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第13話 城郭都市アンビエンテ

 森を抜け、草原を東に歩くこと20分。

 オルゴとレベッカの二人は足を止め、前方にそびえる堅牢な城壁を、遠目から眺めていた。


「はえー、すんごい城壁ですねぇ。スヴァルガの辺境にこんな景気のいい町があったとは」


 レベッカは背伸びしつつ、額の汗を手の甲で拭う。


「四方を城壁で囲まれた辺境都市、アンビエンテだ」


 オルゴは黒傘片手に、滔々と眼前の都市について語り始める。


「スヴァルガでは王都の次に栄えている都市だな――ザンナとスヴァルガを行き交う旅行者がここで金を落としていくため、このように羽振りがいいのだ。国防の砦としての意味合いもあるがな」


「そういえば政治か経済の授業で習った気がしますね、そんなこと……や、父から聞いたんだったかな。まあそれはそうとして、」


 レベッカはオルゴとの距離を狭めつつ、小声で尋ねる。


「これ、通るのに通行許可証とかって要らないんですか? 門のところ、兵士が守ってますけど」


「まあ、要るだろうな。これだけ堅牢な城壁を構えておいて、何らの証明書も無しに出入り自由ということもなかろう」


「じゃ、ここはスルーして別の町か村を探します? ……ていうか、別に町とか村じゃなくてもいいですよ。空腹さえ満たせられたらなんでもいいので、川魚のつかみ取りとかでも全然」


「いや、アンビエンテでよかろう」


 言い終わるが早いか、オルゴは前に歩き出す。

 一歩遅れてレベッカが横に並び、「通れないんじゃないですか? ……変なこと考えてませんよね? デスタルータさん」と声を潜めて眉根を寄せる。


「案ずることはない。ちょっと融通を利かせて貰うだけだ」


 オルゴは言い言い、デルフィーノから受け取った巾着袋を宙に放って受けた。



       *



「……お金って何でも出来るんですねぇ。まさか賄賂で門番を突破できるとは。もぐもぐ」


 レベッカは卓上いっぱいの料理に舌鼓しつつ、つい先ほどの顛末を思い出す。


 城門の前で繰り広げられた、オルゴと門番の小競り合い。


『おっと、己としたことが通行許可証をどこかに落としてしまったようだ――しかも、金貨まで落としてしまったようだ。このあたりで落としたはずなのだが』


『落とした金貨は何枚だ?』


『一枚だ』


『いや、もっとよく数えろ。二枚だったんじゃないか?』


『金貨一枚と、銅貨一枚だったかもしれん』


『いいや、金一、銀一だ。これ以上はまからない』


『それで手を打とう』


『よし来た』


 その後、オルゴは巾着袋から金貨一枚と銀貨一枚を取り出して地面に捨て、それを門番が拾っている間に門を潜った。


 二人はそのままの足でギルドの食堂に向かい、注文した料理がひとしきりテーブルに届いて、そして今に至る。


「思ったよりも使ってしまったがな――町が栄えているだけあって、門番の給料もそれなりといったところか。大した賄賂では靡いてくれんようだ」


 いくらか目減りした巾着袋を掲げつつ、頬杖を突いて片目を閉じるオルゴ。概ね四分の三ほど残っている。


「ふーん。賄賂にも色々あるんですねぇ……あ、この魚料理とその骨付き肉、半分ずつシェアしないですか? そっちのも気になってたんですよね」


「好きなだけ食うといい。これから貴様には、目一杯働いてもらわなくてはならないからな」


「ふぉふふぁふぁひへふふぁ? ふぁあふっふぉふひょふっへふぁふぇひふぉひふぁふぁひへふふぉんへ(職探しですか? まあずっと無職ってわけにもいきませんもんね)」


 自分の頭とちょうど同じサイズの骨付き肉を頬張りながら、もがもがと相槌するレベッカ。

 対面のオルゴは渋い顔をしつつも、自分が朝食抜きを強要した結果のがっつきということもあり、無視しつつ進行することにした。


「二つ」


 と、二本指を立てるオルゴ。


「これより我々は、二つの軸を据えて活動することに決めた――そのうちの一つは、()()()()()だ」


「……………………」


 レベッカはムグムグと咀嚼したものを飲み込み、口元にソースを付けたまま神妙な面持ちになって、「例の吸血鬼ですか」と呟く。「デスタルータさんの母君を襲ったという、あの」


