第18話 成果報告会議
レベッカはただ、オルゴから受けた指示通りのことを、着実に遂行した。
案内人であるシュバルツに導かれるまま、ブジアの村の村長が住まう屋敷に行き着き、家主と直談判し――結果、屋敷の離れにある別館を宿代わりにさせて貰う段取りとなった。
が、レベッカの心は、あまり晴れやかではなかった。
久方ぶりに檻でも洞穴でもない、マトモな環境で眠ることができるのだと浮足立っていた矢先に、「別館」を貸し出されたからである。
別館と聞いて、肯定的なイメージが湧く人間はあまり居ない。「本館より汚いんだろうな」とか、「本館より狭いんだろうな」など、何かしら本館に劣る部分があってこその別館だと考えるからだ。
「あまり期待せずにいよう」
と思いつつ、レベッカは村長の使用人と共に、その別館に臨んだ。
結論から言って、レベッカの消沈は瞬く間に解消した。
確かに別館というだけあって、母屋と比べて幾分か年季が入っているし、インテリアも全体的に質素な具合ではあった――が、清潔さと広さの2点において、その別館は全く申し分なかったのだ。
やっとマトモな睡眠が取れる。
こんなに嬉しいことはない――レベッカは使用人が館から出ていくや否や、清浄に選択された寝間着に着替え、雲のようにフカフカの布団を肩までスッポリ掛けつつ、そして横向きに伏せて目を閉じた。
未だ吸血鬼探しに奔走している主を、起きて待っていようとは思いつつ、純白の寝具の誘惑を前に、理性は脆くも瓦解していた。
スースーと寝息し、口元にはうっすらと笑みが浮かべ、満足そのものといった調子で快適な睡眠を堪能していたのだった。
「………………」
その寝込みを無言で見下ろしているのは、左手に手燭を持ったオルゴである。
自ずから目覚め、そして両手を床に突くようであれば幾分かの温情を加えようとは思っていたが、しかし彼が枕元に立って十数秒経とうとも、レベッカは一向に覚醒しなかった。
オルゴは軽く溜め息し、手燭を机に置くと、レベッカに覆いかぶさっていた布団を一気にガバッと捲り上げた。
「…………んん……さむい」
横向きに伏したまま、レベッカは不機嫌そうに呻き、ウスウスと瞬きする。
そして、ようやく瞼を半分ほど開くと、冷ややかな瞳をしたオルゴと視線がかち合って、一気に両瞼を全開にした。
「ぐっすり眠れたか? 己が血眼になりながら吸血鬼探しに奔走している間に」
三時間。
オルゴが単身、ブジアの村を襲った吸血鬼を探し回っていた時間である。
「……あの、えっと……これはですね」
ひたすら目を泳がせつつ、レベッカは一人で先に熟睡していた言い訳を考える。
「そう、その……デスタルータさんは、きっと方々を飛び回って、体がお冷えになって戻ってこられると思っておりましたので……このようにしてですね、私が潜り込むことでこのお布団の方を温めておりました次第で…………」
「さっき村長に聞いたぞ。貴様、『もう一人の方は遅れてやってくるので』と言って、己の分のディナーを全て平らげたそうじゃないか。つまり、たらふく食べて眠くなったから寝たというだけではないか」
「……返す言葉もございません」
レベッカは横臥したまま、顎を引いて頭を下げた風にする。
「というか、貴様はいつまで寝転んでおるのだ。己が相手でなくとも、人と話す態度ではないだろう。それは」
「……あの、先ほどから起き上がりたいのは山々なのですが……疲労が祟って金縛りみたくなっていると言いますか、この体勢からピクリとも動きませんで…………」
オルゴは腕組み、思案の後、「仕方ないか」と内心で呟いた。
事実、彼女には連日に亘って無理をさせ続けていたのだ。動けなくなるほどの疲労困憊に陥るのも仕方がない。多少の無礼には目を瞑ってやろう、と。
そして彼は、気怠い調子で枕元のテーブルから椅子を引き、ゆったりと腰かけて、
「情報の共有だ」と腕を組む。「己が外していた間、何があったか詳らかに申せ」
「……えっと、確かデスタルータさんは、我々が殺人現場に到着してからほぼ直後に離脱したんでしたよね。吸血鬼を探しに」
「ああ。ちなみにこちらは、箸にも棒にも掛からなかったがな。無意味に三時間ほど、方々を移動していただけだ」
