ザコモンスター
ここに、小説家に憧れる小さき者がおりました。
小さき者というのはあくまで精神のお話で、肉体はそれは立派に成熟した青年でありました。
彼が小説家を志したキッカケは、大学への進学でありました。
彼は特になりたい職業もございませんでしたので、いつか来る就職活動というものに、入学直後から怯えておりました。
いいえ、本人はそれを自覚してはおりませんでしたが、あえて全く考えない程度には、それは彼にとって遠ざけたい行事だったのです。
人見知りが激しく、人付き合いを嫌い、面接や面談を憎んでいた彼にとって、小説家という道は天啓に思えたものでございます。大学卒業までに人気を獲得し、そうして引きこもっても人並み以上に稼げて尊敬される道を、彼は希求しておりました。
さて、小説家とは申しましても、彼にとって簡単になれそうに思える小説家となりますと、「ラノベ作家」以外に浮かびませんでした。
彼はアニメを見て知っています。いえ、知った気になっております。とりあえずハーレムをして、うだつの上がらない少年がはっちゃけて尊敬され、王侯貴族たちにもタメ口を許されて、やることなすこと全てが上手く行き、頭の足りない主要人物たちと、組織論やカリスマ性のカケラもない謎の敵集団。そんな、教室で授業中に浸る妄想に等しいようなテンプレを書けば、哀れな社会人たちが喜んで主人公に感情移入して心地よく人生を浪費してくれるだろう。さながらかつての宗教が唱えた「あの世」のように、今生を感情移入と妄想でやり過ごせるのだろう。
彼の認識は、そんな恐ろしいまでに偏ったものでございました。
彼は『小説家になろう』というサイトにアカウントを作成いたしました。
彼が知っている投稿サイトがそれだけだったのです。
ランキングを見て、彼は鼻白みます。理由はタイトルにございます。彼にとって、タイトルが如何にキマッているかは重要事項であり、学校の図書館にあるようなカッコいいタイトルこそがあるべき姿に思えておりました。
そんな彼からみて、ランキングを満たす異世界ファンタジー作品のタイトルは、あまりにもダサいものに映ったのです。これでは、彼にとって嘲笑の対象である「絵本」という幼稚なジャンルの方が、まだしもまともなタイトルに思えました。
彼のとてもユニークな認識に基づきますと、もはやこのタイトルを考えて採用した筆者の顔を見てみたいとすら考え、直後にやはり見たくないと嫌悪するほどに、彼は衝撃を受けたのです。
つまり彼は、なろう系という一大ジャンルについて何も分かっていなかったのでございます。
彼はひとまず中世ヨーロッパについての最低限の知識は持とうと考えました。しかし、もともとそんなものに興味がない中での調べ物は、ただただ納得いかない疑問ばかりを彼にもたらしました。それもそのはずです。所謂「なーロッパ」と言われる世界観は、実際の中世末期のヨーロッパ世界とは似て非なるものなのです。多くの作品の蓄積から生じ、独自に進化した共通の世界観。それが「なーロッパ」なのですから。
辺境伯とはなんなのか? ど田舎の伯爵ということで良いのだろうか? 大公? 公国? 公爵と侯爵?? 継承権??? 殿下、猊下、閣下、台下、聖下に陛下????
