表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/57

第37話 簡便的密談

 密談の会場は、何のことはないこじんまりとした食堂の2階、板張りの長テーブルが2脚だけの部屋に決まった。個室ではないものの、客と店とに金を握らせて人払いし、店内は一行と従業員を除いて無人であった。店前の道路を行き交う人たちの話し声やその他物音が、小窓の向こうからやけにやかましく聞こえていた。


 一行は階段を上って一番手前の机を囲みつつ、神妙に席に着いた。誰が音頭を取ったわけでもないが、各々目配せの後、オルゴとベルンが横並び、オルゴの正面にレベッカの父、ベルンの正面にレベッカが相対する運びとなった。主に発言し合うのはオルゴとレベッカの父であり、彼らを互いの前に配置するとして、残りの二人は余った席にという塩梅であった。


「レオナルディが二人も居るとややこしくてかなわん」


 料理が来るのを待たず、オルゴは口を開く。「まず名を名乗れ。話はそれからだ」と、正面の男に求める。


 男は自らの胸に片手を宛がいつつ名乗る。


「マンフレード・レオナルディだ。隣国のザンナにて商いを営んでいる。隣のレベッカとは親子の関係にあたる者だ」


「オルゴ・デスタルータだ」こちらは腕組みして名乗り返す。


「そこの小娘と同じ牢に入れられ、共に結託し脱獄を果たした者だ」


「……すると、君はうちの娘の、命の恩人というわけだ」


 オルゴはギッと背もたれに体重を掛けつつ首を傾げ、


「娘だろうがなんだろうが大罪人を世に解き放ったのだぞ?」と片眉を吊り上げる。「糾弾するところではないのか。なぜあのまま殺させてやらなんだと」


 マンフレードはギョロッとした両目を瞬きし、「いや」とか、「でもその」と目を泳がせつつ狼狽する――最後、何を思ったか、左隣に座るレベッカに視線を向ける。


「ごめんなさい」


 それとほぼ同時に、レベッカがテーブルに向かって頭を下げた。ハットは脱いで胸に抱え、赤色の髪が幕となり表情の読めぬ。


「私、レオナルディの看板に泥を塗ることになると分かっていながら、でも死ぬのは怖くて…………禁術を破った上に脱獄までして、父様や兄様に合わせる顔がありません。本当にごめんなさい」


 それは平坦すぎるほど平坦な話し声だった。


 罪悪感で胸がいっぱいになり、震え声になってしまいそうなのを、「私が被害者ぶってどうする」と無理に律し、――辛うじて声の調子だけは平坦を貫き通せていたが、無理の皺寄せが転移したものと見えて、代わりに手や肩を震わせていた。


「お前は悪くないよ」


 隣に座るマンフレードが、レベッカの肩に手を置く。


「禁術に手を染めたのだって、母さんの病気をどうにかするためだったんだ。やり方は良くなかったが、母親のためを想う不器用な愛娘の真心には違いない。……看板が何だ。娘の命より重たいものじゃない」


 レベッカは静かにすすり泣いた。


 赦された安堵から決壊したのではない。――大罪を犯し、看板に泥を塗りつけた愚かな娘が死に損なったのを、それでも祝福せざるを得ない父の不憫さにいたたまれなくなり、涙していたのだ。


 大罪人の娘だろうと、家族には違いない。先に逝かれる苦痛をもう味わいたくないから、奥歯を噛みしめてでも娘の生存を祝福しなくてはならないのだと思うと、同情と申し訳なさで気が狂いそうになるのであった。


