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第31話 神官

 辺境都市アンビエンテの中心部には、超巨大な教会堂が聳え立っている。


 一見して王宮かと見紛うほどの迫力である——全面石造りで、天井も廊下も果てしない。迂闊に入り込んでしまった日には、脱出するだけで一苦労だろう。迷路の様相も呈している。


 また、それだけ広大でありながらも、内観から外観から見事に装飾されており、並々ならぬ権威を付帯した機関であることが前面に押し出されている——ステンドグラスから月の光が差し込み、薄明るい夜の廊下を色鮮やかに照らしていた。


「この教会堂を訪れるのは?」


 白髪の聖職者は、隣を歩くオルゴに尋ねる。


 オルゴは至ってぶっきらぼうに、「これが初めてだ」と回答する。「特に用事も無かったのでな」


「勿体ない」、と聖職者は溜め息交じりに感想する。


「アンビエンテ教会堂を一目見るためだけに、他国から訪れる観光客も少なくありませんのに——せっかく滞在されているのなら、明日の明るい時間帯にでも足をお運びになってみては?」


「……寝坊しなければな」


 つれない返事である。彼は内心、教会堂を訪れるのはこれっきりのつもりでいた。


 というのも、オルゴは純粋に、単なる建築物と見る分には教会堂の装飾や構造に興味を示していたのだが、いかんせん神聖なオーラに満ち溢れすぎていた。魔物の側である彼にとっては苦痛そのものだったのだ——————と。


「おや」


 ふいに、聖職者が足を止める。


 オルゴもそれとほぼ同時に立ち止まり、彼女が向いているのと同じ方、廊下の奥を睨む。


 が、見てみればなんのことはない。ただの聖職者である。


 手燭を片手に、廊下を奥から手前にと向かっている——ワンピースのような上下一体型の全身黒衣姿で、頭髪は癖毛。齢の程はまだ若いが、白髪の彼女よりは幾分か年季が入っているように見え、腰には剣帯を巻いていた。


「アレも、吸血鬼を警戒して歩き回っておるのか——聖職者が帯刀などしおって」


「物騒な世の中ですからね。丸腰ではとても」


 オルゴはチラと隣人の剣帯を一瞥。装飾の感じから、やはり儀式用としての毛色が強いように思えた——彼女自身、剣術に精通している風には見えないし、単純にそのまま刃物として使うということでもないのだろうな——————と。


 それから彼は、再び前方の、癖毛の聖職者に向き直った。


 隣人にしていた流れで、何の気なしに観察していた——のだが、彼は次第次第に目つきを鋭くし、ややあってから視線は前方のまま、「聖職者」と呼びかけた。


「私のことですか?」と白髪の聖職者は首を傾げる。


 確かにこれではやりにくいなと、オルゴは溜め息してから、「名は」と問いかける。


「そういえば自己紹介がまだでしたね——ビアンコ・ヌボラと申します。以後お見知りおきを」


 ビアンコは半身に振り向き、オルゴに会釈する。


「あの男を見ろヌボラよ。アレは異常だな」


 しかしオルゴは彼女に目もくれず、男の方を向いたままクイと顎で示す。


 実際、その癖毛の聖職者は、確かに普通ではなかった——段々と近付いてくるごとに、その異常性は露見しつつあった。


 まず、虚ろな目でひたすら床ばかりを見ており、足取りはフラフラと覚束ない。すぐそばで男女が会話している声にもまるで反応を示さず、さながら悪霊にでも憑かれているか、あるいは魂を抜かれているかしている有り様である——オルゴは恐怖こそ全然していなかったが、「得体の知れん男だ」と、率直に気味悪がっていた。


「アレは修行中なのですよ」


 と、ビアンコは微笑したまま答える。


「教会堂の中の巡回に関しては、巡回という形態を取りつつも半分以上は修練目的ですので」


 説明になっていない説明に、オルゴは首を傾げる——が、ビアンコはどこ吹く風、ツカツカと歩行を再開し始めたので、彼も釈然としないながらその後についていく。大股二歩で横並びになる。


 徘徊者との距離は徐々に狭まっていき、あと十歩ほどで正面衝突の段、ビアンコとオルゴは足を止める。


 しかし、徘徊者の方はと言うと、この近距離でさえ彼らの存在に気付かない。なおも俯いたままフラフラと前進し続けている————ただの徘徊者ならいざ知らず、聖職者のうえ帯剣しているということもあり、オルゴは彼の接近に対して幾分か警戒を高めていた。


