第28話 二人の時間
デザートまで平らげ、あとは各々のグラスに残ったワインを飲み干せば完食である。
宴もたけなわの頃合い――退店を間近に控えた一行は、それぞれの席に着いたまま三者三様であった。
まずベルンだが、レベッカの肩に寄りかかって寝息している。長旅によって蓄積され続けてきた疲労もありつつ、主には一杯目のワインの仕業だった――いくら水で薄めようと、アルコールはアルコールである。
「……あ、そおだ。思い出した」
と、ふいに口を開くレベッカの呂律はやや怪しい。
頬を仄かに紅潮させつつ、右手でワイングラスを揺らしながらオルゴを見つめる両目は、トロンとして虚ろだった。
「さっきデスタルータさん、ベルンちゃんに銀貨渡してましたよね……てことは、それまでどっかに銀貨を仕舞ってたわけじゃないですか」
でも、デスタルータさんって、カバンとか持ってないですよね。
そしたらじゃあ、どこから出したんだって思いまして――――と、酒飲みに特有の据わった目で、オルゴただ一人にピントを合わせている。
「大して面白くもない。ただの転送魔法だ」
対するオルゴは完全にシラフである――右手を前に出し、パチンと指を鳴らしてから手を開くと、そこには銅貨が乗せられている。
「……仮にも私、王立学園の魔法科でブイブイ言わせてたクチなので、魔法については一家言あるつもりなんですが、」
レベッカはグラスの中のワインがユラユラと波打つのを眺めつつ、他人に話しているのか独り言なのか判じかねるトーンで、ブツブツと呟く。
「転送魔法って、数ある魔法の中でもマイナー中のマイナー魔法なんですよね――完全に習得するまで最低でも数十年はかかるんで、よほどの暇人か天才でない限りまず使えない魔法のはずなんですけど………………」
ふいに、レベッカは顔を上げ、フクロウのようにグリンと首を傾げる。
「めちゃくちゃ留年したんですか? それか浪人?」
「前にも言ったが己は今年で18だ――まあ、あまりの風格に錯誤するのも無理はないがな」
「じゃ、なんで転送魔法なんて使えるんです? 仮に5歳から習い始めたんだとしても、全然時間が足りないと思うんですけど」
「ああ、完全に習得するには全く足りんな――だが、ごく限定的にだけ使えたら良いのであれば、また話は変わってくるというものだ」
「限定的?」
レベッカはさっきと逆方向に首を傾げる。
吸血鬼を前に、無防備にも首元の生白い肌を露わにする――オルゴは自らの口内にじわりと唾液が染み出すのを自覚しつつ、ワインで流し込んで気を取り直す。
「まずだが、己はたかだか貨幣一枚分程度の質量しか一度に転送することが出来ん。従って己自身を転送することも、貨幣数十枚を一気に移動させることも不可能だ――今すぐ金が必要だとなった時ですら、だからこのザマだ」
オルゴが4回指を弾くと、その都度テーブルの端にコインが出現する――4枚同時に転送すればいいものを、である。
「それともう一つ、己が何か物質を転送できる座標は、この世界に二ヶ所しか存在しない――もったいぶっても仕方ないから言うが、一つは己を中心とした半径1メートル以内で、もう一つは己の自室の金庫の内側だ。あくまでこの2地点間でしか、己は物体を移動させることが出来ないということだ」
「……自室っていうのは、ご実家の?」
「いかにも――まあだから、その小娘にくれてやった銀貨も、元々はその金庫の中に保管してあったのだ。それを転送魔法で手元に移動させたまでのことだ」
「はえー……でも、十二分に便利だと思いますけどね。習得するまでにどのくらいかかったんですか?」
「1年だ――費用対効果としてはイマイチだろう? 確かに便利ではあるが、これより優先して覚えるべき魔法はごまんとあるのだからな。道理で誰も覚えたがらんわけだ」
「………………」
レベッカは口元をへの字にし、顔を上げて背後の天井を一瞥し――再び正面に向き直ると、「あそこにシャンデリアがありますよね」と。
「でも、よく見たらアレ、蝋燭に火が点いてるんじゃなくて、炎が単体で宙に浮いてるんですよ――まあ、魔法の火ってことですよね」
オルゴもチラと天井を見上げ、そうであることを確認した後、「そのようだな」と視線をレベッカに戻す。
「なんでだろうなって考えるんです……費用対効果で考えて、普通の蝋燭を燃焼させるのと魔法で火を出すのとを比較した時に、後者の方が安上がりってことなのかなとか――それか、蝋燭を交換する手間を省くためかもしれませんよね」
