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第35話 邂逅 / 手記③

「人間が吸血鬼に堕した事例について、」


 ビアンコは二本指を立てる。「観測されている事象は二通りあります」と。


「死後、体の上を跨がれた遺体が、吸血鬼として蘇ったという事例が一つ。……もう一つは、吸血鬼に血を吸われた人間が、吸血鬼化したというものです」


 もっとも、後者に関しては吸血鬼側と被害者側のそれぞれが、ある特殊な心理状態に置かれている場合にのみ限定であり、レアケース中のレアケースとされていますので、何卒ご安心を――と、緊張が緩んだ反動なのか、らしくもなく不謹慎な物言いを付け加える。


「…………………………」


 オルゴはしかし、黙して取り合わない。


 どこか落胆の色を含んだ眼差しで、彼女を見つめ、――しばらくするとフッと視線を外し、ガックリ項垂れた。


「? どうかなされま」したか? と彼女が言い終わるのを待たずに、


「貴様は良く物を知っているし、慧眼たるや見事だ」


 と食い気味に打ち切るオルゴ。


「遠くない未来、聖職者として大成するであろう――吸血鬼など、魔の者からすれば、たまったものではないだろうな」


 普段の彼であれば嘲笑を添えている場面であるが、この時ばかりは真顔であった。


 対するビアンコは、微笑しつつも小首を傾げ、


「光栄です?」


 ピンと来ていない様子であった。無理もないことである。


「有意義な時間であった。さらばだ」


 と、オルゴはマントを翻して出口に向かう。ビアンコは一連の流れをザッと振り返り、「ああ、別れ際の挨拶代わりに世辞を言ってくれたのか」と合点し、「神のご加護があらんことを」と送り出す。今度こそオルゴは礼拝堂を出、教会を出、街路を行きつつ宿屋を目指した。


 道中、彼は()()()()について、黙々と考え事した。――なんのことはない。自らが冤罪で投獄された例の事件について、再度振り返ってみようという試みである。



『段階的に遡ってみようではないか。


『まず己は、病床に伏せる母君を見舞うため、診療館の病室を訪れ、――そこで、首筋に二つ穴を開けられた母君の遺体を発見した。


『それからの展開は怒涛の如くであった。居合わせた職員らに取り押さえられ、容疑者として裁判所に突き出され、――そして裁判が始まるや否や、デスタルータの領民らが、何を血迷ったのかこぞってデタラメを口走りおったのだ。


『容疑者は以前から吸血鬼に対する強い憧れがあっただの、事件前に不審な行動をしていたのを見ただの、とにかく己が不利になるような証言ばかり騒ぎ立ておった。


『結果、己は禁術を用いて吸血鬼と化し、実の母親を殺害した大罪人であると判じられ、極刑を科されるに至ったのだ――全く、愚民の極みである。己が連中に何をしたというのだ? 殺意を向けられる覚えなど皆無なのだ。


『が、ただの鬱憤晴らしだったのではと考えれば、一応の納得はできる。不況に不作に長らく続いて、溜まりに溜まった鬱憤を、貴族令息であるこの己にぶちまけたのだ――お前らだけ裕福に暮らしやがってという平民の憤りが一致団結し、この己を陥れたのだという仮説。辻褄は合っている。


『だから、そこについてはいい。


『問題なのは裁判官だ。連中はなぜ愚民の放言に耳を傾け、あまつさえ物的証拠も皆無なままに証言だけ鵜呑みにし、己に極刑を科したのだ?


『大前提、裁判官を務めるのは法学博士や貴族の者だ。高額な給金ないし領民からの徴税によって常に潤っており、すなわちこの己に対して、金銭的格差を根拠に憤ることは身分上有り得ない――むしろ連中であればこそ、いい加減な裁判で伯爵令息に死刑を言い渡すことの危うさを、知らないわけではなかったはずだ。


『相応の覚悟があってデスタルータ伯爵家を敵に回したのだ。では、そのリスクを踏まえてまで連中が成し遂げたかったことは何だ?


『ここで推測に加え入れねばならぬ情報がある。先刻のヌボラ神官のげんについだ。


『曰く、人が吸血鬼になる方法は3通りある――死後に体を跨がれると吸血鬼になる、吸血鬼に襲われた人間が吸血鬼になる、邪化の禁術を用いて吸血鬼化する――このような塩梅である。そして己はというと、邪化の禁術方式で吸血鬼化したものとされた。


『が、これが仮に、吸血鬼に襲われて吸血鬼化したものと判じられていれば、量刑はどう違っていただろうか。


『十中八九、刑は軽くなっていたに相違ないのだ。罪としてカウントされるのが殺人罪のみだからだ。重罪には違いないが、死刑ほど重い刑は科せられなかっただろう――が、実際はそうはならなかった。


『己はあくまでも、『禁術破りの母親殺し』として立件されたのだ。殺人罪に禁術破りの罪を上乗せされた形になる。これではどう足掻いても極刑は免れまい。


『本筋に戻る。


『裁判官らがデスタルータ伯爵家を敵に回してまで、この己に冤罪を吹っ掛けた目的はなんだったのか?


