自殺願望
……手を繋ぐ。
手を繋ぐと人肌の温もりは手袋と手袋で遮られてわからないが、繋ぐ二人の気持ちは電波のようなものだろうか、握力からか、精神みたいなもので表情を見なくても嬉しいものだと伝わってくる。
出会ったばかりの二人は、あれやこれや大きなアトラクションを順々に周り、一息をつこうと、僕等はグルグル回るコーヒーカップに乗り込んだ。
乗り込んだ時はゆっくりした時間の二人だが、しだいに彼女は飽きたのか悪ふざけでコーヒーカップを回し、ぐるりと回り、僕もまけじと回し、高ぶったテンションで休む間もなくぐるぐる回り、だから今年一番の最低気温も寒を感じることもなく、コーヒーカップから降り立った頃には、二人共汗がでて息が白く上がっていた。
『それは大袈裟な例えでもなければ、私は、生まれてはじめてかもしれない感じたことのない清々しい高揚がそこにあった』
ジェットコースターも
メリーゴーランドも
観覧車も
遊園地内で有名なクレープ屋も
キラキラと輝きを帯びた時間を残してくれた。
あ、次はあれに行ってみない?
指差す彼女の姿は、周りの子供達すらポカンとしてしまうようなはしゃぎようで、指差す先に人の出入りが少ない古ぼけた入口を見つけた。
看板だけはデカデカと、程度が知れてそうに普通に怖そうなお化け屋敷があった。
いいよ、行こう
パスも早々に、中に入ればどうも墓地をイメージしてあり、百人が百人イメージするような典型的なお化け屋敷だ。
辺りは薄暗く、這うようなスモークが流れ、中は冷房が効きすぎ、周りからは今から驚かせようといった演出の空気がありありとしていた。
まるでお化けがまだかまだかと、今か今から飛び出ようかといったシュチエーションをかもしだしていた。
ねえ……怖くない?
まさにそこだ。だから僕は彼女と出会って最後の前にここにきたのだ。
いや、別に
僕のしれっとした返答も聞こえているのか、いないのかわからないが、彼女は意地を張ってか、恐がるそぶりを見せない。だが、僕の裾を決して放そうとしない。
ろくろくび、河童、砂かけババア、いろいろいたがお化けが登場すれば必ず彼女は驚いた。
驚かせる側も喜んでしまうぐらい、見事なリアクションを必ずしてくれる。
ひゃあ、わあ、きゃあ、
スタッフの皆さんも変な例え、ここまで跳ね上がるように驚けばお化け冥利につきるだろう。
僕はといえば怖くないといったら嘘になるが、彼女の驚きように幾分か気持ちが和んだのだろう怖さ半分に笑いが半分だった。
お化け屋敷から出てきた頃には、日は傾きかけていた。
半ベソだった彼女も、それはそれは見事な夕陽に、もう当初の目的を忘れたに違いない。
二人で最初に合流した駐車場まで到着すると、彼女は言い出し難そうにしていた。
用件はわかる、当初の目的の話だろう。
「私、やっぱりもうすこし長生きしてみようと思うんだ」
思わずだらりと下げた握り拳にグッと力が入る。
知り合ったのは小さな自殺サイト。
サイトの会員の僕に、共に自殺しようと持ち掛けられたのが最初。
僕の案で、最初に遊園地へ行き、その帰りにまっすぐ富士の樹海に行こうと決めていた。
遊園地は人生最後の思い出だ、それでなければあまりにも寂しいことばかりで終わってしまうからと言い、彼女も最初は嫌だったようだが渋々賛同してくれて、遊園地行きは決定したのだった。
そうだね、なんか白けちゃった。このまま帰ろうか。
もちろん彼女の連絡先も知らなければ会ったのも今日が初めて、ましてや名前もきっと偽名だろうし歳も適当だから僕等は互いに互いの素性全く知らない。
じゃあ、さようなら。またどこかで、
別に僕はそれでよかった。むしろそれがよかった。
僕には彼女がいる。
決まった仕事がある。
趣味も多彩にある。
