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第22話 墓守を訪ねて曰く

 レベッカは二度寝を堪能していた。


 村長の屋敷の離れにある、別館の寝室にて、先ほどと同様に純白のベッドで横臥していた――スースーと寝息し、口元にはうっすらと笑みを浮かべていた。


「起きろ小娘1号」


 と。


 その枕元に立って呼びかける者がいる。「仕事の時間だ」


 レベッカは呻きつつ、シパシパと瞬きし――重たい瞼を半目に持ち上げ、モゾモゾと布団から這い出た。


「……あれ、もう朝なんですか? 部屋の中まだまだ暗いですけど」


 瞼を擦りつつ、首を左右に振って周囲を見回す。


 室内を照らしているのはオルゴの手燭のみだった。太陽はまだ顔を出しておらず、従って彼女は、ほとんどと言っていいほど何も見えていなかった。


 だから彼女は、最初()()が視界に入った時も、部屋が暗いせいか寝ぼけ眼のせいで、何か幻覚でも見ているものだと思っていた。


 というのは、オルゴの隣に、誰か人が立っているように見えていたのだ。


「……私、寝ぼけてるんですかね」


 レベッカは手の甲で瞼を擦りつつ、顔を前に突き出して眉を顰める。


「デスタルータさんの隣に、ベルンちゃんが立ってるように見えるんですけど……しかもその、お腹のあたりが血塗れになってて」


「ああ、貴様が見えている通りだ」


 オルゴは手燭を机に置いて腕組みし、隣のベルンを見下ろす。「故あってこの有り様なのだ」


 それからオルゴは、事の顛末をレベッカに共有した。


 吸血鬼騒動の真相が口減らしであったこと、ベルンの大嘘つき呼ばわりは村人からの逆恨みであること――ベルンは父親に殺されかけたこと、吸血鬼の力で治癒は既に済ませてあること。


「……………………」


 レベッカは聞き終えると、神妙な面持ちのままベッドを降り、ベルンを正面から抱きしめ、


「辛かったね。もう大丈夫だからね」


 と耳元で囁いた。


 ベルンは啜り泣きつつ、レベッカの背中に両手を回した。


「では、後は任せたぞ」


 オルゴはその一部始終を見届けてから、翻りつつドアへと向かう。


「またどこかに行くんですか?」と、レベッカがその背中に呼びかける。ベルンの頭をさすりながら。


「一つだけ、まだ仕事が残っているのでな」


 オルゴは端的に答えつつ、ドアノブに手をかける。


 が、「あの」と後方から再度呼びかけられ、「まだ何かあるのか」と嘆息交じりに返す。


「その用事、明日では駄目なんですか?」


「……明日は支度が済み次第、さっさと村を出るつもりだ」


 オルゴはドアノブを掴む。「己は今日中に全ての用事を完了しなくてはならない」


「お節介かとは思うのですが、」


 眉尻を下げつつ、レベッカは声を落として言う。


「あまり無理しすぎないでくださいね……なんだか、物凄く疲れた顔してますよ」


「……………………」


 オルゴは「ハッ」と乾いた笑いを出す。「部屋が暗いからそう見えるだけだ」と言い残し、彼にしてはいささか荒々しい行儀で部屋を出た。


 廊下を行き、階段を降り、館を出、オルゴは一直線に早歩きする。


 その道中、彼は湖面に映った自らの姿を一瞥し、思わず足を止めた。


 鏡面に映るその男を、よもや我が身だと思えなかったからだ。


 両瞼が閉じかけており、頬がたるみ、背は丸まっており――どうにも覇気が感じられぬ、それはくたびれた様相を呈していた。


「………………」


 オルゴは湖面に舌打ちし、再び足を動かす。


 しばらくして、村の中心部から随分と離れたところで、ようやく彼は足を止める。


 彼の目の前にポツンと建っているのは、物置小屋のような粗末な平屋。


 オルゴはドアを3回ノックし、腕組みをして待つ。


 中からの反応は無く、オルゴはドアを再び3回ノックして、また腕を組んで待つ。


 それでも反応はなく、「仕方ないか」と彼が右足の腿を上げた時だった。


 ギシギシと部屋の中から木材の軋む音がし、朽ちかけの扉が壊れんばかり乱暴に開かれたのは。


「ドンドンドンドンうるせぇよ馬鹿垂れが。何時だと思ってやがんだ」


 中から姿を現したのは、腰の曲がった老人だった。


 長くてボサボサの、白い髭を生やしており、ボロを繋ぎ合わせた薄汚れた服を身に纏い――しわがれた声をしていて、恨めしそうにオルゴを見上げている。


「貴様はこの村の墓守ということで相違ないか?」


 オルゴは腕を組み、金色の瞳で老人を見下ろす。「あえて聞くまでもないことだがな。看板にそう書いてあったのだから自明だ」


 老人は片眉を上げつつ、オルゴの顎を下から睨む。


「そういうアンタは何者だ? えらいめかしこんで、どこぞの貴族様か? その割には従者の一人もつけねえで、こんな真夜中に墓守を訪ねやがる――酔狂者には違いねえんだろうが、何の用だか見当もつかねぇでいやがる」


