第26話 報酬の程は
夕暮れ時に差し掛かり、辺境都市アンビエンテのギルドは、依頼を完了して戻ってきた冒険者らで幾分か込み合っていた。
行列は2つに分かれ、赤と青の2人の受付嬢がそれぞれ対応している――片方の受付嬢が冒険者から依頼書と納品物を回収し、裏方がそれらについて不備無き事を確認し、もう片方の受付嬢が冒険者に然るべき報酬を支払っている。
捌けど捌けど行列は途絶えない――しかし、この忙しいタイミングを狙って、不正な報告をする冒険者なども稀に現れるから、受付嬢は迅速かつ注意深くを意識しなくてはならない。
「あれ?」
と、赤色の制服の受付嬢が、素っ頓狂な声を出しつつ、カウンターに両手を突いて身を乗り出す。「二人旅じゃありませんでしたっけ」
その視線の先に居るのはベルンである。オルゴとレベッカの間に挟まり、レベッカと手を繋いでいる。このような異変をこそ目敏く見抜くこともまた、受付嬢の仕事の一つである。
「ちょっと色々ありまして」とレベッカは苦笑する。受付嬢は「ふうん?」と首を傾げて承服しかねたが、「まあいいか」と流す。手続きを済ますまでの間については目を光らせておくことにするが、無限に訝しんでいても際限がないというのもまた事実である。
「えー、オルゴ・デスタルータさんですね。依頼書と納品物は青の受付で回収し、すべて不備無き事報告承っております」
手元の紙束を一枚ずつ検分しつつ、受付嬢は告げる。「……しかし、よくこの短期間ですべて達成出来ましたね。正直ビックリし過ぎて逆に冷静です、私」と目を丸くしている。
「いやぁ、そんなことは」とレベッカは破顔。「ただ魔物倒してただけですから――この子がキノコ見つけてくれなかったら、完全達成は出来ませんでしたし」と後頭部を掻く。
一方のベルンは俯き、フルフルと首振り、レベッカと繋いだ手に微熱を帯びる。受付嬢は微笑し、「お時間取らせてしまいすみません。報酬をお渡ししますので、ご一緒にご確認ください」と、カウンター上に一枚の紙片を滑らせた。
レベッカが覗き込んで確認するには、そこには各達成依頼ごとの報酬額と、その支払い手段について記載されていた。報酬明細書と題されている。
「……『一部、宝具払い含む』?」
と、レベッカは呟く。「ご不便をおかけして申し訳ないのですが」と受付嬢は、手の平に収まるサイズの巾着袋をカウンターに乗せ、紐を解き、中から金銀銅貨を一枚ずつ出して丁寧に並べる。
「今回、冒険者様方が達成されました依頼の報酬につきましては、すべて貨幣でお渡しすると膨大な量と重さになりますため――ギルド規定に則り、一部の報酬に関しては宝具にてお支払いし、残額をこちらの皮袋にお納めする形とさせて頂いております」
言い終わる頃には、皮袋の中身が全てカウンター上に並べられており、書面に記載の『貨幣お渡し分』の金額と相違なき事が確認できた。
「宝具についての説明は書面にもありますが、私の方からも僭越ながら口頭にてご説明させて頂きます」
受付嬢は手の平を上にして報酬明細書を恭しく指し、「宝具とは」と語り始める。
「平たく申しますと、非常に高価な品物の総称となっております――一般的には、金貨十枚を上回る価格の物品に対して、『宝具級』という等級が宛がわれることになります。
「これを支払い手段として採用させて頂きますのは、すなわち『報酬を圧縮するため』でございます――宝具の中でも取り分けて持ち運びに適しており、軽量で、頑強であるものを、こちらでご用意させて頂いております」
すると受付嬢は、何やら青白く光沢する銀の小箱を取り出し、丁重に両手で持ってレベッカの前に差し出す。「お開けになって下さい」と促す。
レベッカは赤色の大きい瞳をパチパチと瞬きし、生唾を呑み、ソロソロと上蓋を持ち上げる。
箱の中は紫色のリネンの布が敷かれており、その上に紐付きの小瓶が鎮座していた。
藍色のガラスに金色の幾何学模様が繊細に施された、場違いなほどに神聖な小瓶である――レベッカはおっかなびっくり摘み上げ、まじまじと見ると、中に込められた豆粒のような極小の丸薬が、ザラッとぶつかり合いながら瓶の内側を滑った。
「然る御方、マザー・ハイレンの霊薬でございます」
受付嬢の方も、顔面を少なからず強張らせつつ、神妙に解説し始めた。
「スヴァルガ王都大聖堂におわす、『神官』兼『教会博士』こと、ハイレン・ヴァイスハイト様が調合なされた、霊験あらたかなる丸薬にして――そちらにも金額の表示があります通り、超高額の代物となっております。売却時の条件にもよりますが、一粒で金貨一枚は下らない価値を有しますので、入用の際にはぜひ同梱の薬効保証書で包み、お売りいただければと思います」
と言って受付嬢がリネンの薄布を捲ると、その下に敷き詰められた、銀の箱とぴったりのサイズの横長の紙束から一枚取り出して、箱の横に並べる。
薬効保証書と題されたその紙を、レベッカは小瓶を持っていない方の手で取り、目を細めて首を傾げる。
「『心霧散し、天地の気に溶け、自ら湖となりて万象を映ず。』…………?」
古めかしくも難解な説明書きに困惑したのだった――受付嬢はすかさず、「あ、それはですね」と切り出す。
それと同時だった。
「集中力が低下するという意味だ。『心霧散し』と書いてある通り」
腕を組んだオルゴが、淡々とした解説を寄越したのは。
「……え? 駄目じゃないですか」
レベッカは呆けた声を出す。「集中力って高ければ高いほどいいと思うんですけど」
「知ったことではない」
しかしオルゴはつれない。「あくまで資産なのだ。資産的価値さえ保証されているのなら、実際の使途など知らずとも何ら問題にならない」
「……ま、『なんでこれがこんな値段するんだ』ってこと、珍しくもないですしね」
レベッカの方も特に反発せず、銀の小箱と皮袋と明細書とを肩掛けカバンに仕舞い、「どうもありがとうございました」と受付嬢に会釈する。
が、その場を去ろうと身を翻してから、ふと思い出したように再度カウンターに向き直り、
「皮袋、もう一つ貰っても大丈夫ですか?」と人差し指を立てた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国
◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国
◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市
◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村
これまでのあらすじ。
〇依頼報酬が超高額。しばらく金には困らないだろう。
〇宝具のはずの霊薬の効果がいまいちピンとこない。
〇レベッカが皮袋を余分にもう一枚要した。
高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!
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