第34話 実を言うと
「貴族の跡取り息子として産まれたからには、当然『責任』が付随する。領地一帯を使役する者としてのな――高貴さを極め、民草を束ねる統治者の座に相応しい人間になれと、父君から口酸っぱく躾けられていたものだ。
「が、これは中々、容易なことではない――今から数年前の話になるが、我が愚弟は馬車での移動中、車輪の故障により崖下に転落して左目を失ったのだが…………、これは領民の仕業であった。
「曰く、我が愚弟フィローネの威張り散らした態度が気に食わず、馬車の車輪に細工したとのことだった。
「然るに、奴は高貴さと傲慢さの、微妙なニュアンスの違いを履き違えておったのだ――ただ威張るだけの小物だったから、謀反など起こされてしまったのだ――圧倒的上位者の風格。これをこそ十全に演出しきれてこその高貴さ、覇道である。万人が自ずから平伏し、畏怖のあまり逆らう気すら起きぬような、統治者はそうでなくてはならんのだ」
と、このようにして繰り出された彼一流の高貴哲学であったが、次の句からは打って変わってトーンダウンした。
「……まあ、奴に関しては自業自得だったとして、この己が民草に糾弾された一件については未だに承服しかねるが」
このように。
「謀反されたのですか? 見たところ五体満足ではいらっしゃるようですが」
ビアンコは手燭片手に、オルゴの全身を検分する。平時のオルゴであれば何かしら痛罵で返しただろう、それは舐め回す如く不躾な観察の仕方だったが、今の彼は特に気分を害した様子もなく、弁舌を再開した。
「いつからだったか、民草の己に対する態度が悪くなった時期があった。ごく些細な変化だったので、当時は気付きもしなかったがな――己の何が連中の癇に障ったのかは知らんが、ともかくそのような状況が一年ほど続いた頃、己はとある冤罪をかけられた。死罪に相当するほどのな。
「そして、そこを『待ってました』と言わんばかり、民草は束になって、この己を烈火のごとく糾弾した。これが後押しとなって己は処刑される運びとなり、命からがらの国外逃亡を余儀なくされ、今に至るのだ――五体満足だろうが何だろうが、伯爵令息としての己の生涯は、意味不明ながらも無理やりに幕を閉じられたのだ」
「どのような冤罪を?」
「邪化の禁術によって吸血鬼に変身し、実の母親を殺害した容疑だ」
「それが冤罪ということは、」ビアンコはたまらず口を挟む。「貴方は母君を殺害されたうえ、その罪を着せられたと?」
「母君は確かに、吸血鬼に襲われたような死に方をしていた」
今に始まった話でもないが、オルゴは半ばビアンコの応答を無視するような形で、マイペースに語る。
「何せ、母君の首筋には二つ穴が開いていたからな。ちょうど牙でも突き立てられたような――で、己はだから、母君を殺した吸血鬼を探すためにもこうして旅しているのだが、するとどうだ。ブジアの村で出没していたという吸血鬼は、ただのまやかしだったらしいではないか。
「であれば自然、母君を殺害した真犯人もまた、吸血鬼でもなんでもない、ただの人間だったのではと疑われるだろうが。……これほど己の頭を悩ませる事態はない。そうなると、誰が何の目的で母君を手にかけたのだとなるからだ」
オルゴは淡々と、覇気のない声音で語る。寝起きのように両眼の瞼が閉じかけている。
「母君は診療館にて療養生活を送っていたところを殺されたのだ。身動きの取れない人間を殺して得をするのは誰だ? あるいは、母君の殺害が主目的なのではなく、その事件をベースに己を陥れるのが狙いだったのか? 疑惑を向けるべき相手は誰だ? 領民か? 血縁か? 従者か? ――考えるほどに気が滅入る。ただシンプルに、『吸血鬼に喰われた』の方がよっぽどマシだったろう――先日は柄にもなく、年端もいかない娘っ子の頭を撫でてやった。気分転換がてらな」
ここでようやく、彼は無表情を崩す。「よっぽど参っていたらしい」と呟きつつ、片方の口角だけ緩やかに吊り上げ、自嘲みた苦笑を浮かべた。
「………………」
ビアンコは一旦、慰めるでも追及するでもなく、したがって何らの表情も作らないまま、ジッとオルゴの苦笑を観察する。
