第51話 沙汰
「無駄を省くべくというか、予め僕の方から明かしておくがね」
肘掛けに頬杖を突きつつ、フィローネは壇上からオルゴを見下ろす。
「全ての首謀者はこの僕だ。――実にシンプルだろう? 母君と父君とを手にかけたのも、領民のことごとくを怪物に作り変えて使役していたのも、全ては僕の描いたシナリオ通りなのさ。矮小極まるお前如きからすると、この僕はさぞや恐れ多かろうことだよ」
クックックと、くぐもった笑声を喉の奥で鳴らし、
「当代のデスタルータ伯爵の御前であるぞ? 卑しくも薄汚い下民風情はさっさと平伏し給えよ」と嘯く。
オルゴは右の隻腕を腰に当てつつ視線を落とし、今一度大きく溜め息を吐く。億劫そうに顔を上げ、呆れ果てた眼差しで元弟を睨み上げる。
「何が貴様をそうまでさせたのやら己にはサッパリだ。――伯爵の令息として産まれ、何不自由ない暮らしを与えられるがまま享受してきたにも拘らず、たかが片目を奪われた程度でこれほどまでに発狂したのか? 真っ先に思いつく動機としてはそれだが、にしても発狂の程度があまりにも甚だしい。ここまでするほどでは絶対有り得ぬ。であればあるいは――――」
「今さらそんなの知ったところで無意味だろ? もう全部済んだことなんだからさ」
吐き捨てるように呟いてから、「まあいいや」とフィローネは苦笑する。「わざわざ御足労頂いたことだし、いくらか明かしてやるよ」と切り出す。
「そうだな。……あるいは、お前が妬ましかったからじゃないかな。『高貴であれ』とかいう、あの投げやりで抽象的な親父殿の教育方針を、難なく体現してみせたお前が眩しかったから。それと比較されて、長らく肩身が狭い思いを強いられていたから。その反動で。――あるいは、領民のクズ共に奸計を仕掛けられ、まずそのこと自体が業腹だし、片目を失って不便な思いをしたから。いつか絶対に復讐してやるのだと固く誓ったから。…………なあ、」
フィローネは右手を伸ばし、レベッカの臀部を執拗に弄びながら、無感情に言葉を紡ぐ。
「やっぱりさ、聞いたところでどうにもならないだろ。……お前が想像した内容で合ってるんだよ、僕が発狂した理由は。……僕と同じ境遇に立たされても、お前なら発狂しないんだろうけど、僕は発狂した。ただそれだけ。早い話が性格の違いだ。……お前は僕の描いたシナリオ通り、ここであえなく惨敗を喫し、将来のフィアンセを目の前で犯され、そのぐらいされてようやく発狂できるのかもしれないね。想像しただけで脳汁が出るよ」
フィローネは例の、クックックとくぐもった笑声を出しつつ、触手の先からネバネバとした白濁色の粘液を染み出させ、床に垂らす。
オルゴは静かに瞬きし、脳内で三秒数えつつ沈黙する。滾る憤怒を押し殺してから、「異なことを言う」と口角に嘲笑を含ませつつ、フィローネを睨み上げる。
「先ほどから貴様は、何もかも自分のシナリオ通りなのだと声高に言い張っておるが、貴様自身に言い聞かせておるようにしか聞こえぬ。――そも、構成が不可解なのだ。貴様は己より先んじて禁術に通じておったのであろう? にも拘らず貴様は己を排除するにあたって、『冤罪をでっち上げる』という方法を採った。――傀儡を自在に操れるのであれば、ただ単純に傀儡を差し向ければ良かったのでは? 少なからず、あのような回りくどいやり方などせずとも、貴様は己を排除できたはずだ」
「まどろっこしさに磨きがかかっているところ申し訳ないが、何が言いたいのか見当が付かない」
フィローネはレベッカの臀部から手を離し、枝状に生え伸びるピンク色の内臓を撫でる。「僕のせいじゃないよね。脳の体積を比較すれば、頭の出来は歴然なわけだから」
「畢竟するに、貴様はどうしても己を悪役に仕立て上げる必要があったのだ」