『少なくとも、己を確実に殺害したかったのは間違いないのだ――拘禁刑ではなく、死刑に処したかった。であるから絶対にその運びになるよう、冤罪を二重に着せたのだ――が、ここまでダラダラと推測を続けてきて、なお裁判官らがこの己に殺意を向けた意図がどうにも不明……………………』



 今。


 彼は思考も歩行も中断して、ピタリと立ち止まる。広々とした街路に人気はなく、ただ点々と門灯が並んでおり、――それと前方30メートルほど、オルゴに背を向けつつ独り歩く者。


 どうにも、高貴なる身分であることには相違なかった。華美を凝らした装いのことごとく、靡くマントに施された刺繍がキラキラと瞬き、宝石然である。


 貴人が護衛の一人もつけず、吸血鬼の脱獄騒動がつい最近あったにも拘らず、夜行単独とは自殺志願者か何かなのか――という意味で目を引かれたのはあるが、歩行まで止めたのは別の理由。


 綺麗に刈り揃えられた後頭部に、何やら紐のようなものが横断している。恐らくは眼帯の紐である。


 そして、彼が知る限り、眼帯をつけた若き貴人など、一人ほどしか心当たりがなかったのだ。


「我が愚弟、フィローネだな」


 オルゴは声を張り上げる。相手は素直に歩行を止める。


「わざわざ隣国まで出張ってきて何の用だ。己を連れ戻しに来たのか? であれば冤罪はもう解いてあるのか? 疾く答えよ」


 貴人は振り返る。やはり左目は眼帯で覆われている。


 切れ長の目に金色の瞳、凛々しい眉にツンとした鼻先。オルゴと似通う部分はありつつ、彼と比べれば全体的にマイルドかつ華奢である。右手を腰に添え、仏頂面である。


 何も答えない。


「なんだその態度は。己を愚弄しておるのか?」


 小鼻にシワを寄せつつ、オルゴはやおら顎を上げる。


 この段になってようやく、相手は何か口にする。ただし吸血鬼の聴力をしても聞き取れぬ、ボソボソと呟くのみであった。


「………………」


 沈黙の後、オルゴはハアと溜め息し、ツカツカと相手との距離を詰める――が、10歩もしないうちに、相手の姿は忽然として消滅した。


 霧のように消えた。


 風も吹かない――ただ一人、オルゴだけがその場に取り残され、呆然と佇んでいた。


「転送魔法? ……いや、有り得ぬ。アレはまるで魔法に頓着のない男だった。転送魔法がごとく超高難易度魔法の習得など、出来ようもないのだ」


 であれば一体?


 オルゴは口元を手で押さえつつ黙考――しかし、状況から考えうる最も妥当な可能性はと言えば、


「幻覚であろうな」


 だった。不自然に明るい星空に曝されて気が狂い、そこに居るはずもない弟の幻影を見たのだと。であれば従者をつけていなかったことについても納得がいった。


 彼はチラと横に目を遣る。もう宿までは目と鼻の先である段、口元を手で押さえたまま咳する。手の平を確かめれば例の如く血飛沫の迸る。


 舌打ち。瞬く間に血飛沫は霧となり夜に溶ける。


 腹が減った。()()でも洒落こむかと、オルゴはレベッカの部屋に一直線した。



       *



 本日の出来事についてこの日記に書き留める。


 僕の名はフィローネ・デスタルータ。高貴なるデスタルータ伯爵家の令息であり、悪しき吸血鬼オルゴ・デスタルータの弟である。


 僕には使命がある。


 母君を殺害し、いずこかに脱獄したあの憎むべき兄を探して捕らえ、父君の前に差し出さなくてはならない。


 そのための第一段階として僕は、兄と共に脱獄したというレベッカ・レオナルディの父親と接触し、手駒に加えた。


 計画を実行するために必要なのはあと一人。と言っても、これと決まった特定の人物じゃない。


 転送魔法の使える人間であれば誰でも良かった――が、これが中々見つからなかった。


 転送魔法自体、非常にマイナーな魔法であるからだ。何せ習得するまでに異様に時間がかかる。よほどの暇人か天才かでなければまず使えない魔法の一つとして、界隈では共通認識されているのだ。


 人を遣って探し回らせ、適当な人材を探し当てるまで、結構な時間を食ってしまった。


 姓をイゾラ、名は忘れた。とにかく、子爵家のボンクラ息子とのことだった。


 何がボンクラかって、特に才能があるわけでもないクセに、幼少期から魔法ばかりにかまけ、武術や政治の方面はからきし。勘当こそされていないものの、家督は継がせてもらえず、屋敷から遠く離れた別荘で年老いた従者と二人暮らししているらしい。


