ミレニアムフォール ―千年彼女―
―西暦1999年12月31日23時00分
20世紀最後の日、最後の一時間の割とどうでもいい話。
このボロアパートに二人の男がいた。
「大変だ、白石」
「どうした、伊藤」
「今日は何の日だ」
「今日は大晦日だ」
「鋭い!」
いや、そうじゃない。もっと大事な日だろう。なんたって今日は20世紀最後の日であって西暦1000年代最後の日なのだ。すごく歴史的な瞬間に立ち会わせている気がしないか。
「……しないかな」
「しないこともないが、俺はそれよりも本当に西暦2000年がやってくるのかどうかが心配なんだよ」
「アンゴルモアの大予言かい」
「いや、予言したのはノストラダムスだ」
「ノストラダムスかい」
「まあ、ノストラダムスの話のことでもないのだがね。そうだな、ゲームを例に考えてみると100レベルまで設定されているゲームと99レベルまでしか設定されていないゲームがあるだろう、もしこの世界が後者だったら1999年12月31日23時59分で俺たちの人生は今日でゲームオーバーだ」
確かに、それは大変だ。白石が白石らしくない興味深いことを言うものだから俺は少しひるんだ。しかしすぐに気づいた。
「ちょっと待った、そのロジックを採用したとしたら999年にゲームオーバーしていた方がキリがよかったんじゃないか」
「伊藤……」
「ああ」
「確かにそうだよな」
「そうか……」
考えてみたらどうだろう、2000は本当にキリのよい数字なのだろうか。1000ならわかるけど2000というのは……。いや、やはりキリがいいに決まっている。なんせ2000は1000に1000を足した数字だから、きっとキリがいいに違いない。見える、俺には見えるぞ、二千円札が日本中でにこにこ笑顔と共に使われている未来が。そうさ、二千円札の登場でもっと便利な世の中になるに決まっている、なんせ2000はキリがいいから。
「999年かあ」
「どうした、白石」
「いや、今から1000年前って平安時代だろ」
「ああ、紫式部さんが幅を利かせていた時代だな」
「紫式部も『西暦1000年がやってきまするなり』とか言っていたのかな」
「ああ、ロマンチックだな」
「そしてそれから1000年が経って、今、俺たちも同じようなことを言っているわけだ」
「ああ、ロマン……おい、白石」
「どうした伊藤」
「俺はいても立ってもいられなくなってしまった」
「伊藤……」
「俺は日付が変わる前に彼女を作りたい!」
「いても立ってもいられなくなってそれかよ」
「実は俺……ずっと好きだった女の子がいるんだよ。アンゴルモアの不安だってまだ拭い切れたわけではない。世界が終わる時……後悔したくないんだよ」
「……まあ、俺が言えることは、もう一時間切っているんだから行くなら早くしろということだ」
―西暦1999年12月31日23時27分
「というわけで連れて来ました、アユミちゃんです」
「やっほー」
「こんな日なのに実家にも帰らず、大学の友達と飲んでいるわけでもなく一人で暇にしていたなんて奇跡としか思えないよ」
「まるで俺達みたいだな!」
「ところで伊藤くん、急に呼び出して何の用かしら」
「じ、じじじじつは、ぼ、ぼ、僕は……あなたのことがす、す、好きでした。僕の恋人になってくだちい!」
「噛み過ぎだ!」
「……わ、私でよければ」
「早過ぎだ!」
「本当かい、う、うれしいなあ」
「実は私も前から伊藤くんのことを見ていたのよ」
「え」
「毎日同じ服を着ているなあ、とか」
「ええ」
「今朝は目ヤニが付いているなあ、とか」
「えええ」
「と、とにかく見ていたのよ」
「なんてかわいい!」
「同意しかねるぞ、伊藤」
そういうわけで俺の恋はトントン拍子で実ってしまった。
そして俺はアユミちゃんに「ミレニアム・フォール・イン・ラヴ作戦」の説明をした。これはアユミちゃんを迎えに行く途中で思いついた作戦なのだが、その名のとおりミレニアムな時空の流れに感動しながら年を越し、ラヴラヴしてしまおうというものだった。
「……というわけなんだよ」
「同意しかねるわ、伊藤くん」
「え、どうして」
「私はミレニアムな時空の流れに感動なんてできないもの」