 対面に座るベルンもつられて涙し、一角はしんみりとした雰囲気に包みこまれた。


「マンフレードよ」


 しかしその雰囲気に呑まれない男が一人。オルゴ・デスタルータである。組んだ腕を指でトントン叩きつつ、小鼻にシワ寄せ苛立ちすらしていた。


「アンビエンテには何をしに来た。隣国ザンナの王都から、散歩の距離でもあるまい」


 マンフレードは娘の肩から手を外し、対面の貴公子に向き直る。慈愛と憐憫に満ちていた表情と声色を、キリッと張り詰めつつ答える。


「娘と再会するためだ――仕事柄、お客さんやら仕事仲間から毎日のように噂話を聞かされるものだから、こっちが望むと望まないとに拘らず色んな情報が入ってくる。――娘と思しき人物がアンビエンテで冒険業を営んでいるという噂を聞いたその日に、店を閉めて馬を走らせたのだ」


「では目的はこれで完了したわけだな。朝食を済ませたら疾く去るがいい。先ほどにも言ったが我々も長居していられんのだ」


「それは、」


 とマンフレードは何か言いかけ、俯きつつ「うん…………」と腑に落ちていないような声を鼻から漏らす。


「よもや、ザンナに連れ帰ろうという気でもあるまいな?」


 オルゴは首をもたげつつ傾げ、金色の瞳でマンフレードを睨む。


「貴様が連れ帰ってどうになる。再三申すがソレは大罪人であり、脱獄囚であり指名手配犯なのだぞ。匿えるなどとゆめゆめ思わないこ」「分かっている」とマンフレードは食って入る。「こちらも相応の覚悟は決めてきたつもりだ」


 オルゴは半ば仰け反り気味に顔を上げ、無言で先を促す。後で纏めて否定してやるから好きに話せと。


「……私は近日中、ザンナを出るつもりだ」


 マンフレードはオルゴの迫力に冷や汗を流しつつも、ハッキリと声に張りを持たせて宣言する。


「店を移すのだ。ザンナから遠く離れたところに――娘が、安心して家に帰られるようにだ」


「そんな」とレベッカは顔を上げる。涙に濡れた横の髪が何本か頬にへばりつき、両目は充血していた。「私のためだけにそこまでしてくれなくても」


「小娘の言うとおりだ」


 追い打ちをかけるように、オルゴも反駁する。


「貴様が何をどう頑張ったところで、そもそも己はその小娘を手放す気など毛頭ないのだ。無駄な努力というものだ――気持ちは分からんでもないが、生憎ソレは今、他でもないこの己の所有物なのだ。相手が悪かったと絶望つつ、潔く諦めよ」


 レベッカは、涙していたせいで顔面の紅潮し両目の潤んだまま、「プロポーズですか?」と小首を傾げる。


「…………………………」


 しばらく、オルゴは汚物でも見るような目でレベッカを睨み、溜め息も舌打ちも軽口も罵倒もせずにただ視線を外した。


「無視!?」


 と目を見開いて仰天するレベッカの隣で、マンフレードがフッと目を伏せつつ微笑む。対面のオルゴは依然として黙したまま、怪訝そうな表情になる。


「ああ、いや。すまない――うん、君は何か誤解しているようだ。私が君を誤解していたように」


 マンフレードは苦笑しつつ、人差し指で頬を掻く。


「己は生まれて此の方、一度たりとも誤解などしたことはない。誤っているのはいつも己以外だった」


 オルゴは真顔で豪語する。これにはレベッカも突っ込まざるを得ず、唇を尖らせながら、「デスタルータさんが認めないだけでしょ。誤りを。自分の」と小声で攻撃する。


 が、無言で睨まれてキュッと縮こまり、「ごめんなさい……向こう3年は黙ってますね…………」と視線を落とした。もう彼のことを恐れ戦くフェーズはとうに通過していた彼女だが、いかんせん父親との再会を通じてメンタルが疲弊しており、誰に睨まれても縮こまるであろう精神状態にあったので…………。


「うん」


 と、マンフレードはオルゴを真似するように腕を組む。何かしら得心したように頷く。


「君は明け透けに言ってしまえば、横柄ではあるのだろう。言葉は強いし態度も大きい。……娘を任せて良いものだろうかと悩んでいたが、しかし娘の君に対する態度などを鑑みるに、なんだかんだ良い関係は築けていそうだ――適切な挨拶でないと重々承知の上で言うが、まあそこは儀礼的なものとして聞き流して欲しい」


