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第11話 孤独な行商人

「フッ! フッ! フッ!」


 と。

 その男、セタ・デルフィーノは、鬱蒼とした森の中を走り抜けていた。

 息を切らしながら、汗を噴き出しながら、その肥満体型に似つかわしくない俊敏さでもって、背中に負った巨大なバッグを揺らしていた。


 その背中を今、3人の野盗が追っている。


「待てコラ、デブ商人!」

「有り金全部置いてけば見逃してやるって言ってんだろ!?」

「そんなに殺されてェか!?」


 などと、呼吸のついでとでも言わんばかり、彼らは罵倒しながら商人を追い回している。

 森に潜む野盗集団のメンバーである彼らは、それぞれ短剣を片手に携えつつ、朝飯前の仕事に取り掛かっていた。


「フッ! フッ! フッ! フッ! フッ!」


 なおも走り続けるデルフィーノ。齢41歳とは思えぬ健脚でもって、ひたすら我武者羅に逃げ回っていたのだが、


「…………フ?」


 その両足は、唐突に停止する。


「………………」


 彼は息を切らしつつ、周囲の風景を見回す。


 行商人デルフィーノは今、不自然に開けた空間に出ていた。


 鬱蒼とした森の中に、まるでそこだけ木を植え忘れたかのような……ただ開けているだけで、何も無い空間。その中央に、彼は呆然としながら立っていた。


「バーカ、お前は誘い込まれたんだよ」


 と。


 開けた空間の外周に生える木々の陰から、ゾロゾロと野盗が姿を現しつつ、デルフィーノを嘲る。その数20。


 彼らはデルフィーノを円形に取り囲み、徐々にその半径を縮めていく。罵声を交えながら。


「つーか、コイツはなんで1人なんだよ。どっかで仲間とはぐれたのか?」


「いや、最初から1人だった。この森がどれだけ危ないか知らずに踏み入ったんだろう」


「どーでもいいっつーの、ンな事は。さっさと身ぐるみ剥いで飯にしよーぜ。豚ァ見てたら腹減っちまったよ」


 一同は下品に笑い、なおも口々にデルフィーノを馬鹿にしつつ、徐々に距離を詰めていく。


「……………………」


 デルフィーノは左肩に提げていた、革製の袋に片手を突っ込む。


 使いたくはなかったが、かくなる上は――――と、今まさにそこから何か繰り出そうとしていた時だった。


「卑怯とは思わんのか? たった1人を20人がかりで襲うなど」


 威厳に満ち満ちた、それでいて万物を嘲るような声。

 野盗らは足を止め、声がした方にバッと注目し、短剣を構える。


 まるで王族のような、華美な衣装に身を包み、黒い傘を開いた青少年が、木陰に佇み、金色の眉を不愉快そうに歪めていた。


「……誰だお前。このデブの仲間か?」


 野盗の一人が尋ねると、オルゴは首を横に振る。


「いいや、旧知の間柄ではない――己の見立てだと行商人かな? これからご縁があればいいとは思うが、まずは目の前のゴミを片付けねばな」


「ハァ!? 誰がゴミだ誰が!? アンだこの出会い頭からド失礼な野郎は!? オイオイオイオイオイオイオイオイオイオイ! 野郎共、コイツから先にヤんぞコイツからァ!」


