第32話 突風のような
「なるほど」
と、ビアンコは左耳を摘みつつ、オルゴの主張を目を伏せたまま反芻する。
「あなたは知ったのですね。かの貧困集落、ブジアの村における『吸血鬼騒動』が、真っ赤な嘘であったことを――労働力にならない老人や子供を、吸血鬼に襲われたという体で口減らししていたというのが真相であるのだと――それを踏まえた上で貴方は、『吸血鬼など十中八九がデタラメなのだ』と結論付けているのだと」
「与太だと思うか?」
ビアンコは羊のような瞳を、左から右に半円を描くように滑らし、「正直、何ともコメントしがたいところではあります」と曖昧に首を振る。
「言い訳にはなってしまいますが、私はつい最近この教会堂に赴任したばかりですので…………周辺地域の情勢については精通していると言い難く、したがってあなたの証言を真っ向から否定するだけの立場にないものの――――」
ハッキリとしない語り口であったが、結局、彼女は言い切らないまま途中で区切った。
物音である。礼拝堂の扉の向こう側から、微かに足音が聞こえ始めていた――ゴツゴツと勇み足で、それと連動するように、何やら水気を含んだものを引き摺るような音。
「嗅ぎつけましたか。ちょうどいい」
ビアンコには音の主が誰であるか、見当が付いているようであった。耳から指を離し、左手を背中に回して、悠然と来訪者を待った。
間もなく、人間二人分の高さはあろう鉄製の大扉が――横向きの雷が直撃したかの如く、轟音と共に蹴り開かれた。
右足の腿を上げ、片足立ちになっているその聖職者は、明らかにビアンコと血縁関係にあるだろう容貌ながらも、総合的には似ても似つかぬ。
頭髪はビアンコと対照的に真っ黒であり、長さも肩にかかる程度に伸ばしているが、内向きにカールしている点は共通。色素の薄い両目に、横長の瞳孔が込められているのも瓜二つ。
また、顔面のそばかすは黒髪の彼女にしかない特徴だが、上下の唇を横断する刀傷があるのはビアンコと同様。左右対称ではあるが――また、制服も同じものを着用している。
ただし、彼女の上背はオルゴと同等と言って差し支えないほど長身であり、本来なら腰に巻くべきはずの剣帯は、荒々しく右肩に担いでおり、そもそも剣自体が儀式用の華やかな塩梅からかけ離れた、武骨で棍棒のようなロングソードであった――左手にはピンク色の肉塊を引っ提げており、所々に目や口のようなものが付いている。
剛の者。
豪放磊落、無礼千万――壇上のビアンコを見つけ、「お、やっぱここじゃん」とニンマリする顔つきも、ビアンコがする笑顔とは表情筋の使い方からして全然違っていた。
「ネロ、ドアを開けるときは手を使いなさいと何度言えば分かるのです」
ビアンコは嘆息交じりに忠告。ネロと呼ばれた彼女は肉塊をズリズリと引き摺りつつ、長椅子の間を奥へと進む。
「いやー、ね。両手塞がってるもんだから、しゃーなしっスよ。はるばる帰還せり妹をまずは労ってやって下さいよ――で、」
最前席付近に到達、左に座るオルゴを覗き込み、
「どちら様スか? お偉方?」
と首を傾げる。
オルゴは壇上のビアンコを顎で示しつつ、
「故あってそこの神官に招聘された者だ。用が済めば去る」と答える。
ネロは口を半開きにしたままビアンコを見、それから再びオルゴに向き直り――鞘入りのロングソードで右肩をトントンと叩きつつ、半目でボンヤリと睨む。上の歯の底部を舌先で舐める。
「ネロ、その魔物とはどこで遭遇しましたか?」
しかしビアンコからの呼びかけが入り、背筋を伸ばしてふんぞり返りつつ答える。
「ずーっと西の方。ぶっちゃけウチらの管轄じゃねースけど暇だったんで――ただ、暴力あんま効かない系の奴だったんで、代わりに処理して貰えねーかなーって」とヘラヘラする。
「ブジアの村は知っていますか?」
突飛な話題の転換にネロは両目をパチクリし、「知らんでもないスけど、なんかあったんスか?」と首を傾げる。
「件の村での吸血鬼騒動は、口減らしのカモフラージュだったそうです――人を遣わして調査させなさい。その魔物は私が片付けておきますから」
「了解スけど、調べてどうするおつもりで?」
「対応は追って検討します。まずは実態を把握せねば」
ネロは鞘入りのロングソードで右肩を叩きつつ、口元をへの字にして暫しビアンコと睨み合ってから、
「ま、OKス」と魔物を手放す。ドロドロの肉塊がぐちゃりと床に流れる。
「そしたらコイツは置いてくんで、後はおなしゃす。神加護ー」
ピンク色の液体に塗れた左手を振りつつ、ネロは礼拝堂から去った。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国
◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国
◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市
◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村
これまでのあらすじ。
〇ビアンコにブジアの村での一件を報告。
〇ビアンコの妹が登場。破天荒。
〇礼拝堂の床が気色の悪い汁塗れに。
高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!
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