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第19話 村の長

 その、茶色い髪を七三に分けた壮年の男は、書斎で静かに読書をしていた。


 燭台の明かりに照らされつつ、意匠の凝らされた椅子の上で足を組み、片手で本を広げていた。


 チラと、男は燭台の方に目を向ける。


 もうじき蝋燭が溶け果てる塩梅であることを認め、彼は「この章を読み終えたら床につこう」と決めた。


 その折、彼の背後で、コンコンコンとノックが三回鳴る。


 男は読んでいた本に栞を挟み、「入れ」とドア越しに告げる。


 すると、「失礼します」とドアが開き、使用人が入ってくるのと一緒に、豪華絢爛な装いを纏った長身の男が書斎に踏み入ってきた。


「読書の最中にすまないな、村長殿。少し話がしたいと思ったのだ」


 オルゴは腕組み、茶髪の男の背中に呼びかける。


 村長はグルリと振り向き、背もたれ越しに客人の姿を見、


「構わない。そろそろ切り上げようと思っていたところだ」と席を立つ。


 彼の方は、あくまで寝間着用の、ゆったりとした簡素な装いをしていた。


「客間にでも行くかね? ここじゃ窮屈だろう」


 村長は椅子の背もたれに片手を乗せ、にこやかに提案する。


「腰を据えて話すにはその方が良かろうな……まあ、」


 オルゴは書斎を見回し、率直な感想を述べる。


「別にここでも窮屈だとは思わないが。三人家族が寝泊まりできる程度には広々としているではないか」


「冗談を言う。一人きりでも御免被るところだ――さ、こちらへ」


 村長はオルゴを横切り、先んじて部屋から出る。


 オルゴと使用人はその後についていき、三人とも客間に入ると、使用人は一礼して席を外した。


 村長とオルゴはローテーブルを挟み、向かい合ってソファに腰掛ける。


 四つ角に備え付けられた燭台によってほの暗く照らされたその空間は、食器棚や本棚、絵画など散りばめつつも余りある広さだった。オルゴは口にこそしなかったものの、「三十人は寝泊まり出来そうだな」と思った。


 その正面で村長が、ふいに頭上で両手を構えて、二回拍手する。


 すると間もなく、別の使用人が現れ、ローテーブルにワイングラスを二つ並べ、深紅のワインを注ぎ、村長とオルゴとに手渡す。


健康のために(サルーテ)


 と村長がワイングラスを正面に向かって傾ける。オルゴも同じくして応じ、それぞれワインを嗅いでから口に含む。


 オルゴはグラスをテーブルに戻し、


「潤っているな」と腕組みする。


「『下々の民が困窮しているのに、お前はこんなに贅沢をしているのだな』、とでも言いたいんだろう」


 村長はグラスを手の平で包んだまま、口角を持ち上げる。


「だがそれは見当違いというものだ。上に立つ者はむしろ、積極的に贅沢をしなくてはならないのだよ――要は、威厳というやつだ。みすぼらしい装いをして頬のこけた領主なんかには、誰もついてこない――日々贅を尽くし、心身ともに安定し続けることで、私は領主の器たり得ているのだよ」


「………………」


 オルゴは黙して、相手の顔面をジッと睨む。


 ややあってから、「余所者の身分だ」と前置く。


「部外者が内政についてあれこれ口出しするまいが――減税か、もしくは村民への還元を検討したほうがいい、とは言っておこう。あの困窮具合を見ていると、そう遠くないうちに反乱が起きるぞ」


 村長は小鼻にシワを作りつつ「フン」と鼻を鳴らし、


「考えておくことにしよう。貴重な客人からの意見だ」と視線を外した。


 耳を傾ける気がないことは誰から見ても明らかである。オルゴは忠告を切り上げ、「ついさっき村の中で起こった殺人事件について把握しているか?」と話題を切り替える。


「ああ、聞いたよ」


 村長はオルゴと目を合わせる。「吸血鬼にやられたらしいな。もう少しで天寿を全う出来たろうに。勿体ない」と眉を八の字にする。


「弱り果てた老人を襲うとは、なんとも浅ましい吸血鬼だな。村長殿」


「……まあ、とはいえ仕方なかろう。吸血鬼とは元来そういう生き物なのだからな――アレはか弱い児童か身動きの取れない病人か、それか老人しか襲わないと、相場は決まっているのだから」


