第25話 素直には喜べないこと
翌日の早朝、オルゴ、レベッカ、ベルンの一行は、朝食も取らないままブジアの村を足早に去った。
携帯食にと買っていた干し肉をそれぞれ齧りつつ、徒歩にて目指すは辺境都市アンビエンテ――歩きながらの朝食が済んだ頃、3人は赤緑色に彩られた森の中に踏み入れていた。
先頭はオルゴで、そこからやや距離を離して後方に、レベッカとベルンが横並びだった。
「……大丈夫ですか?」
ふと、ベルンが隣のレベッカの顔を覗き込みつつ、眉を八の字にして尋ねる。「お腹でも痛いんですか?」
彼女だが、血塗れで腹部の切り裂かれたワンピースを着回すというわけにもいかず、オルゴの仕立てた濃緑色のエプロンドレスを身に纏っていた。レベッカらと並んでも見劣りしない風采に整えられていた。
「………………」
これはレベッカの沈黙である。ベルンからの呼びかけに対し、無視するような形になっている。
また、彼女の表情だが、確かに腹痛を疑われても文句の言えない形相をしていた――首を傾げ、眉間に皺を寄せ、両目を細め、唇をキュッと引き締めており――右手に傘を差すオルゴの背中を、じっとりと睨んでいた。
「……レオナルディさん?」
再度呼びかけられ、ようやくレベッカは反応する。ハッと目を見開いてベルンを見、苦笑に切り替わり、「あ、ううん。そういうわけじゃなくって」と手をパタパタ振った。「あくびが出そうなのを我慢してただけだから」
「……デスタルータさんは、レオナルディさんがあくびすると怒るんですか?」
ベルンはレベッカと距離を狭め、琥珀色の瞳を鈍く光らせ、声を落としながら尋ねる。
「……ん? いや、別にそんなこともないと思うけど」
レベッカは首を傾げつつ答える。「眠たそうにしてようが何だろうが、仕事さえちゃんとこなしていれば何も言わないタイプの人じゃないかな。デスタルータさんは」
「ふうん」とベルンはオルゴの背中を見、無表情で「優しい人なんですね」と呟いた。
レベッカは一瞬迷ってから、「そうだね」と意図的に声を張って答える。「デスタルータさんほど優しい人もいないよ、中々ね」
しかし、オルゴはこのような、わざとらしいほどのアピールに対し――リアクションというリアクションを、僅かにも見せなかった。
平生の彼であれば、軽口でも飛ばすか、そうでなくともフンと鼻を鳴らす程度の反応は示すはずなのだが、今の彼にはそれがなかった――明らかに聞こえているはずの声を、聞こえた上で完全に無視しながら、無言で歩き続けていた。
これを受けてレベッカは、再度難しい顔になった。
首を傾げ、眉間に皺を寄せ、両目を細め――唇をキュッと引き締めて、オルゴの背中を睨んだ。
あくびを我慢している表情――ではない。それはあくまで、咄嗟に口を衝いて出た嘘である。
実際のところ、彼女がこのような表情を頻りにしているのは、オルゴのせいであった。
彼女が本日起床してから現在に至るまで、オルゴの態度が妙に素っ気なさすぎるからだった――例えば、ブジアの村を出てすぐの頃合いに、このようなやり取りがあった。
「これからの行程としては、残った依頼を消化しつつアンビエンテを目指すといった形ですよね?」
「ああ、そうだな」
「虎狼の討伐と、ハチの巣模様のキノコの採取ですよね。まだ完了してない依頼は――とりあえずは、テリトリーの場所が分かってる虎狼の方から取り掛かりますか?」
「ああ、そのつもりだ」
「……昨晩、ベルンちゃんを私の部屋に連れてきた後に『用事が残っている』と言って出かけられましたけど、一体何の用事だったんですか?」
「墓守と会った」
「そこで何か、……なんというか、新しい情報でも入手したんですか?」
「いや、別に何も」
生返事である。まるで話を膨らませようという気概がない。
また、この他にもレベッカは様々な話題をオルゴに対して振ったのだが、いずれに関しても反応は芳しくなかった――一方で、オルゴの方から話題を振ることがあったのかというと、これも全くの皆無であり、一貫して彼は会話そのものを拒絶していた。
何かにつけて語りたがる多弁家オルゴ・デスタルータは、本日に限り寡黙一辺倒になり果てていたのだった。
「……………………」
レベッカは、クチバシを尖らせつつ懊悩する。
明らかに、彼は普段通りの調子ではない。何かしら消沈しているのは間違いない――それこそ墓守に何か吹き込まれ、色々と思い悩んでいるのかもしれない――が、どうしたものか。
悩み事があるなら力にはなりたい――しかし、聞いたところで素直に答えてくれるとも思えない。
オルゴ・デスタルータは、他人に弱みを晒したがらないだろうから。
摩天楼のようなプライドがそれを邪魔するだろうから――であれば、私はどうしていればいい?