何かしらぼかしながら話してはいる感は否めないが、そこまで警戒すべき人物でもなさそうだというのが、彼女の現在の所感であった。
第7章、1節から5節。『安止』、『駆退』、『駆行』、『緩退』、『緩行』まで。
先ほど、ビアンコがコーラスボイスしながら唱えた歌であるが、これは聴く者に懺悔を促す聖歌である。
節ごとに別々の効果を発揮する――大まかには、まず1節で対象を深い眠りに誘い、そのように精神状態を無防備にしてから、徹底的に内省するよう暗示をかける。2節から5節を唱えることで――そして、内省を終えてから目覚めた人間の大半は、強制的に呼び起こされた忌々しい記憶の数々を、すっかり吐き出して楽になろうとする。すなわち懺悔せずにはいられなくなる――という仕組みである。
そして、オルゴもその例に漏れず、歌の影響を受けていたはずだった――彼はちょうど1節を聴き終わえたタイミングで眠りについていたし、5節まで聴き終えてから目覚めて以降は、それまでの支離滅裂にも近しい物言いはどこへやら、幾分かマトモな語り口に戻っていたし、夢の中で振り返っていたのだろう過去の経歴についても、つらつらと語っていた。
が、その自分語りの内容はというと、極めて潔白なものだった――何かしら悪事を働いた過去があるのなら、真っ先にその暴露からしていただろうに、彼がしたのは悩み事の吐露だけであった。「だから善人である」と断じるのは早計にしても、別にこのまま帰してやっても構わないだろうというのが、最終的なビアンコの判断であった。
「主は全て観ておられます」
彼女は恭しく瞑目しつつ、定型句を口にする。
「画策も罪咎も、何もかも全てを――ですから、どうか思い詰め過ぎないよう、ご自愛ください。然るべき者には必ず、然るべき神罰が下されますから」
「だといいが」
オルゴはフッと鼻を鳴らしてから、「そろそろ暇を頂戴するとしよう」と席を立つ。「随分と長話してしまった」
マントを翻し、長椅子の間を通りつつ大扉の方を目指す――が、途中で立ち止まり、背を向けたまま尋ねる。
「先ほど冒険者ギルドで、マザー・ハイレンの霊薬というものを報酬として受け取ったのだが、アレの効能は『集中力が低下する』という解釈で相違ないか?」
「『心霧散し、天地の気に溶け、自ら湖となりて万象を映ず』――ですか」
ビアンコは薬効保証書の説明書きを暗唱してから答える。「ええ、仰る通りの効能で間違いありません」
「分からんことだらけだな」
両腕を組んだまま、オルゴは半身に振り返る。ビアンコに尋ねて曰く、
「集中力を高める薬ならまだしも、阻害する薬に高値が付くのはなぜだ。マザー・ハイレンが何の目的でそのような薬を開発したのかも意味不明だ」と。
「結論から申し上げますと、アレは元々、修行用の丸薬なのですよ」
「修行用」
「我ら信徒は、いついかなるコンディション下においても、主への感謝を忘れてはなりません」
ビアンコは胸元に手を当て、恭しく語る。
「怒れる時も悲しむ時も、呆然自失の時ですらも、主への感謝だけは絶やしてはならない――集中力を阻害する霊薬を信徒らに含ませ、その上でも信仰心を保ち続けることに集中できるか試す。言わばあの薬は検査薬なのですよ――少なくとも当初は、その目的で開発されたはずでした」
オルゴは目配せで続きを促す。ビアンコは委細承知し、そのようにし始めた。
「『魔素』というものがありますね。魔力の原料となる物質のことです――人々はこの魔素を、あるいは食事から取り入れたり、あるいは空気中に漂っているものを吸引することで体内に溜め込んでおいて、いざ魔法を使う際にコストとして消費する。
「そして日中に消費された分の魔力は、日が沈んで入眠時、空気中の魔素を寝息しつつ取り入れることで補填され、翌朝にはすっかり回復している。これを日中の活動時に消費し――といった具合にサイクルするわけですが、では夜中にも拘らずちゃんとした睡眠を摂らず、起きたままでいる場合にはどうなるか。
「答えは、『ごく微量しか魔力が回復しない』となります。体力の回復には睡眠が不可欠であるよう、魔力の回復にも同じことが言えるのだ――と、ここまでは周知の事実であり、一般常識として広く知られています。翌日に魔法の試験を迎えている学生などはしばしば、前日の昼頃から睡眠薬など服用し、翌朝までの睡眠時間を出来るだけ稼いで魔力をフルにする手合いもいるのだとか。
