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第21話 狼少女の正体

「現実的な話をしてやろう。貴様もさぞ混乱していることだろうからな」


 オルゴは半身に振り向き、ベルンを見下ろす。


 彼女は未だ、上下の唇を半開きにして呆けており、床の上にへたりこんでいた。


「決定的な事実として、貴様は一度、父親に殺されかけた――というか、己が介入しなければ間違いなく死亡していたのだ。ベルン・シュバルツよ」


 ベルンはうつ伏せに倒れた父親の姿を一瞥し、両眉を下げて項垂れ、力なく頷く。


「貴様の父親は貴様に対して、明確な殺意を抱いている――今は大人しくしているが、回復が済み次第、また貴様を害そうとするだろう」


「……………………」


 両手の拳を膝の上で握り締めつつ、ベルンは、


「それでも構いません」


 か細い声で呟いた。


「父の言っていたことは間違いではありませんから……私が産まれてきてしまったせいで母は死に、私が余計な事を喋ったから父は迫害され……その通りでしかありません」


 私に生きる資格はない。


 嘘でなく、本心からそう思ってます――と。


「卑怯者だな」


 しかし、オルゴの反応は冷酷そのものだった。


 思わずベルンも、琥珀色の瞳を丸くしつつ、オルゴを見上げた。相手は腕を組み、眉間にシワすら寄せていた。


「確かに貴様は、自責の念やら罪悪感やらに苛まれているのだろう。そこに嘘偽りがあるようには見えん――が、『生きる資格がない』と口走る割には、自害する素振りすら見せないではないか」


 結局のところ、貴様はただ、汚れ仕事を他人任せにしているだけなのだ――と、オルゴは断言する。


「死にたいと思いつつ、しかし自分では出来ないから、父親に殺される日を受動的に待ち続けていたのだ――これを卑怯と言わずして何と言おうか。高貴さの欠片もない精神だ」


「そんなことッ」


 ベルンは声を張り上げ、しかしオルゴの迫力に気圧され、押し黙る。


 が、そもそも言葉で抗議すること自体がナンセンスだと、ベルンは思い直す。


 彼女は立ち上がり、背後を振り向き――さっきまで自分の胴体に刺さっていた血塗れのナイフを、床から拾い上げる。


 オルゴと向き合い、ナイフを逆手に持ち、その刃先を自らの腹部に向ける。


「嘘じゃありません」


 キッとオルゴを睨む。


「私は、本気で死にたいと思って…………」


 彼女は視線をナイフに移し、徐々に、徐々にと、刃先を腹部に近付けていく。


 段々とその距離が近付いていくにつれて、彼女の体の震えは、次第次第に激しさを増していく。


 そして、今まさに刃先が到達しようという段――ベルンは、ナイフをポトッと取りこぼした。


 両手で自らの顔面を覆い、力なく項垂れた。


「命拾いしたな」


 正面のオルゴは、元の仏頂面に戻っている。


「もし貴様が本当に自刃したら、その時は見殺しにする予定だった――生きる気のない人間には興味がないのでな」


「嘘じゃないんです」


 顔面を手で覆い隠したまま、ベルンはくぐもった声で訴える。


「自分では死ねないというだけで、父に殺されたいと思っている気持ちに偽りはなくて…………」


「ほう、まだ現実が足りてないと見える」


 オルゴは片眉を上げ、「では教えてやろう」と畳みかける。


「貴様の父親が貴様を殺した場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――何せ、貴様の父親は村八分に遭っているのだからな。村民の誰しもが、『そんな言い訳が通るか』と口を揃えて言うに相違ない。誰からも庇われないに決まっているのだ――そして、『犯人はお前だ』と四方八方から指差され、子殺しの罪に問われるのだ。その結末を貴様は所望するのか?」


 ベルンは返答に窮する――それは全然、ベルンにとって思いもよらない推測だったからである。


 彼女は、父親に殺されることを渇望しつつも、実際そうなった後のことについては何も考えていなかった。


 そうか、と彼女は思う。


 お父さんは確かに、私を殺すことで少しはスカッとするかもしれないけれど……その後に、手痛い仕打ちを受けることになるのだ。


 私が殺されたところで、お父さんの人生は何ら好転しないのだ――――と。


「…………じゃあ、」


 ベルンは、震えて上ずった声で、辛うじて言葉を紡ぐ。


「私は、一体これから、どうすれば…………」


「それだ。己はずっとその話がしたかったのだ」


 オルゴはベルンに指差す。淡々とマイペースで語る。


「諸々の状況を鑑みて、貴様はとにかく父親と距離を取らねばならん――が、貴様はまだ一人で生計が立てられるような年頃ではない。この家から飛び出したところで、間もなく路頭に迷って飢え死にするか、あるいは追ってきた父親に惨殺されるかが関の山だろう――そうなると予め分かっていながら何の手助けもしないというのは、全く高貴ではない」


 言いながら、オルゴはツカツカと、蹴り倒された玄関のドアの方に向かって行く。


「現状、己が思いつき得る最も冴えたやり方は、『貴様を我々の旅に同行させる』という方法だ」


 オルゴはベルンに背を向けたまま提案する。


「というのも、己とエルカーンは明日以降、辺境都市アンビエンテに引き返すのだが――その旅路に貴様を同行させ、最終的にアンビエンテの教会に預けてしまえばよかろう。あれだけ景気のいい都市の教会であれば、孤児の受け入れ体制も拡充されているだろうしな――まあ無理だったら無理だったで他を当たれば良いし、そうしていればいつかは、」


 と振り向き、そこでオルゴは台詞を中断した。


 というのは、ヒックヒックと、ベルンが両手で顔を覆ったまましゃくり上げていたからであった。


「それは何の涙だ」


 オルゴは端的に尋ねる。これから旅を共にする人間の性向を把握するためだった。


「分からないです」


 ベルンは何度もつっかえながら、辛うじてそう答えた。


「そうか」とだけ、オルゴは短く返事した。

 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 ◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国

 ◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国

 ◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市

 ◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村


 これまでのあらすじ。


 〇ベルンをアンビエンテの教会に連れていくことに。


 高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!


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