「…………」
顎先を指で摘まみつつ、オルゴは瞳だけ右に左に動かして、改めて室内を観察する。
シャンデリアを天上からぶら下げるコードは、通常は滑車などを噛ましつつハンドルに接続され、それを回すことで高さを調整し、低い位置に移動させて蝋燭を交換する仕組みになっている――が、当該シャンデリアのコードは天井から直接ぶら下がっているように見えたし、滑車やハンドルらしき機構はどこにも見当たらなかった。
そして、それらが天井の裏側や壁の向こう側に隠してあるというわけでもないのだろう――なぜなら、魔法によって火を出し、火を消せばいいだけなのだから。
「機械的機構を組み込もうとすれば、それだけメンテナンスの手間もかかりますし、そもそもの問題としてスペースを圧迫してしまうというのもありますし――そういったデメリットを列挙していけば、なるほど魔法式シャンデリアを採用するのも頷けるというものです」
レベッカは微笑し、「要するに何が言いたいのかというと、」と声を弾ませる。
「魔法って面白いんですよ……『なんで魔法の火でシャンデリアを灯してるんだろう』って考えるのも面白いし、『転送魔法を応用すればどこからでもお金が引き出せるようになるんだ』って知るのも面白い――デスタルータさんも面白いと思わなかったですか? 転送魔法にこんな使い方があるんだって閃いた時」
費用対効果だけが魔法じゃないんだぞと。
レベッカは実に無邪気に語った――心底から魔法を愛していないと出せない、それは表情と声色だった。
「我が愚弟に、貴様の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいところだ」
こちらも、世辞めいた嘘を言っている風ではない。ましてや皮肉でもない。
冷ややかな瞳で、どこか遠くを見るようにして――実に呆れ果てた声色だった。
「デスタルータさん、弟さんいらっしゃるんですか?」とレベッカは目を丸くする。
「しょうもない男よ――魔法について語るなら、アレは落第しないギリギリでしか魔法学に取り組まん奴だった。何のために学校に通っとるのかもよく分からん。学費の無駄遣いというものだ」
「ほえー……まあ、確かにそういう人もいますね。どうせお金払うなら学費取り返すつもりで勉強した方がいいとは思いますけど。それこそ費用対効果の話ですが」
レベッカはグラスの底に溜まったワインを飲み干してから、「ん」と何か閃く。
「そしたら何ですか――デスタルータさんって私と同じで、元王立学園の生徒だったわけですけど、もしかして弟さんも?」
「己とは1歳しか離れていないから、貴様と同学年ではないがな――王立学園高等部支配科の2年生だ。学科も違うし、面識はなかろう」
「どこかですれ違ったりはしたかもですけどね……へー、なんか不思議な感じ」
「一度でもすれ違ったことがあるなら確実に覚えているはずだ」
オルゴは断言する。「めちゃくちゃ派手な格好してたとかですか?」とレベッカは首を傾げる。
「………………」
しばらくオルゴは、どこか遠くを見るような目をしたまま黙っていたが、
「まあ、そんなところだ」
と曖昧に返事し、「そろそろ出るか。長居し過ぎだ」と卓上の小ぶりなベルを摘まみ上げて軽く鳴らした。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国
◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国
◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市
◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村
これまでのあらすじ。
〇ベルンが酔いつぶれる。
〇レベッカの魔法に対するスタンスに感心するオルゴ。
〇フィローネもレベッカらと同じ学校に在籍している。
高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!
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