第20話 吸血鬼の正体
しかしオルゴは、シュバルツの戯言に全く耳を傾けなかった。
ツカツカと、断りもなしに室内を奥へと進み、横たわるベルンの枕元に立ち――腰を折って、彼女の腹部に刺さっているナイフを引き抜いた。
そして、そのナイフを床に放り投げると、今度は右手で自らの左腕を掴み、袖ごとズボッと引き抜き――切り離された長い腕の断面が、下向きになるようにする。
断面からは鮮血がドボドボと噴き出し、真下で横たわるベルンの傷口に降り注ぐ。
それから十秒ほどした後、オルゴは左腕の断面を自らの肩に押し付けて接着し直し、手の平を握って開いて動作確認する。
その真下でベルンは、上体を半分ほど起こしてキョトンとした表情を浮かべていた。
咳と吐血はすっかり止んでおり、傷口も完全に塞がっていた。
「全てが繫がった」
オルゴはシュバルツに背を向けたまま、滔々と語る。
「何のことはない。人間による殺人を、吸血鬼のせいにして罪を逃れているだけなのだ――そう考えれば、全ての辻褄が合うではないか。
「背景としては口減らしだろうな。村長から聞いた話によると吸血鬼に襲われるのは、子供か老人か病人ということらしいからな――生産力の低い個体を殺処分しつつ、それでいて殺人罪から逃れるために、犯人が吸血鬼だったことにするのだ。
「そこをいくと、さっきの殺人事件についても、真犯人は被害者の息子あたりなのだろう――年老いて働けなくなった父親を口減らしにかけ、そして吸血鬼のせいにしたのだ――――ハッ。
「なるほどな。道理でアンビエンテには吸血鬼が出ないはずだ――辺境に位置しつつも経済的に豊かな巨大都市であるアンビエンテでは口減らしが起こらず、従って他の辺境集落のようには吸血鬼伝承が広まらないというだけなのだ。なぁ、
「己は何か間違ったことを言っているか? 子殺しの農夫よ」
オルゴは、マントを翻しつつ振り向く。
シュバルツは席を立っており、クワを両手で構え、血走った両目をかっ開き、ガタガタと全身を震えさせていた。
「順当な判断だな」とオルゴは腕を組む。「目撃者である己を殺し、それから再度この娘を殺し、そして全て吸血鬼の仕業にするしかないものな。貴様には」
「てめぇに何が分かる!」
シュバルツは、千切れんばかり喉を振り絞って激高した。
それは全然、これから隠蔽工作を画策する人間とは思えぬ、極めて冷静さに欠いた態度だった。
「俺ら貧民は精一杯なんだ! 毎日毎日頑張って、それでも不作が続いて稼ぎに恵まれなくて、最後に満腹になったのがいつだったか自分で知らねえよ! だから仕方なく身内を殺すんだ! 吸血鬼のせいにしてな!」
そこまで一息で捲し立てると、シュバルツは肩を上下しながら息も絶え絶えになり――ふとベルンに視線を向けると、再び顔面を真っ赤にして再激高した。
「それをそいつは暴きやがった! 村ン中でガキが殺されたときに、その犯人が吸血鬼じゃなくてガキの親父だったことを、犬畜生みてえに鋭い嗅覚で言い当てやがったんだ!
「それからというもの、ベルンは村の輪を乱す狼少女で、俺は子供の躾が全然なってねえ駄目親父呼ばわりだ! ご近所とすれ違う度に罵倒されたり殴られんだよ! ただでさえこちとら余裕ねえってのにンなことされた日には、発狂すんのも当たり前だろうが!」
「だから殺した。腹いせに。そういうことだな」
オルゴは一縷の同情もない、侮蔑の目でシュバルツを見下す。
「口減らしはある意味で仕方のないことだ。それをせずに家族全員共倒れするよりは、誰か労働力にならない一人を処分して、残り全員を生き延びさせる方が数的には正しいからな――だが、貴様はついさっき我々から銅貨を三枚受け取った。多少は財布が潤ったタイミングで、娘を手にかけたのだ。口減らしと見るにはいささか不自然なタイミングだ」
チラと、オルゴは机の上に散乱している酒瓶を一瞥してから、再びシュバルツを睨んで詰る。
「大方、銅貨は酒に替えたのだろう。迫害された腹いせにな……そして、酒で理性が飛び、娘への嫌悪が増長して、腹いせに娘を殺したのだ。違わないな?」
この時。
シュバルツの、無限に続くかと思われた全身の震えが、何事もなかったかのようにスッと引いた。
というのも、これまで彼の胸中では、実に目まぐるしい精神的混乱が起きていた。
酒の勢いで娘を殺めてしまったことの罪悪感、何もかも夢であって、また息を吹き返して欲しいと思う親心――実際その通りになって、しかし万歳して喜びたいとは思えぬ。
結局、俺は本心で、ベルンのことをどう思っているのか?
愛したいのか、それとも憎しみたいのか――その答えが今、彼の中で決まった。
だから、震えが止まったのだ。
「ああ、腹いせさ」
シュバルツは、オルゴに対して言っているようで、その視線はベルンにのみ向けられていた。
「俺はとにかく、そいつが憎くて仕方ねえのさ……そいつさえ産まれてこなけりゃ、女房が出産の時に死ぬこともなかったし、俺が迫害されることもなかった……ずっと殺したいと思ってたさ。それが今日をもって我慢できなくなったってだけの話だ」
「そうか」
とだけ、オルゴは呟いた。
場面は膠着した。ベルンは怯えて硬直し、オルゴは相手の出方を窺っており、そしてシュバルツは攻めあぐねていた。
怪物を相手にしているからである。
他人の致命傷を呆気なく回復させることができ、服でも着替えるように腕を着脱することの出来る化け物。
結局、シュバルツは雄叫びを上げながら、クワを振り上げつつ突進するということしか出来なかった。
「顕現。」
と呟きながら、オルゴは左手を前方に突き出す。
途端、彼の左腕は爆発したように膨張し、膨れ上がった肉塊から頭部と両腕、そして胴体が形成される。
オルゴの左肩から、あの赤黒い化け物が生え伸びている。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」
怪物は怨嗟のごとく不気味に咆哮し、シュバルツの体を両側から押し掴んで、その首元にかぶりついた。
シュバルツはただ絶叫する。クワを取りこぼし、ジタバタと藻掻き、助けを求める。
「貴様の娘を回復するのに血を使ってしまったからな。死なない程度に徴税させてもらおう」
それはオルゴのせめてもの慈悲だった。すぐ近くで一部始終を目撃している少女への配慮だった。
ひっくり返った虫のように。
シュバルツの藻掻きは段々と弱弱しくなっていき、やがてグッタリと全身が脱力する。
それを見届けてから、BBは両手と牙を外し、シュルシュルと収縮して元の左腕に戻った。
シュバルツは床に倒れ込んでうつ伏せになり、息をする他には何事も出来なくなった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国
◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国
◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市
◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村
これまでのあらすじ。
〇オルゴ、ベルンを蘇生する。
〇吸血鬼騒動は口減らしのカモフラージュだった。
〇BBを顕現し、シュバルツから死なない程度に徴税した。
高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!
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