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第48話 壮観

 オルゴ、ネロの両名がデスタルータ領に踏み入れたのは、日が沈んでから間もなくの時分であった。紺色の夜空はぶ厚い雲に覆われ、月も星もなく、陰鬱な雰囲気が領地郊外の農村に立ち込めていた。


 ネロは白馬より降り立ち、老人のように前屈みになりつつ手の甲で腰を叩く。神聖魔法によって強化された教会堂の馬は疲れを知らず、出発から到着まで全速力で駆け抜け、山も谷も直線であるがごとく悠々と通過しまさに疾風の如くであったが、それと引き換えに生身の騎手は大いに疲弊していた。


 彼女の視線の先には朽ちた小屋がある。右を見ても左を見ても似たり寄ったりのボロ小屋が点々としており、田畑の実り具合もまばらで貧相である。昨今のザンナにおける平均的な農村風景であると言える。


 オルゴがボロ小屋から姿を現す。思案顔で俯き、顎先を摘まみつつ、ネロないし二頭の白馬に歩み寄る。


「どうだったよ。まあどーせ無人だったろうけどよ」


「極めて不可解だ」


 足を止め、なおも視線は下を向いたまま、オルゴは独り言のように呟く。


「死体としてそこらに打ち捨てられているでもなく、農民が片っ端から姿を晦ましているなど、……凡そフィローネの仕業には違いあるまいが、奴は農民をどこに連れ去ったのだ? 手段はともかくして、目的がまるで分からぬ」


「さあな。狂人の考えることは分かんねーよ。推理したところで無駄だっての」


 ネロは垂直に跳躍し、白馬に飛び乗る。馬上よりオルゴを見下ろす。


「つか、領民がどうなってようが関係ねーだろ。一致団結してテメーを極刑に導いた領民のことなんてよ。……バケモンらしく冷酷に無関心貫いとけや。人外が真心を模倣すんなって言ったよな」


「脳縛の禁術は対象者を自らの傀儡とする魔法だ。フィローネがその解禁者であると知った以上、かつて己に差し向けられた敵意の数々が、どこまで本人の意志であったのかを慎重に吟味する必要がある。――早い話、フィローネは己を没落させるべく、領民を傀儡にしたのではないのかという話だ。もしそうなら己は、かつて領民を愚かだと痛罵したことを撤回し、窮地にあるのなら救わねばならぬ。領主の息子としての当然の務めだ」


 横に並ぶもう一頭の白馬に跨り、オルゴは馬を走らせる。「かっけー」と気のない相槌を打ちつつ、ネロも続く。


 初速からトップスピードで駆け抜ける彼らの前方に、間もなく石造りの城壁が立ち塞がる。巨大な門の前に全身鎧姿の兵士が二人並び立っていたが、猪突猛進で迫り来る騎手二人を目視するとめいめいに槍を構え、腰を低くした。


 オルゴは兵士らの槍の間合いに今にも差し掛かろうという寸前、手綱を引き馬を止める。しばらく無言で兵士らを見下ろしていたが、やおら「どうした」と馬上より呼びかけ、厳粛に告げる。


「デスタルータ伯爵家が長兄、オルゴ・デスタルータの御前なるぞ。貴様らは速やかに武装を解除し、疾く門を開けるがよい」


 しかし兵士らからの応答はない。槍の穂先をオルゴの方に向けたまま、ジリジリと間合いを詰める。


「弟君の傀儡か、あるいは手中の者か。どちらにせよ話は通じねーみてえだな」


 ネロは馬から飛び降り、それとほぼ同時に兵士らが突進を試みる。


 穂先はオルゴの乗った馬に差し向けられる。騎馬戦においては定石中の定石である。


「だと思ったよド三流が」と悪態しつつ、ネロは俊敏な足捌きで馬の前に立ちはだかる。繰り出される二本の槍を左右の手で掴み、兵士ごと地面に叩きつける。取り上げた二本の槍をチャンバラ式に構え、さあ来いと迎え撃たんとする。「立てよ。動けねーようにしてやるからさ」