「が、肝心の理屈の部分、『なぜ睡眠時と覚醒時とで、空気中から取り込む魔素の吸収効率が全然違うのか』については、あまり知られていないようです――昼も夜も空気中の魔素含有量は変わらないはずなのに、どうして睡眠時の方がより多くの魔素を吸収できるのでしょうか?」
いつの間にやら微笑のモードに切り替わっているビアンコ。「己とて細かい理屈は知らんのだが」と前置きつつ、オルゴは即答する。
「要するに自我の有無が関係しているそうだ――睡眠時のような、自我のほとんど機能していない状態は、何ら人間的な取り繕いのない極度に自然な状態であると換言できる。そして精神状態が自然であればあるだけ、自然界に漂う魔素がダイレクトかつストレートに取り込まれるのは言うまでもないとのことだ。まあテキストに書いてあったことの受け売りに…………………………」
と、オルゴは中途半端に言葉を切る。顎先を撫でつつ礼拝堂の天井を仰ぎ、何やら口元を半開きにする。閃きかけている人間のする仕草である。
ビアンコは、別に彼が閃くのを待っても良かったのだが、授業でもないのだからと思い直し、説明を再開する。
「霊薬を一粒含むと、集中力が著しく阻害される――周囲を取り囲む神羅万象に対して集中できず、何か思考しようにも一秒すら継続できないまま気が散ってしまう――そして、外的にも内的にも集中できないということは、自分かそれ以外かを分別することが出来ないということであり――『これこそが自分である』という認識、すなわち『自我』が失われることに直結するのです」
「なるほどな。覚醒しながらにして睡眠時のように自我を失える薬というわけだ」
オルゴは顎先を撫でるのをやめ、腕を組み直しつつ得心する。
「そしてその副作用として、空気中からの魔素の吸収効率が高まると――で、超高額で取引されていることから察するに、一般に流通している魔力回復薬よりも、埒外に高い回復性能を誇るのだろうな」
「結論から申し上げますと、双方は互換の関係にありません。全くの別物とまで言えるでしょう」とビアンコ。
「というのも、一般の魔力回復薬は摂取した分の魔力しか回復しませんが、霊薬の方は効果が持続する限り、随時無限大に魔力が回復し続ける――何せ、呼吸するごとに空気中から大量の魔素が取り入れられるのですからね。一時的に自我を失ってしまうというデメリットはありつつ、一定時間のあいだ無制限に魔法を使用することができるという効能は、この魔法社会において非常に魅力的であり、高値で流通するのも至極当然であると言えましょう」
まあ、ここぞというタイミングで使わなければ大幅な出資マイナスとなりますので、そのあたりの見極めも肝要ではありますが――と添えつつ、「他には何かございませんか?」と促す。
オルゴはついぞビアンコの方を完全に振り返ることはせず、半身で対峙したまま視線だけ彼女に送り、最後の質問。
「人が吸血鬼になる方法は、邪化の禁術による変身だけか?」
と尋ねた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国
◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国
◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市
◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村
これまでのあらすじ。
〇オルゴ、過去の経歴や現在の心境について赤裸々に語る。
〇フィローネは領民から謀反されて左目を失っている。
〇霊薬の正体は随時自動魔力回復薬であった。
高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!
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