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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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カサコソ、耳の奥で

作者: 姫宮代
掲載日:2026/07/09


拓海が学校に来なくなって、今日で三日目になる。

あいつが最後に俺の前に姿を見せたのは、放課後の駐輪場だった。目の下には酷いクマを作り、頬はこけ、まるで何日も眠っていないような顔で、俺に黒いヘッドホンを押し付けてきたのだ。

「頼む、これお前にもらってほしい。リサイクルショップで買ったんだけど……呪われてるんだ。ずっと、耳の奥で音がする。俺の耳から、こいつを連れ出してくれ」

意味不明な戯言だった。俺は「ラッキー、無名メーカーだけどノイズキャンセリング付きじゃん」と軽く笑い、その不気味なほど冷たいヘッドホンを受け取った。

拓海が安堵したような、それでいてひどく絶望したような顔で俺を見ていたことなど、その時は気に留めもしなかった。

     *

その日の夜。自室のベッドに寝転がり、俺はもらったヘッドホンをスマホに繋いだ。

電源を入れると、スイッチ一つでノイズキャンセリング機能が作動した。

エアコンの駆動音も、外を走る車の音も、文字通り「消滅」した。完璧な静寂。自分の心臓の音すら聞こえなくなるほどの、圧倒的な無音空間だった。

「すげえな、これ……」

音楽を再生しようと、スマホの画面に指を伸ばした。

その時だった。

カサ……コソ……。

右のイヤーパッドの奥から、音がした。

音楽ではない。乾いた綿棒で耳の穴を直接こすられているような、ひどく近い音。

いや、ただの音ではなかった。

ゴソッ、ガサガサッ……。

「うわっ!?」

右耳の穴の入り口を、無数の細く硬い『脚』のようなものが這い回る、生々しい感触。

虫だ。ヘッドホンの中に、虫が入り込んでいる。

俺は慌ててヘッドホンを外そうと、両手でイヤーパッドを掴んだ。

外れない。

「は……? え、嘘だろ……っ」

力任せに引っ張るが、イヤーパッドは俺の耳の周りの皮膚に完全に癒着しているかのように、ビクともしない。無理に剥がそうとすると、皮膚が千切れるような激痛が走った。

ゴソゴソゴソゴソッ!!

「あ、あああぁぁっ!?」

異物は、明確な意志を持って俺の耳の穴を内側へと押し広げ始めた。

みちみちと外耳道が押し広げられ、硬い甲殻と無数の脚が、粘膜をガリガリと削りながら奥へ奥へと潜り込んでくる。痛い。気持ち悪い。頭がおかしくなりそうだ。

その時。

完璧なノイズキャンセリングの無音空間と、耳の奥の蠢く音に混じって、別の音が聞こえた。

コン、コン、コン。

二階にある自室の窓ガラスを、外から叩く音だった。

俺は耳を両手で押さえたまま、脂汗を浮かべて窓の方へゆっくりと顔を向けた。

カーテンの隙間、月明かりに照らされた曇りガラスの向こう。

そこに『それ』は張り付いていた。

犬ほどの大きさがある、黒く巨大な蜘蛛のようなシルエット。八本の太い脚がガラスに吸い付き、毛に覆われた胴体が不気味に脈打っている。

コン、コン。

窓を叩いているのは、その蜘蛛の前脚だった。

そして、ガラス越しに、ノイズキャンセリングを貫通して、はっきりと『声』が聞こえた。

『あ、け、て……。俺だ、よ……』

心臓が止まるかと思った。

間違いない。拓海の声だった。

恐怖で声も出ない俺の目の前で、巨大な蜘蛛の頭部がゆっくりと持ち上がり、ガラスにぴったりと押し付けられる。暗闇の中で、人間の眼球だけが異常に肥大化したような二つの目が、俺をじっと見つめていた。

『い、たい……。み、みが、われた……』

拓海だった。

拓海は、あの蜘蛛になってしまったのだ。耳の奥に入り込んだ何かに、脳髄からすべてを喰い破られ、あんな異形の姿に。

ズ、ズズ……ゴソゴソゴソッ!

「あ、アァァ……ァ……」

絶望的な理解と同時に、俺の右耳の奥で、異物がいよいよ最深部へと到達した。

今、俺の頭蓋骨の中で蠢いているものが、やがて俺の頭を内側から突き破り、俺を『あれ』と同じ姿に変えるのだ。

窓の外で、拓海の声をした巨大な蜘蛛が、嬉しそうにガラスを引っ掻き始めた。

『おそ、ろい……おそろい、だ……』

ベリィッ。

鼓膜が破られる鋭い音と共に、俺の意識は完璧な暗闇の中へ沈んでいった。

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― 新着の感想 ―
拓海がヘッドホンを手放していたにもかかわらず化け蜘蛛になっていた点にビックリしました。 いったい、どこで手に入れたヘッドホンなんだろう…? 呪いか魔術のたぐいが、かかっていたもので、拓海も誰かからもら…
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