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第44話 優先的事項

 アンビエンテの地上は混乱を極めていた。武器を手に連続殺人鬼を討伐せんと駆け回る者、必死の形相で逃げ惑う者、横たわる死体に泣き縋る者。――それらを尻目にしつつ、赤髪赤目の貴公子と神官二人は路地裏を突き進む。


 そこを抜けると、馬車が辛うじてすれ違える程度の幅の、寂れた街路に出る。人通りは皆無であったが、間もなく右の通りから全身鎧姿の兵隊が現れ、彼らの居る方に迫り来る。


 しかし、兵隊の誰一人として、オルゴとヌボラ姉妹の存在に反応しない。ただ一心不乱に街路を突き抜け、彼らの前から足早に去ってしまった。


「存在感を消す神聖魔法、【無私ディボーション】。――そうまでして醜態を晒したくないものか。往生際の悪いというか、惨めなものだ」


 オルゴはフウと溜め息しつつ頭を振る。


「アタシら神官と魔物とが連れ立って歩いてる姿を馬鹿正直に見せて回りゃあ、ただでさえ絶賛混乱中の市民らが更に混乱すンだろってウチらなりの配慮だっつの。シロートが軽々しく意見してんじゃねーよ」


「詭弁にしか聞こえんな。言い訳一つ取っても頭の程度が透けるわけだ」オルゴは歩行を再開する。「あンだって?」と怒声されるのも相手にしない。


「オルゴ・デスタルータ。ここから最も近い城門は向かって左方向です。なぜ直進を? まだアンビエンテに用が?」


 用がないならさっさと去れと言わんばかり、早口気味のビアンコの問いかけ。オルゴは振り向きはしないものの、足を止めて答える。


「つい先ほど同行者が何者かに攫われた。取り戻すべく出立する前に、現場を調べて手がかりを集めておく必要がある。――まあ、敵が誰なのかも、どこに小娘を連れ去ったのかも概ねの推測はついているが、念には念をだ」


 フゥン、とネロは興味なさげに、両手の指を頭の後ろで組む。何気なく右方に視線を向けると、商人風の男が接近してきているのを発見する。キョロキョロと何か探し物をしているようであった。


 薄茶色の巨大なバッグを背に抱え、でっぷりとした肥満体型をカーテンみたく丈長の布で纏い、頭に青色の丸帽子。両の瞳はつぶらで、顎周りと鼻の下に髭を蓄え、片手には健身球を三つ持って回転させている。


「……あれ、あの人って確か、教会堂ウチのお得意様じゃないっスけ、姉様。……なんて御方でしたっけ。渉外担当じゃないんで覚えてねンすけど」


「セタ・デルフィーノ様です」淡々と即答する。「霊薬と交換で、様々な物品を方々から仕入れてくださる。――しかし、彼は数日前にアンビエンテを発ったばかりのはず。なぜここに?」両手を背中で組み、ヒルの巻かれた首を傾げる。


 そうしている間にも、ズンズンとデルフィーノは彼らとの距離を詰めていく。デルフィーノの目からはオルゴらの姿が見えていないため、避けようとも足を止めようともしない。


 そして、避けようとも足を止めようともしないのはオルゴの方もである。真正面から腕組み悠々とデルフィーノに向かって闊歩する。「おい! その御方に何する気だよ!」と背後から叫ばれるのも意に介さない。「吠えるだけか」と睥睨しつつ、直進し続ける。


 デルフィーノとの距離はもう二歩か三歩ほど。オルゴは足を止め、片手を前に張り出す。――デルフィーノは歩行の最中、見えない何かにぶつかった感触を覚え、「ヒィッ!」と甲高く悲鳴しつつ、見かけとは裏腹の俊敏な足捌きで後ろに飛び退く。手の平で健身球を弄びつつ、金属同士のぶつかり合う小気味よい音を鳴らしつつ、前屈して前方を睨む。


「出し抜けに我が左肩に触れたるは不可視の存在! 悲しきかなこのアンビエンテの地は、私が少し離れているうちに通り魔が現れ、吸血鬼が現れ人々を襲い戸惑わせて飽き足らぬ、跳梁の跋扈せし魔境と化してしまったらしい! 魔物の合切寄り付かぬ、ここは聖域ではなかったのか!? 安息の地などこの世のどこにも存在せぬのか…………?」


 冷や汗を垂らしつつ前方を睨み上げる目が、クワッと見開かれる。


「己だ。息災であったか?」


「おお!」とデルフィーノは驚嘆の声を出し、破顔する。右手を差し出し、力強く握手する。


「そういう貴殿はオルゴ・デスタルータ殿! 久しく見ぬうちに随分と様変わりしたではないか! エルカーン殿とお揃いの赤髪赤目! 並び立てばさぞや壮観――――おや」


 区切り、キョロキョロと辺りを見回す。


「そういえばエルカーン殿の姿が見当たらぬ! もしやはぐれてしまったのか!?」握手を解きつつ素っ頓狂な声を出す。「平時ならいざ知らず、この動乱の最中においてはただの迷子も命の問題に直結すると心得べし! 一刻も早く救済せねば!」


