第36話 非感動的再会
朝方から既に、アンビエンテの街路は行き交う人々で大層賑わっている。辺境すなわち隣国との中継地点に位置する都市であるから、国内外からの出入りが激しく、何か催し物でもあるかのような人の混み具合が日常となっている。
今、宿屋の玄関から二人の男女が出てきた。オルゴとレベッカである。そのままの流れで人波に合流し、街路を並び歩く。黒い日傘の貴人が放つただならぬ迫力に通行人らは畏怖し、人混みの只中でも彼らの周囲だけは幾分か空いていた。
「ふあぁ」
とあくびするのはレベッカ。手で覆いつつ大口を開け、ムニャムニャと唇をすり合わせる。
「目覚めて早々にあくびか?」
オルゴは隣人をジロリと見下ろす。「旅路がひと段落したとは言え、いささかたるみ過ぎというものだ。鞭でもくれてやろうか」
「デスタルータさんが寝かせてくれないからですよぅ」レベッカは自身の首元をさすりつつ反駁する。「今から寝ようって時に部屋に来て、がっついてきたじゃないですか」
おやおや、と通行人らの注目が二人に集まる。年端もいかない男女が朝っぱらから痴話喧嘩かしら、ゆうべはおたのしみでしたね――という塩梅に。
「生理現象なのだ仕方なかろう」すかさず開き直るオルゴ「貴様は貴様で、眠りたいなら眠っておれば良かっただろうが」
「勝手にやるから黙って眠ってろって? 吸われながらそんな器用なこと出来ないですよ。……せめて子どもが見ていないところでしましょうよ。教育に良くないですよ」
これはこれは…………と、通行人らの微笑みが一層濃くなる。もう二人の間には赤ん坊がいるらしい。今もきっと腕に抱えていることだろうから、ちょっと拝ませてもらおうか——————と。
「ねえ?」
レベッカは後ろについてきている、ベルンを振り向く。通行人らはレベッカと10歳も違わないだろう小柄な少女を見、「若者の性の乱れか」と絶望した。5歳かそこらで妊娠していなければ辻褄が合わない計算だったので――――なお、渦中のベルンについてだが、
「……えっと、はい…………」
顔を真っ赤にし俯いていた。
というのも彼女はオルゴらの吸血行為の現場に居合わせてはいたのだが、レベッカから「ベルンちゃんはちょっと目を瞑っててね」とお願いされたため、行為そのものは目撃していない――オルゴの正体が吸血鬼すなわち魔物であることは、ベルンには伏せているためそのように言い聞かせたのだったが、ベルンの想像は大体、通行人らが思い浮かべているものと同様であった。至極当然である。牙を突き立てられた痛みで、喘いでもいたのだ。
が、レベッカはそうとは知らず、「どうしたの?」と立ち止まって屈みこみ、ベルンの顔を覗き込む。額に手を当て、「すごい熱。風邪でもひいちゃったのかな」と眉を八の字にする。
オルゴも立ち止まりつ、はてと片眉を下げ脳内で状況を整理する。ほどなくして「ああ」と合点し、
「どこか食堂でも探して入るか。人混みに酔ったのかもしれん」
と背を向けひとり歩き出す。いまだピンと来ていないレベッカは首を傾げ、「人混み酔いで発熱しますかねぇ」とかぼやきながらも、往来で立ちっぱなしよりはよほどマシだろうと、ベルンの背中をさすりつつオルゴの後についていく。
その時だった。
「レベッカ!」
突如、彼女の背中に向け、何者かが大声で呼びかけた。
勿論、いの一番に振り向くのはレベッカである。オルゴ、ベルンの順番に、一同は振り返る。
声の主は、全体的に細長い男であった。
とかく肉付きが薄く、面長の壮年である。丸い帽子と、膝下まであるゆったりとした上衣を身に纏い、茶色の大きな瞳が特徴的である。ついさっきまで運動していたのだろうか、何やら膝に両手を突きつつ息を切らしていた。
「……父様?」
レベッカはただでさえ大きい瞳を殊更に見開き、一歩後ずさる。
見間違いようもない。その男は確かに、彼女の父親であった。
魔法学に精通している彼女であればこそ、相手が擬態魔法の類で変身した何者かではないことは、諸般の理屈の上で十全に確認が取れていた――かつ、相手が正真正銘の血の繋がった父親であることは、本能的に感覚的に断定できていた。
これを感動の再会と言わずして何と言おうか。