フィローネは何らの反応も示さない。ただし、無い片眉を吊り上げる神経細胞が、バックグラウンドで働いてはいた。
「貴様は、他ならぬ父君にこそ認めて貰いたかったのだ。次期当主の座には、兄よりも自分が相応しいのだと。――禁術を破り母君を殺めた兄と、片目を失おうとも日々ひたむきに頑張っている自分とでは、どちらが領主に相応しいのかは自明でしょうと、概ね貴様はそのように迫ったのだろう。父君の口からその答えを引き出し、悦に浸りたかったのだろう。――が、その父君は城の玄関先に雑に打ち捨てられておった。どうやら貴様の望むような回答は得られなかったらしいな? あの仕打ちは十中八九、腹いせに相違ないのだ」
オルゴは首を傾げる。「次期当主の座は貴様にではなく、親族の男子に譲るとでも言われたか? どこまでも哀れな男よな」と冷罵する。路肩の掃き溜めでも見るような眼差しを向けながら。
「僕はさ、」
フィローネは肘掛けを人差し指で頻りに突きつつ、にわかに語気を強めつつ語る。
「さっきからお前に対して、ずっと脳縛の禁術できないかなってトライしてるんだけど、お前はそんなの全然効かない上に、むしろ僕の弱みを突こうとしてくるんだもんな。――ああ、そうだよ。僕は面と向かって父君に頼み込んで、面と向かって断られたさ。『兄上がああなってしまわれた以上、是非とも僕を次期当主に据えて頂けませぬか』、『貴様には務まらぬ』って!」
「だろうな」オルゴは一笑に付す。声色に嘲笑を滲ませつつ追撃する。
「貴様は統治者の器ではない。全くない。――我欲に塗れるばかりで、一向に高貴さを弁えぬ、貴様が如く小物に領主が務まるものか。傀儡にすることでしか他者を使役出来ぬ、求心力の欠片もない貴様には」
「分かっていないのはお前の方だよ?」
フィローネは首を傾げる。脳髄の詰まった管状の触手が、それと連動して生き物のように蠢く。
「確かに父君は僕の申し出を突っぱねたが、それは僕の脆さを案じてのことだったんだ。頭の中を見させてもらったから分かるんだよ。……父君はね、卑しい領民に付け狙われて片目を失った僕のことを、大層気にかけておられたのだ。だからこそ僕が表舞台に打って出ようとするのを断固反対されたのだよ。息子を矢面に立たせたくなかったんだ。……なんとも涙ぐましい親子愛だよね」
だから僕は強くなったんだ――――と。
場違いに爽やかな声で、フィローネは力説する。
「父君を殺し、自らを改造して巨大な脳を手に入れ、領内の人間すべてを僕だけの傀儡に仕立て上げたんだ。――頭が全く痛くないんだよ。脳髄が大きい分だけ、脳にかかる負荷が分散するからね。実に清々しい気分だよ。……まあその傀儡も、どこぞの大馬鹿に随分と減らされてしまったようだけどもさ」
パンパンと、フィローネは顔の横で二回拍手する。
すると、彼とオルゴとの間に、イゾラが召喚される。うつ伏せに倒れたまま、背中がかすかに上下しているのが見て取れる。
オルゴは床に刺していたレイピアを抜き取る。隣に控えるBBも姿勢を低くし、突撃の構えを取る。
「動きたければ好きに動けばいいが、いつでもこの娘を殺せる位置に僕が座していることを忘れない方がいい」
フィローネは顎先でレベッカを示し、オルゴは絨毯の敷かれた床を爪先で踏みにじる。彼らが迂闊に攻撃を仕掛けられない所以の一つがそれであった。
「イゾラ」とフィローネは、瞳のない顔面で見下ろしつつ語りかける。
「お前にはあくまで、そこの高貴バカを『生きたまま捕えろ』としか命じなかったはずなんだけどね。――どうやらお前は一時的に僕の禁術から脱し、血眼でそいつの息の根を止めようと勝手に張り切ってくれていたみたいだが、それはお前が魔法に精通しているがゆえ為せた業なのかな? あるいは涙ぐましい兄妹愛の奇跡?」
