眠れる保健室の王子様。
いつか。
このひとは、あたしの息の根をとめてしまうにちがいない。
オデコや頬や首筋。
とにかくいたるところがくすぐったくて、眠りからさめた。
重いまぶたを開けば、ちゅっと軽い音が聞こえて影が差す。
ゆっくりとピントを合わせていけば、目の前に彼の顔があった。
「な!?」
「もう、放課後」
はっきりしない意識の中、彼の吐息がかかって急速に熱が上がる。
軽い頭痛と、胸の鼓動。
同じリズムを刻んでは、ますますあたしを混乱させた。
なんで。どうして。
それにいまのは。
目の前のキレイな顔は夕焼けに染まっていて、さらに胸が高鳴る。
パニック状態のあたしをよそに、彼の手はあたしの前髪に伸ばされた。
「熱、まだあるね」
つめたい彼の手はとても気持ちが良かったけれど、触れたところから生まれる熱でざわざわと落ちつかない。
どうして、彼がここにいるのだろう。
あたしの思考を読み取ってか、彼は口の端を緩めて笑った。
軽いカゼだと思っていたのに、お昼には目の前が回っていた。
保健室に立ち寄ってみれば、信じられない高熱。
帰るにもふらふらでどうしようもなくて、しかたなしにしばらく休ませてもらうことにした。
熱に浮かされた頭で、いちばんに思い浮かんだのは彼のこと。
心配をかけたくなくて、先に帰るとメールしたのに。
なのに、どうしてここに。
「なん、で?」
おでこに当てられていた手は、熱い頬をすべっていった。
熱と心拍数はどんどん上がっていって、とどまるところをしらない。
「あのメールはウソだと思った。それと、昨日セキしてたから」
気づかないとでも思った?と意地悪な顔で聞き返された。
答えにつまったあたしは、逃げるように毛布を顔まで引き上げて隠れた。
心臓にわるい。
はずかしくて、でもうれしくて、もう顔を見ていられなかった。
それに。
一体、どれくらいのあいだ寝顔を見られていたのだろう。
よく眠る彼の顔を見るのはいつもあたしの役目だったのに。
立場が逆転すると、こんなにもはずかしくてたまらない。
「もう、平気です。カゼうつるから、先に帰って」
「やだ」
彼の口ぐせ。
すねたような、甘えたようなこの言葉はひどくこの胸をしめつける。
それでもココロを鬼にして彼を帰すための言葉を考えていると、毛布を掴んでいた右手にやわらかい感触があたった。
小さな熱に、体がすくんで手を隠す。
いまのは、なに?
「寝顔はかわいかったけど、ウソをつかれたのはちょっとムカついた。だから、おしおき」
彼の言葉が左手をくすぐって、また小さな熱が落とされる。
ちゅっと、くちびるが離れる音まで聞こえた。
体温が急上昇して、隠している顔が熱くて苦しい。
ゆっくり下ろされる毛布。
熱でぼやける視界。
真上に見えたキレイな顔。
「真っ赤。熱あがったんじゃない」
「だ、れのせいだと思って、」
「俺のせい?」
汗ばんだおでこにくちびるを落とされた。
続けて頬と首筋にも。
くらくらするのは、上がり続ける体温のせいばかりじゃない。
降りつづけるキスの雨にめまいがして、あたしはその口を両手で塞いだ。
「ん?」
「……も、やだ」
このままじゃ、しんでしまいそう。
彼のことをすきになって。
想いがつうじて、こんなにもしあわせだけれど。
いつか、このひとはあたしの息の根をとめてしまうにちがいない。
それでも彼はあたしの手をゆっくり引き剥がして、てのひらにまた小さな熱を与えた。
「カゼって、うつすと早く治るってしってた?」
いたずらっこのように笑いながら近づいてくる顔。
天井が見えなくなって。
目の前が、彼でふさがる。
「……っ」
思わず目をきつく閉じた。
けれど、沈黙だけがおとずれてなにも起こらない。
たえかねておそるおそる開いた目には、意地悪な顔がうつった。
「ちゅーされるって思った?」
「っ、ひどい!」
顔で火花が飛び散る。
からかわれたことに頭にきて、また毛布に隠れようと手に力を込めた。
その上に、大きなてのひらが重なる。
「だめ。逃がさない」
熱っぽい手は、彼のつめたい手に押さえつけられて抵抗もできない。
汗ばんだ指と指のあいだに、つめたい指が入ってきた。
一本一本、からめとられていく。
「カゼ、もらってあげるよ」
返事も待たずに、降ってくる小さな熱。
できればこのカゼが彼にうつらないことを祈って、あたしは静かに目を閉じた。
「キスから始まる物語」参加作品です。
独立した短編としてお楽しみいただければ幸いです。
みなさまのおかげで賞をいただくことができました。
本当に、ありがとうございました!
しかし、王子様はほんとうに書くのが大変です。