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第12話 吸血鬼騒動

 オルゴは今、大股で早歩きし、先を急ぐデルフィーノの後を追っている。


 走ればすぐ追いつくことは出来ただろうが、高貴なる男子が両手足をバタバタと忙しなく動かすのはみっともないという彼独自の価値観に基づき、あくまでも早歩きのまま彼はデルフィーノに追いつき、そして隣に並んだ。


「ややッ!」


 と驚きの声を上げつつ、隣を振り向くデルフィーノ。依然として早歩きのスピードは保ったまま、彼一流の饒舌節をオルゴに繰り出した。


「もう追いついたのか! フィアンセ殿とはしっかり話し合ったのだろうな!? 私の聞き間違いでなければ彼女は、『あの行商人にはついていかなくてもいいのでは』と貴殿に意見しておったはずだ! すなわち甘々に甘えておったのだ! 二人きりのハネムーンを純粋に二人だけで完遂したいのだとねだりにねだって」


「あらゆる意味で先走り過ぎだ貴様は」


 呆れ果てるオルゴ。語気を強めて訂正する。


「アレはただの同行者であり従者に過ぎぬ。ハネムーンがどうとか、貴様が心配する余地は一つとしてないのだ」


 デルフィーノは「ふむ?」と両眉を上げてとぼけるが、「まあよかろう」と気を取り直し、商売人の顔つきになりつつ本題に入った。


「して御仁、こうして付いて来たということは、つまり?」


「ああ、是非とも聞きたいのだ。『これからの旅路にきっと役に立つであろう情報』とやらをな――代金はいくらだ?」


「一切不要!」と声高らかに言うデルフィーノ。


「私が売り捌くのは物であって情報にあらず! 我が命を救い給いし紳士淑女の両名に聞かせ奉るは、恩義に手向ける無償の愛哉! とくと御耳に入れよ!」


 そして節に調子を乗せつつ、彼一流の語り口でもって、滔々と紡ぎ始めた。


「さてさて、これはザンナ王国、ひいてはスヴァルガ王国にも関わる、世にも恐ろしき話に御座る!


「そも、貴殿らザンナの者にとってはもはや語るまでもなきことに、ここ数年ザンナの地では、吸血鬼が人を殺め、その血を啜る事件が相次いでおった!


「もとよりザンナの国は慢性的な不況にあり、加えて不作に見舞われ、民の暮らしは苦しきことこの上なく――そこへ更に、吸血鬼の襲撃ときた! いやはやこれぞ三重の苦しみ、まさに逃げ場なき地獄絵図也!


「とりわけ、貧しき者たちの嘆きは深く、心は荒み果て、もはや荒野のごとし! この世に希望なしと嘆く声、絶え間なく響くばかりである!


「が――驚くなかれ。その禍々しき業、吸血鬼の脅威は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「姿を見せることなく、ただ首筋に二つ穴を穿ち、無辜の人々の血を啜る邪悪の権化――かの者、スヴァルガの辺境にて、幾年ものあいだ暗躍し、その手にかかった者、もはや数えることすら能わず! いやはや、何とも恐ろしきことに御座る――――さて」


 ここで一呼吸置き、デルフィーノは幾分か明るい声色に切り替えて続ける。


「ここで一つ、吉報がある――ザンナでは最近、かの吸血鬼を捕えたとの噂。今や王都の地下牢獄にて、堅く、厳重に拘束され、逃げ出す術などあろうはずもなし。かくなる上は、近日中にも処刑と相成るとのこと。


「まこと、因果応報というべきか、それとも遅きに失したと嘆くべきか――いずれにせよ、この騒ぎ、一件落着となるや否や、見届けるほかあるまい」


 オルゴが脱獄したのはつい昨日の晩のことであり、彼より先に森に入っていたデルフィーノは、その後の脱獄劇に関して知る由もなかった。


「だがしかし!」


 と、ここでデルフィーノは逆接を挟み、いよいよもって説教を締め括りに入った。


「ここで油断してはならぬのだ! なぜならば、ザンナで捕えられた吸血鬼と、スヴァルガで人を襲う吸血鬼とが、同一の者である保証もないのだから!


