第23話 エンゼルケア
その墓場は、ごく簡素だった。
荒地と呼んで差し支えない、まばらに雑草の生えただだっ広い空間に、いくつもの十字架が無造作に生えている――その十字架も、二枚の薄っぺらい木の板を縄で縛っただけの、極めて安価なものだった。
「忍びないね。放っておいて欲しいだろうによ」
松明を掲げた墓守は十字架の前に立ち、隣の立会人をチラと見遣る。
オルゴはしかし、腕を組んだまま微動だにしない。「ハァ」と墓守は溜め息し、松明を地面に刺して、足元の土をシャベルで掘り始めた。
慣れた手つきで地面を穿ち、土をどかし、間もなく真新しい木製の棺が姿を現した。
「掘り起こしたはいいものの、どうしたもんかな」
墓守はシャベルを肩に乗せ、地下1メートルほどの位置で鎮座している棺を、ボンヤリと見下ろす。
「このままフタ開けるってわけにゃいかねえだろ。土が中に入っちまうもんな――地上に引っ張り出すか? だったら棺の周りも掘らねえとか。七面倒臭えぜ全く」
「墓守よ」と、不意にオルゴが呼びかける。棺を見下ろしつつ、「松明の火が十字架に燃え移りそうだぞ」と。
墓守はバッと勢いよく後ろを振り向く――が、松明はどの十字架からも離して置いてあった。燃え移る心配など毛頭なく、「何の冗談だよ。縁起でもねぇ」と顔を前に向ける。
その頃には、棺は地上に引き上げられていた。
もともと埋まっていた穴のすぐ傍に、最初からそうであったかのように、土塗れの木の棺はそこに佇んでいた。
「……はぁ、珍しいこともあるもんだな。棺の方から出てきてくれるとは」
シャベルを杖にしつつ、墓守は半歩後ずさる。
「全くだ」と返しつつ、オルゴは左手の手首を右手で掴み、左手を結んで開く。その甲には僅かながら土汚れが見られる。
何が起きたのか分からないが、得体の知れない相手を無暗に刺激するまい――というのが、今の墓守の率直な心境だった。
「で、」
オルゴは棺のフタを覗き込みつつ、「開けても構わんのか?」と尋ねる。
「……いや、俺がやる。下がってな」
全てオルゴの好きなようにやらせ、自らはそそくさと退散するという選択肢もあった墓守だが、しかし墓守としての矜持を捨て切れず――墓守は結局、おっかなびっくりしながら棺に歩み寄った。
オルゴの隣に立ち、錆だらけの短剣で棺の釘を器用に抜き、フタを手前側にソロソロとずらす。滑り落とすようにし、棺に立てかける。
「……ま、こんな塩梅だな」
墓守は抜いた釘をポケットに仕舞い、短剣を腰のホルスターに戻す。
オルゴはズイと身を乗り出して、棺の中を覗き込む。
「……………………」
瞬きもしないまま、棺の中を食い入るように見る――ひとしきり検分すると、
「これのどこが吸血鬼の仕業だ?」
ギロリと隣の墓守を睨む。「墓を間違えたのでは?」
というのも、棺の中に納まっていたその痩せ細った老爺は、首の根元を横一文字に断ち切られていたからだった――ノコで挽いたような、ギザギザの赤黒い断面を目の当たりにして、吸血鬼の仕事と思えないのはごく自然な帰結だった。
「ああ、吸血鬼の仕業じゃねえやな。その首チョンパ自体はな」
《《そいつは俺の仕業だからな》》――と、墓守は尻を掻きつつ答える。
「ハッ、死体の損壊が趣味の墓守か。随分とご機嫌なことだ」
「馬鹿言うな。こちとら仕事でやってんだよ――ま、平たく言や、死因の隠蔽だな」
墓守は首元を揉みつつ、気怠い調子で語る。
「このジイさんは今日の昼間に殺されたばっかだ。死にたてホヤホヤってやつだな……年取って働けなくなったから、口減らしのために息子に殺されたわけだ。名目上は吸血鬼に襲われたってことになってるがよ」
息子のシナリオではこうだ。と、墓守は続ける。
「『親父は吸血鬼に殺された。血の出が悪かったのか、首元をナイフで掻っ捌かれてそこから吸血されていた』……これはただの言い訳で、実際は息子自身が親父の首元にナイフを突き立てたのを、ごちゃごちゃ理屈を捏ねて吸血鬼のせいにしたわけだ。
「で、そんな風にして殺された遺体が、年に一回くらい俺ンとこに運び込まれる――殺し方はバラバラで、縄で絞殺とか、心臓を一突きとか、とにかく好き放題したのを持って来やがる。どう理屈付けしたって吸血鬼の仕業とは思えねえような代物ばっかりだよ。
