第47話 決起的集会 / 手記⓪
幻想から同時に覚めた一同は、それぞれ沈鬱な表情を浮かべていた。
「外道が」と低く吐き捨てるデルフィーノ、決壊寸前の顔の歪ませ方をしつつ「嘘ですよこんなの。……ぜったい嘘だ」とエプロンドレスの胸元を握り締めるベルン、目を伏せて沈黙に徹するヌボラ姉妹。――禁術破りの大罪人であるレベッカが人攫いに遭ったと聞き、彼女ら神官は「当然の報いだ」と内心思っていたが、幻想の中で彼女の受けた下卑た仕打ちの一部始終を目の当たりにしているうちに、ウンともスンとも言えなくなっていた。
彼らの前に立つオルゴは、その三者三様の反応を無表情で観察している。
ふいに彼は、後頭部を掻いていた手を止め、顔の前に持ってくる。指先が血肉や抜け毛に塗れているのを無関心そうに一瞥し、フッと息を吹きかけると、それらはただちに塵となって消えた。
「各位、一問一答で己からの問いに答えよ。刹那でも遅れた者は問答無用で首を刎ねる」
陰鬱を極めていた室内の空気感が、彼の刺すような物言いにピリッと引き締まる。一同の視線が彼一人に集中する。
「ビアンコ・ヌボラ。貴様の神聖魔法で己をデスタルータの城まで転送することは可能か」
「不可能です」凛として即答する。
「右から順に、己に提供できる最も敏捷な移動手段を述べよ」立て続けに命じる。
「教会堂で飼っている馬を、加護で身体強化させて貸し出すことは可能です」と区切り、ビアンコは隣のネロを見上げる。「ザンナまでどの程度かかりますか?」
「デスタルータの領地っていや、確かスヴァルガ寄りの辺境スよね? だったら半日もかからないんじゃないスか? 日没までに着くかは微妙スけど」
「クコの実という、瞬間移動作用のある果実をいくつか持っているが」続けてデルフィーノが挙手する。「方向や移動距離の指定が不可能であるため、推奨できぬ。運さえ良ければ転送魔法と同等の速度で移動できるのだが」
残すはベルンのみとなるが、いよいよもって決壊し、しゃくり上げつつ手の甲で顔面を拭い続けることしかできない。デルフィーノに背中を擦られるも、とめどなく涙が溢れ続け、受け答えするだけの余裕は皆無であった。
「各位に今後の役割を命じる。拒否する者は首を刎ねる」
声を張り上げるでもなく、オルゴは淡々と談合を進行する。
「ビアンコ・ヌボラ。貴様はその小娘を教会堂で匿い、絶対安全を貫け。――小娘はひとまず、この食堂の二階を調べよ。恐らく己がマンフレード氏に手渡した金の指輪が放置されているはずだ。携帯しておけば有事の際に役立つであろう。後はただ生き延びることだけ考えておればよい」
「無垢なる子羊であれば喜んで保護いたしましょう」ビアンコは毅然として即答し、ベルンはえづきながら頷く。
「ネロ・ヌボラ。貴様は己と共に来い。借りた馬を教会堂に戻す人間が居なくてはならぬ」
「了解ですって言うしかねえだろ。首刎ねられたくねーもん」悪態しつつゴキゴキと首を鳴らす。
「セタ・デルフィーノ」
この時ばかりは正面に向き合う。両者の視線がかち合う。
「此度の貴様の助力には感謝してもし切れぬ。事の顛末が余すところなく分かり、何をすべきか明瞭になった。後は貴様自身の人生に専念せよ。――レベッカの奪還は己ひとりで臨む。庇うべき対象は少ないほど身軽なのだ。分かってくれ」
「委細承知」
肉厚の右手を差し出し、オルゴの長く引き締まった右手と固く握り合わせると、真剣な眼差しで「武運を」と激励する。
オルゴは気障な振る舞いも高貴な口上も挟まず、ただ瞳孔の奥深くに憤怒を閉じ込めたまま、「ああ」と短く相槌した。
*
高貴さとは、能力的に秀でていることを前提とする。字に起こすのも憚られるほど分かり切ったことを、なぜ誰も理解したがらないのか僕は心底不思議でならない。
