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【第2章】 侵入者

 2032年、ハワイ島マウナ・ケア山。


 標高4205m。天に近い荒涼とした土地に設置された、国立天文台すばる望遠鏡では、遠方の銀河の観測が行われていた。


 先日着任したばかりの新任の研究員、赤城翔平はセンサーの点検に余念がなかった。今日から観測が始まる。巨大ブラックホールの謎を暴くための重要な観測だ。ミスは許されない。

 日没後、望遠鏡が太陽系外に向けて狙いを定めた。観測ドームが開き、100億光年彼方の僅かな光子を捉えるセンサーが目を覚ました。


 観測は順調に進んでいた。地球の自転に合わせて望遠鏡が寸分の狂いもない精密さで首を振り、狙った一点を見つめ続ける。

 100億光年を旅した光子のシグナルがセンサー上に蓄積され、徐々にイメージを構成していった。


 観測半ばといったとき、それは起こった。

「なんだ、これは?」

 センサーの一角が捉えた予想外の波長帯のシグナル。わずか数十ミリ秒ではあったが、明らかに異質なシグナルであった。

「まずいな、ノイズだろうか」

 翔平は焦った。対応を協議しよう。

「主任ですか、赤城です。センサーに、異常なシグナルが検出されました。ランダムノイズかもしれませんが・・・」

「わかった。まず、データをダンプして前処理しておいてくれ。すぐにチェックしよう。センサーの故障かもしれん」

 翔平は冷や汗をかきながら信号処理用のワークステーションを起動し、取り出したデータを読み込んだ。


 ノイズまみれのデータを画像として再構成する。AIによる処理を待つ間、いつもの癖でスマートフォンを取り出してメッセージをチェックする。

 日本にいる恋人、いや婚約者と言うべきか、青山麗からメッセージが入っていた。日本はまだ夕方を少し回った時刻だ。

「翔平、観測うまく進んでる?」

 続いて送られた写真には、翔平の父母、麗、麗の父母が一緒に乾杯するシーンが写っていた。そうか、今日は母の誕生日だった。


 去年は自分もそこにいた。その時の麗のグラスにはグレープジュースが注がれていたが、今年は透明感のあるワインに変わっている。

「ちょっと変なデータが出た。今から主任とチェックする」

「頑張ってね」


 麗も強くなったな、翔平は思い返していた。

 近畿地方のN市で、家が隣同士だった麗とその父母とは、家族ぐるみの付き合いだった。幼稚園の頃から「大きくなったら翔平お兄ちゃんと結婚する!」と言い続けていた麗だったが、これまでに翔平は麗を2回泣かせていた。


 最初は、赤城一家が米国に赴任するときだった。当時6歳で小学校入学を控えていた麗は、「行っちゃ嫌」と大泣きしたものだった。


 2回目は、麗が小学5年、翔平が高校3年生の時。コロナ禍で一時帰国の機会が無かった一家が日本に帰任したことで、また一緒に過ごせることを大喜びした麗だったが、翔平が春から京都の大学へ進学することを知ってまた大泣きした。

 その時、両家の父母の前で将来を約束させられたのが事実上の婚約となった。


 3回目、翔平がハワイのすばる望遠鏡でのポジションを得た時、今度は麗が泣くことはなかった。

 彼女自身、今は有名動画サイトで数百万人のフォロワーを持つインフルエンサーとして名を知られる存在となった。


 そんなことを考えているうちにデータの処理が完了した。

 予備解析結果をさっと読んだ翔平は、我が目を疑った。

「推定距離54天文単位、速度秒速250km? あり得ない!」


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