「《《だから俺が加工するわけだ。せめてそういう風に見えるように》》。
「具体的にどうするかってぇと、見て分かる通りこうして斬首するわな――吸血鬼はご自慢の牙で首元にかぶりついて血を吸う。その個所を切り取って供養するって名目で、ノコギリで首元をズタズタにしてやるわけだ。そうしてやれば、後から咬み跡の確認をしようと思っても出来なくなるからな。
「吸血鬼の仕業ともそうでないとも、死体を見ただけでは判別がつかなくなる。証言だけが証拠になるってわけだ。
「まあ、厄介なのは致命傷が首元以外にある場合だよ。それこそ心臓を貫かれて殺されてる死体とかだよな。たまに無考えの大間抜けがやらかすんだが――そういう時は傷口を縫合して、前々からの傷だったことにして、その上で首元を鋸挽くわけだ。苦しい言い訳だが、教会の人間もいちいち棺を掘り起こさせることは滅多にない。一回埋めちまえばこっちのもんってな」
「今のが貴様のペテンでないとすれば、」
オルゴは久方ぶりに口を開く。「この墓場には他にも首切り死体があることになる」
「まあな。当然、モノによっちゃあ腐敗しすぎて何がなんだか分からねえやつもあるんだろうが、去年とかのに関しては分かりやすいと思うぜ」
墓守は「気乗りはしねえが」と前置きしつつ、「そいつも掘り出すか?」と提案する。
「……いや、いい」
が、オルゴは首を横に振った。「充分わかった」と腕を組んだまま項垂れた。
彼特有の、血の気配を感知するセンサーによると、確かに地中に埋まっている死体の内の相当数は、頭部とその下とで切り離されているように感じられていたのだ。
墓守は、何も嘘を言っていない。
そう結論するには充分だった。
「異常だと思うか?」
棺のフタを戻しつつ、墓守は尋ねる。
「……ああ、異常だな」
オルゴは声を落として答える。「このような慣習が形成されてしまうに至るのは、全く正常ではない」
「だーれも、望んでこんなことしてねぇんだよ」
棺をのフタを撫でつつ、墓守は語気を強めて言う。
「不作が続いて飢えに飢えてるってのに、御上は減税の一つもしやがらねぇ。どんだけ陳情しようと聞き入れる素振りも見せやしねぇ……そんなら、ガキだの老いぼれだの殺して、せせこましく言い訳するしかねぇよ。みっともねぇのは重々承知の上でな」
「村長には己からも言っておこう……まあ、さっきは聞き入れられなかったが」
オルゴは銀貨を一枚取り出し、「これで構わないか」と墓守に差し出す。
「こんな老いぼれ潤わしても仕方ねぇだろ。そこら辺のガキにでもくれてやりゃいい」
墓守はシッシッと手を払いつつ、「もう帰んな。俺ァさっさと棺埋めて寝てぇんだよ。眠たくて仕方ねぇ」と大あくびする。
「……貴様は独り身なのか?」
孫は居ないのかという意味で、オルゴは尋ねる。
「ああ。俺ァ身内に煙たがられて殺されるなんざ死んでも御免なんでね」
そういや、と墓守は、平然とした調子で尋ねる。
「結局アンタは何が所望だったんだよ。この死体が吸血鬼の仕業なのかどうか確かめて、それでどうする気…………」
しかし、彼が振り向いた頃には、既にオルゴの姿は跡形もなかった。
「……なんだってんだよ、一体」
墓守はケッと悪態し、棺を戻しにかかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国
◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国
◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市
◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村
これまでのあらすじ。
〇吸血鬼に襲われたことにする死体は、墓守が斬首する。
〇墓守は銀貨を受け取らなかった。
〇オルゴの口数が少ない。
高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!
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