先月はローンを組んで中古だが家も購入した。
そんなリア充な僕が本気で自殺願望があるかときかれれば、さらさらに無い。
では、なぜそんなことを、逆に僕からしたらそれだけ順風満帆の人間はちょっとおかしなこともしたがるものだと思う、かくいう僕もそんな人間だからだ。
昔使っていた棚の整理をしていたら、古ぼけたノートが目の前に落ちてきた。
一年三組将来の夢……小学生の頃のノートの中に黄ばんだ作文が挟まっており、ヒーローになりたいとそれには書かれていた。
ヒーローは人を助けるのだ。僕はそれに憧れる。
ヒーローになり僕も沢山の人たちを助けるのだ
最初は興味本意だった自分なりの自殺者救済。相手の名前を聞くのが怖く、趣味的な行動に嫌悪感も同時にあったが、結果
まだ人生やり直してみようかな
と言った、助けた人の言葉をきっかけに馬鹿げたヒーローごっこはエスカレートしながらまだ続いていた。
そして回数を重ねるにつれて、いつの間にやら仕事以上の生き甲斐、自分の生きる源になっていた。
今日で十二人目、また一人生きていくと言い、その場から去っていった。
それからすぐになれた手つきでメールアドレスを変更し、再度登録ログインし、新しい名前でサイトに入室をすませれば、そこで登録外の着信が鳴った。
番号は警察からだった。
簡単に用件を聞くと、サイトをひらきっぱなしで自宅に車を飛ばした。
それからの記憶はかなり曖昧だ。
白くなった横たわる妻。
荒らされた家。
あらゆる棚は引き出され、真っ赤なクロスと壁にかけた壁画、真っ黒なシミの絨毯。子供も身篭っていたんだ。
警察の人にしがみつき言うが意味はない。
頭より口が先行する。
状況が掴めない、
よくわからない、
内容が飲み込めない、
意味がわからない。
家は酷く荒らされたのにも関わらず金品は一切手付かずのまま。事件日の予定は? はじめてあった素性を知らない人と一緒に遊んだ、それは誰か? もちろんその人に確認はとれない。
遊園地側も沢山の観光客だったらしく僕を覚えている人はいなかったそうだ。
つまり、僕は妻にもまだ見ぬ我が子に先に逝かれたまま、今、小さな独房の片隅にいた。
刑事さんの取り調べは誘導した返答を孕ませる。
「事件前日、隣に住まう奥様にも覚えられるくらいの口論をしていたらしいですね……二週間にいっぺん、日曜日には必ず行き先不明のお出掛けをされていますね」
次の日、会社から回顧通告の通達があったと、刑事は人事のように話。また尋問ははじまる、僕は心が折れたのだろう、自然と頬に涙が伝い。
いっときぼうとしたあと、いつの間にか時間が過ぎて、楽になりたい一心でやってもいない罪で自白をした。
刑事のガッツポーズに似た舌なめずりを今でも忘れない。
それと肩に乗った鉛を外したように、とにかく身体中のおもりがすこしだけ軽くなった気がした。
次の日、僕に面会したい人がいるとあった。
会社でお世話した後輩も、学生時代の同級生も誰一人こないのに、誰だと思い小窓から覗けば、見たことはあるが名前を思い出せない部類の人がそこに座っていた。
「あの……どちら様? 」
綺麗な見なりの女性はおもむろに立ち上がり、一例すると名前の前に自分の素性を彼女は名乗った。
「先日、自殺をしようとした時、遊園地のお化け屋敷と絶景の夕陽に生きる活力をもらった者です」
微笑をした彼女は、今度は私が助ける番ですね。と、言葉を付け足し、証人になると言ってくれた。
きっと私達は防犯カメラにでも映っているかもしれません。その通り、二人は遊園地の防犯カメラにしっかり映っており、それから暫くして僕は外の空気を久々に吸えたのだった。
『それは大袈裟な例えでもなければ、私は、生まれてはじめてかもしれない感じたことのない清々しい高揚がそこにあった』