「その酔狂者から折り入って頼みがあるのだ」


 墓守はゆっくりと2回瞬きし、「何をだよ」となおも睨み続ける。


「吸血鬼に殺された人間の遺体について調べたいのだ」


 と返しつつ、オルゴは左足を僅かに前に出す。


 直後、その左側面に、ドアがぶつかる。


 墓守がドアを閉めようとするのを予測して、先んじて制したのだ。


「案ずるな墓守よ。何も恐れることはない――誰が吸血鬼に殺された人間なのか、その名前さえ明かしてくれたら良いのだ。そうしたら後は己が勝手にやる。しっかり埋め戻すところまでな」


 オルゴは腕を組んだまま前屈みになり、ズイと顔面を墓守に突き出して凄む。


「見返りについては応相談だ。可能か不可能かで答えよ」


「……俺にだって、プライドってもんがあらぁ」


 墓守は後ずさりつつ答える。


「どれだけ金積まれようが関係ねえよ。俺はこの墓場を守るためだけに生きて」


「農夫のシュバルツから全て聞いている」オルゴは食い気味に遮る。「吸血鬼騒動は村ぐるみのでっち上げであると」


 墓守は両目を丸くする。


 それから、段々と目を細め、眉を顰め――視線を横に外しつつ、粘着質な舌打ちをした。


「大間抜けが…………血迷ったか」


「で、どうなんだ?」


 オルゴは間髪入れず、墓守に詰め寄る。


「己は既に、その筋の情報を知っている――そういう意味では、今さら死体を調べられたところで痛くも痒くもない。違うか?」


「……そりゃ、そうかもしれねえけどよ」


 墓守は首を縦に振らない。オルゴを見上げ、眉間にシワを寄せて問い返す。


「じゃあアンタは、何の目的があって死体を調べたがってんのかって話になンだろ……だって、もう何もかも知ってんだろ? だったら調査もクソも無意味じゃねえか」


()()()()()()()()()()()()


 と。


 オルゴは、何か紙に書いた文字でも読み上げるような、どこか抑揚に欠けた口調で言った。


「は?」と素っ頓狂な声を出す墓守に、なおも無抑楊の口調で続けた。


「本当は、この村で起きた吸血鬼騒動は、人間ではなく吸血鬼による犯行だったかもしれない……貧困や口減らしを背景とした殺人行為ではなく、平均的吸血鬼による単なる捕食行為だったかもしれない……まだ分からないだろうが。実際にこの目で死体を見てみないことには」


 墓守はパチパチと瞬きの後、「アンタ、どういうつもりだ?」と上ずった声を出す。


「黙って聞いてりゃなんだ、アンタの語り口はどうも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいな風に聞こえるぜ」


 オルゴは何も答えない。


 ただ真顔で、墓守を見下ろし続ける。


「…………気味悪いな、どうも」


 墓守は視線を外し、頭を掻きつつ大きく溜め息する。


「わーったよ。まあ実際のとこ何にも分かってねえが、なんだっていい。お望み通りにしてやらぁ」


 と、投げやりに吐き捨てる。部屋の中からシャベルを持ち出し、肩に乗せ、もう片方の手で「ただし」とオルゴを指差す。


「墓を掘り起こすのも埋めるのも俺の仕事だ。アンタは黙って見てろ。それで良いな?」


「貴様がそうしたいなら好きにしろ」


 オルゴは冷ややかな視線を向けつつ返し、「行くぞ。さっさと終わらせよう」と翻って歩き出す。


 墓守もその後を追う。


 一通りやり取りを済ませた後の彼は、オルゴのことを特段恐れてはいなかった。


 不気味だと思うのが半分、何かしら思い詰めているのだろうなと憐れむのが半分だった。

 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 ◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国

 ◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国

 ◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市

 ◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村


 これまでのあらすじ。


 〇レベッカの別名が小娘1号に。

 〇ベルンの世話をレベッカに頼み、オルゴは墓守の元へ。

 〇オルゴが目に見えて憔悴している。


 高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!


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