デスタルータ伯爵の令息として産み落とされた僕は、事あるごとに「高貴であれ」と口酸っぱく言われたものだが、父君も母君も愚かの一言に尽きる。この上なく将来有望な兄の横に並べられ、常に比較の対象とされ、どう「高貴」を演じろというのか。それが滑稽であるとなぜ分からないのか。分相応であろうとすることがなぜ許されないのか。苛立ちは募るばかりである。
兄は病床に伏せる母君を頻繁に見舞いに行く。一方で僕はそれに同行せず、城下に繰り出すのを日課としていた。取るに足らない平民どもに唾を吐き、痛罵を浴びせていると留飲が下がる。比較対象が下等であれば僕だって高貴を気取れるのだ。日ごとに平民からの僕の評判は失墜していく一方だったが、構わなかった。どうせ凡百には何も出来まいと高を括っていた。
兄は折に触れて、母君の見舞いに僕を誘った。「貴様が顔を出さないせいで母君は悲しんでおられる」だの言っていたが、無視した。母君は心優しい御方だから、面と向かって僕と兄とを比較するなどしないだろうとは分かっていたが、口に出さないだけで内心では比較するに違いないのだ。兄弟なのだから。——思われるだけで嫌なのだ。僕は従者を引き連れて馬車に乗り込み、逃げるように狩りに出かけた。
僕だけに与えられた最愛の黒馬、ヴィオラ。彼女に馬車を引かせて遠方の草原地帯に繰り出し、弱き命を狩り尽くしていると頗る気分がいい。優秀ならざる僕が覇者を気取れる、それは数少ない手段の一つだった。
その日は妙に馬車が揺れた。いつも通り馬車に乗り込む前にはヴィオラとは触れ合っていたが、特に変調などは見られなかったはずだった。乗り心地の悪さを不愉快に思っていた矢先、馬車が勢いよく回転し始め、僕は気を失った。馬ごと崖下に転落したのだ。
なんとか一命は取り留めたものの、従者は一人死に、ヴィオラは肉体こそ満足に回復し得たものの事故のトラウマで使い物にならなくなり、僕は左目を失った。回復魔法で治せないこともないらしかったが、寿命を著しく縮めることになると聞かされ、拒否した。――あの高貴ぶった兄であれば、命と引き換えにしてでも五体満足であることを望むだろうが、僕はそうではない。まだ何も成し遂げていなかったからだ。
兄は転落事故の報を聞きつけるや否や、療養中の僕の枕元に現れた。兄は僕の生存を確認し次第、無言で寝室を去り、事故現場に繰り出した。半日もかからないうちに一連のアクシデントが人為的なものであったことを目敏く見抜き、犯人を特定し捕縛するまでしてみせた。
「自業自得だな」
事件後、兄が初めて僕にかけた言葉はそれだった。
「父君から高貴であれとさんざ言い聞かされていたにも拘らず、貴様は高貴さと傲慢さを履き違え、いたずらに民草を虐げているだけだった。――本質を理解しようとせず、支配者らしさを表面的にしか模倣せぬから、そこを見透かされ、こうして舐められるのだ。貴様が想定しているほど民草は愚かではない」
ふざけている。
要するに、「己は実力者だから威張ってもいいが、貴様はそうでないから弁えろ」と言っているのだ。全く以て気に食わない。ただ才能に恵まれただけの人間が偉そうに。偉そうに。偉そうに。偉そうに。
僕はもう、気が狂いそうになりながら、ひとりで例の崖下に訪れた。……理由なんてない。ただ、どうしてもそこに行かなくてはならないような、妙な胸騒ぎがしたからだった。
するとどうだろうか。崖下に鬱蒼と生える木々の配列を何とはなしに眺めているうちに、僕の脳内に無数の文字が浮かび上がったではないか。――これは何かの啓示に違いないと、僕は浮かび上がる文字を手記に書き綴った。一心不乱に、一文字も書き漏らしてはならぬと。
成果物は二つの禁術、脳縛の禁術と肉塊の禁術の会得であった。我が行く先は外道なのだなと、僕はその時に確信した。