 が、兵士らは突っ伏したまま立ち上がる素振りを見せぬ。何やらブツブツと鎧の中で唱えているのが、段々と鬼気迫り、大声に推移していく。


「……お、お許しください。動かせてください。……そんなの、それだけはご容赦ください。後生ですから、……望んでない。俺はそんな風になりたいなんて、一つも思っていない。……娘が、……妻が、待たせているんだ。……あ、有り得ない、許されていいわけが…………!」


 ネロは片方の槍を肩に担ぎつつ後ずさり、「なんかヤバくね」と眉間に皺を寄せる。「同感だ」とオルゴも下馬し、両腕を組んで兵士らを見下ろす。


 血のような。


 何か赤々とした液体が、鎧のあらゆる隙間から漏れ出す。ギシギシと軋む音がし、言葉にならない兵士らの悲鳴が次第次第にくぐもってゆく。


 刹那、全身鎧が爆ぜ、四方八方に金属板が飛散する。


 殻を破って現れ出でたのは、人間のような()()であった。――筋肉が、脂肪が、骨が、それぞれ別々の意図を持っているかのようにモゾモゾと蠢きつつ、いたずらに肥大し続けている。衣服はおろか皮膚さえも裂けるに任せられ、したがって血の色の筋組織と各種内蔵とが露出しており、垂れ下がり、骨格の所々は肉体から突き出している。


 異様に発達した声帯から、ケダモノのような野太い悲鳴が垂れ流される。


「テメーの禁術か?」

「悪趣味にも程がある。フィローネの仕業に相違ない」苦虫を噛み潰したような顔で答える。「肉塊の禁術で領民の肉体を増殖し、あるいは屈強なる狂戦士として、あるいは潤沢な食糧源にでもと考えておるのだろう。――なるほど、さすれば農業など不要というわけだ」


 そうこうしているうち、壊れんばかり勢いで城門が内側から開かれる。兵士らと同様の、あるいは異様の巨大な()()が、我先に出んと犇めき合う。申し訳程度に首の上に乗っかっている人間の顔面に、もはや人だった時代の面影は残されていない。


「食い物としか見ておらんのだ」瞳の奥に憤怒の炎を宿らせつつ、オルゴは奥歯を噛み締める。


「奴は、あの気狂いは、自分以外の全ての人間を。――搾取することしか頭にない、私腹を肥やすことにしか関心のない、唾棄すべき害虫パラサイツが、高貴なるデスタルータ家の子息だと? 面汚しにも程がある」


 上背四メートルをゆうに超える巨人の群れが、一斉にオルゴに襲いかかる。腕のようなものを突き出し、足のようなものを振り上げ、水音を含んだ怒号を上げる。


「御免」


 神妙に両瞼を閉じ、オルゴは親指の爪で人差し指の内側を掻き破る。「【凝血(ブラッドクロット)】」と唱えると、迸る鮮血が鈍色のレイピアに形作られる。


 迫り来る猛攻の嵐に真正面から斬り伏せ、滝の如く返り血を浴びながらレイピアで道を切り開く。


 四肢らしき部位を切断された巨人らは痛みに絶叫しつつ、半数ほどはオルゴを追いかけるが、残りの半数は取り残されたネロに視線を向ける。


「退避」


 ネロが命じると、二頭の白馬は一目散でその場から去る。その後ろ姿を見送ってから、ネロは再び怪物の軍勢と対峙する。


 片手に持った槍でトントンと肩を叩きつつ、ネロは俯いて何やら唱える。――先頭の怪物が、我武者羅に拳らしきものを突き出してくるのを、片手間に槍で迎撃する。


 四肢にのみ攻撃を限定していたオルゴと違い、ネロは跳躍しつつ的確に心臓を一突きである。引き抜いた傍から大量の血液が噴き出し、怪物は頽れる。


「今しがた主にお伺い申し上げたがよ、テメーらを元に戻す方法はないんだと。……死で以て救済しろとのことだ。アンラッキーだぜ」


 指先で槍を回し、血を払う。


「神罰代行」と呟く声に覇気はなく、血塗れの表情は鬱屈としていた。

 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 ◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国

 ◆デスタルータ――ザンナ国辺境寄りの都市

 ◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国

 ◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市

 ◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村


 これまでのあらすじ。


 〇デスタルータ領に帰還。領民が巨人化している。


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