禁術破りとして投獄され、脱獄と同時に母国からも逃げ去った娘が、もう二度と顔を合わせることはないだろう父親と久方ぶりに邂逅したのだ。涙なしには語れない、まさに感動的再会である――とはならないのが、しかし彼女であった。
なぜか。
レベッカは以前、証言台にて裁判官から聞かされていたからだ――彼女が肉塊の禁術を破ったことを裁判所に密告したのは、他ならぬ彼女自身の家族であると。
レベッカの家族は父と兄の二人である。いずれか片方なのであれば十中八九、密告者は兄の方だろうなとは推測していた彼女ではあったが、それでもなおレベッカは、一刻も早く父親の前から立ち去りたい一心でいた。
合わせる顔がないからである。
軽率に禁術を破り、レオナルディ商人一家の看板に泥を塗ってしまったこの私が、今更どの面さげて父様と相対すればいいのだ――と、このようにしてレベッカは一歩後ずさったのだったが、その傍らオルゴは静観していた。
昼までにはアンビエンテを出なくてはな。
など考えつつ――なぜか居るだけで具合の悪くなる上に、追っ手が殺到する可能性もあるとなれば、あえてこの地に留まる理由もなかろう――といった塩梅に、早急に拠点を移動したがっていた。
となると、彼の次に取る行動もまた決まっていた。
後ずさるレベッカに対し、「待ってくれ」「話だけでも」と駆け寄ろうとする相手の前に、オルゴは悠然と立ち塞がり、
「用があるなら早急に申せ。あまり長居していられんのだ」
日傘の影が満遍なく落ちた顔面をズイと近づけた。
男は、一旦は気圧されつつも、しかしすぐに気を取り直しオルゴを睨み返した。「どなたか存じ上げないが」と、刺々しい声色に切り替えて言った。
「私はレベッカに、娘に用があるのだ。急いでいるならどこへでも勝手に行ってもらって結構だ」
「この己に指図か? 貴様が如く凡夫がか」
当然ながら、睨みを利かされた程度で怯むオルゴでもない――結果、両者は一触即発の雰囲気を漂わせつつ無言で対峙し、横切る通行人たちの衆目が次第次第に集まっていく。
当人らはその注目に対して無頓着であったが、耐えかねたのはレベッカの方であった。
どうにも、自分が注目されるよりもかえって気恥ずかしい感じがし、おずおずとオルゴのマントを引っ張ろうと腕を伸ばし――としている段、レベッカの父親はガックリと項垂れて肩を落とす。
「分かった」
半ば投げやりのような声を出す。
「話は出来るだけ簡潔に済ませる。あまり時間を取らせないようにしよう――が、往来でするような話でもないのだ。君がどこまでその子の事情を知っているのか分からないが…………」と。
「では朝食がてら話を聞くことにしよう。ちょうど腹ごしらえするつもりではあったのだ」
オルゴは彼に背を向けつつ返事する。「美食の町アンビエンテであれば、あるいは個室のあるレストランというものも存在するかもしれん。高級レストランがあるくらいだからな」と語りつつ、往来を進んでいく。ベルンが斜め後ろについていき、レベッカは前後をキョロキョロと見比べてから、タタッとオルゴの右隣に駆け寄った。
「………………」
その背中を、レベッカの父はすぐには追わず、ゴクリと生唾を呑む。
『順調そうだね。その調子で頑張ってよ。ある程度はアドリブに任せるから。その方が自然だろうしね』
彼の脳内に語り掛ける、わざとらしく爽やかな声。
『御意』
と彼は脳内で返事し、前を行く三人の背中をようやく追い始めた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国
◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国
◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市
◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村
これまでのあらすじ。
〇オルゴ、レベッカ両名、通行人からあらぬ誤解を。
〇レベッカの父が現れる。何やら様子がおかしい。
高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!
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