「だ、だって、さっきも説明したとおり紫式部さんの時代から1000年が経っているんだよ。『ミレニアムでござる』と言っていたであろう紫式部から1000年の時を超えて『ミレニアムだわ』と言うことができるんだよ。これで君も紫式部じゃないか!」
「確かに来年はミレニアムよ……」
―グレゴリオ暦的にはね。
「なにそれ」
「西暦2000年というのはイエス・キリストさんが産まれてからグレゴリオ暦で2000年経ちました、ということでしょう。私たちに何も関係無いじゃない」
「な、なんだって」
「西暦2000年はユダヤ暦では5760年だし、イスラム暦では1420年よ。ちなみに西暦1000年は長保2年。紫式部は年越しの際に『長保2年じゃ』と言ったか、もしくは『無言』だったということね。つまるところ、私にとって西暦2000年の到来だとかは何の価値も無いということなの」
「……おい、どうすんだ伊藤、アユミちゃんはなんだか小難しいぞ」
「……いいんだよ、白石、俺はアユミちゃんの小難しいところが好きなんだから」
「でも……だけどそうね、2000年の到来とともに伊藤くんキスなんかをしてくれると言うのなら2000年が待ち遠しいわね」
「キ、キスだなんて」
「ダメ……?」
「だ、だだだだ、ダメだよう。まだ付き合い始めてから30分も経ってないのに……そ、そういうのはもっとお互い愛を深めあってからの方が……」
「あそう」
大変だ。ドキドキだ。アユミちゃんにこんな一面があるなんて……。やっぱりアユミちゃんは素敵だなあ。
「おい、伊藤、女の子に恥をかかせるんじゃないよ」
「え」
「そうよ、伊藤くん。伊藤くんがそういうつもりなら私はこれから2000秒数えるわ、私にとっては2000年も2000秒も同じということを示すためにね」
「本当に数えるの」
「1、2、3……」
アユミちゃんは本当に数え始めた。
―西暦1999年12月31日23時51分
「998、999、1000」
「お、伊藤、ついに1000に達したぞ」
「大変だ、白石、2000秒は思っていたよりもずっと長いぞ」
ここままでは俺の「ミレニアム・フォール・イン・ラヴ作戦」が台無しではないか。
「アユミちゃん、もういいよ……ってあれ、アユミちゃんは何処へ消えた」
「ああ、アユミちゃんなら1024秒まで数えて寝ちゃったぞ」
「ジーザズ!」
「そして、俺はそろそろ帰るとするよ。なんというか……あとは二人で何とかやってくれよ」
「ヤハウェ!」
―西暦1999年12月31日23時59分
俺はコタツからはみ出たアユミちゃんの赤ん坊のように安らかな寝顔に見入っていた。
白石は気を利かせて帰ってくれたようだがそれはかえって逆効果のような気もする。この感覚はいかがわしい内容のマンガを電車で読むときに、隣に友人がいれば気兼ねなく読めるが一人で座っているときは恥ずかしくて読めないあれに似ている。
しかし俺も男だ。
日付が変わる前に、ミレニアムになる前に、世界が終わる前にキスをしてやろうと決心した。
―西暦2000年1月1日0時00分
よし、世界も終わらなかったことだしキスをするのはまた今度にしよう、そうしよう。
しかしアユミちゃんの気性の鋭さから考えるとキスをしなかった事実がばれたら1000年後の末代まで呪われるかもしれない。というか1000年後を末代とされるかもしれない。それは末恐ろしい。
というわけで「キスはした」ことにしよう。「せっかく勇気出したのに寝ちゃっているんだもの、あはは」とか言ってしまおう。これで誰も悲しまない。世の中には良い嘘と悪い嘘があると言うけどこれはきっと良い方だろう。俺はそう信じよう。
そんなこんなで眠たい目と涙をこすりながら俺も寝ることにした……せめてアユミちゃんに寄り添うように。
―西暦2000年1月1日0時03分
それにしてもよく考えたら、もしアユミちゃんと添い遂げることができたら俺の末代はアユミちゃんの末代にもなるわけだ。二人は「末代」を共有しちゃうわけだ。なんと素晴らしい。
そんな未来が来るといいな……。
えへ、
でゅへへへ。
「くるり」
「え」
「もお、いったい何世紀待たせるつもりなのよ」
「―わっ」
―はむっ
―END
年末に書いてみた話です。自他共に認めるくだらない話です。