「ほう?」と首を傾げるオルゴ。「ブジアの村に出没する吸血鬼はそうなのか?」


「ウチの村だけに限った話じゃない。スヴァルガ国の吸血鬼はいずれもそうだ――よその国ではどうなのか知らないが、少なくとも我々の国において吸血鬼とは、姑息で卑怯な存在として広く知れ渡っている」


 これを受けて、オルゴの中の吸血鬼像は、またも低下していく。


 吸血鬼とは高貴なる存在ではないのか? 姑息や卑怯とは無縁の、万能で強力な超越者ではないのか? と。


 しかし、と彼は思い直す。


 今回の事件の加害者である吸血鬼と、我が母君を殺害した唾棄すべき吸血鬼とは、弱者をターゲットにするという点で共通しているではないか。


 すなわち、やはり今回の事件を糾明していけば、自ずと母君の敵に辿り着くことが出来るかもしれないぞと、彼はそう奮起したのだった。


 オルゴはだから、より詳細に聞こうと思った。


 事件の被害者のプロフィールであるとか、事件当時の村の警備状態であったりだとか、仔細に聞き取りつつ犯人の手がかりを探ろうと思っていた。


 グラスを手に取り、口内を湿らせてから。


 が、グラスを口元まで持っていった彼は、次の瞬間グラスをほぼ垂直に傾けて、ワインを一気に飲み干してしまった。


 これに対して村長は、「そんなに良かったか? お代わりを所望だろうか」とグラスをローテーブルに乗せ、頭上拍手の構えになり、再度使用人を呼ぼうとした。


 しかしオルゴはグラスをテーブルに置き、「突然ですまないがお暇する」と席を立った。


「美味いワインだった。次はもっとゆったり堪能できることを願うばかりだ」


 とだけ言い残すと、ツカツカと客間を出、廊下を玄関に向かって早足気味に進みだした。


 血の気配を感じたのだ。


 彼はどこか遠くないところで、大量の血液が流れる気配を知覚した――吸血鬼はまだ、この村に留まっている。早急に現場に向かい、捕り物しなくてはならなかったのだ。


 オルゴが屋敷を出ると、辺りはすっかり真っ暗闇であり、彼は「これなら人目につくまい」と思う。


 そう判断するや否や、彼はその場で膝を折り畳み、そして垂直に大跳躍する。


 平屋を縦に八つ積み上げたほどの高度に至ると、彼は背中からコウモリのような羽を生やし、前方に滑空する。


 しばらくは、ただひたすら前方に進んでいく。村の中心部からみるみる遠ざかっていく。


 やがて、彼は荒地じみた田園風景に突入していく。空高くから地上の様子は一望できるが、どこにも人間の姿は見当たらない。


 しかし、彼の飛行に迷いはなかった。


 田畑の中にポツンと建てられた、継ぎ接ぎ式のオンボロ小屋に目掛けて、急降下していく。


 着地の直前、オルゴはバサバサと両翼をはためかせて落下速度を緩め、軽やかに地面を踏んだ。


 羽を背中に仕舞い、そして間髪入れずにドアを蹴破った。


 彼が中に踏み入ると、その空間は物置小屋のような様相を呈していた。


 作業台や棚、農具や肥料の袋などでごった返している。何より埃が酷く、オルゴは反射的に肘の裏で口元を塞いだ。


 そして、部屋の奥に視線を向けた。


 そこには、薄汚れた布の上に横たわる、少女の姿があった。


 ベルン・シュバルツ。琥珀色の瞳の少女。


 彼女の腹部にはナイフが深々と刺さっており、ワンピースが血塗れになっており――ゴホゴホと咳しながら、血を吐いていた。


「誰の仕業か教えてもらおうか」


 オルゴはその視線を、部屋の手前に移す。


 顎先に茶色い髭を生やした、頬のこけた中年男。


 その男は作業台をダイニングテーブルとし、酒瓶を六本開けており――瞳をブルブルと痙攣させ、ワンピースには返り血の跡があった。


「きゅ、」


 と。


 シュバルツは視線が一向に定まらないまま、絞り出すようにして言った。


「吸血鬼がやったんだ……だから、()()()()()()()()

 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 ◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国

 ◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国

 ◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市

 ◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村


 これまでのあらすじ。


 〇減税か還元するよう村長に提案するオルゴ。却下される。

 〇スヴァルガの吸血鬼は弱者しか襲わない。

 〇ベルンが腹部にナイフを刺されて瀕死になっている。

 ●そのすぐ傍で、シュバルツは椅子に腰かけている。


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