彼は本を捨て、書くことに決めました。
ここまでにランキング入りしている作品をろくに読んでおりませんが、彼は小説家になりたいとは言っても、小説が好きなわけではございません。あんな、読んでいる自分まで頭が悪くなりそうなものを読む気がしませんでした。唯一読んだ作品もありましたが、共感性羞恥が彼を襲い、結局心が折れてしまったのです。
これだから「ラノベ作家」は小説家と認められないのだ。コミック・アニメ原作志望者辺りが妥当であろうと、傾斜の激しい感想すら湧き上がります。
彼はとことん向いておりませんでした。
彼は長編異世界転生作品の1話を、どうにか執筆しました。短編からでないと難しいという言説には、SNS上で触れてはおりましたが、彼はそれを鼻で笑いました。
短編などという、書いても書籍化されないものなんて書いて何になるのか。そんな無駄な時間は無く、またそこに使うアイデアが勿体ない。そんな浅さに富んだ理論が、そこにはございました。
彼は書いた1話を読み返し、少し気になって書き直しを何度か往復し、そうしてだんだん何が良いのか悪いのかが曖昧になってくるのを自覚いたしました。書き上げたときには間違いなく世界一面白いに違いない作品の1話だったのです。それが今や無味乾燥。もう一度読んでも、書いた直後の興奮や期待感がなく、ただ起きた出来事の流れが時系列順に書いてあるという風に読めてしまいます。また、文字数が1.5万字を超えているにも拘らず、話自体は大して進んでおりません。
書いた実感に反して、なんだか量産品にすら満たないものに思えて仕方ないのでした。
彼はここで、今一度他の作品はどんな書き出しであるかを確認することにいたしました。
そして彼は、改めて読んで最初に気がつきました。他の作品は、各話の文字数が少ないのです。
少ないものは1話2000字未満で、多いものも5000字は超えません。これを見て、しかし彼は呆れました。ちょこっと更新して、何やら書いたつもりになっているこんなものは、小説などとは言わないと断じる気持ちが湧いたのです。嘲笑の心地よさが、彼を元の道へ引き込んでしまいました。そしていくつかの作品を適当に読んだ結果、彼はテンプレそのものに飽きてしまいました。
同じようなものばかりで作家性がないというのは、彼の憧れる小説家像ではありませんでした。尊敬される作家とは、その作家性こそが尊敬されるのだというのが、彼の持論でございます。彼はもっと本格的で重厚なファンタジーを書こうと方針を変え、急いで設定資料の作成に取り掛かりました。
彼の志していたはずの「なろう系」とは、本来テンプレ自体に需要が生まれ、それらを踏襲しながらも随所にオリジナリティを発揮することで差別化を図るところのある分野です。それを、彼は理解できませんでした。
彼は設定資料の作成に半年を使いました。神話、国家、歴史、言語、種族。そんな諸々を考えに考え、結局このままでは卒業までに書き切れないという焦りが彼を正気に戻すまでに、それほどの月日を要したのでございます。
やはり書くことだと、彼は原点に立ち返ります。文字数も1話3000字を目指す方針にしました。文字が多いと、こんなものを読みたがるような連中は読み切れないと、まだ一人もいない読者を見下すことで可能となった方針転換でした。
彼自身意外なことに、気づけば話数は10を数えておりました。
それまで投稿していなかった彼ですが、投稿して賞賛されたいという欲求が無視できなくなる頃合いでした。彼が投稿をしていなかったのは、何も書き貯めることで毎日投稿という常套手段を考えていたからではございません。単に、こんな素晴らしい作品とそのアイデアを、公開することで真似されては困るという、常人には思い付かぬ発想力の煌めきが故のことでございました。
しかし、それも限界を迎えます。
キッカケは、最近投稿を開始したというアカウントをSNSで発見し、その人物の投稿作が称賛されるのを目撃したことでした。そしてその作品が自身の作品より優れているようには思えず、となれば彼が投稿した際の界隈の受ける衝撃は如何程だろうかという皮算用が胸中を満たしたのでございます。
彼は心拍数を上昇させながら、震える指で投稿ボタンを押下しました。
SNSアカウントでも宣伝します。SNSにおいても、これが初めての投稿となりました。記念すべきことです。明るい未来が待っております。
彼の作品、その1話は想像を超えてPVが付きました。
