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【第7章】コミュニケーション

 その一方で、異なる思惑で動いている一派があった。


 現実は冷酷だ。善意や倫理だけで動けるほど甘くはない。彼らは、異星の進んだ文明を何とか取り込めないかという、実利に基づいて動いていたのだ。


 その代表が日本政府だった。

 米国カリフォルニア州スタンフォード大学のイベッタ・ヤング・カワイ教授のもとに日本政府から極秘の依頼が飛び込んだ。


「私は政治家でも、軍人でもありません。お役に立てることがあるのでしょうか」

「教授、我々はあなたのご専門を理解したうえでお願いしています。相手は、言葉が通じないどころか知性を持っているのかすら不明です」

「それが私の専門にどうつながるのでしょうか」


 イベッタは認知科学を用いた異文化コミュニケーションの権威として知られていた。夫が日本人ということもあって日本とは縁が深い。


「アリエスと日本の共同プロジェクトに参画してほしいのです。両国は協議を重ねて、異星船から高度な文明を取り込もうということで一致しました。そのために必要なのは破壊ではなくコミュニケーションです」

 まさに彼女の研究テーマそのものであった。


「でも、どうして日本政府が?」

「アリエスと日本は貿易や人的交流を通して深い関係があります。今回の件では、両国の利害が一致しました」

 日本政府の代理人は続けた。

「そして、我が国の友人であるアリエスが核の戦場となることを、日本人としては受け入れることはできません。採集船が動きを止めている今こそ、コミュニケーションにトライする時期と判断したのです」

「わかりました。一緒に地球を救いましょう」

 彼女はこのプロジェクトへの参加を決断した。


 日本でも世論は二つに分かれていた。

 SNSでは攻撃論が優勢。不安と対立を煽り、過激な主張をするほうがSNSでは注目を集めやすくアクセス数が稼げる。収益のためなら地球の運命ですら売り渡すという面々だ。


 世論とは関係なく、日本政府のチームは冷静なシミュレーションを繰り返していた。出た結論はこうだ。


 相手の能力が明らかでない以上、攻撃は過剰な核戦力を以て実施される。結果、アリエスへの影響は甚大。そして仮に採集船を撃破したとしても、異星人の本体は月の向こう、L2点にとどまる全長20kmの有機体だ。その後の展開は予測不可能。


 一方、彼らは少なくとも、エネルギー発生技術、噴射によらない推進技術、高度な計算機技術を有している。もしこれを手に入れることができればその恩恵は計り知れない。だがそのためにはコミュニケーションを拓く必要がある。


 きわめて現実的な打算ではあったが、”破壊すべし”という世論を敵に回してプロジェクトを進めることはできなかった。


 決め手となったのは、先日依頼していた麗の配信だった。

 麗は動画チャネル開設以来ずっとBlue Rayのアカウント名で活動してきた。Artifact Alphaの出現以来沈黙していたそのBlue Rayが久しぶりに動画を公開した。数百万人に上る彼女のフォロワーたちは待ち構えていたように動画を再生した。


 それは、空腹で荒れていた保護猫が、麗の差し出した餌によって落ち着きを取り戻し、やがて喉を鳴らすという、ありふれた、しかし温かい動画だった。

 彼女は一言も喋らなかった。ただ最後に、テロップを表示した。

『私たちは、対話の仕方を忘れていませんか?』


 この動画配信が流れを変えた。

「腹ペコエイリアン」「おにぎり万引き犯を捕まえたら所持金10円だった件」「餌付けだ、餌付け」「Rayちゃんナイス」


 政府の広告資金でSNSでの表示回数を後押しされた動画は、たちまち世論を変えた。

 アリエスと日本との共同プロジェクト計画にGOサインが出た。

  同じ頃、イベッタはアリエスに赴き首都バルカスに活動拠点を置いた。サフィラ市は避難命令が発せられている。アリエス軍人ならともかく、外国人で民間人のイベッタは、リモートで指揮することになる。


 サフィラ市の前線基地。チームは大型の投光器を備え付けていた。この数日間、採集船に動きはない。


 夜が来た。チームは投光器の光軸を採集船に向けると、少し離れた掩蔽豪の中からスイッチを操作する。


 カチ、カチカチ、カチカチカチ。1回、2回、3回。そして再び1回、2回、3回。

 反応がない。もう一度繰り返す。


 すると、採集船から赤い光が発せられた。1回、2回、3回。チームがどよめいた。

 イベッタが指示する。「次は3,2,1で」

 カチカチカチ、カチカチ、カチ。


 採集船からも、3回、2回、1回と光の点滅が返ってきた。

 イベッタが興奮して隣の連絡要員に話しかけた。

「彼らは数を理解する。私たちと共通点があるのよ」

 彼らとのコミュニケーションが、曲がりなりにも成立した瞬間だった。


 この知らせは、現地指揮官のガイア・サンボック将軍を通じてアリエス政府中枢に届けられた。

「はい、異星人と最低限のコミュニケーションが成立したものと考えられます、ザイド陛下」

 アリエス連合王国の7王の一人、ザイド公にも知らせが伝わり、ザイド公が自ら前線に通話をつないだのだ。

「ご苦労であった。まだ先は長いが、よろしく頼む」


 5年前のスキャンダルで王立製油所の全株式を手放したのちも米国のAI企業-データフォレスト社の大株主であり、日本の大学への国費留学の経験もあるザイド公はそれぞれの国に顔が利く。

 コミュニケーション作戦の裏で糸を引いていたのはザイド公だった。


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