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第33話 賛歌堂々

「……破天荒な妹だな。貴様とは大違いだ」


 オルゴは背もたれ越しにネロの退場を見送りつつ、呆れ交じりに呟く。


「アレでも今年で23です。そろそろしっかりしてくれないかとは思うのですがね。要職も賜ったことですし」


 こちらは首を横に振りつつ、呆れ全開で零す。コホンと咳し、


「それはともかく」と気を取り直す。


「貴方の主張には幾分か頷けるところがありました――ブジアでそのような経験をされたからには、『本当に吸血鬼など存在するのだろうか』と疑いたくもなるでしょう」


 しかし、とビアンコは逆接しつつ、左耳を指で摘まむ。


「『吸血鬼など十中八九がデタラメなのだ』、という物言いについては、どうにも承服しかねるところがあります――デタラメであったケースが、ブジアでの一件を含めて8なり9なりあったのでしょうか。それとも一つだけ?」


 オルゴは組んだ腕を人差し指でトントンと叩き、金色の瞳でジロリと壇上を睨み上げる。


「貴様は先刻、霧のように現れて霧のように消える吸血鬼を牢獄に繋ぎ止めるのは、端から不可能だと言ったな」


 ビアンコは小首を傾げ、「ええ」と返事する。「ですから吸血鬼は見つけ次第、可及的速やかに処分すべきだとも申し上げました」


「吸血鬼を牢に繋ぎ止めるのが事実上不可能なのだとしたら、『吸血鬼として収監された例の人物はただの人間だった』と考えるのが自然ではないのか? 理屈の上ではそうなるはずだが」


 ビアンコは無表情のまま瞬きする。「デタラメなのだ」と、なおもオルゴの弁舌は止まない。


「大勢の人間が何らかの経緯から、『アイツは吸血鬼に違いない』と無辜の市民を槍玉に上げたに相違ないのだ――ザンナの地下牢獄に囚われたのは、()()()()()()だった。そう考える方がよっぽど辻褄が合うではないか」


「吸血鬼が自発的に収監されたという線も十二分に考えられましょう。『私は吸血鬼なのでどうぞ捕えてください』、という塩梅です」


 ビアンコはカールがかった白髪を、人差し指でクルクルと弄びつつ反駁する。「後から絶対に脱獄出来るという絶対的確信を抱きつつの、暇つぶしか道楽のつもりだったのでは? アレの最たる特徴は性格の高慢です」


「陰謀に違いないのだ」


 と、オルゴはビアンコの反駁を全く相手にせず――実際、どこか見当違いの方向を仰ぎつつ――投げやりの風に、滔々と述べる。


「吸血鬼に纏わる事態や風説やその他様々は全てひっくるめて陰謀の産物なのだ聖職者。等しくな――現在も未来も、過去だってそうに違いない。吸血鬼に関する記録や記憶は全て捏造されたものなのだ。どうせそうに違いない。嫌な予感ほど命中するものだ。生物学的に考えれば当然のことだ。防衛本能のパッとしない生物は淘汰されて久しいのだからな。地上最強の生命体である人間ともなれば猶更のことだ」


「……何やら、手当たり次第に疑っておられることだけは理解できたのですが、」


 ビアンコは怪訝な面持ちになりつつ、「キリがないのでは?」と首を傾げる。が、引き気味の彼女に対してむしろオルゴは前のめりになりつつ、「そう、それが言いたいのだ」と指を差す。やにわに指されたビアンコはピンと来ていないという風に、ますます首を傾げる。


「分からんか? 何、そう難しい話でもあるまい――世の中というのは、実にキリがないのだ」


 両腕を組み直し、オルゴはグッタリと気怠い調子で、独り言のように持論する。


「例えば、どこかの町で殺人事件が起きたとする。当然、犯人を突き止めなくてはならないわけだが、これがまずキリがない。誰がそうであるのか虱潰しに当たっていき、虱潰しに疑わなくてはならんのだ――言わずもがな、殺人事件というものは本来起きてはならないことであるから、可能であればこれは未然に防ぐべきなのだが、こちらもキリがない。狩猟のためにと刃物を持ち歩く人間は片端から刑務所に閉じ込めておくべきか? それか、何かしら危うい言動をしている人間は見つけ次第首を刎ねておくべきか? 万人が安全に暮らせるようにと社会から危険性を取り除いていく作業もまた、キリがない。キリがないことだらけなのだ社会という構造は。人が多すぎるからな」


 ハア、とオルゴは溜め息する。


 憂鬱で仕方ない。何もかも脱ぎ捨てて、酒瓶片手に横になりたいものだ――というような、高貴さからかけ離れた、ひたすらにくたびれた。


 彼は礼拝堂の天井をボンヤリと見上げ、


「全ての殺人事件の犯人がことごとく吸血鬼であったら、どれだけ素晴らしいことだろうな…………」


 と詠嘆した。


「頂点捕食者である吸血鬼だけが食事のために人を殺し、人類は為す術なく身を寄せ合って怯えるだけ。惨めには違いないが、疑心暗鬼と吸血鬼のどちらがマシかという話だ…………世の中はもっとシンプルでなくてはならない。違うか?」