「デルフィーノ氏の話によると、ここスヴァルガの辺境にも吸血鬼は出没しているらしい――辺境を巡りつつ、吸血鬼についてひたすら嗅ぎ回っていれば、いずれは母君の仇に行き着くかもしれん。それをこの手で討つのだ」


「……………………」


 すぐには返答せず、斜め右のあたりを見るレベッカ。

 瞬きし、右下。瞬きし、左下。瞬きし、真下……と、視線をグルグルさせて何やら黙考の末、瞳を真正面に向けてから、彼女はこう尋ねた。


「デスタルータさんのお母様は、診療館で病を療養されていたんですよね? その診療館ってザンナのどのへんにあるんですか?」


 それは、この場において無関係の疑問だった。

 骨付き肉は両手に持ったまま、口元がタレまみれになっているままの、ただ何の気なしの質問だった。


「……中央の王都からほど近いところだが、それがどうした?」


「……………………」


 レベッカは返答せず、ただ首を傾げた。


 自分が何を思って診療館の位置を尋ねたのか、彼女は自分でも分かっていなかった。


 ただ何か、それを聞かずにはいられないような気がして、気がするまま尋ねた。


 そして相手から、「診療館は中央の王都からほど近いところにある」と聞いて、()()()()()()()()()()()というのが彼女の正直な所感だった。


 何かしっくり来ない。


 何が?


「……いえ、なんでも」


 結局、レベッカはただひたすらモヤモヤしたまま、ゴミでも捨てるように話題を切り上げた。骨付き肉にかぶりつき、嚥下してから言った。


「デスタルータさんが復讐をお望みなら付き添いますよ。お役に立てることがあるか分かりませんけど」


 オルゴは腕組み、骨付き肉にむしゃぶりつくレベッカを見遣るが、「まあよかろう」と内心で気を取り直し、一本指を立てる。


「もう一つの軸だが、これから我々は冒険者として活動することにする――具体的には、ギルドで採取や討伐などの依頼を受注し、その達成報酬を日々の活動費に充てようと考えている」


「ふぉふぉふぉふぉふぉふぁ?(その心は?)」


「辺境を巡って吸血鬼と接触する手がかりを探しつつ金銭を稼ぐ方法となると、冒険業が最も適当だろうからだ――血の消耗は幾分か激しくなってしまうだろうが、貴様が居れば最悪の事態にはなるまいし、問題なかろう」


 レベッカは骨に残った肉を齧り齧り、「まあ理に適ってはいますね」と感想。


 そして、「ん」とタレと骨のみが残った骨付き肉の皿を見、「シェアするつもりが全部頂いちゃいましたね、これ」と呆けた声を出す。


「追加で注文しますか? デスタルータさん喋ってばっかであんまり食べれてないですもんね」


 言い終わるが早いか、レベッカは手を上げて店員を呼ぼうとするが、「呼ばんでいい」とオルゴに止められ、そのまま手を引っ込めた。


「いいんですか? こんなに美味しいのに。お腹痛いんですか?」


「己にとって人間の食い物はただの嗜好品だ。今はまだ嗜好品に散財できるほどの貯えはない。デルフィーノ氏からの餞別を大事にしなくてはならん」


 そしてオルゴは席を立ち、「依頼を見繕ってくる。残りも食べて良いぞ」と言い残して去った。


「………………」


 レベッカは卓上に犇めく料理の皿とオルゴの背中とを交互に見比べていたが、やがて「♪」と口角を上げると、片っ端から平らげていった。


「さて」、と。


 一方のオルゴは、依頼受付所の一角に踏み入れ、壁に貼られた依頼書を腕組みして眺めている。


 先だって受付嬢に尋ねたところ、受注に際しての制限は一切ないとのこと。資格も身分証明も不要で、誰でも全ての依頼を受注できるらしい。


 がその代わり、受注した依頼に取り組んでいる最中、冒険者がいかなるトラブルに見舞われても、ギルド側は一切の責任を負わないとのこと。完全自己責任ということらしかった。


