なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか
もうひとりの彼女 ~消えた彼女が現れる時~
学園の中庭。
昼のランチタイムに、突然罵声が響き渡りました。
「お前との婚約は破棄だ!」
罵声を浴びせられたのはわたくし、レバント伯爵令嬢ジラーサ。
婚約者である侯爵令息ジェフリー様の左隣には、三月前ほどから噂になっているペコラ男爵令嬢マルチナ様が、勝ち誇った顔でこちらを見ていらっしゃいます。
これはいい機会ですわ。
「そうですか。婚約を結びたいお方は、右隣の方とですか? それとも左隣の方ですか?」
周りがざわっとしました。だって右隣(こちらから見ると左ですわね)には誰もいないのですから。
「なにをいっているんだ。バカにしているのか? 右になど誰も――」
「いえ、貴方の左右にひとりずつ女性がいらっしゃるようなので、どちらのかたが真実の愛なのかと」
「なにをいっている。オレに婚約破棄をされ――」
「左隣は、ペコラ男爵令嬢マルチナ様。そして右隣は……どちらさまでしょうか。制服につけた青いハンカチーフからすると、わたくしと同学年でいらっしゃいますから、1年ですわね?」
ジェフリーは思わず右を見てしまいました。
心当たりがあると自白したも同じですね。
「1学年のロッテリーナ様でございますか……ですが、わたくし同学年の方は全員名前と顔を覚えておりますが、あなたには見覚えがありませんわ」
婚約者の顔色が変わりました。
「あ。去年で1年だったのでございますか。だとすれば留年なさったとか……いえ、人にはいろいろ事情がおありですものね。そして、そちらもお腹には赤ちゃんがいると」
ジェフリーは思わずという感じで
「な、なにをいっているんだ! それはあいつの虚言で――」
ずいぶんと早くお漏らしになりましたわ。
「真実の愛でないのですか。でしたらなぜお隣に……え……まさか」
わたくしは、驚愕の表情を作りました。
貴族令嬢ですから、表情を操るのは得意です。
そして表情の真実は誰も気にしません。
「ジェフリー様に殺された……そ、それはまことでございますか……」
「ちがう! なにをいってるんだ! オレはあいつを殺してな――」
「ジェフリー様に学園の壊れた温室で後ろからネクタイで首を絞められて殺されて、今でもそこに眠っている……なんてことかしら……温室の枯れた噴水の脇、月桂樹の根元に……」
勝負はつきました。
ジェフリー様の青ざめて狼狽して汗まみれの顔。
それこそが、わたくしの言った内容が真実の証拠。
何人かが教師を呼びにやっている姿が見えます。
そういえば去年、平民の学園生がひとり失踪したという話があった……という囁き。
ジェフリーはわめきました。
「へ、平民を殺したからどうだというんだ! オレは侯爵令息! なんの罪にもならないはずだ! あいつが無礼だったから! 子供を産むなどというから!」
自白。
完全に認めました。
確かに、貴族には無礼な平民を殺す権利があります。
ですが、そんなことをすれば『感情を抑制できない愚かもの』『穏当な対処に失敗した能力に欠ける人間』というレッテルが貼られます。
それは貴族の社会では、死んだも同じです。
ですからほとんど死文と化した法律ですのにね。
「彼女は退学して、育てるつもりだったそうですが」
「そ、そんなはずはない! 平民の言うことなど信じられるか! あいつは卑しい平民で俺のことをゆすってくるつもりだったはず――」
はい、いただきました。
平民、平民と言いますが、今は学園の生徒の4分の1は平民。
学園生徒会の副会長でさえ平民なのです。
つまり今の台詞は、少なくとも学園の4分の1を敵に回したも同じなのです。
そしてランチタイムの中庭にはたくさんの学園生がいます。
もちろん、平民出身者も。
そして彼らと親しい貴族出身者たちも。
「流石はジェフリー様。彼女が言ってもいないことを予知して、殺したと」
そうなのです。
彼女が脅してなどいないことを、今、自分の口で認めたのです。
「あ、ち、ちが、や、奴は脅してきたんだ! ちがう……ちがうんだ!」
ようやく周りの視線に気づいたようですね。
泥棒猫であったはずのマルチナ様も、ジェフリー様から距離をとっているようです。
その顔には驚愕と嫌悪と恐怖が浮かんでいます。
「ちがう! ちがう! あいつが脅してきたんだ! 思い出した! あいつが脅して来て!」
今さらですわね。
こんな衆人環視の中庭で、脅されてもいないのに殺した、何の科もない相手を殺したと自白したのです。
もうジェフリー様に未来はないでしょう。
教師たちと、学園の警備がこちらへ向かってきます。
「弁明は、取り調べの場でなさってください。それから――」
わたくしは優雅に笑って、
「ただ婚約破棄は了解いたしました。もっとも……人殺しをなさった方との婚約など、破棄するまでもないことではありますが。ではお大事に」
わたくしは優雅に最後の礼を示し、
「ジラーサ! 話を聞けぇぇ離せ! オレはくそぉパパが黙ってないぞっ!」
わめきたて、学園の警備に取り押さえられた彼をおいて中庭から立ち去りました。
一番親しい友人が追いかけて来て
「ほんとうに見えていらっしゃったのですか?」
彼女は合理的です。
ですから、そのように答えました。
「まさか。調べて貰ったらでてきただけです」
完全にウソというわけでもありません。
実際、親によくよく調べて貰ったのは本当です。