 マンフレードは組んだ腕をほどき、両手を両膝の上に乗せ、


「娘をよろしくお願いします」と恭しく頭を下げた。


「………………」


 オルゴはその、丸い帽子を被った頭を無言で眺めつつ、組んだ腕を指でトントン叩きながら何やら思案顔になり、——首を傾げつつ、片眉を上げて問うた。


「ザンナから遠く離れた地に店を移し、そこで娘を匿うという話ではなかったのか?」


「うん。やはりそう聞こえていたようだ」


 マンフレードは顔を上げ、バツが悪そうに苦笑しつつ頬を掻く。「これでは商人失格だな。相手にこちらの意図するところを伝えられないでは」


 依然、何の話だと言わんばかり首を傾げ続けるオルゴに、マンフレードは「移転はするのだ」と答える。


「ただ、そこに娘を連れ帰ろうってわけじゃない。――娘が帰りたいと思った時に帰れるような場所に、店を移すぞっていう、ただそれだけの話なんだ。――年に一度、……いや、四度ほど帰してもらえたら、こちらとしてそれだけで充分だ」


「だったら最初からそう申せ」


 オルゴは呆れ顔になりつつ、「3ヶ月ごとの帰省を渋る己でもないわ」と溜め息交じりに答える。「どれだけ狭量だと見積もっておったのだ。この己を」


「お待たせしました」


 と、小太りの店長が食事の皿を携えつつ、階段から現れる。何度か階段を往復して机に料理が並べられていくが、店構えの質素さから察してあまりある、ごく質素なライナップであった。拳大のサイズにカットされたライ麦パンに、キャベツのスープである。


 オルゴはパンを一口かじり、飲み下してから、「移転先の候補は?」と問う。


 マンフレードは口元を手で隠しつつ、「具体的には何も」と咀嚼交じりに答える。「まあ、今回もこうして会えたことだ。店を開いたらお客さんたちから君らの情報を聞き集めて、また会いに行くとするよ」


 一旦区切り、手を口元から外し、「欲を言えば君たちには、派手なことをしていて欲しいものだね」と冗談めかす。「その方が噂されやすい」


「たわけが。脱獄囚に頼むことか」とオルゴは一蹴。「まあ、それもそうだ」と頷きつつ、マンフレードはスープを匙で掬って口元に運ぶ。


「あのっ」


 久方ぶりにベルンが口を開き、一同は緑色のエプロンドレスの少女に目を向ける。


「私、これから先、アンビエンテの教会堂でお世話になる予定でして」


 ドレスの膝辺りをギュッと両手で握りつつ、俯きがちに言葉を紡いでいたが、恐る恐る顔を上げ、一同をキョロキョロと不安げに見回しながら続きを話す。


「多分、しばらくはずっとそこに居ると思うので、……伝言係的なことは出来ると思います。……デスタルータさんたちがいつ頃にどこを訪れる予定なのかとか、マンフレードさんがどこにお店を移転したかとか、……私に伝えてくだされば後日その内容を、もう一方の方が訪れられた時にお教え出来るかと…………」


「おお、それは助かるな」とマンフレードは身を乗り出しつつ破顔する。「まだ幼いのに、しっかりした子だ。ぜひとも頼らせていただこう」


 その隣のレベッカも「ありがとうね、ベルンちゃん」と微笑みかける。食堂を訪れる前の緊迫した雰囲気はすっかり緩和され、それからの一同は朝食を取り囲みつつ、取り留めもないことを和気藹々と交わし合うまでに至った。


 その後に待ち構える惨状のことなど露ほども知らず。

 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 ◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国

 ◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国

 ◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市

 ◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村


 これまでのあらすじ。


 〇レベッカ、父親とのやり取りで情緒が乱れる。

 〇オルゴ、レベッカを手放すことにならず緊張を解く。

 〇ベルン、勇気を振り絞る。自らに役割を見出す。


 高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!


 感想やレビュー等で応援いただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