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第17話 吸血鬼出現

 ブジアの村の一角に、人だかりが出来ている。


 10数人程度の村人が、廃屋同然のボロ家の前に押しかけ、中に入るでもなく神妙な面持ちで何やら話し合っている。


 そこに横槍するのは、この男。


「何の騒ぎだ。この己に疾く説明せよ」


 出鼻から尊大な物言いに、村人一同は驚愕して振り向く。


 そこに並び立つのは、日傘の男子とハットの少女。


 村人らはそれぞれ顔を見合わせつつ、「旅のモンか?」「にしちゃ格好が豪勢すぎやしねえか」「背ェ高ぇなぁ」など囁き合う。


 対するレベッカは、村人らが揃いも揃って頬がこけており、満足に食べられていないだろうことを確信していた。


 なお、オルゴの方は、自分の質問が無視されたことについて半ば苛立って、「おい」と語気を強めて再度呼びかけた。


「吸血鬼だよ」


 と。


 村人の一人、腰に手を当てた短髪の男が答えた。


「俺ァこの家に住んでんだけどよ、ついさっき仕事の合間に戻ってきたら、親父が吸血鬼に殺されてるとこに鉢合わせたんだわ」


 短髪の男は、肌の色こそ健康的に浅黒かったものの、それを差し引いて余りあるほど憔悴した風貌をしていた。


 目は落窪んで、唇は乾き、ゲッソリと頬がこけていて、今にも後を追いかねない憔悴ぶりだった。


「吸血鬼の特徴は?」


 オルゴは短髪の男に詰め寄りつつ尋ねる。


 この機を逃してなるものか、と前のめりになっているのである――母親を殺した吸血鬼に、グンと近づけるのではと興奮していた。


 一方、詰め寄られた短髪の男は、死にかけの蛾の羽ばたきのようなゆっくりとした瞬きの後、ダラダラと列挙し始めた。


「風貌はまあ、三十代そこらだったな。見た目的にはそうってだけで、実年齢がどうだか知らねえが……あと、白髪を後ろに撫でつけてたな。服は貴族様が着るような、豪勢でカッチリしたもんだった……で、あんたらはそれを聞いてどうするんだ?」


「探して捕らえて話を聞くのだ」と即答するオルゴ。続けて「エルカーン」とレベッカの偽名を呼び、言いつける。


「己は件の吸血鬼を探して回るから、貴様はシュバルツと合流して村長を訪ね、宿泊の交渉をしろ。あとは可能な限り現場を調べつつ関係者各位に事情聴取し、事件の全容の把握に務めよ。では」


 言い終わるとオルゴは、早足でスタスタとその場を去った。


「……意地でも走らないんだな、あの人」


 レベッカはその背を眺めながら呟く。前々から気になっていたことだった。


「おい、お嬢ちゃん」


 と。


 先んじて村人の方から、取り残されたレベッカに話が振られる。「はい、なんでしょうか」と振り向くと、レベッカは両目を見開いて口を閉ざした。


 何やら、村人らの顔つきが、揃いも揃って厳めしくなっていたのだった。憎しみなのか憤怒なのか、とにかく攻撃的な面持ちに切り替わっていたのだった。


「あ、……えっと、その、……すみません。……つ、連れの者がちょっと、アレでしたよね。尊大というか不遜というか。……その、なんというか、礼儀ってものを知らない人でして、どうかご容赦いただければ…………」


 レベッカは左右の人差し指を突き合わせつつ、苦笑する。後ずさりもした。


 が、村人らは「そんなこたどうでもいい」と首を横に振り、「あのでけぇ兄ちゃんが言ってたことについてなんだがよ」と。


「シュバルツと合流してどうこうって言ってたよな。確かにそう言ってたはずだ。間違いねえ……てことはよ、来てんのか? シュバルツが、このあたりに」


 レベッカはパチクリ瞬きしてから、おずおずと答える。


「はい、まあ、来てますけど、すぐそこに……えっと、道案内をしていただこうと、我々の方からお願いしておりましてですね。ちょっとこの村の村長さんに用事があるもので……それが何か?」


 すると、村人らはまた相互に囁きだした。今度はレベッカにも聞こえないくらいの声量で、表情は依然として厳めしいまま。


 その状態が暫し続くと、村人一同から三名ほど離脱し、残ったうちの一人が「すまないね」とレベッカに向き直って言う。その表情はぶっきらぼうでこそあったが、敵意や害意は帯びていなかった。


「嬢ちゃんは、アレだったよな。事件について調べるよう、あの兄ちゃんから言われてたんだったよな」


「あ、はい、そうですね……えっと、もし失礼でなければ、ご遺体の確認などもさせて頂きたいのですが」


「遺体はねぇよ」と答えるのは、短髪の男。「とっくに墓場に埋めちまったよ」と、どこか遠いところを眺めながら。


「え、今日亡くなった人を、今日のうちに埋葬したんですか? 葬儀とかしなかったんですか?」


「仕方ねえよ、それが村のしきたりなんだからな……ブジアの村では、吸血鬼に襲われて殺された人間は、すぐさま埋葬しなくちゃなんねえ。そうやって供養して浄化してやらねえと、死体が吸血鬼として蘇っちまうからな」


 レベッカは腕組み、「フム」と顎先を指で摘まむ。「そのようなしきたりが形成されているということは、この村では吸血鬼による殺害事件がそれなりの頻度で起きている?」と。