「……まあ、一旦こんなところか」


 オルゴは十枚ほど依頼書を壁から取り、カウンターに立つ受付嬢に手渡した。


「……見たところお若いですが、冒険の経験は?」とオルゴを見上げる受付嬢。


「すぐそこに野盗が潜む森があるだろう? アレを無傷で潜り抜けつつこの己は、ザンナからスヴァルガまで遥々やってきたのだ。まさしく勇気ある冒険者だな」


「ふむ。ちなみに何人ほどで旅に出られるおつもりですか?」


「己とあと一人だ。ちょうど貴様ほどの背丈の小娘だ。パッと見た感じいかにも頼りない風だが、魔法に関しては凄いらしい。まだちゃんとは見れてはいないのだがな――――あれ、あれだ。あそこで一心不乱に食っている、赤髪の小娘だ」


 オルゴと受付嬢が一様に目を向けると、レベッカはキョトンとした表情になり、小さく会釈し、そのまま食事に戻った。


「リスみたいで可愛らしいお嬢さんですね」


「品がないのを可愛がられるのは若い内だけだ。これから矯正せねばならん――で、構わんのか? それらの依頼を受注しても。このまま冒険に出ていいのか?」


「あっ、そうでしたね。少々お待ちください」


 受付嬢は何かしらカウンターの向こう側でペンを走らせた後、依頼書をオルゴに手渡した。


「受注の手続きは完了しましたので、後はそれぞれの依頼書に記載の通りにして頂ければ大丈夫です」


「あい分かった。近日中また戻ってくるから、報酬の準備をして待っておくがいい」


 オルゴは依頼書を片手に受付を去り、食堂に戻ってレベッカを見下ろす。


「あ、手続き終わったんですか? ちょうどこっちも食べ終わったところです」


 卓上の皿皿は見るも綺麗になっていた。ソース塗れの手と口も拭き、レベッカは準備万端だった。


「貴様も目を通しておけ。これが今回の依頼だ」


 オルゴは依頼書をレベッカに手渡す。


「へー、依頼書ってこんな感じなんですねぇ……珍しいキノコの採取、魔物の討伐、ふむふむ」


 パラパラ捲りつつ、一通り読み終わったレベッカは、「ん?」と首を傾げる。


「依頼書って、これで全部ですか?」


「ああ、一度に受注できるのは十件までということだったのでな。何か文句でもあるのか?」


「いや、文句っていうか…………なかったんですか? ()()()()()()()()()()


「……………………」


 オルゴは無言で席を去り、再び依頼受付所の一角に踏み入れる。


 壁に貼られた依頼書を、隅から隅までチェックする――――が、吸血鬼に関する依頼は、一つとしてなかった。


「どうかされましたか? 冒険者様」


 受付嬢がカウンター越しに尋ねる。


「とある行商人から聞いた話によると、スヴァルガの辺境では吸血鬼が出るらしいのだが……吸血鬼の討伐依頼などは張り出されていないのか?」


 ああ、と納得した顔になり、受付嬢は答える。


「アンビエンテは特別なんですよ。スヴァルガの辺境で唯一、吸血鬼の出現情報のない地域がここアンビエンテですので――なので、その手の依頼もないんです」


 ――――――――――――――――


 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 ◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国

 ◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国

 ◆アンビエンテ――スヴァルガ国の辺境都市


 これまでのあらすじ。


 〇オルゴ/レベッカ組の方針が定まる。

 〇レベッカの食欲が留まるところを知らない。

 〇アンビエンテには吸血鬼が現れないらしい。


 高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!


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