「そもそも、この世に吸血鬼がたった一人きりだなどと、一体誰が言い切れようか! この先、どれほどの吸血鬼が捕らえられようとも、奴ら邪悪の権化を警戒し続けるに越したことはないのだ!


「結論!


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() むしろ今こそ気を引き締め、用心怠りなきよう願いたいのだ!」


 と。

 長らくの演説が止み、落ち葉を踏みしめる音だけがガサガサとする一帯。


「…………………………」


 オルゴは正面をまっすぐ見据えたまま、黙して考えていた。


 まず、スヴァルガにも吸血鬼が現れているという情報だが、これは彼にとって初耳だった。


 それを踏まえた上で、彼は今、「盲点だったな」と思っている。


 別に吸血鬼が、ザンナの国内だけに出没するとも限らないのだ。


 吸血鬼だって移動もするし、国を跨ぐこともある。この己のように。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――と。


「…………………………」


 オルゴは傘の取っ手を強く握り締めつつ、デルフィーノに問う。


「スヴァルガで吸血鬼が現れているのは辺境だと言ったな。では国の中心部に関してはその限りではないということか?」


「正しく! であるからして貴殿らにおかれても、この森を抜けたらそのままの足でスヴァルガ国の中心を目指し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() さすれば恐るべき吸血鬼と相まみえることは無いだろう!」


「……良いことを聞いた。情報提供感謝する」


「ところで」、と切り出すデルフィーノ。


「吸血鬼は太陽の日差しに弱いと聞くが、貴殿が森の中なのに傘を差しているのはもしや、」


「そういえば貴様は何をそんなに早歩きで慌てているのだ? 何か吸血鬼騒動に関する急用でもあるのか?」


 オルゴは半ば無理やりに話を捻じ曲げる。

 一方のデルフィーノは、商人特有の値踏みするような目付きでオルゴの横顔を一瞥したが、次の瞬間には元の明朗快活な調子に切り替え、快く質問に答えた。


「いや、実を言うと、私は何か急用があって急いでいるのではないのだ! ただ時間を浪費したくないから急いでいるのだ! 徒歩よりも早歩きの方が時間の無駄が少ないからそうしているだけなのだ! どうにもせっかちな性分なもので、自分でも難儀している程だ!」


「はあ、それはなんとも慌ただしいことだな――ではアレか、貴様がザンナからスヴァルガに渡るにあたり、迂回することなくこの森を突っ切るという道を選んだのも、その性格ゆえというわけか」


「正しく! 今回に限らず私は、危険だろうと最も無駄のない道ばかりを選んできた! 死に頻したことも二度や三度のことではない! 背中には無数の逃げ傷が刻み込まれ、一日に二度ほどまんべんなく軟膏を塗ってやらねばズキズキと痛んで仕方ないのだ!」


「……誰に軟膏を塗ってもらうのだ? 見たところ一人旅のようだが」


「家に帰れば妻がいるが、行商している間は自分で塗るしかあるまいな! 肩の関節のストレッチと合わせてな!」


「差し出がましいとは思うのだが、」


 と前置き、率直な感想を述べるオルゴ。


「貴様は誰か仲間と共に旅しようとは思わんのか? 危険だろうと最短ルートを選択し続けるのが貴様の生き方なのだろう? にも拘らず用心棒の一人も雇わずに旅しているのはどういった了見だ? 恩着せがましいことを言うようで恐縮だが、さっき野盗に襲われた時なども己が助太刀しなければどうするつもりだったのかと甚だ不思議でならん。貴様は自殺志願者なのか?」


 ここでデルフィーノは、ハッハッハッハ! と声を上げて笑い飛ばし、「なるほど、確かにそういう見方も出来よう!」と頷きつつも、「だがそうではないのだ!」と明確に否定した。


「私が一人で行動をしているのは単純明快、同行者をつけると、その者の無事や安全を気にしてしまい、道中で危険なルートを選びにくくなってしまうからだ! 一人で移動する分にはそういったことを考えずに済むから気楽という、ただそれだけのことなのだ!」