「ウチの村が特別多いってわけでもねえけどな」と答える短髪の男。「スヴァルカ国の辺境の村なら、どこも年に一度くらいは現れるだろ」


「ふむふむ、それは剣呑ですね――ちなみに、今回の被害者であるあなたのお父様は、吸血鬼に血を吸われて殺されたのですか?」


「ま、そんなところだな」


 短髪の男は、背後のボロ家を振り向く。


「俺ァ仕事で出かけてたんだ。親父をこの家に残してな。もう年食って仕事とか出来ねえから……で、仕事の合間にちょっと家に寄ったら、吸血鬼が親父の首元にかぶりついてやがった……で、俺ァもう半狂乱になってそいつに襲いかかったんだが、向こうは塵になって消えちまいやがって、残されたのは親父の死体のみよ」


「…………………………」


 レベッカは暫し黙して、腕組みつつ顎先を指で摘み、地面を見つめる。


 沈黙に耐えかねたか、村人の一人が「家ン中掃除してやるよ。床とかも一面血塗れのままだもんな」とボロ家に上がり、二人ほどその後についていく。


「ん」と、レベッカが顔を上げる。短髪の男に尋ねる。


「家の中、かなり血溜まりが出来ている感じですか?」


 短髪の男は首を傾げる。「ああ、そりゃな。吸血鬼に襲われたわけだから」


「吸血鬼って、人間の首元に牙を突き刺して血を吸いますよね?」


 レベッカは自らの首元をツンツンと指で突く。


「首元に、ごく小さい穴を二つだけ開け、しかもそこから出てくる血液に関しては次から次へと吸血鬼の口内に運び込まれる……この過程の中で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。少なくとも三人がかりでの掃除を必要とするような血溜まりなどは、到底出来ないのではと思うのですが」


「ナイフだよ」と。


 短髪の男ではない、他の村人がすかさず答える。


「遺体でも掘り起こせば分かることだが、ヤツはジイさんの喉笛を刃物で掻っ捌いて、そこから血を吸ってたんだとよ――大方、血流が遅い年寄りの血を吸うのに難儀して、傷口をデカくしたんだろうよ。まあそのほとんどはこぼれちまったみたいだがよ」


「……なるほど。そういうことでしたか」


「お前さんは」と短髪の男が口を開く。「随分と頭がキレそうだ。まだ年端もいかねえだろうに」


 レベッカは頬を掻きつつ、「いや別に、別にまあそんなことはない、ですけどねぇ。ハハハ…………」と照れ笑いする。


「で、その賢さに付け入ろうってわけじゃないんだが」


 短髪の男は区切り、


「後は現場の様子だけざっくり見たらさっさと消えてくれや。俺ァもう疲れたんだよな。そのへん賢い頭で察してくれや」


 とボロ家の壁に凭れかかる。また村人らを見回し、


「手前らも用が無いならさっさ去ねよ。ここに居ても飯は出ねえぞ」


 語気強く、有無を言わせぬ迫力で放言した。


 実際、その場に居た人間の誰一人として彼の要求に背くことはなく、村人らは一言二言お悔やみ申し上げ次第それぞれの帰路につき、レベッカも家の中を粗方調べ終わった後、「大変ご迷惑をおかけしました」と頭を下げてから元来た道を戻った。


 その道中、レベッカは歩きながら空を見上げる。


 彼女の頭上は只今、澄んだ赤紫色に染まっている。シュバルツは夜になったら帰ると言っていたが、まだ待ってくれているだろうかと、彼女は思う。


 しかし、結果的にこれは杞憂だった。


 彼女が角を曲がると、シュバルツは元居た場所から動かず、そこに直立したままだった――レベッカはそれを認めると同時に、小走りで駆け寄ろうとしたし、「お待たせしました」と会釈するつもりでいた。


 が、そのいずれもしないまま、彼女はピタリと足を止め、眼前の状況に閉口した。


 先客である。


 シュバルツは今、三名の村人に取り囲まれ、そして一方的に詰られていたのだ。


「なんてったって、お前ンとこの娘は大嘘つきだからな」

「お前がちゃんと躾してやらねぇとだろ。あいつの親はお前しかいねえんだしよ」

「あんまり嘘が酷いと、吸血鬼に咬まれちまうかもな」


 シュバルツは何も返事しない。俯き、麦わら帽子のツバで顔を隠す。


「なんか言えよ、オイ」


 と。


 村人のうちの一人が、消沈したシュバルツの腹を蹴る。


 それは蹴飛ばすと言うより、爪先で押すような塩梅だった――シュバルツはグッと息を漏らし、後ずさりつつよろめいた。


「――ちょっと! 何やってるんですか!?」


 たまらずレベッカは声を上げつつ、現場に駆け寄る。


 村人らは一斉に振り向くが、しかし特に悪びれもせず、むしろ若干の苛立ちを顔面に滲ませていた。


「ケッ、邪魔者だよ……ずらかろうぜ」


 そして全く取り合おうともせず、三人ともレベッカに背を向けて、その場からのそのそと退散した。


 レベッカは村人らを糾弾するか迷ったが、まずはシュバルツの方だろうと向き直り、「大丈夫ですか?」と顔を覗き込む。


「……………………」


 シュバルツは、視線だけはレベッカに向けるものの、疲弊しきった表情のまま何も話さない。


 何もかも、話すだけ無駄だと言わんばかり。


「ついてこい」と。


 それだけ絞り出して、シュバルツは歩き出した。

 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 ◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国

 ◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国

 ◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市

 ◆ブジアの村――スヴァルガ国辺境の貧しい村


 これまでのあらすじ。


 〇殺人事件の犯人は吸血鬼!

 〇吸血鬼に襲われた死体は、その日のうちに埋葬される。

 〇シュバルツが村民から暴行を受けている。


 高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!


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