「エルカーンというのは偽名だ。本名はレベッカ・レオナルディという」


 オルゴは腕を組んでデルフィーノを見下ろし、淡々と状況を述べる。


「――迷子ならまだ良かった。奴は己が少し目を離している間に、人さらいに遭ったのだ」


 聞くや否や、デルフィーノは十面相しつつ、心当たりはあるのかと、どのあたりまで調べ終えているのかなどオルゴに捲し立てる。


 その視界に映らぬ、オルゴの後方でヌボラ姉妹は横並びになり、彼らのやり取りに耳を傾けている。


「……意外でもねーのか? あの吸血鬼モドキ、人間だった頃は貴族サマだったらしいスもんね。デルフィーノ様と懇意なのも、さもありなんってところか」


 ビアンコは口元を手で抑え、視線を落としながら何やらブツブツと独り言する。「姉様?」と呼びかけられ、ポーズはそのままに「ネロ」と名を呼ぶ。


「デルフィーノ様に【無私ディボーション】を施しなさい。あれだけ大声で騒がれては人が押し寄せてしまいます。——それと、デルフィーノ様にのみ限定して我々の【無私】を解除し、話せるようにしなさい」


「え、アタシら現れちゃっていいんスか? そのヒルの首輪まで見られることになりますけど」


「構いません。――土台、これから先の人生を永劫に、姿を隠しつつ生きていく訳にもいかないのです」


 ネロは視線をオルゴの背に向け、舌打ちと溜め息としてから、しゃんと背筋を伸ばして十字を切る。


「シエロ暦一六六〇年二月九日、午前一度目の祝詞の中断を再開。『アルトリスツ』、終了。――続けてシエロ暦一六六一年八月二十一日、午後六十二度目の祝詞の中断を再開。『イグイスツ』、終了」


 ビアンコは何か言いたげな目つきになるが、肩を落とすのみで特に物言いせず、デルフィーノの方に歩み寄る。ネロもその後ろについていく。


「ややッ!」とデルフィーノが彼女らの存在に気付く。「これはこれはヌボラ神官殿まで揃い踏みとは! 教会堂の外で邂逅するというのは初めてですな」肉の詰まった右手を差し出し、握手を求める。


 が、ビアンコは両手を後ろに回したまま、それに応じない。「おや?」と顔を覗き込まれつつ、「デルフィーノ様」と真顔で尋ねる。


「彼、オルゴ・デスタルータとは、旧知の間柄なのですか? 随分と親しくお話しされているようでしたが」


 デルフィーノはつぶらな瞳をパチパチと瞬きし、顎髭を撫で回しつつ斜め上を見ながら思案の後、


「彼との出会いはつい先日のことである!」と声高らかに答える。「ザンナからスヴァルカに渡る道中、森の中で盗賊団に追い回されているところを、颯爽とこの御仁が出で現れ、窮地を救って頂いたのだ! 彼らの溢れんばかり勇気とエネルギッシュさと、他人のためを思いやる真心の純真さといったら、どれだけリスペクトの限りを尽せども足らぬほどである!」


「仕込みって線はねーんスか?」ネロが水を差す。「盗賊団を遣わせて旅行者を襲わせて、そこに退治しに入ることで恩を売り、社会的信用を得ようとしたとか、――基本的にウチらは職業柄、疑うよか信じる派ではあるスけど、そんでもやっぱキナ臭い感じするっスよね? 姉様」と視線を隣に向ける。


「ブジアの村に遣わせていた、信徒たちからの報によるとですが」ビアンコは正面を向いたまま口を開く。「オルゴ・デスタルータは村落を訪れた際、父親に刃物で刺され瀕死の重体を負っていた少女の前に現れ、自身の血を分け与えて蘇生させたそうです」


「……じゃ、それも恩を売るためだったんスよ」ネロは頑として譲らない。「そうやって方々で仲間を増やして回って、いずれ共謀してクーデターでも起こす気だったんでしょ。――現にそいつ、連続殺人鬼だし」


「此度の騒動にも不可解な点が多すぎます」ビアンコは首を横に振る。「彼が本当に連続殺人鬼であると仮定した場合は、の話ですが。――吸血鬼が牙ではなく刃物で人々を襲って回り、しかも犯行時刻を朝の時間帯に選ぶなど、二重にも三重にも違和感があります。――彼はあくまで冤罪をかけられたに過ぎず、真犯人は別に存在すると考えた方が、推察として適当なのでは?」


「ハッ」とオルゴは嘲笑する。「姉の方がいくらか話が分かるらしいな。まあこの己に一度でも剣を向けたという事実がある以上は、愚者の中でも比較的優秀な方であるという評価にしかならんが」


「テメーさっきからうっせぇんだよ。……こちとらなァ、姉様がヒルに殺されることになってでも、テメーに一矢報いる覚悟はとっくに出来てんだよ。人質取って安心した気になってんじゃねえぞ。このイライラを晴らすのが何よりも最優先なんだよ」


「ネロ?」


 ゴホン、とデルフィーノが咳払いする。一同の視線が集まる。


「何やら貴殿らの間で、一言や二言では言い表せぬ何かしらがあったようだ。――差し支えなければ、この老いさらばえた流れの商人めに、事の顛末を聞かせては貰えぬだろうか?」


 しばし三人は無言で視線を送り合い、


「歩きながら話すぞ。生憎だが一刻を争う事態なのでな」


 とオルゴが号令しつつ踵を返す。デルフィーノも「委細承知」とそれに続く。


 一歩踏み出そうとするネロの足の甲を、ビアンコが無言で踏みつけた。

 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 ◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国

 ◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国

 ◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市

 ◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村


 これまでのあらすじ。


 〇人攫いの手がかりを探しに地上に出る。

 〇デルフィーノと再会する。


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