 それに、と付け加えるデルフィーノ。


「恩知らずなことを言うようだが、私は自分の身は自分で守れる確信がある! 旅の途中で死にかけることは今まで何度もあったが、それらは全て私の()()()()()によるものであって、本当の意味で絶体絶命の危機に陥ったことは我が生涯で一度としてない! というのも私は――――――」


 と。

 デルフィーノは体の前にある肩掛け袋の中をゴソゴソと探り、中から何やら取り出そうとしていたのだが、ふと顔を上げてその手を止める。


 同時に足も止まる。


 眼前に広がるは、黄金色に輝く秋の草原、突き抜けるような真っ青の晴天。


「――ややッ!」


 デルフィーノは感嘆の声を上げ、草原に向かって両手を広げる。


「もうスヴァルガについてしまったのかッ! いやはや喋りながらだと時の進むのが早いッ!」


「ほう、これがスヴァルガか。まあ隣国なのだから当然だが、あまり変わり映えせぬ風景だな――――で、」


 オルゴはデルフィーノに向き直り、「貴様はこれからどこに向かうのだ? このまま自宅に戻るのか?」と尋ねる。


「スヴァルガからザンナに向かう前に、この近くの農村に馬を預けていたので、まずはそれを回収する!」とデルフィーノ。


「それからはスヴァルガの方々を巡りつつ、旅先で仕入れた品物を売り捌きながら王都に向かう予定だ!」


「そうか」


 オルゴは後ろを振り向き、20歩ほど遅れつつ千鳥足でこちらに向かってくるレベッカの姿を一瞥すると、再びデルフィーノに向き直る。


「己はあの小娘を待ってから出発する。我々もいずれは王都に向かおうと思っているから、また会う時があればその時はよしなに頼む」


 最後、デルフィーノは右手を差し出し、オルゴと力一杯の握手を交わしつつ、満面の笑顔で自らを名乗った。


「セタ・デルフィーノだ! スヴァルガ国が行商人にして、善意溢れる若人二人の旅路を心より応援する者である! 困ったことがあれば何でも相談してくれ給え!」


 オルゴはフッと口角を持ち上げ、


「オルゴ・デスタルータとエレナ・エルカーンだ」


 と返答する。


 デルフィーノは「良い名だ」とそれ以上は詮索せず、手を振りながら去っていった。


 それと入れ替わるようにして、レベッカが息も絶え絶えにオルゴの隣に到着する。


「隣国の行商人、セタ・デルフィーノ氏だそうだ。知っているか?」


「……私は知らないですけど、父や兄とは顔見知りかもしれません。同業者なので……レオナルディ家の恥晒しめは、だから後ろの方でおとなしくしておりました」


「やはりくだらんことを考えておったな。貴様はこれより、自らをエレナ・エルカーンと名乗れ。経歴や身分は自分で考えろ」


「……デスタルータさんは? 本名のままいくんですか?」


「己は自らをデスタルータ家の汚点だとは微塵も思っていないのでな」


「へー」と気のない返事の直後、グウと鳴るレベッカの腹。


 羞恥心も湧かないほど疲労し果てたレベッカは、「そろそろ飯時にしませんか? ザンナからは脱出できたんだし、もう急ぐ必要はないですよね」と提案する。


 オルゴは顎に指を添えて逡巡した後、


「町か村でも探して入るか。()()沿()()()()()()いつか辿り着くだろう」


 デルフィーノの忠告とは真反対に、辺境の地を行くことに決めた。

 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 ◆ザンナ王国――オルゴとレベッカの母国

 ◆スヴァルカ王国――ザンナの南に位置する隣国


 これまでのあらすじ。


 〇オルゴ/レベッカ組がザンナからスヴァルガに亡命。

 〇レベッカの偽名がエレナ・エルカーンに設定される。

 〇デスタルータ伯爵が息子の惨殺を企てている。


 高貴なる吸血鬼オルゴ・デスタルータと、マイペースな少女レベッカ・レオナルディの凸凹コンビを、これからもよろしくお願いします!


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