 具体的には、相手との距離が2メートルを切ったら、()()()()()()をする腹積もりでいた。


「おい」


 オルゴは牽制がてら徘徊者に呼びかける。すると隣のビアンコは半歩前に出、縦に傷の入った唇に人差し指を添えつつ、「シー」とオルゴに微笑みかけた。「何を黙れと?」とオルゴが睨み返すも、彼女は微笑みと沈黙を徹底する。


 その頃合いだった。オルゴの視界の隅で、何やら大きく動く気配があったのは。


 オルゴは前方、癖毛の聖職者に視線を向ける――彼は二人に対して、深々と礼していた。ただの俯きとは似て非なる――そして、


「お帰りなさいませ、()()()」と挨拶した。


「夜分遅くまでご苦労様です」


 ビアンコは朗らかに会釈を返しつつ、「何か異常は?」と小首を傾げる。


「中央廊下については異常ありません——そちらの御仁は?」


 徘徊者はスッとオルゴに視線を滑らせる。しかしまだ尋常とは言い難く、オルゴの前髪の生え際あたりを大真面目に見つめている。そこに目は付いていない。


「冒険者の方だそうです。何やら事情通とのことで、色々とお話を伺おうかと」


「左様で御座いますか」と男はビアンコに向き直りつつ。「礼拝堂で?」


「ええ。あそこなら余るほど椅子がありますから」


「鍵はお渡ししたほうが?」


 これを受けてビアンコは暫し沈黙。何やら禽獣を想起させるような、殊更にグリンと首を傾げ、


「礼拝堂に錠はないはずですが?」と問い返す。


 男はいきなり脳髄を全て摘出されたようにフリーズし、無言のままボーっとビアンコの顔面を凝視した後、「呆けておりました」と低頭する。「申し訳ございません」


「神のご加護があらんことを」


 ビアンコは会釈せず、首を傾げたまま微笑みかける。


 男はゆっくり二回瞬きしてから、「神のご加護があらんことを」と再び礼し、フラフラとした足取りでビアンコらの横を通り過ぎて行った。


 ビアンコはその後ろ姿を半身に振り向いて追いつつ、「及第点でしょうか」と真顔になる。「文句なしとはいきませんが」


 そして、一連のやり取りを黙って眺めていたオルゴを振り向き、


「もう間もなくですが、お手洗いなど大丈夫ですか?」と微笑みかける。


「余計な世話だ」


 オルゴは短く返答。聞きたいことは山ほどあるものの、尋ねたところでイマイチ要領の掴めない返事を寄越してくるだろうからと、端から聞きもしない。


 それから二人は、廊下を更に奥にと進んでいき、最奥に行き着き、ビアンコが鉄製の大扉を押し開ける。


 ギギギギギ…………と軋む音がしつつ、扉の向こうもまた薄明るい。夜中の無人の礼拝堂とは思えぬほど――左右には長椅子が十脚ずつ、手前から奥にかけてズラッと並べられており、椅子と椅子の間を抜けた先は一段高くなっていて、中央には講壇が、背後の壁には十字架が張りつけられている。最大で百人ほど動員可能だろう規模の堂であった。


「私は講壇に立ちますので、お話のされやすい席に」


 ビアンコに促され、オルゴは腕を組んだまま堂の奥に進んでいき、左側最前列の廊下側の席に座す。


 ビアンコは扉を閉めてから、椅子と椅子の間を通り抜け、段差を上り――講壇の横に立って、オルゴを見下ろす。


 然るべき舞台の中に組み込まれた彼女は、ある種裁判官を彷彿させるような、懲罰的なオーラを纏っていた。


「高所より失礼いたします。私はアンビエンテ教会堂が神官、ビアンコ・ヌボラと申します」


 ビアンコは手燭を提げたまま、恭しく一礼する。


 オルゴは名乗り返さず、会釈もしない。


「早速ですがお聞かせ願えますでしょうか」


 ビアンコは気にせず、淡々と話を進める。


「『吸血鬼など十中八九がデタラメなのだ』と仰られた、その真意について」

 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 ◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国

 ◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国

 ◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市

 ◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村


 これまでのあらすじ。


 〇教会堂で男の聖職者とすれ違うも、明らかに様子がおかしい。

 〇ビアンコは神官として信徒から慕われている。

 〇吸血鬼の実在性について論じる。


 高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!


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