瀕死のイゾラは荒く呼吸するのみで、返答することが出来ない。フィローネはやれやれといった塩梅で首を横に振りつつ鼻から溜め息を漏らし、
「どうでもいいか。手筈通りにやれよ」と投げやりに告げた。
「………………モ、」
水気を含んだ、であるにも拘らず息も絶え絶えに掠れた声を、イゾラは絞り出す。
最後の抵抗のようでもあった。自らと妹の人生とを台無しにしてくれた、憎きフィローネに対する。――刹那、脳裏によぎるのは、『ここで私が応じなければ、妹はどうなるか分からない』という、痛切なる恐怖の念。
それを理解できないオルゴではなかった。だから何も手出しせず、静観する他なかった。
「【再配置】」
意を決し、イゾラは唱える。直後、謁見の間の中央一帯に、巨大な影が落ちる。
「……あ、後はた、頼ん、だ」
イゾラの遺言めいた言葉を聞きつつ、オルゴは天井を仰ぐ。
それが何であるのか、オルゴは直感的に理解することが出来なかった。――艶のある黒い体毛の生えた、筋肉質な四つ脚の生物ではあるようだが、このように巨大な生物は魔物以外に見たことが――――呆気に取られているうち、謎の生物は凄まじい地鳴りと共に着地する。オルゴはよろめき、姿勢を正すより優先して面を上げ、事態を確認する。
「……………………………………………………馬?」
両目を見開き、絞り出す一滴の感想。無理もないことであった。
その獣は、馬と呼ぶには大きすぎた。通常のそれの五倍の体躯を誇る黒馬であった。
また、全身が赤黒いイボで覆われているように見えたのが、注視して観察するとそれぞれ人間の頭部であった。めいめいに「ブルルルル」、「ヒヒン」などと、馬の鳴き真似をしていた。
背中からは巨人のごとく二の腕を左右に生やしており、バサバサと翼のようにはためかせつつ、オルゴらをつぶらな瞳で見下ろしていた。
「ヴィオラだよ。あの日、僕と共に崖から転落した愛馬さ。――病める時も健やかなる時も、僕と彼女とは一心同体だった。それでこそ安心して大役を任せられるというものだよ」
馬を挟んで向こう側のフィローネが、さも感慨深そうに、しみじみと呟く。
右手で前方を指差し、
「やれ」と命じる。
「【灰燼と化す怪火】」
答えたのはレベッカであった。前方に突き出した右の手の平から火炎が放射され、謁見の間を一面火の海にする。
イゾラの全身はたちまち焼き焦がされ、嘶き暴れ狂う魔獣の蹄に踏み潰され、悲鳴を上げる間もなく事切れる。
オルゴは垂直に大跳躍しつつ、レイピアの柄を口に咥え、右手の指先を壁に突き刺し、辛うじて逃げ延びる。BBは死体の山に埋もれて凌いでいた。
「グランドフィナーレだ。――本当の蹂躙を見せてやれ、ヴィオラ」
両手を広げ、フィローネは恍惚の笑みを口元に浮かべる。
オルゴはレイピアを口から外し、ヴィオラ越しに諸悪の根源を睨みつつ、
「増長した身の程知らずを粛正するぞ、我が眷属よ」
眼下で吼えるBBと共に繰り出した。
最低最悪の覇権争いが、今ここに幕を開ける。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
◆邪化の禁術――恒久的な変身を齎す禁術
◆肉塊の禁術――肉体を生成する禁術
◆脳縛の禁術――他者の精神を支配する禁術
これまでのあらすじ。
〇瀕死のイゾラによってフィローネの愛馬、ヴィオラが謁見の間に召喚される。完全に怪物として生まれ変わらされたヴィオラごと、レベッカはアッシュフレアで一帯を燃やし尽くす。狂気と物量とに任せた野蛮極まる下剋上が開始する。
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