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第30話 聖なる使者

 オルゴはパチンパチンと右手で指を鳴らしつつ、振り向いて白髪の聖職者と対峙する。


「——己がこのように、指を鳴らしつつ歩いているのを見て、『アレは綺麗な星空にウキウキしている御仁に違いない』と思い違ったのだな。貴様は」


 その間、指が鳴るごとに彼の手中から銅貨が消失し、元あった場所に転送されていく。物が掴める状態になっていく。


 対するシスターは微笑しつつ、「浅はかでしたか?」と小首を傾げる。手燭を携えていない方の腕は背中に回しており、大木のようにピンと背筋を伸ばしている。


 オルゴはフリーになった両手で腕を組み、顎を突き上げて聖職者を居丈高に見下し、「生憎だがな」と演説し始める。


「夜空とは須らく、暗く鈍重でなくてはならぬ。それがあるべき夜の姿であるからだ——このような絵空事のように明るく綺麗な星空は、悪夢のごとく不自然で奇妙だと言わざるを得ない。吐き気を催すのだ」


「それもまた、尊重すべき貴方の人生哲学というものですね」


 と、シスターは仮面みたような微笑を浮かべつつ、コツコツとオルゴの方に接近しながら感想する。


「神羅万象は決して自然摂理から逸脱してはならない。異なることはすなわち邪である——異質は、邪は、天命に従って徹底的に排除しなくてはならない」


 と説きつつ、彼女はオルゴを横切る。再び相互に振り向く。


 一歩踏み込めば剣先が届くだろう近距離で、彼女は真っすぐに相手の顔を見上げて曰く、


「悪鬼羅刹の跋扈するこの現世うつしよは、たちまちのうちに斬り直さねば」と。


「……貴様は、何の用があって己に話しかけているのだ?」


 オルゴはまどろっこしい物言いをする聖職者に半ば呆れつつ(彼が言えた義理ではないのだが)、「疾く目的を申さぬか」と急かす。


 しかし、彼はそのように威張りつつも、内心では少なからず彼女の一挙手一投足を警戒していた。


 聖職者と吸血鬼。


 聖と邪。


 二項対立、利益相反、一触即発。


 異質は、邪は、天命に従って徹底的に排除しなくてはならない——である。


「隣国のザンナで、囚われの吸血鬼の脱獄事件があったことはご存知ですか?」


 手燭の炎が夜風に揺らめき、聖職者の微笑が妖しく瞬く。


「ああ、噂程度だがな」


 オルゴはハッと嘲笑し、「物騒なこともあるものだ」と相槌する。


「正直、ザンナの国政にはほとほと呆れるばかりです」


 と、この時ばかりは彼女の微笑が崩れた。


 ゆるりと首を横に振り、肩を竦め——耳の軟骨を左手で摘みつつ、呆れた面持ちでそっぽを向いて、吐き捨てるように言った。


「なぜ吸血鬼を拘束し次第、息の根を止めなかったのか不思議でならない——霧のように現れては霧のように消える神出鬼没の怪物を、牢に繋ぎ止めることなど端から不可能に決まっているのに」


「近頃は冒険業に没頭していて俗世について明るくないのだが、件の吸血鬼はどのような風貌をしておるのだ?」


 オルゴは間髪入れずにとぼける。「護身のために是非とも知っておきたいところなのだが」と、それらしい動機も添えて。


 が、彼女の答えは、「私にはお答え出来ません」だった。


 これにはオルゴも片眉を吊り上げて口元をへの字にし、いかにも怪訝の形相になった——お答えできません? 何一つとして?


 特に意識していなかったが、己はどうしてこうも堂々と人間社会を闊歩できているのだ? ——と。


「例の吸血鬼に関する情報は、何一つとしてザンナ国外に流出していないのです」


 聖職者は淡泊な声色で述べる。表情の方も極めて淡々として。


「恐らく、ザンナは国家ぐるみで、超厳戒な情報統制でも敷いているのでしょう——脱獄事件から随分と月日が経った現在、にも拘らずこれほどまでに情報が出回っていないのは、明らかに何らかの作為が働いているに違いない。体格も外見年齢も性別すらも一切不明というのはハッキリ言って異常です——だから私は、当該吸血鬼について何もお答えすることが出来ないのです」


 と、ここで彼女は一区切りし、微笑しつつ「信じていただけますか?」首を傾げた。


 オルゴは一旦、是とも否ともせず、「隠蔽工作か」と呟きながら思案顔で顎先を擦る。


「なぜだかは分からないのですがね」、と聖職者。


「吸血鬼の殲滅は人類共通の悲願であり、その成就のためには国枠を超えて協力し合うべきはずで——吸血鬼の情報を隠蔽すればするだけ、ザンナは他国からの評判を著しく下げるのみでは?」


「逆だ」


 とオルゴは断じる。「ザンナはむしろ、自国の評価が失墜しないために、隠蔽工作を図ったのだ」


「というと?」


 聖職者は首を傾げる。


「時系列順を辿ればいとも単純な理屈だ」と、オルゴは腕組み胸張り、演説気分で語り始める。


「まず、件の吸血鬼はザンナ王都の兵を、一方的に蹂躙しつつ脱獄を果たした。ではこのエピソードが他国にバレるとどうなるか?