驕り高ぶった愚兄を凌駕し、彼からデスタルータ次期当主の座を奪う。
無理だと諦めていた悲願の夢が、禁術という選択肢を得たことで、実現可能な目標にランクダウンした。「こうすれば成就できるはずだ」というインスピレーションが止めどなく溢れ、片っ端から実行せずにはいられなかった。
僕はまず、事件を機に改心したという体を装って領民らと交流を重ね、一年かけて自らの信頼の回復に邁進した。その傍ら、兄についてあらぬ悪評を吹聴して回り、来るべき時に向けて民意を操作した。
そうしているうちに、民草との会話の中で二つの情報を得た。一つは巷で頻発している吸血鬼騒動の真相が、村落ぐるみの口減らしを吸血鬼の仕業であるとでっち上げているという噂である。真偽についてまで興味はなかったが、手管としては参考に出来るなと、今後の計画に組み込むことにした。
もう一つは、僕も通う王立学園の魔法科の下級生に、桁違いの魔力性能を有する者がいるという話だった。まだ開花はし切っていないらしいが、傀儡にしない手はないと思い、彼女について徹底的に調べさせ、禁術を会得させ使用させ逮捕させるまでの計画を組み上げた。特にイレギュラーがなければまず成功するだろう。
いつぶりになるやら分からない、僕は母君の静養する診療館に単身訪れた。彼女は病床に伏してなお高潔に振舞おうとしており、滑稽極まりなかった。昔の自分を見ているようで、これはさっさと殺してやるのが息子としての務めだなと確信した。
「今後の治療方針について話したいことがある」と館長を呼び出し、二人きりの診察室で僕は彼に脳縛の禁術を行使した。とある命令を仕込んでから、速やかに館を去った。
翌朝、愚兄は診療館のベッドで絶命する母君の姿を目の当たりにし、職員に容疑者として取り押さえられた。
母君は館長によって毒殺された後、首元に刃物で穴を開けられていたはずだ。吸血鬼に咬まれたような、二つ並んだ小さい穴。そうするようにした後、ほとぼりが冷めてから自害せよと彼には命令していたのだ。
裁判にかけられ、愚兄は邪化の禁術を用いて吸血鬼に化け、母君を殺害した大罪人であるという判決が下り、晴れて死刑を科される運びとなった。アンチ・オルゴ派に仕立て上げた領民らに、アイツにとって不都合な証言ばかり喋らせたのが功を奏したという運びだが、元はと言えばアイツが幼少期から吸血鬼に憧れていたのが悪い。アイツの部屋にはその手の書物が腐るほど並べられていて、それも判決の参考にされたのだ。これを自業自得と言わずして何と言おうか。いい気味だ。
劃して忌まわしき愚兄は近日中に死刑執行と相成り、レベッカ・レオナルディも僕が牢に訪れた日にはコロッと傀儡に転じてくれるだろう。これまで何もかも上手くいかなかった分の揺り戻しが来ているのだ。何も案ずることはない。僕は運命に選ばれたのだ。
頭が痛い。このあたりで手記を締め括る。明日は特に用事もないので、例によって手頃な女を傀儡にして弄ぼうと思う。肉塊の禁術で無制限に精液を生成し、この世界の全てを貪り尽くすまでは死ねない僕である。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国
◆デスタルータ――ザンナ国辺境寄りの都市
◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国
◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市
◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村
これまでのあらすじ。
〇レベッカ奪還編に突入する。
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