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第38話 計画的犯行

 オルゴとベルンは、とある宿屋の二階の客室にて立ち尽くしていた。


 どこかの城の一室を、そのまま削り取ってきたかのようであった。天蓋付きのベッドに、彫刻された大理石の暖炉、衣装箪笥カッソーネ、静かに光沢を放つテーブル、総額すればいくらになるやら計り知れぬ豊富なアイテムが、広々とした室内に余裕を持って収められていた。


 本来「宿屋」とは、中流階級の人間のみが利用する施設である。貧者は言わずもがな、貴人は交流のある貴人もしくは親類の邸宅に宿泊するのが普通なので、そのいずれにも当てはまらない冒険者とか行商人などが利用者の大半を占めるのは必定である。そこをいくと確かに、このようないかにも貴人向けであろう宿屋というのは、極めて珍しい施設であった。


 そして部屋の中央には、縄で縛られた老爺の亡骸が仰向けで横たわっていた。


 どう見間違えても貴人ではない、質素な町人の装いをしており、心臓にナイフを一突きされている。皺だらけの首筋には、犬歯で咬まれたような小さい穴が二つ並んで開いている。困惑と恐怖の錯綜した表情のまま、既に事切れていた。


「どこから仕組まれていた?」


 死体を見下ろしつつ呟くオルゴの声が、広々とした室内に低く響く。彼らしくもなく、頭髪も装いも大いに乱れ、直そうともしない。右手の五指の爪が異様に長く発達しており、ナイフの束のようである。


 窓の外の大わらわが、幾分かくぐもりつつも室内を騒がしくしていた。


「デスタルータさん!」


 隣のベルンは息を切らしつつ、張り詰めた声で訴える。


「誰か後ろから来てます! 見られたら大変です!」


 しかしその声は届いていない。死体をジッと睨んだまま、何らの返事もしない。


 ()()()()()()()()()()()()()


 そのことばかりを考えていた。


 数分前に遡る。


 一同は朝食を平らげてからもしばらく和気藹々と談笑し、オルゴの「出るか」の号令で席を立った。続いて立ち上がるマンフレードに「有意義な時間であった」と右手を差し伸べつつ、「一口に商人稼業と言っても中々に奥が深いらしい。興味深い知見を頂戴した」と声を弾ませるなどし、その時点では平和そのものであった。


 しかし、マンフレードは握手に応じなかった。


 何やら額を抑え、骸骨のようなギョロッとした両目を殊更にかっ開き、頭皮から染み出した汗を帽子の間からこぼしていた。


「どうした? 気分が優れぬようだが」

「父様、大丈夫ですか?」


 呼びかけられ、マンフレードは反応しなかった。

 額に宛がっていた手を、ズゥ——と顔面の上側から下側にかけて拭うようにし、髭の生えていない顎を撫で、


「失念していたことを思い出した」


 と切り出した。

 視線は床に落としているのか、あるいはどこにも定まっていなかった。


「娘に、——これはどうしても、娘だけに話したいことがあるのを思い出した。二人にして欲しい。すぐに済む」


 尋常ならざる様子と唐突な申し出に、オルゴも訝しみはした。

 が、右手の小指に嵌めていた金色の指輪を外し、マンフレードに手渡すと、「預けたからには必ず返せ」と告げ、うんともすんとも言わぬ相手に背を向けつつ、「店の前で待つ。行くぞ小娘2号」とベルンを引き連れて店を出た。


「マンフレードさん、大丈夫でしょうか」


 ベルンは賑やかな往来に背を向け、ガランとした店内を振り向きつつ表情を曇らせた。


「……貴様は卓抜した嗅覚を持ち合わせているわけだが」


 傘を開きつつ問う。「アレの症状ないし病状がなんであるかは分からんのか?」


「……分からないです。汗のにおいだけ嗅いで、それが具体的に誰の汗のにおいなのか言い当てたりは出来ますけど…………症状? とかは多分、訓練次第ではもしかしたら…………どうなのかな…………」


 ブツブツと独り言に没頭するベルンであったが、ふいに区切り、スンスンと鼻腔をひくつかせた。顎を上げ、右に左に何やら嗅ぎつけていた。


「何を嗅いだ」


 ベルンはなおも念入りに嗅いだ。次第次第に鼻から吸い込む力が強くなり、間隔が短くなり、祈りか懇願でもするかのごとく必死の形相になりながら、徐々に往来に踏み出していった。――そんなはずはない。そんなニオイが漂っているはずがないといったような。


 が、無駄な抵抗だと心得たか、ベルンは棒立ちになり、青ざめた顔をしつつ振り向き、


「血と死体のニオイが」


 と言いかけた。それをかき消すようにして、遠くから若い女の絶叫が起こった。


 絶叫はたちまち伝播し、老若男女ないまぜの悲鳴や怒号が街路中に響き渡る。オルゴはベルンの隣に並び、騒ぎのする方に目を向けた。


 前方約30メートル先、華美を凝らした装いの、眼帯の貴公子が往来の真ん中に仁王立ち。オルゴと目が合うと、仏頂面で睨み返しつつ斜めに頭を垂れた。


 右手に持つ短剣には鮮血が滴っており、足元には年端もいかない少年がグッタリと打ち捨てられている。


 通り魔が出たぞ、と野太い声。短剣の貴人から一目散に人々が逃げ惑う。


 オルゴは傘を地面に打ち捨て、全身から灰色の煙を立ち昇らせつつ、右手の五指の爪を伸ばす。刃渡りは短剣に相当。周囲に民間人が犇めき合っている以上、ロングソードを振り回すことは憚られた。