 実際に屋敷を訪れて対面してみると、酷いものだった。


 髪も髭も伸ばしっぱなし。よほど人慣れしていないのか、あまりにオドオドし過ぎていて話にならなかったから、アイスブレイクがてら魔法について質問してやったら、意気揚々と捲し立ててきた。唾が手の甲に飛んできて不愉快だったのを覚えている。


 肝心の魔法能力の習熟具合だが、30過ぎまでそれしかしてこなかった割には、一つ一つの完成度は「並」そのものでガッカリした。どこで使う気でいるのか甚だ不明なマイナー魔法だけは無駄に覚えているくせに。努力の仕方も知らないらしい。


 が、それも含めて、イゾラは適当な人材だった。


 下手に天才なんか相手にすれば、返り討ちに遭った時に目も当てられなかっただろうから………………。 


 このあたりの記憶から曖昧だ。どこからが僕の記憶で、どこからが彼の記憶か判然としない。別紙で整理することにする。


 整理した。改めて日記の方にも纏めておく。


 まず僕は、イゾラの一生涯に亘る記憶のすべてを『読込リード』した。しょうもない人生だったが、30年分である。膨大な情報の雪崩に曝されて気が狂いそうになるのだ。これを実行しながら平気な顔をするのは不可能であると僕は予め諦めているので、それらしい理由をつけて一時離席したはずだ。


 次に、膨大な記憶を『解析アナライズ』し、彼にとって最も脆弱である領域を探り当てた。こちらも『読込』同様、気が狂いそうになる作業である。急所がすぐ見つかれば問題ないのだが(レオナルディの父の時はイージーだった)、彼の解析にはかなり手こずり、それに伴って脳への負担が著しく、しまいには発熱すらした。が、それだけ大事に隠してある急所であればこそ、刺激してやった時の反応も期待できるというものである。


 僕は、このようにして探り当てた彼の()()に対し、以下のように『攻撃アタック』を仕掛けた。



「あなたには妹御がいらっしゃる。


「数年前、さる侯爵家に嫁いだものの、夫や義父母から日常的に奴隷の如く扱われ、命からがら逃げ出したらしい。


「が、格上である侯爵家の面子に泥を塗ってしまった手前、子爵家に戻れば親族一同から盛大なバッシングを受けることは容易に想像でき、彼女は途方に暮れていた。


「そんな中、妹御はあなたの存在を思い出す。イゾラ子爵家に一応の籍は置きつつも半ば絶縁されており、屋敷から遠く離れた別荘に一人住まう兄の存在を。


「果たして、心根の優しいあなたは、別荘に訪れた妹御を快く受け入れた――が、いつぞや本家の人間が来訪してくるか分からないため、そのままの姿で置いておくわけにはいかなかった。


「そこに控えている使用人の老婆。


「あなたがその妹御であることは分かっているのだ。――兄上の擬態魔法によって変身させられているようだが、僕の目は誤魔化せない。姿を見せよ」



 すると、みるみるうちに老婆は若い婦人に変貌した。擬態魔法の弱点は、正体を見破られると同時に解けてしまうことにある。リカバリーが効かないという意味だ。邪化の禁術とはまずそこが決定的に異なる。


 そして案の定、イゾラは取り乱した。惨めなものだった。逃げろ逃げろと妹御に捲し立てていたが、僕を本家からの刺客とでも思い違っていたのだろうか。いずれにせよ動転した人間の心境など推し量るだけ無駄というものである。仕上げに移行しようという最中だった。


「け、警告、だ」


 腐っても子爵家の血統と言うべきか。


 彼は動揺しながらも、最期の間際には眼光鋭く、不躾にもこの僕に対して指を差した。


「い、今すぐにで、出ていかないと、命のほ、保証は出来ない。……わ、我々の安寧をお、脅かす者には、即刻ご退場ね、願いたい」


 そう語り終えるや否や、僕の足元に魔法陣が展開された。また、部屋中に呪詛の如く魔法式が浮かび上がっていた。外敵を徹底的に阻む魔法の要塞であった――が、要塞は侵入された時点で落第なのだ。僕は相手を指差し、


「下れ」


 と『号令コマンド』した。


 斯くして手駒は揃い、長らく続いた準備期間も締め括りである。


 向かう先は辺境都市アンビエンテ。今はギルドで受注した依頼をこなすべく出張っているらしく、待っていればそのうち向こうから姿を現すだろう。


 以上、本日の出来事である。

 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 ◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国

 ◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国

 ◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市

 ◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村


 これまでのあらすじ。


 〇オルゴ、フィローネを目撃するも逃げられる。

 〇フィローネ、手駒の調達を完了。アンビエンテに入る。


 高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!


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