正解を知ってから資料を調べたり、目撃者を探したりすれば、見えなかったものが見えて来るものなのです。
「……考えてみれば当たり前ですね。婚約相手のことですもの。しかもあれだけ堂々と浮ついたことを見せつけられていらっしゃれば」
「ええ。そういうことですわ。貴女の婚約者は?」
「調べたはずですけど……両親にもう一度よく調べるように言っておきます」
「それがよろしいかと」
「それにしても、名演技でした。感服しました」
「ふふ。今度の学園祭でお芝居でもしようかしら」
※ ※ ※
その日の午後、廃墟となった温室で。
すでに学園の先生や警備の方が封鎖しておりましたが、関係者という事で、頼み込んで入れて貰って、わたくしは噴水の隣に立ちました。
「ロッテリーナ様。明日、あなたの亡骸を掘り出すことになりました」
声がしました。
「感謝します……あなたのおかげです」
彼女は、殺されて埋められてからずっとここにいたのです。
あの男の隣に幽霊としていられるわけがない。
さっきのはほんとうにお芝居なのです。
「いいえ、わたくしもあの男からは離れたかったので」
わたくしに霊感があるわけではありません。
他の幽霊の方とは会ったことがありません。
ただ、ロッテリーナ嬢に言わせると、波長が合う人間には聞こえたり見えたりすることがあるようです。
静かなここで、何度か読書しているうちに、わたくしは聞いたのです。
ロッテリーナ様の声を。
「そのシリーズ新刊が出てたんだ……しかも完結編!?」
わたくしがその時読んでいたのは、彼女が生前読んでいたシリーズの最新作で完結編だったのです。
一旦意識すると、徐々に鮮明になり、今ではこうして会話も出来ます。
わたくしが、中庭で起きたことを順を追って話すと、彼女は驚いたようで、
「え、そんなにさっさと白状したの? 普通はもうちょっと白を切ると思うんだけど」
「わたくしも、もう少し追い詰めるつもりだったのですが……あなたの死に際の様子や、言葉を言って動揺させようとか、いろいろ」
最終手段として、彼女が埋められた場所を掘り返すことも考えてはいたのですが……その必要すらありませんでした。
「……ずっとびくびくしてたのかな?」
「虚勢を張ってばかりの小心な方でしたから」
「あ、過去形」
「過去ですもの」
ジェフリーは今、学園の懲罰室に放り込まれています。
わたくしが調査した内容も提出済みですし、中庭での会話もあの場にいた学園生たちの証言が集められているはずです。
これで明日、ロッテリーナ様の亡骸が出てくれば……
いくら侯爵令息とはいえ、人殺し。
向こうの有責で婚約解消。
侯爵家はわたくしと実家に多額の賠償を支払ったうえで、ジェフリーを後継からはずすでしょう。
その後のジェフリーに、良縁がもちこまれることはないでしょうね……。
「過去形か……なんであんな男にころっといっちゃったんだろう」
「顔がいいですから。あと、ひとあたりも。わたくしは付き合いが長いですから、正体を知ってますけどね」
「はぁぁ……まさか殺されちゃうとはね」
同感です。
わたくしだってロッテリーナ様から話を聞いて、調べて、彼女が失踪したことと、失踪するまえに元婚約者と少し噂になっていたことを聞くまでは半信半疑でした。
「正直、わたくしも驚きました。いくらなんでも人を殺すとは。でも、ご両親は真面目なので、言えなかったのでしょうね」
小心者ゆえに、子供ができたという話に追い詰められ。
逆上してしまったのでしょう。
「そんな理由でわたしを?」
「ええ、そんな理由で。これで、あの男も終わりでしょう。満足しました?」
しばらく声は返ってきませんでした。
「……どうだろう。心残りはあったんだけど……ざまぁみろという気もあるんだけど……ちょっと残念かな」
「残念?」
「うん。こんなに気が合うんだから。あなたとは仲良くなれたかもって思うとね」
「それはなかったと思いますわ」
「どうして?」
「ロッテリーナ様は、わたくしの元婚約者とできていたわけですもの」
「あーそれはそうだね。はは」
その笑いは、さびしそうでした。
「ですが……もっと前に知り合えていたら違っていたかもしれませんね」
「……あなたいい人だね」
「どうも」
人生にもしもはありません。
ただ、もしわたくしが一年早く生まれているか、彼女が一年遅く生まれていれば……
ここで出会って、仲良くなった未来があったかもしれません。
※ ※ ※
翌日、彼女の亡骸は掘り起こされ、遺族の元へ帰っていきました。
それ以来、あの廃墟と化した温室で彼女の声を聞くことはありませんでした。
翌年には、その廃墟すら取り壊されてしまったのでした。
年に一回、わたくしは彼女の墓参りをしますが、そこでも声は聴きません。
そのたびに少しだけ、さびしく思うのです。
わたくしの親友にさえなってくれたかもしれない彼女の声を、もう一度だけ聞きたいと……。
ですから、5年目で5回目の今日。
わたくしは少しだけ願いをこめて呟きました。
「あのシリーズ。完結とか言ってたくせに、作者の方が再開してしまったんですのよ。しかも、出版社に無理やり書かされたっぽいのに、面白いんですのよ」
「それ、ほんとぉ!?」
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
評価や感想をいただけるととても励みになります。
別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




