表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

眠れる王子様。

眠れる保健室の王子様。

作者: 梶原ちな




 いつか。

 このひとは、あたしの息の根をとめてしまうにちがいない。




 オデコや頬や首筋。

 とにかくいたるところがくすぐったくて、眠りからさめた。


 重いまぶたを開けば、ちゅっと軽い音が聞こえて影が差す。

 ゆっくりとピントを合わせていけば、目の前に彼の顔があった。


「な!?」

「もう、放課後」


 はっきりしない意識の中、彼の吐息がかかって急速に熱が上がる。


 軽い頭痛と、胸の鼓動。

 同じリズムを刻んでは、ますますあたしを混乱させた。


 なんで。どうして。

 それにいまのは。


 目の前のキレイな顔は夕焼けに染まっていて、さらに胸が高鳴る。

 パニック状態のあたしをよそに、彼の手はあたしの前髪に伸ばされた。


「熱、まだあるね」


 つめたい彼の手はとても気持ちが良かったけれど、触れたところから生まれる熱でざわざわと落ちつかない。


 どうして、彼がここにいるのだろう。

 あたしの思考を読み取ってか、彼は口の端を緩めて笑った。




 軽いカゼだと思っていたのに、お昼には目の前が回っていた。


 保健室に立ち寄ってみれば、信じられない高熱。

 帰るにもふらふらでどうしようもなくて、しかたなしにしばらく休ませてもらうことにした。


 熱に浮かされた頭で、いちばんに思い浮かんだのは彼のこと。

 心配をかけたくなくて、先に帰るとメールしたのに。


 なのに、どうしてここに。


「なん、で?」


 おでこに当てられていた手は、熱い頬をすべっていった。

 熱と心拍数はどんどん上がっていって、とどまるところをしらない。


「あのメールはウソだと思った。それと、昨日セキしてたから」


 気づかないとでも思った?と意地悪な顔で聞き返された。

 答えにつまったあたしは、逃げるように毛布を顔まで引き上げて隠れた。


 心臓にわるい。

 はずかしくて、でもうれしくて、もう顔を見ていられなかった。


 それに。

 一体、どれくらいのあいだ寝顔を見られていたのだろう。


 よく眠る彼の顔を見るのはいつもあたしの役目だったのに。

 立場が逆転すると、こんなにもはずかしくてたまらない。


「もう、平気です。カゼうつるから、先に帰って」

「やだ」


 彼の口ぐせ。

 すねたような、甘えたようなこの言葉はひどくこの胸をしめつける。


 それでもココロを鬼にして彼を帰すための言葉を考えていると、毛布を掴んでいた右手にやわらかい感触があたった。

 小さな熱に、体がすくんで手を隠す。


 いまのは、なに?


「寝顔はかわいかったけど、ウソをつかれたのはちょっとムカついた。だから、おしおき」


 彼の言葉が左手をくすぐって、また小さな熱が落とされる。

 ちゅっと、くちびるが離れる音まで聞こえた。


 体温が急上昇して、隠している顔が熱くて苦しい。


 ゆっくり下ろされる毛布。

 熱でぼやける視界。

 真上に見えたキレイな顔。


「真っ赤。熱あがったんじゃない」

「だ、れのせいだと思って、」

「俺のせい?」


 汗ばんだおでこにくちびるを落とされた。

 続けて頬と首筋にも。


 くらくらするのは、上がり続ける体温のせいばかりじゃない。

 降りつづけるキスの雨にめまいがして、あたしはその口を両手で塞いだ。


「ん?」

「……も、やだ」


 このままじゃ、しんでしまいそう。


 彼のことをすきになって。

 想いがつうじて、こんなにもしあわせだけれど。


 いつか、このひとはあたしの息の根をとめてしまうにちがいない。


 それでも彼はあたしの手をゆっくり引き剥がして、てのひらにまた小さな熱を与えた。


「カゼって、うつすと早く治るってしってた?」


 いたずらっこのように笑いながら近づいてくる顔。


 天井が見えなくなって。

 目の前が、彼でふさがる。


「……っ」


 思わず目をきつく閉じた。


 けれど、沈黙だけがおとずれてなにも起こらない。

 たえかねておそるおそる開いた目には、意地悪な顔がうつった。


「ちゅーされるって思った?」

「っ、ひどい!」


 顔で火花が飛び散る。


 からかわれたことに頭にきて、また毛布に隠れようと手に力を込めた。

 その上に、大きなてのひらが重なる。


「だめ。逃がさない」


 熱っぽい手は、彼のつめたい手に押さえつけられて抵抗もできない。


 汗ばんだ指と指のあいだに、つめたい指が入ってきた。

 一本一本、からめとられていく。


「カゼ、もらってあげるよ」


 返事も待たずに、降ってくる小さな熱。


 できればこのカゼが彼にうつらないことを祈って、あたしは静かに目を閉じた。






「キスから始まる物語」参加作品です。

独立した短編としてお楽しみいただければ幸いです。

みなさまのおかげで賞をいただくことができました。

本当に、ありがとうございました!


しかし、王子様はほんとうに書くのが大変です。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] よかった。 でもつづきがないから中途ハンパ・・・
[一言] 面白かったです^^ 何だか王子様のキャラクターが確定されていて、想像もしやすく読みやすかったです♪
[一言] こういう展開、好きです……。 王子様、ステキでした……☆
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