 口上も詰問もせぬ、2歩で間合いを詰めフィローネの首元に長爪を振りかざす――――が、すんでのところで相手は夢のように姿を消す。


 どこに消えたものか周囲を睨むが、彼の魔物のごとく発達した五指の爪を見て民衆が騒ぎ立てるのみで、すぐには見つからぬ。犇めき合う民衆のせいで視界が不良であることに苛立ちが一層増し、ここまで目立ってしまえば関係あるまいと大跳躍からの滑空も選択肢に入れ始めていた時分、そう遠くないところで第二の悲鳴が起こり、現場に急行する。


 フィローネを視認、攻撃を仕掛けるが目の前から消え、別の地点で悲鳴。現場に急行し、フィローネを視認、攻撃を仕掛けるが目の前から消え、別の地点で悲鳴――――堂々巡りの最中にも、オルゴの肉体は日光に焼かれ続ける。激痛が全身を迸り、歯茎に鉄の味を感じる。


 オルゴは相手の企図を汲みかねていた。


 十中八九、相手はフィローネの姿に化けた何者かである。本物のフィローネに転送魔法が使えるはずがないという前提で考える限りにおいては。――ただ、その姿に化けてすることが、「オルゴの目の届く範囲で通行人を斬りつける」という行為であることについては、イマイチ目的が不明であった。


 出現するポイントは毎度バラバラであり、どこかに誘導されているようには思えぬ。あるいは、己が日光で消耗するのを待ってから反撃に打って出るつもりか? 可能性としては有り得なくはないが、時間帯が中途半端である。己ならこのような朝方にではなく、真昼間の最も日差しが強い時分を狙うだろう。吸血鬼を相手にするのなら――――と。


 ああでもないこうでもないを考えているうち、眼前から消えたフィローネが一向に再出現しなくなる。


 数分にわたるチェイスの中で日光を浴びすぎてしまい、大幅に体力をすり減らしたオルゴは、這う這うの体で路地裏に逃げ込む。日陰に入って体力が回復するわけではないが、消耗は幾分か抑えられる。煤や埃が付くのも厭わず、背中を建物の壁に預ける。目にかかった前髪を押し上げ、舌打ちする。


「デスタルータさんっ!」


 ベルンが息を切らしつつ駆けつける。よほど駆け回ったのか、こちらも茶色の癖毛の毛先がことごとく跳ねており、エプロンの胸元を息苦しそうに強く握り締めていた。


「……我が芳香を嗅ぎつけたか」

「レオナルディさんたちの姿が見当たりません!」


 悲痛な叫びが路地裏にビリビリと反響する。琥珀色の瞳に涙を溜めつつ訴える。


「デスタルータさんが通り魔を追った後に私、レオナルディさんたちに伝えなきゃって思って、食堂の二階に戻ったんですっ。……そしたら、()()()()()()()()()()()()、……においを辿ろうにも、その場から急に消えてしまったみたいに、においの行き先が途切れていて分からなくって…………」


「例の通り魔によって、転送魔法で攫われたのだろうな。――フィローネの姿に化けて己を引きつけ、転送魔法で己からの攻撃を躱しつつレベッカらの前に現れ、どこかしら別の場所に誘拐してから、また己を引きつけるべく姿を現したのだ」


 オルゴは背を壁から離し、ベルンを見下ろす。「その後、何か手がかりは?」


「……レベッカさんたちのにおいがする場所を嗅ぎつけました。……急にそこに現れたみたいな、動きのないにおいでした。……でも…………」


 俯き、言い淀むベルンに、「申せ」と短く促す。


「……レベッカさんと、マンフレードさんのにおいがするのと同じ場所から、……血のニオイと、死体のニオイがしました」


 それから二人は高級宿屋の二階に押しかけ、老爺の刺殺死体のみ置き去りにされた現場を目の当たりにし、今に至る。


「敵の目的は、小娘とマンフレード氏を誘拐することだった」


 オルゴは死体を見下ろしたまま、醒めた表情で呟く。


「フィローネの姿に化けて己を引きつけ、転送魔法で一時離脱しつつ小娘らの前に出現し、拐かすという算段だったに相違ない。状況から考えて――――しかし、その敵も小娘らも、この部屋からとうに移動しているようだが、なぜ敵はこの部屋を経由したのだ? 最終的にどこに連れ去ったのか知らんが、目的地まで直通すればいいものをなぜ――――」


「いたぞ! 吸血鬼だ!」


 部屋の玄関で騒ぎ立てる声。二人は振り向く。

 見れば市民らがめいめいに剣やらナイフやら携えつつ殺到している。怒気を両目に宿らせ、鼻息荒くにじり寄っていた。


「こいつが連続殺人鬼…………おい、誰か一人はこいつの人相を町中に触れて回れ! ここで捕り逃しても次に繋げろ!」


「今度は弱った爺さんを縛り上げて血を吸ったのか!? 卑劣極まる吸血鬼め、生かしておけん!」


「どうせそのガキも吸血鬼の仲間だ! まとめて殺してしまえ!」


 雄叫びを上げながら、市民は熱狂の赴くままに襲い掛かる。

 オルゴは舌打ちし、ベルンを小脇に抱えて後ろ向きに飛ぶ。背中で窓ガラスを破りつつ部屋から脱する。「そいつが吸血鬼だ! 殺せ!」の怒号を背に受けつつ、四方八方から迫り来る追っ手の市民らを縫うようにして、あてもなく町中を駆け抜けた。

 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 ◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国

 ◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国

 ◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市

 ◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村


 これまでのあらすじ。


 〇高級ホテルの一室に老爺の亡骸。死因偽装の痕跡。

 〇レベッカとマンフレードが行方不明。

 〇通り魔事件の濡れ衣を着せられている。


 高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!


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