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【第9章】人類AI

 LX1ひいてはArtifact Alphaが、人類のコンピュータアーキテクチャを理解し、エミュレートできることが明らかになった。

 アリエスと日本の共同プロジェクトは更に一歩前進した。


 川井諒一もなし崩し的にこのプロジェクトに巻き込まれていた。

 リモート会議の席上。諒一はプログラムをエミュレートできることの意味を参加者に説明していた。


「PCの発展を思い出してください。マイコンと呼ばれていた時代から現在まで、基本となる原理は変わっていません。つまり、当時の技術が理解できていれば、現在の技術もその延長線上で理解できるのです」

「だが、それがどうコミュニケーションにつながるのだ?私には、ただ光をピカピカさせているようにしか思えないが」


 日本政府側メンバーの懸念はもっともなことだった。プログラミング言語は言語といってもコンピュータを動かすものであって、知性同士のコミュニケーションのためのものではない。


「そうです。プログラミング言語そのものではコミュニケーションは不可能です。ですが」

 諒一はスライドのページを進めて言葉を繋いだ。

「皆さん、生成AIは日常的に使っていますよね? あの背後には膨大なプログラムコードと、言語モデルが組み込まれています。AIと会話したような気がするのは、言語モデルに人類の知識が組み込まれ、それらしい応答をするからです」


「一体、何をいっているのかわからんよ。結局、何をしたいんだ?」

 諒一は深呼吸すると、またスライドを進めた。

「人類の言語、知識、考え方を詰め込んだAI、いわば『人類AI』を制作し、その一式を彼らにエミュレートしてもらいます」


 会議は沈黙に包まれた。言葉が通じないなら、言葉や考え方、知識を備えたAIを渡せばいいじゃないか。その真意が参加者に染み込むまで少し時間が必要なようだ。


 沈黙がざわめきに代わり、やがて質問が挙がった。

「アイデアはよくわかった。素晴らしい。というか、現時点で他に思いつく手段がない。それだけに慎重になるべきかと思う。このAIには、人類文明の全てが詰め込まれるのか?人類や人類社会の弱点、脆弱性も含まれているのではないか?そういった危険な情報を異星人に渡してしまって大丈夫だろうか」


 当然の疑問だった。生成AIはその登場以来、悪用と対策との戦いだった。セキュリティ上の脆弱性を生成AIで解析し、その弱点を悪用するようなプログラムを作ることにもAIが多用されたのだ。もし人類AIが悪用されれば、それこそ人類は滅亡の危機に瀕する。


 諒一が説明を続ける。

「もちろんその懸念はあります。だから、今流通している汎用モデルを渡すことはできません。人類の自殺行為です」

「ならば、実現の目処は立つのかね?」

「はい、コミュニケーションのための最低限の言語知識、人類を理解するために必要な最低限の知識に限って、AIモデルを構築します」

「つまり、不都合なことに蓋をした、専用のAIを作成するということだね」

「そのとおりです」

「どれくらいかかる?」

「用意できるコンピューティングパワー次第です。10日かもしれませんし、1年かもしれません」


  米国からオブザーバとして参加していたUCLAのスティーブ・フアン教授が発言を求めて手を挙げた。

「GPUサーバなら調達できるかもしれん。10日で完成させるために必要なリソースを教えてくれ」

「ざっと見積もりましたが、D800サーバ100万基。それだけあれば10日で学習が完了します。ただ、100万基ですよ。大学の設備をかき集めても到底足りないでしょう?」

「諒一、大学から集めるんじゃない。あるところにはあるんだ。まあ、いくつか会社が潰れるだろうがね」

 フアン教授は、不敵に笑うと似合わないウィンクをした。


 約束通りGPUサーバは集まった-正確には、GPUドライバの”緊急セキュリティアップデート”が配信された翌日、ネットワークを介して巨大な仮想サーバとしてつながった。その代償として、AI検索サービスが昔ながらのキーワード検索に逆戻りした。SNSの画像加工や生成もストップし、素顔が晒された人々から悲鳴が上がった。また多くの有名企業の株価が暴落した。地球の運命と引き換えなら安いものだ。


 諒一たちのチームは24時間体制で人類AIの構築を開始した。膨大な学習用データセットを収集し、AIを使って人類文明にとって危険な要素が含まれていないかスクリーニングする。そのプロンプトは慎重に設計され、「ヤバい」データをことごとくふるい落とした。

 そうして得られたデータセットを使って、巨大言語モデル(LLM)が学習された。

 合計すると巨大都市を超える電力を吸い込んだ100万基のD800 GPUサーバがうなりを上げ熱風を吹き出した。テストやデータチェックには、膨大な数のボランティアが参加した。


 約束の10日が経過した。だが、人類AIはまだ完成していなかった。


「どうしてまだ完成しないんだ!」

 いらだつ政府スタッフに、目の下に隈を作った諒一が答える。

「モデルが収束しない。学習用データセットにAIが生成したデータが多過ぎて、多様性が不足している」


 すでに生成AIが広く使われだしてから10年近くが経過した。あまりにも多くのAI生成物が流通した結果、データの質が似通ったものになっていたのだ。

「このままではモデルが完成しない」


 ボランティアを含めこれだけ大規模なプロジェクトの状況を隠すことは到底不可能だ。AIモデルが未完成であることは周知の事実であった。


 ハワイ州、パールハーバー。

「”人類AI”は計画通り進んでいない。対話の可能性は潰えたと考えるべきだ」

 厚いコンクリートに囲まれた窓のない部屋での会議はこう締めくくられた。

「ハワイから始まった事件だ。ハワイから終わらせようじゃないか」


 その意思は、超長波(VLF)通信として発せられ、太平洋のいずこかに潜む水面下の刺客へと届けられた。


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