 問いかけつつも視線は上の空である。それは独り言であるか、あるいは神に向けて問うているようであった。


 酩酊。


 現在の彼の状態である――無論、アルコールでもなく、乗り物酔いでなければ、自分に酔っているわけでもない。


 彼は、神聖なオーラに満ち満ちた、礼拝堂の雰囲気に酔わされていた。


 神聖さは、魔の者にとって毒である。アルコールがそうであるように、多量に取り込めば体調不良や脳機能の低下を招き、平時では話さないような内容すらもつい漏らしてしまう――もっとも、脳機能が低下しているため、要領を得ない纏まりのない主義主張が繰り出されるのも必定だった。


「………………」


 ビアンコは一連の長広舌を、真顔で聴いていた。


 目の前の御仁の奇天烈な語り口や、だらしない振る舞いのワケについて、ああじゃないかこうじゃないかと脳内会議を繰り広げた後、彼女の導き出した結論は、


「酔っ払っているのですね――それか、何か懺悔したいことがあるのだけれど、気恥ずかしくてはぐらかしているのか」


 であった。


「分かった風な口を利くのだな」


 オルゴは間髪入れずに噛みつく。「神にでもなったつもりか?」と流れのまま放言する。


「………………」


 ビアンコは冷ややかな視線をオルゴに向け、ややあってから「なるほど」と小さく頷くと、コツコツと壇上を移動し始める。


「何が『なるほど』なのか言ってみせろ。何人たりとも己の内心の機微など悟れまい。驕っておるのだ」


「時間とは、」


 壇上の中央、講壇の前で立ち止まったビアンコは、目を伏せて語り始める。


「時間とは、現在から未来に向かって流れてゆくものです――だから、人々が現在や未来のことばかりに懊悩し、過去を振り返ることを疎かにしてしまうのは、構造的にごく自然であると言えましょう」


 ですが、と逆接しつつ、彼女はオルゴを横目に見る。


「どこかで人は内省しなくてはなりません。二度と同じ過ちを犯さないためには、一度目の過ちについて充分に吟味しなくてはならない。語るべくもありませんね」


 締め括りには微笑する。


「生憎だが」とオルゴはビアンコを睨み返す。「ここには懺悔をしに来たのではない。余計な世話というものだ」


「では、歌でもいかがですか?」


 小首を傾げつつ、ビアンコは突飛な提案を挟む。最前席のオルゴは苦虫でも噛み潰したように左目をキュッと細め、


「貴様もさっきの男聖職者と同じか。呆けておるのだ」と吐き捨てる。腰を浮かせ、席を立つ。


「【コーラスボイス】」


 それを引き留めたのは、ごく淡泊な詠唱であった。


 対象者の発する声を、合唱団のように複製させる補助魔法――「ハ、ハ」と調子を整える彼女の声は、幾重にもなって礼拝堂の中に響き渡っていた。


「第7章、1節から5節――『安止あんし』、『駆退くたい』、『駆行くこう』、『緩退かんたい』、『緩行かんこう』まで」


 彼女は今一度、スウと鼻で息を吸い――手燭を片手に、讃美歌を唱え始めた。


 歌声は折り重なり、フルートのように軽やかに、オルガンのように荘厳に、堂内に染み渡る――1節から5節にかけて、次第次第に旋律の重なりは増していき、ぐわんぐわんと唸るような音色を帯びていく。


 オルゴは何か、耳の中が温かい液体で満たされていくような心地に誘われていた。


 そこを入口として、有無を言わさず解されていた――平衡感覚がどうにかなって、足取りおぼつかず、半ば倒れる風にして元の席に腰を下ろした。


 腕を組んだまま両目を瞑り、死んだように項垂れた。


「カッカッ」


 と、ビアンコは座席で眠りこけるオルゴを見下ろしつつ、舌を弾いて下顎を鳴らす。


 オルゴは顔を顰めつつ瞬きし、右隣に立つビアンコを見上げる。依然、手燭を携えつつ、反対の手はドアをノックする時のような、握り拳を掲げていた。


 続いて彼女の足元を注目する。そこにあったはずのピンク色の肉塊が、既に影も形もない。彼が目を瞑っている間に、それは処理されたのだろう。


「おはようございます。気分の程は?」


 ビアンコが微笑みかけるも、オルゴはその顔面を黙ったまま見つめている。


 悪態するでもなく。


 臨戦態勢に入るでもなく。


 ただそのように。――ビアンコは満足げに小さく頷き、掲げていた左拳を後ろに回して胸を張る。


「貴方が現在、内的に抱えておられる諸問題について、心ゆくまでお話しください――どんな些細な事でも構いませんから、ご随意のままに」


 オルゴはしばらくビアンコを見上げ続けていたが、真正面に向き直り、無人の壇上を前にして僅かに俯くと、


「己はかつて、とある伯爵家の令息であった」


 と語り始めた。

 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 ◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国

 ◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国

 ◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市

 ◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村


 これまでのあらすじ。


 〇オルゴ、神聖さに当てられて半ば酩酊状態に。

 〇ビアンコが歌唱し、オルゴが赤裸々に語り始める。

 〇肉塊状の魔物が消失。


 高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!


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