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第27話 祝宴、もしくは餞別

 冒険者ギルドを出た三人は、宿を取った後、アンビエンテでも指折りの高級レストランに踏み入れていた。


 内装からして分かりやすく豪奢である――長方形で茶褐色のテーブルには油磨きが施されており、充分なゆとりを持ちつつ十卓ほど並べられている。床には大理石、壁にはチャコールブラックの板材があしらわれ、車輪型のシャンデリアが食堂を厳粛に照らしていた。


 席はほとんど埋まっており、客は客で一人残らず絢爛豪華である――が、流石はオルゴ・デザインと言うべきか、彼ら三人のコーディネートの方も決して見劣りはしていなかった。むしろ料理を待っている間、「談笑中にすまないのだが」と、他の客から衣服について興奮気味に尋ねられた程だった。


「――しかし、」


 どっかりと席に腰掛けたオルゴが、仄暗い室内をしげしげと見回しつつ口を開く。


「こうして中に入ってみても、未だに夢だと疑ってしまうな……《《富裕層向けの食堂が、本当に実在するなど》》」


 この食堂を見つけたのは、他ならぬ彼だった。


 ギルドを出、三人で街道を行きつつ宿を探している最中、彼だけがこの食堂の前でふいに立ち止まったのだ。


 店頭の立て看板である。


 そこにはコースの説明と値段とが表記されていたのだが、一般的な食堂と比べて非常に高額だったのだ。


「――おっ、ずいぶん強気な価格設定じゃないですか。貴族様御用達って感じかな」


 その隣にレベッカも並び、彼女は立て看板からオルゴに視線を移して、「デスタルータさんも貴族時代はこういうところに来たり?」と尋ねた。


「有り得ぬ」


 と、オルゴは最初、端的に返事した。


 レベッカとしては、「さっきはちょっと喋ってくれたけど、また元通りかな」と軽く凹んでいたのだが、しかし意想外にもオルゴの弁舌はそこで終わらなかった。


「庶民の貴様にも分かるよう懇切丁寧に説明してやるがな、《《そもそも高級なレストランというもの自体が、本来的に有り得ぬのだ》》」


 彼の主張としてはこうだった。


 まず、王族や貴族などの富裕層は、専属のシェフを城に雇って高級な料理を作らせるため、豪華な食事を求めて外に繰り出すことは絶対に有り得ない――実際、彼の知るザンナの富裕層は一人残らずそうだった。


 さて、そうなると、富裕層向けの高級レストランというものはビジネスとして到底成り立たない。ターゲットとする客層が一向に訪れないからである――従ってレストランとは、一般市民向けのものしか存在し得ないというのが彼の主張だった。


「はあ、なるほどですね……じゃ、この店は?」とレベッカは首を傾げる。


 オルゴはフーと鼻で溜め息してから、「ただのぼったくりに相違ない」と断じ、「嫌なものを見た。さっさと行くぞ」とマントを翻した。


「それは違うぞ、金髪金目の貴公子よ」


 その時だった――これからその店に入ろうという、いかにも貴族風の男が、階段に片足を乗せたままオルゴに語りかけたのは。


「知らないだろうがね、アンビエンテは《《こう》》なのだ――いいかい? 私はこれから歴史の話をするから、君はちゃんとそこで立って聞いておくように。


「まず前提としてだが、ここ辺境都市アンビエンテには、上質な食材が実にとめどなく運び込まれてくる――私は以前、物は試しにと冒険者ギルドの食堂を利用したことがあるのだが、いやはや庶民向けとは思えぬクオリティだった。君も今度行ってみるといい。


「さてだが、アンビエンテはいつから美食の町になったのか――それは今から百年以上前に遡る。


「ここいら一帯を支配していた、四代前のアンビエンテ辺境伯は、自他共に認める美食家だった。彼は大枚叩いて国内外から上質な食材を取り寄せては、これまた大枚叩いて雇った超一流のシェフに調理させて堪能していた。


「が、そのような暮らしを続けていては、いくら大都市を治める辺境伯の財布と言えど、日に日に目減りしていく。どうにかせねばならぬ転換期に、彼は立たされていた。


「そんな折、彼ことバッフェ・アンビエンテ辺境伯は、天啓の如く閃きを得た。


「それすなわち、『我がアンビエンテ城の食堂に周辺貴族を代わる代わる招いて、毎日のように宴会を開いてはどうか』――――と。


「というのも、彼は自らの雇用した超一流のシェフに絶大な信頼を寄せており、仮に相手が国王であっても必ず満足させられる確信があった――一度でも誰かしら招いて料理を食べさせれば、そこから爆発的に口コミが拡散し、食堂に貴族が殺到するだろうことを信じて疑わなかった。


