を開ける。
「ーー私は、小さい頃から体が弱くていつもそばにいてくれる人が必要でした。そうですね、体を支えられるような男の方の力が必要だった。お前の付き人が決まったと、父様に言われてカグに会った時、すぐに思いました。この人は私にもったいないと。」
「ターナさん。だから、そんなことは…」
「カグは頭がきれていて、責任感が強く生真面目な人です。その上忠誠心も強い。必ず、私のそばを離れず付き添ってくれるでしょう。必ず、私に繋ぎ止めて不自由にさせてしまうでしょう。…それじゃあもったいないんです。」
ターナは私を見つめて話しながら、カグに言い聞かせるようにしっかりと言葉をつないでいく。
「彼も私と同じ17歳の少年。私と彼は友人でもありたいんです。しかし、彼は言葉で承知しても心の中では私をそのような目では見てくれないでしょう。…だから、ナツ。3人で友人として、これからよろしくしてもらっていいでしょうか。」
ターナのカグへの思いを、感じる。大切な人なんだ。言葉に、瞳に、全身から強い思いが溢れている。私もこの2人の力になりたい。そして、なにより友達が2人もできるなんて…。
「ターナ!カグ!お昼ご飯はまだ⁉」
「っお前…!ターナさんの話を聞いて…」
「ご馳走を作るわ!友達になった記念よ。ーーそれと、ここではちゃんと名前で呼んで。ナツと、ターナって。」
ね?と、カグに目を向ける。するとここに来て初めてカグが二カッと笑う顔を見た。
「ー…ああ、よろしくな。ナツ。」
あ、と思った。この人はこんなにも少年のような顔をするんだ。いい表情をしている。
「さあ!準備しましょっ。」
カグの隣ではとても嬉しそうにしているターナがいた。
「カグ!お湯が吹きこぼれそうよ!」
「はいはい。」
ナツとカグがキッチンに立ち、料理を作っている。料理などしたことない自分は邪魔になると思い、1人席に着いて2人を見守っていた。
「ターナ!キノコは嫌いじゃない?お野菜とキノコをたっぷり入れるわよ!」
ほかほかとした湯気に囲まれたナツが声をかける。
「大好きです。」
「良かった!じゃあもう少し待ってね。」
視線を鍋に戻し、また忙しそうに手を動かし始めた。カグも慣れた手付きでナツの手伝いをしている。ふと目を閉じると包丁の音と鍋のグツグツと煮込む音が聞こえる。時折、ナツの明るい声とカグの短い声が交互に聞こえて、ああ、ここに来て良かったと思えた。ナツに出会えて、良かった。
あの子の明るい性格はカグを明るい場所へと引っ張って行ってくれるだろう。私と2人では行けなかった場所へ。
カグにも安らぐ場所があればとずっと思っていた。私に家があるように、彼にもそんな場所が。自分はカグといても心が安らぎ自分らしくもいられた。しかし、カグにとっては使命を果たすため、むしろ心は張り詰めていただろう。いつも硬い表情をしていて言葉もどことなく冷たく感じた。が、今ナツの隣にいるカグの表情を見ると穏やかで少し楽しげな顔をしている。きっといい関係になれる。きっとーー。キッチンから良い匂いがして来た。自然と心が満たされていく気がした。
「じゃあ、せーのっ」
「「「乾杯!!!」」」
木のグラスがコツっと音を立てる。
3人とも、そのままグラスを口に近づけお茶を飲んだ。
「今日はお祝いよ!お腹いっぱい食べましょ!」
「これ全部食べたらお腹いっぱいになりますよ。」
ターナは笑って答えた。
テーブルは端から端までお皿が並んでいた。パンにスープ、サラダに炒めもの。真ん中には赤いイチゴが並んだパンケーキまである。
「残さないでよ?」
パンを口にしてナツが嬉しそうにそう言った。
「残さねえよ。」
「美味しいですからね。」
他愛のない話はお皿が空になっても続き、時間はゆっくり流れていった。
ーーーー
っ!
また思い出してた!
夜ご飯に食べるもの何もないわ!!
音を立てて家を飛び出す。もう日は暮れかかっていた。