彼がひとりでに回復してくれるのを待つべきか? 何かしら慰めになるようなことをしてあげるべきか? そもそも彼は何をすれば喜んでくれるのだろうか――――と。
グルグル考えている最中、ふとレベッカは立ち止まる。隣のベルンが立ち止まったからである。
瞼を閉じ、小さい鼻をツンと前に突き出して、ベルンはスンスンと何やら嗅ぎ分けていた。
「……どうしたの? 何か変な臭いする?」
レベッカはベルンの顔を覗き込む。オルゴも遅れて足を止め、無言で半身に振り向く。
ベルンはパッと両瞼を開き、レベッカと目を合わせ、逸らし、合わせ、逸らして、「えっと、その」と口ごもる。
平生のオルゴであれば、ここで「申せ」とか「何事だ」と挟むところだが、それが無かったため、代わりにレベッカが合いの手を入れる。「ゆっくりで大丈夫だからね」と微笑みかける。
「……嘘じゃないんですけど、」
ベルンは意を決してレベッカの目を見、真剣な眼差しで言った。
「ハチの巣模様のキノコの場所、分かったと思います」
5分後。
ベルンを先頭に森の中を行く一行は、苔むした大木の前で立ち止まった。
レベッカは周囲をザっと見回し、キノコがどこかに生えていないか探そうとする――しかし当のベルンは、全く視覚には頼っていなかった。
落ち葉を踏みしめつつ、スンスンと右に左に宙を嗅ぎ、「ここか」と決めた所で立ち止まると、その場にしゃがみ込んで、足元の湿気った地面を落ち葉ごと両手で掘り始めた――何か掘り当てた感触があり、「ん、」と声を漏らすと、周りの土を耕して左右にどかした。
「…………あっ!」
その背中を中腰で眺めていたレベッカが、グンッとしゃがみ込んでベルンの手元を覗き込む。
「すごいよベルンちゃん! 依頼書に描いてたのと全く同じのだよ!」
ベルンの土塗れの手には、傘の表側がハチの巣の模様をした、10センチほどのキノコが握られていた。「なんでここにあるって分かったの?」
「えっと、……農業の仕事が暇な時に、父に『山菜でも採ってこい』って言われたことがあって」
ベルンは耳の先をほんのりと赤くさせながら、訥々と語りだす。
「それで、一人でこの森に来た時に、炭みたいなにおいのする変なキノコを見つけたことがあって――そういえばそのキノコ、確か傘が蜂の巣模様だったなって、ふと思い出して、だから炭のにおいがする方を辿ってみたらこうして見つかって…………」
聞きながらレベッカは「うんうん」と笑顔で相槌し、「すごいなぁベルンちゃんは。お姉さんだったら絶対見つけられなかったよ」と片手を伸ばして頭を撫でようとする――――が、
「ベルン・シュバルツよ」
長らく自発的な発言を控えていたオルゴが、不意に彼女の名前を呼び――ベルンは「はいッ」と跳ねるように立ち上がって、レベッカの伸ばした手はやり場を失ってしまった。
オルゴとレベッカは、真正面に向き合う。
金色の鋭い目つきと、琥珀色の不安そうな眼差しが交差する。片や傘を差し、片や胸の前でキノコを握り締めている。
「…………あっ」
沈黙の睨み合いが数秒続いた後、ベルンは自らの足元をガバッと振り向きつつ、声を漏らす。
僅かにだが、エプロンドレスの裾が土で汚れている――キノコを掘り出す際に付着したのだ。
「ご、ごめんなさい」と、ベルンは瞳を潤ませつつ深々と頭を下げる。「せっかく用意して下さった服を、私の不注意で汚してしまって…………」
これを目の当たりにしたレベッカは居ても立っても居られず、スクとその場に立ち上がり、フォローを入れようと一歩前に踏み出した。
が、目の前の信じがたい光景の前に「えっ」と絶句し、すぐさま硬直してしまった。
オルゴは「面を上げよ」とベルンの顔を上げさせると、「敬意を表すべき才覚だ」と感嘆し、その巨大な手を彼女の頭に乗せ――「この依頼の報酬に関しては全て貴様が総取りするが良い」と語りつつ、彼女の頭を撫で始めたのだ。
これにはベルンも驚愕し、両目と口とをぽかんと開けてしばらく硬直していたが――次第にまどろみの中にいるような、瞼と唇の閉じかけたぼーっとした面持ちになって、胸の前のキノコの軸をクルクルと指先で回し始めた。
傍から見ればその光景は、年の離れた兄が妹の功績を不器用ながらに讃えているような、むずがゆくも微笑ましい一部始終だったかもしれない。
が、レベッカの口角は、僅かにも吊り上がっていなかった。
オルゴ・デスタルータらしからぬ言動の連続に臆しつつ、愕然とした表情を隠そうともせず、肌を蒼白にして棒立ちになっていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国
◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国
◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市
◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村
これまでのあらすじ。
〇ベルンの服装がエプロンドレスに一新された。
〇オルゴの様子がおかしい。
高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!
感想やレビュー等で応援いただけると励みになります!