「そして、貴族は何よりもメンツを重んじる生き物だ。宴席に招待されて、たらふく堪能しておきながら、手土産の一つもないというのはまず有り得ない。


「なので、そこをうまいこと誘導するのだ――『領地の名産品でも持参して頂けたら、きっと極上のディナーに仕上げてみせます』とでも言ってな。


「さて、バッフェ氏の目論見は大体このような具合だったが、果たして首尾の程は上々だった。


「アンビエンテ城には連日の如く、それぞれの領地の名産品を持参した貴族が訪れ、余った食材で城の食料保管庫は潤いに潤い、食材コストは大幅に低減した。


「が、このシステムはそれから十年二十年と経ていく間に、段々と変容していった――というのは、まずアンビエンテ城の厨房に、『ここで修業させて下さい』と全国からシェフが殺到する。


「上質な食材が絶えず運び込まれ、超一流のシェフが調理し、舌の肥えた貴族を相手にする。修行場としてはこれ以上にない好条件だから、それは至極当然な流れだった。


「そして、当時はアンビエンテ城を訪れる客が日に日に増え、相対的に厨房の人材が不足してきていたので、バッフェ氏は人手を増やすためにもシェフを受け入れていたのだが――来客が家族や親戚、他国の知人まで引き連れてくるようになると、そもそも食堂のキャパシティに客が収まらなくなる。


「こうした背景から、アンビエンテ辺境伯は城下に富裕層向けのレストランを設け、そこに余剰分の良質な食材や、一流の腕前に育ったシェフを投入することを決意――これが定着し、広まっていった結果が、アンビエンテにのみ特有の『高級レストラン』というわけなのだ。


 と、貴族風の男は淀みなく言い切ってからゴホンと咳払い。「――失敬。ぼったくりではないということだけ伝えたかったのだ。引き続きアンビエンテを楽しんでくれたまえ」と言い残しつつ、颯爽と店内に入っていった。


「……報酬が入って潤ったことですし、」


 レベッカは下からオルゴを見上げつつ、「宿を取ったらこの店で祝宴バンケットでもしませんか?」と投げかけた。


 というのも、見るからにオルゴがその店に興味を示していたからだった――消沈しっぱなしだった彼が、その時ばかりは顎で指を摘まみつつ、ジロジロと舐め回すように店構えを検分していたからだった。


「悪くない」


 果たしてオルゴは、端的ながらも悩まず了承していた。


 宿を取り次第、一行は寄り道することなく例の高級レストランに引き返し――意匠の凝らされたエントランスに踏み入れつつ、厳粛なムードをヒシヒシと全身で感じつつ、パリッとした制服を纏った給仕人フットマンに恭しく案内されるまま、粛々と席に着いていた。


「――感謝しないとですね。さっきの親切な貴族様には」


 とレベッカは、例の貴族風の男が夫人と思しき女性と談笑しているテーブルを一瞥する。「ぼったくりだと思い込んでスルーするところでした」


 その傍ら、彼女は報酬の入れられた皮袋から硬貨を取り出し、空の皮袋に一枚ずつ移し替えている。


 卓上には他に、報酬明細書が乗せられていた。


「まあ、ぼったくりかどうかは料理を出されるまで分からんがな」


 と、その正面でオルゴは腕組みしている。「豪華なのは店構えと内装だけという線が残っている」とふんぞり返る。


 レベッカは「疑り深いですねぇ」と苦笑しつつ、「ぼったくられて泣き寝入りするタマでもないでしょうに」と巾着袋を縛る。


 そして、チラとオルゴの顔色を窺い、「軽口を言える程度には調子が戻ったかな?」など思いつつ、彼女は「よし」と椅子に座ったまま横を向くと、ベルンに巾着袋を差し出した。


「宿に戻ってからでも良かったんだけどね。料理待ってるあいだ手持ち無沙汰で包んじゃった――こちら報酬です。お納めください」


 ハチの巣模様のキノコを見事採取した、その報酬である。


 明細書に記載の数字が、全額きちんとその巾着袋に込められていた。


「………………」


 と、ベルンは巾着とレベッカとを見比べつつ躊躇っていたが、ベルンに片手の手首を掴まれて、手の平に乗せられる――ズッシリとした重みを、両手で支え直す。


「……本当に、頂いてもいいんですか?」


 ベルンは困り眉になる。「私が受注した依頼でもないのに」


「断言するが、我々ではその依頼を達成することは絶対に不可能だった」


 オルゴはやや食い気味に、自らの無力さを表明する。


「つまり、『先を越された』とか『手柄を横取りされた』とか主張する資格すらこちらにはないのだ――そうなると消去法的に、その報酬は貴様一人だけのものでなくてはならない。単純な話だな」