その増える数値を眺めた瞬間だけ、彼は少し優しい気持ちを抱いたものでございました。
彼はその慈愛の目でもって、「RTした人の作品を読みます」というハッシュタグの投稿主と、そこに群がる群衆を、鼻を膨らませながら見下ろしております。特にこのハッシュタグの投稿主が、投稿主自身の作品のリンクを付して宣伝している様子は大層彼を優しい気持ちにさせました。持つものは持たざるものを慈しむべきと、この瞬間の彼は本心からそのようなことを金科玉条と定めすらいたしました。
果たして彼の2話3話も投稿され、ほとんどPVが付くことなく埋もれて行きます。
なんということでしょう。彼には訳が分かりませんでした。
ここに至って、PVの割に評価もブックマークもされていないという驚愕の事実に思い至ってしまい、彼の混乱は深まるばかりでございました。
彼に投稿を思い立たせたアカウントを見れば、そちらは引き続き評価を得ている様子です。彼はそこで真理に「氣付いて」しまいました。ああ、やはりこんな場所でも政治が必要なのだ、と。
彼は早速、そのアカウントに積極的に接触し、作品にも感想を残しました。
それでも評価は入れません。その頑なさは失われることなく、大事に抱えておりました。
彼は更なる発信のために、「カクヨム」という投稿サイトでも投稿を開始しました。
単純に露出が増えることになり、その効果は大きいと思えたのです。
しかし、どうやらそう上手くも行かないようでございました。小説家になろうでは付いたPV。それが、カクヨムにおいてはほとんど付かないのです。彼はこちらでも政治に動きます。
手当たり次第に『応援する』を押下し、感想への返信が盛んな作品には適当なコメントと、「~なのか気になります」というお決まりの文を締めとして残しました。彼はコツコツと日常タスクをこなします。この政治活動を、彼は単位を落としてまで続けたのです。
やがて、読み合い企画に手を出すようになると、彼は感想を残すのが億劫に感じ始めます。しかし、感想コメントへの返信もポイントになるという噂を耳にした以上、彼はこれをやめる訳にはまいりません。単に『応援する』のみでは、なかなか感想を返してはくれないものなのです。
また、彼の行動に眉を顰める不埒な輩も現れて来ました。彼の定型文である「~なのか気になります」に対して、「いつもやたら色々気になってくれてどうも^^」という返信がされ、それが一部の有象無象から「スカッとした」という旨の反応が起こったのです。
彼は全身が熱くなり、額を羞恥と怒りに濡らしました。それ以降、この定型文も使えなくなり、感想に工夫が必要となってしまいました。なんと浅ましき連中かと、彼は親の顔を見てみたい心持ちでした。人の努力を嘲笑するその塵芥どもが、果たして自分ほどの努力をしているのかと、どれほどの作品を書いているのかと。
そんな彼を、ChatGPTという救世主の存在が明るく照らし出しました。
彼は、興味もない話の数々から解放されたのです。もう読む必要はありません。
適当にチャット欄に放り投げ、その出力をコピペしてポイとするだけ。彼はレビューも解禁しました。自分を手間取らせないなら、レビューくらいしてやって良いという広い心が為のことでした。レビューをしてあげれば、その大部分の相手は喜び、甲斐甲斐しく「お返し」をしてくれました。そうしてついに、彼は初めてランクインの通知を受け取るに至ったのでございます。
彼はその実績を手に、胸を張って偽りの創作論を語り、多くの反応を受けて夢心地でした。こうでもしなくては摂取できない必須栄養素があることを、みなぎる気力と共に実感したものでございます。彼は創作論を語る裏で、更新することをやめてしまいました。
さて、夢のような時間にはどうやら終わりがございました。夢は覚めるもの。泡は弾け消えるもの。中身がない以上、それは必定と言えるのです。
例のアカウントからの「お返し」が減って来たことを、彼はけしからんと憤っておりました。
例のアカウントはやはり称賛され続け、なんとかというコンテストの最終候補に残り、最近ではスペースというところで信者を増やしているようでした。
彼の好意への「お返し」をサボタージュしながら、一体何をしているのでしょうか。
しかしだからと言って、彼が今すぐにコメントや『応援』をやめるのも憚られました。それでは暗に、「お返し」が目当てであったと自供するようなものと思えたのです。
彼は行動を起こしました。