「言わずもがな舐められるのだ——自国の兵力が、たかが一匹の魔物に打ち破れられるほど虚弱であったという事実を、ザンナはなんとしてでも外の国に漏らしたくなかった。だから情報統制を敷いた——そう考えるのが最も自然であろう。


「ただでさえあの国は今、飢餓と流行病に喘いでいるのだ。それに加えて他国から侵略戦争でも仕掛けられようものなら、到底太刀打ち出来まい——だからこそザンナは、惨めにも知らぬフリをした。


「が、蓋を開けてみればこのザマというか……、脱獄事件の発生は結局スヴァルガにも知れ渡っており、ザンナの情報統制力の脆弱さについても、ついでに露呈する羽目になったようだ。


「全く、どこまでも惨めというか情けないというか、目も当てられないとはこのことよな………………」


 と。


 ひとしきり語り終えた彼は、暫し静寂の後、「何を黙っておるのだ」と小鼻にシワを寄せる。「この己の高貴なる洞察が理解できなかったか?」


 というのも、聖職者は彼の話を聞いている最中も、聞き終えてからしばらくしても、その間において何らのリアクションも示さなかったのだ——ただ無言で、羊のような横長の瞳孔でオルゴを見上げ、意味深な微小を浮かべるばかりの彼女だったのだ。


 が、オルゴに振られると、彼女は流れるようなスラスラとした口振りで、かつ穏やかに語り始めた。


「例の吸血鬼が具体的にどのような方法で脱獄を果たしたのかも、世間一般には知られておりません。私も初耳です————蹂躙したのですか? 例の吸血鬼は、ザンナの兵士をことごとく」


「………………」


 オルゴは暫し黙し、内心で舌打ちする。


 綺麗な星空に当てられたせいか、頭の方まで不調らしい——脱獄事件については、「そういう事件があった」としか世間的に知られていないのだ。吸血鬼がどう牢から脱したかなど、ごく一部の人間しか知り得ないトップシークレット的情報を、なぜ己が知っているのか説明せねばなるまい。さてどう誤魔化したものか————と。


「この格好を見れば分かる通り、己はいわゆる特権階級の者でな」


 オルゴは腕を組んだまま、ズイッと体を捻り、絢爛豪華の装いを誇示するようにする。


「だから、そんじょそこらの平民では知る由もない情報にも、ある程度通じておるのだ——聞きたい情報から聞きたくない情報まで、それはもう洪水の如くな」


 これは別に、あながち嘘でもない。彼はその超人的異能の所持によって、普通人では知り得ない情報に通じている側面はあるし、知りたくもない情報をいくつも見聞きしてしまっている節はあるので。


「事情通なのですね」


 聖職者は感想もほどほどに、「他にはどんな情報を?」と質問を連続する——何かボロでも出さないものかと、チクチク針で突くように。


 が、いつまでも受け身の彼でもない。「他人にとやかく申し立てる前に、貴様は己の質問に疾く答えるべきではないのか?」と顎を突き上げて聖職者を見下す。


「『貴様は何の用があって己に話しかけているのだ?』でしたね」


 聖職者はスンナリと応じる。「結論から申しますと、単なる注意喚起です」


「例の脱獄事件もあったことですから、夜道を歩く際には充分にお気を付け下さいと、こうして一人ずつお声がけしているのですよ」————と。


 こちらに関しても、あながち嘘ではない。


 隣国での脱獄事件を受けて、アンビエンテの教会がパトロールを強化しているのは事実だったし、「夜道に気を付けろ」の言葉にも偽りはない——脅し的なニュアンスも、多分に付帯しつつではあるのだが。


「ハッ」


 とオルゴは、何がおかしいのか不意に嘲笑する。


 そしてそのままの勢いで、「生憎だがその忠告は聞き入れられんな」と、彼女の掛け値なしの善意を真っ向から突っぱねた。


「なぜ?」


 と聖職者は、微笑したまま首を傾げる。


 目の前の様子のおかしい御仁に対する、それは威嚇を込めた微笑だったが、一方のオルゴは何処吹く風の調子で答える。


「なぜも何も、アンビエンテには吸血鬼が出現しないという話ではないか。冒険者ギルドの受付嬢から、己は確かにそう聞かされたのだ——現れない者を警戒して何になる? 甚だ無意味というものだ。無意味は高貴ではない」


 吸血鬼である彼がこれを言うのは、言わずもがな皮肉に他ならない。


 が一方で、ただの軽口のつもりでもなかった——この時の彼は実のところ、《《何もかも全て》》を心の底から馬鹿にしていたのだ。


 もう、その放言は喉元の所まで出かかっていて——語気から表情から皮肉として滲み出し、素晴らしく綺麗な星空によって催された吐き気と共に、彼はこれより全てぶちまける気概でいた。


「念には念をというものです」


 と、聖職者は微笑。


「まあ、仰る気持ちも分からないではありませんが——この町で吸血鬼を警戒するというのは、全くの無駄骨であるとね——何せ、」


 この直後、オルゴは彼女が話している最中に、構うものかと割り込んで言った。



「そもそも吸血鬼など十中八九がデタラメなのだからな」

「アンビエンテの全域には、強力な《《結界》》が張り巡らされていますものね」



 刹那、街路の一帯が……シン……と静寂で包まれる。


 二人は互いに目を合わせたまま、相手が何やら同時に口にしていた内容について、真顔で想起する。


 ややあってから二人は、


「ん?」


「は?」


 と同時に首を傾げた。

 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 ◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国

 ◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国

 ◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市

 ◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村


 これまでのあらすじ。


 〇アンビエンテに吸血鬼が現れない理由についての認識が、オルゴと白髪の聖職者とで食い違う。


 高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!


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