 ギィと椅子の背もたれに体重を預け、オルゴは一拍置いてから、「口を開けよ」と命じる。


 ベルンは困惑しつつ上下の唇をパカッと開くが、「その口ではない。巾着の方だ」と冷ややかに指摘されて、赤面しつつ項垂れる。「気にしないでいいからね。デスタルータさんが言葉足らずなだけだからね」とレベッカに背中をさすられつつ、ベルンは巾着の口に両手の人差し指を突っ込んで、左右に引っ張る。


 それと同時にオルゴは、右手の親指で一枚の銀貨を宙に弾く。


 銀貨は放物線を描きながら回転しつつ前方に飛び、机上を端から端に跨ぎ――ベルンの開いた巾着の口に、吸い寄せられるようにチャリンと収まった。


「それは餞別だ――散財するなり貯金するなり好きにすればいいが、己ならまずカバンを買うだろうな。皮袋だけ単体で持ち歩くというのはいささか不用心だし、何よりそのエプロンドレスとそぐわんだろう」


 餞別。


 と聞いてレベッカは、「そうだった」と思い出す。


 ベルンとの旅はここまでという話だったのだ――彼女を辺境都市アンビエンテに連れてきた理由は、景気が良く治安も申し分ない城郭都市の教会に、彼女を預けるためだったからだ。


「………………」


 と黙しつつ、ベルンはどう返事するか悩んでいた。


 パッと出てくる本心としては、「このご恩は必ずお返しします」か、「私も同行させて下さい。捨て駒として使って頂いても結構ですので」の二つだったが、前者に関しては「そんな恩義に感じなくても大丈夫だよ」と受け流されるだろうし、後者に関しては「この己がわざわざ拾ってやった命を貴様は粗末にするつもりなのか」とでも言われそうだった。


 彼らを困らせないためには、どう答えれば。


 どんな返事をする人間であれば、私は――――。


「……いつかきっと、」


 と、ベルンは小さい両手の中に収まった、ズッシリと重たい革袋を、胸の前で力強く握り込む。


「いつかきっと、私は有用な人間になってみせます……たくさん努力して、誰からも必要とされるような人間になってみせます。嘘じゃありません――だから、」


 琥珀色の瞳を凛として、真正面のオルゴに訴える。


「その時まで、私のことを覚えていてください――嘘でなかったことを、その目で確かめに来てください」


 娘の成長した姿を見せるのもまた親孝行だろうと。


 熟考の末に導き出された――それは、嘘偽りのない彼女の指針であり、そして本音だった。


「うん、楽しみにしてるね」


 レベッカは隣から微笑みかける。一方でオルゴは「ハッ」とシニカルに笑い、「幾分か良い目をするようにはなかったがまだまだ謙虚すぎるな」と苦言した。


「『忘れたくても忘れられないほど、この世界中に名を轟かしてみせます』ぐらい言っておけば良いのだ」


「……デスタルータさんって、女の人口説く時にもそういうこと言ってそうですよね。『忘れられない○○にしてやる』、みたいな」


 など、レベッカがオルゴを茶化し始めた頃合いに、横から「お待たせいたしました」と制服姿の給仕人フットマンが現れる。


 片手に持ったトレーから皿を取り、オルゴの前に並べ、「順番に提供させていただきますのでもうしばらくお待ちください」と恭しく一礼してから去る。


 レベッカ、ベルン目線から見ると、卓上に並べられた品々は分かりやすく派手ではないものの、高級感に満ち満ちていた。


 円形に整えられた小ぶりのパンとか、複雑なスパイスの香りが漂うホワイトポタージュ、洒落た具合にソースのかけられた蒸し鶏などが、いずれも白地に青色の模様が入った上品な皿の上に、綺麗に盛り付けられている。


「ほー……」とレベッカは感嘆の声を漏らし、「どうですか? 元貴族の目から見て、この料理は」と尋ねる。


「自宅で出されても不自然でないレベルだ。この調子ならメインディッシュにも期待して良さそうだな」


 この間にも、彼らのテーブルには二人の給仕人が来、そしてレベッカとベルンの前に皿を並べていく。すべて並べ終わると、「それではごゆっくり」と去っていった。


「――ひとまず、無事にこの町へ辿り着けたことを祝おう」


 オルゴはワイングラスを右手に包み、レベッカもそのようにし、ベルンもそれに倣う。ベルンのグラスに関しては、清浄な水で薄められた、淡い赤色のワインが注がれていた。


健康のために(サルーテ)


 各々グラスを掲げ、祝宴が開始する。

 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 ◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国

 ◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国

 ◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市

 ◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村


 これまでのあらすじ。


 〇歴史語り貴族風モブおじさんとの邂逅。

 〇ぼったくり店ではなさそう。

 〇別れの時が近付いている。


 高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!


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