例のアカウントの更新報告に対して、「いつものように面白かったので、評価とレビューをしましたので、もし良ければコレを読んでください」。それは異世界転生ではなく、創作論のリンクでした。
送ってから、彼は自身のコメントが「~ので、~ので、」という稚拙な文章となっていることに気が付きました。少し叱責と言いますか、皮肉のようなニュアンスを含めたつもりになっていたことで、存外に緊張していたのです。受けた恩は返すもの。そんな当然のことを、あまり指摘させないで欲しいという悲しみもあったのでしょう。彼は些か心を痛めながら、RT企画のハッシュタグを検索し、慣れた手つきで作品の自薦を行いました。人は変わるものでございます。
程なくして、例のアカウントから返信がありました。
「評価を入れたことを理由に読んで欲しいとされては、規約への抵触の危険を招きます。よって僕としましてはまたいつかの機会に読みに行ければと思っています。いつも応援ありがとうございます。」という、たったそれだけの嫌味ったらしい文章がそこにはありました。
彼の拳が、知らずキーボードをクラッシュし、彼を一層悲しませます。
なんて失礼な返信でしょうか。
まるで彼が「お返し」を目当てとしてこのように接触していることを前提とするような、あまりに不躾な返信です。実際にその通りであることと、それを公の場で喧伝されるのとでは話の次元が異なりましょう。
彼は復讐を思いつきました。
例の無礼なアカウントと同じ土俵であるスペースで、あちらよりも人気を獲得して読者を吸収してしまうことを計画したのです。
彼は「そのような意図ではないですよ~w」などという、普段見下している「~」や「w」を用いてまで余裕を返し、さりげなくスペースを開いてみようと思っているので色々教えて欲しいと誘い出しました。
数日後にその日を予定し、彼はこれまでのことを振り返りながら待ちました。
そもそも例の無礼者は気に入らなかったのです。
作品を公開しておきながらPV数にこだわりはないようなあからさまな欺瞞を口にして憚りませんし、こちらの作品を読み返しに来ないと思えば購入した書籍の画像をアップして、まるで「これらを読んでいるから伺えません」とでも言うように、言い訳がましい投稿を繰り返しております。
あまりにも卑怯というものでした。プロの書籍を持ち出されては、それはそちらを読む方が面白いに決まっておりましょう。論理で武装し、大義に守られ、それでは指摘する彼の方がおかしいみたいです。
ああした、受け取るだけ受け取って、「お返し」は理由を付けて固辞し、それでいてお高くとまっている人種が、彼には許しがたく思われました。
約束の日が来ました。
彼がホストとしてスペースの枠を取り、そうして無礼者を招きました。
その無礼者が女性であることは彼を驚かせましたが、しかしそれで彼には彼女のスペースの人気の理由が理解できたのでした。どうせリスナーも男性ばかりなのでしょう。同性として恥ずかしいばかりです。
果たして、彼女がスピーカーとして上がった途端、ワラワラとどこからともなく湧くわ出るわの大盛況。彼はこのリスナーたちを読者とするべく、意気揚々と臨みました。そしてあまりにも冷たく、鋭利な現実を目の当たりとします。
なんと、彼のスペースにも拘らず、彼女と彼女のリスナーは盛り上がっていたのです。
コメントを拾うことにも四苦八苦な彼と異なり、彼女は実に慣れた調子で話題を展開し、気づけば彼の居場所はなくなっておりました。
彼は途中から、あえて黙って気づかせようともしていたのです。しかしそんな試みも無きが如しに、なんらの支障もなく、皆が実に楽しげに対話していたのです。それを眺める彼には、もはや惨めという思いの他、なんの感情も有りはいたしません。
堪えかねた彼は、ついに自分からスペースの枠を閉じることを申し出ました。
「ごめんなさい、こんな時間まで。お忙しいですもんね」という、まるで閉じるのが自分のせいではなく彼の都合のせいであるような言い方にカチンと来るものがあり、「いや、別に忙しくはないですけどね、はは。はい」と返したことだけが、彼のせめてもの抵抗でございました。
これ以降、彼は創作界隈より距離を置き、次なる夢に向けて輝ける道を歩み出すのです。
夢は「在宅でイッセンマン!」。プログラミングは誰でも出来て楽に稼げるという極秘情報を入手した彼は、その夢に向けて資格試験に臨む訳ですが、それはまた別の機会に語りましょう。
創作者としての彼の道は、こうして終わりを告げたのでございます。
めでたしめでたし。