 野盗の一人が怒声交じりに号令をかけ、ほか19名と共に雄叫びを上げながらオルゴに襲い掛かる。


 と、ここまで唖然としていた行商人デルフィーノは、ハッと我に返り、「どなたか存じ上げないが私のことは放って逃げ給え!」とオルゴに懇願する。


 が、それを素直に聞き入れるオルゴでもない。「性格も申し分ないではないか」と呟きつつ傘を閉じ、


「【凝血ブラッドクロット】」


 と唱える。

 途端、彼の右手に握られた黒い傘は、泥のように崩壊しながら変形し――やがて剣先から柄頭まで真っ黒の、ロングソートの形に収束する。


 野盗らは前方で起きた、その手品のような現象に対し、「手品してんじゃねェ!」と憤るのみで、そのまま怯まずにオルゴに襲い掛かる。


「20人か」


 収支マイナスにならなければいいがな――と呟き、オルゴは日向に出る。


 瞬間、オルゴの体中から灰色の煙が発生し、日光にさらされている部分の肌が激しく痛む。


「20」


 と口に出しつつ、オルゴは最も接近していた野盗の胴を、上から下にロングソートで斬りつける。

 服を破り、皮膚の表面だけをスッと傷つけただけであるが、野盗は死んでもいないのに倒れる。


「19」


 と口に出しつつ、オルゴは次に接近していた野盗の右腕を、手首から肩にかけて斬りつける。

 ただ表面をさらっただけの斬撃で、野盗は倒れる。

 顔面蒼白になって。


「18」


 オルゴの血液から生成されたその黒い剣には、吸血性能がある。

 傷をつければその傷口から血を吸い取り、そして彼の体内に徴収される仕組みになっている。

 一気に血を抜かれた相手は、ショックで気絶する。


「17、16、15、14、13、12、11、10」


 この頃にはもう、野盗側が完全な恐慌状態に陥っている。

 積極的に襲い掛かる者はおらず、恐怖のあまりそこから動けずにいるか、あるいは足をもつれさせつつ逃げるかの二択になっていた。


「9、8、7、6、5」


 しかしオルゴは構わず斬る。

 日光を浴びて消耗した分の血液は、きっちり徴収しないといけない。逃げようとする人間からは無駄な移動距離分、多く徴収した。


「5、4、3、2、1」


 と、一通り切り伏せてから、オルゴはキョロキョロと周囲を見渡す。

 あと一人はどこだ? ゼロまで数え切らないと20人斬ったことにはならないぞ――――と。


「……もう、居ないですよっ」


 オルゴは声のする方を振り向く。

 そこにはレベッカが居た。遅れて追いついた彼女は両膝に手を突きつつ、木陰でゼイゼイと息を整えていた。


「……さっきから見てましたけどっ、20から数え始めたんだからっ、最後は1で終わりですっ。もうデスタルータさんは全員倒しちゃってますっ」


「……ああ、言われてみればそうだな。数え間違えていた。暑さで朦朧としていたのだな」


 オルゴは言いながら、黒剣を縦に構え、「【凝血ブラッドクロット】」と唱える。剣は傘の形に収束し、バンッと開き、体から出る煙も収まる。


「さて」とオルゴが振り返った先には、目を丸くした肥満の男。背丈はオルゴよりは低く、見下ろす形になる。


 いかにも行商人といった具合のスタイルである――頭には青色の丸い帽子を被り、鼻の下と顎周りに茶色い髭を生やし、丈の長いゆったりとした上衣にズボン、ブーツは丸く、体の前には肩掛け袋を装備し、背中には巨大なバッグを背負っている。


 オルゴは、「災難な目に遭ったな。怪我はないか」と声をかけようとする――――が、最後まで言い切るのを待たず、デルフィーノは満面の笑みを浮かべてオルゴの手を取り、


「いやはやこれは助かった! 正に感謝感激の至り! これはほんの気持ちだからぜひ受け取って欲しい! さあ、さあ!」


 その手に巾着袋を乗せた。ズッシリとした重量感が伝わり、ジャラジャラと中の物が音を立てた。


「……いや、金欲しさに助けたのでは」とオルゴは巾着を返そうとするが、デルフィーノは「遠慮不要!」と手を突き出して取り合わない。


「すまないが、施しには即時的対価で応じるのが私の流儀であるから、受け取って貰わないわけにはいかぬ! 要らないと思うならどこかに捨ててくれればよい、気持ちさえ伝われば充分だ!」


「……まあ、そこまで言うなら受け取っておこう」


 オルゴは「有難く頂戴する」と会釈し、「それで、」と言いかけるが、またしてもデルフィーノは最後まで聞かず、自らの話を展開する。


「ところで私はこれからスヴァルガに向かう用事があるのだが、貴殿ら二人はザンナとスヴァルガのどちらに行くのだろうか? 後者なのであればいくつか話しておきたいことがあるのだがどうかな? これからの旅路にきっと役に立つであろう情報を共有しておきたいのだが」


 オルゴは突っかかるべきか迷ったが、とりあえず様子見も兼ねつつ相手のペースで回答することにした。


「奇遇なことに我々もスヴァルガ行きだ。出身は二人ともザンナなのだが、まあ色々あってな」


「芳烈! 若き男女の国を跨いだ燃え滾る駆け落ち物語(かな)! このブクブクと膨れに膨れた中年行商人が一時でも旅路を共にして良いものだろうかと、正しく葛藤の至り! しかしそれは私の決めるところではないので、愛し合う二人同士で会議に会議を重ねたのち結論を出すべし! 私は先を急ぐので、後から追って来るなり来ないなりは貴殿らに任せた! では!」


 デルフィーノは一方的に捲し立てると、オルゴらに背を向け、早歩きで遠ざかっていった。


 その背中をオルゴは腕を組み眺めつつ、「何をあんなに焦っているのだ」と怪訝な表情になっていた。


「……ついていかなくてもいいんじゃないですか?」


 息も絶え絶えの語り口調。オルゴは背後を振り向く。

 体中至る所に葉っぱや枝の引っ付いたレベッカが、牛歩と千鳥足の合いの子のような歩調でもって、オルゴの元に辿り着いていた。


「恩は売れましたし、お金まで貰っちゃいましたし……いったん休みましょうよ。もう足が棒ですよ」


 ハットの切れ目から虚ろな瞳を覗かせつつ、レベッカはオルゴに懇願する。


「これからの旅路に有益な情報をくれるとの申し出だ。聞いておかない手はなかろう」


「……でも、スヴァルガの人って言ってましたよ? あの人……ここで別れても、向こうの国に着いたらまた会えますって。きっと」


「こうしているうちに少しは休憩できたろう。そろそろ行くぞ」


 レベッカの懇願むなしく、オルゴは踵を返し、早足になりつつ大股でデルフィーノの後を追い始めた。


「…………………………」


 レベッカは軽く溜め息し、「同業じゃなきゃなと」呟いてから、渋々といった様子でその背中を追った。

お読みいただきありがとうございます。


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