「まあ、それこそブラッドアクセスでどこかにテレポートしたのかもですね……で、私の方はその後、現場に集まっていた人たちから色々とお話を伺ったわけですが」
それからレベッカは、村人らに事情聴取した内容を、そのままオルゴに伝えた。
遺体は村のしきたりに従い、事件後すぐ墓地に埋葬されたこと。
スヴァルガ辺境の村では、年に一度ほど吸血鬼が現れること。
件の吸血鬼は被害者の喉笛を刃物で切り裂き、その傷口から吸血したこと。等々。
「あと、」と区切り、レベッカは沈んだ面持ちになる。「話を聞き終えて、現場の確認もした後、私はシュバルツさんと合流しようとしたんですけど……なんというか、彼、他の村人たちから迫害されていたんですよね」
「ほう」とオルゴは片眉を上げる。「どういった具合に?」
「えっと、厳密には彼自身がというより、娘さんについて因縁を付けられていたみたいでした……『お前のとこの娘は大嘘つきだ』とか、『あんまり嘘が酷いと吸血鬼に咬まれるぞ』とか何とか……で、シュバルツさんはずっと黙ったままだったんですけど、その態度がまた村人の癇に障ったみたいで、お腹を蹴られていました」
「なおさら気になるな」と首を傾げるオルゴ。「あの娘っ子は何の嘘をついたのだ? 親から疎まれ、近隣住民から迫害されるに至る嘘など、さっぱり想像がつかん」
「私もそう思って、シュバルツさんに再度尋ねてみようかと思ったんですけど……あまりに憔悴した感じだったので、ちょっと聞けませんでした」
「賢明な判断だな。あまり追い詰めすぎて逆上されても困るというものだ――で、それからは?」
「エピソードめいた出来事は特になかったですね。シュバルツさんに村長の屋敷まで案内してもらって、『気持ち程度ですが』って銅貨を三枚渡して分かれて……で、その後は村長さんとお話しして、一泊食事つきならこのぐらいが妥当かなって金額を提示して、合意頂いて、今に至るって感じです」
レベッカは一旦区切り、「でもまあ、アレかな」と余談する。
「シュバルツさんには結構、食い下がられちゃいましたね……最初は銅貨一枚を提示したんですけど、これじゃ足りないって頑として譲らなかったもので、やむを得ず二枚上乗せしちゃいました。村長さんとの交渉はトントン拍子だったんですけどね」
「ハッ、大して面白くもない」とオルゴは呆れ声する。
「富める人間は気前が良く、貧しい人間はがめついというだけの話だ」
そして椅子から立ち上がり、部屋中をグルリと見回す。
「広く、そして隅々まで清浄に保たれた、実に立派な館だ――が、一方で下々の民は、家畜小屋のごとく掘っ建てで暮らしつつ、頬を凹ませながら貧困に喘いでいる。上に立つ者と下々の民とで格差があるのはごく当然にしても、いささかやりすぎのきらいがあるな」
オルゴはそこで区切ると、ドアの方に向かいつつ、
「休息のところ邪魔したな、レオナルディよ。後は二度寝するなり何なり、翌朝まで好きにしていろ」とドアノブに手をかけた。
「デスタルータさんはおやすみになられるんですか?」
その背中に呼びかけるレベッカ。
「いや」とオルゴは、振り返らずに答える。
「己はこれから家主と会ってくる。さっきはごく最低限の挨拶しかしなかったのでな。まだ腰を据えて話し合っておらんのだ」
そして反応を待たず、マントを翻しながら颯爽と部屋を出た。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国
◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国
◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市
◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村
これまでのあらすじ。
〇レベッカ、村長に快適な寝室を供され、爆睡。
〇レベッカ、オルゴの分の夕食を全て平らげる。
〇オルゴ、無理させていた自覚があり、矛を収める。
高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!
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