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第10話 血の繋がり

 翌朝。


 レベッカが目覚めると、洞穴にオルゴの姿がない。


 吸血鬼のくせに朝型なんだなと思いつつ、レベッカがハットを被ってのそのそと洞穴から這い出ると、オルゴは木陰で顎を摘みながら、何やら難しい顔をしていた。


 その視線の先には、取っ手の部分を枝にかけ、開いた状態でさかさまにぶら下げられた、黒い傘があった。


 本日は快晴。木々は紅葉し、澄んだ空気が流れている。


「日よけ傘ですか?」


 レベッカが瞼をこすりこすり尋ねると、オルゴは振り向く。その左腕は袖ごと千切られていたが、レベッカは特に動揺することもなかった。「またか」と思うばかりである。


「ああ。フードかハットにしようかとも思ったのだが、いまいちコーディネートが決まらなくてな……が、傘は傘で分からん。この己に相応しい傘の造形とは何だ? 装飾を華美にしてもしっくりこん。どうしたものか…………」


 ブツブツ呟いた後、オルゴは「そうか」と素っ頓狂な声を出す。


「なぜこんなにもしっくりこないのか――それはすなわち、見目麗しい我が顔面を覆ってしまうというその時点で、己の外見的魅力が大幅に激減してしまうからなのだ……どれだけフードや傘に意匠を凝らしたところで、この顔面美には到底敵わないからなのだ。オイオイオイ参ってしまうなァ全く…………」


 レベッカは「ふーん」と気のない返事をしつつキョロキョロと辺りを見回し、


「川ってどこにありました? 魚でも獲ってこようかと思うのですが。焼けば食べられるっていうのも手軽でいいんですよね」


 と問う。


 オルゴは一時だけレベッカの方に目を向けるが、すぐ視線を傘に戻し、「生憎だが今日は朝食抜きで活動するぞ」と告げる。


「ええ? なんでですか? おなかペコペコだと動けないんですけど、私。おぶってくれるんですか?」


「どうしても何か食べたいならそこらへんの虫でも食っていろ。今はいつでも動ける状態にしておかねばならんのだ」


「いまいち話が見えてこないですねー……その腕のことと何か関係があるんですか? BBを出動させてるんですよね?」


「ハッ」とオルゴは嘲笑する。レベッカを見下ろし、「分からんか。仮にも商人の娘であろうに」と目を細める。


「……もうっ。じゃあ自分で考えますよっ。全く朝からご機嫌な人ですよ本当に」


 プリプリしながら、レベッカは日向に踏み出す。太陽が苦手な吸血鬼に対する、それはせめてもの当てつけだった。


「………………」


 レベッカはオルゴに背を向けたまま、顎に指を添えつつ考える。


 まず、ザンナ王国から南に進んだところにあるこの森一帯は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 この森より手前がザンナ王国であり、この森より奥がスヴァルカ王国ということになる。


 しかし、ザンナとスヴァルガを行き来する人間は、この森を好んで通りたがらないらしい。他の国を経由するなど、大幅に迂回しながらでも森を避けたいという人が、とにかく多いそうだ。


 なぜか。


 父曰くその理由は、この森に大勢の野盗が住み着いているからだという。


 国境を行き来する、行商人や貴族などをターゲットにし、その金品を強奪することを生業とする野盗集団――彼らからの襲撃を回避すべく、時間に余裕がある旅行者は必ず迂回するのだと。


「………………」


 レベッカは両目をギュッと瞑って考える。


 野盗が犇めく森の中に、BBを放つ理由はなんだ?


 近くに置いて護衛させるのではなく、ここではない場所に差し向けるその理由は………………。


「……はい」


 と、レベッカは目を瞑ったまま片手を上げる。オルゴに背を向けたまま答える。


「自信ないけど言いますね……BBは今、この森に潜んでいる野盗たちを片っ端から退治している。これから私たちが心置きなく森を横断できるように……ただ、これだと違う気がするんですよねぇ。それなら別に、待ってる間に魚獲ったり食べたりしててもいいじゃんってなりますもん。それが駄目っていうことは」


「オ゛?」


 と。

 ドスの利いたガラガラの声が真正面からして、レベッカはパッと目を見開く。


 BBである。赤黒い肌をした、3メートル級の怪物が、レベッカの顔面を覗き込んでいたのだ(目は無い)。


「ヒッ」とレベッカは小さく悲鳴しつつ後ずさる。不意打ちのBBにはまだ耐性がなかった。


「おい、貴様とて日光に弱いのは同じなのだ。さっさとこっちに来い」


 後方からオルゴが呼びかけると、BBは主人の元にのそのそと歩み寄る。日向にいた頃は肩から蒸気のようなものが出ていたが、日陰に入ると収まっていた。


 その背中を、レベッカは振り向きつつ目で追う。


「…………?」 


 瞼を手の甲で擦り、もう一度BBを見る。


 やはり見間違いではない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「正解を発表しよう」


 オルゴはシンプルな黒色の傘を差している。その左隣にはBBが佇んでいる。


「己はBBを森に放ち、野盗に襲われている者が居ないか探させていたのだ――――なぜか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()――――我々は今、とにかく孤立している。誰でもいいから片っ端から手を貸し、恩を売り、味方となる人間を増やしておくに越したことはない。つまりはそういう魂胆だったのだ」


「……なーんか打算的ですねぇ。まあ報酬欲しさに助太刀するとかじゃない分マシかもですけど」


 レベッカはハットの位置を調整しながらぼやく。


「そして、」とオルゴはマイペースに続ける。


「この通りBBは左腕がない。野盗に襲われている人間を見かけたら、左腕を置いて戻ってこいと命令していたからだ――――さて」


 オルゴはBBに向き直ると、「流れろ」と命じる。


 次の瞬間、BBの全身はドロドロと崩壊し、やがて血溜まりになった。成人男性が横たわってもはみ出ないサイズの、赤色の水溜りが落ち葉の上に広がった。


「今、こうしてBBが血液に戻ったわけだが、これはBBが切り離して置いてきた左腕の方にも同じことが起こっている――すなわち、今この森の中には、2つの血溜まりがあることになる。後は分かるな?」


 レベッカは腕を組み、数秒間黙考の後、


「想像力を逞しくするなら、」


 と前置いて言う。


「その血溜まりを通じて、もう一方の血溜まりにワープし、野盗の襲撃現場に急行する…………とか?」


「まさにその通りだ。名付けて【ブラッドアクセス】といったところか。血を辿る異能だ――まあ、そういうことだから貴様も来い。こうしている間にも野盗に襲われている人間がいるのだ。ノンビリ話している場合ではない」


「あんまり期待しないで下さいね? 私、人に向かって攻撃魔法とか放ったことないので」


 レベッカは言い言い、日向から日陰に戻り、血溜まりの前に立つ。


 が、そこで足が止まる。


「どうした? 何を躊躇っている。ノンビリしている場合ではないと言ったろうが」


 急かすオルゴだが、レベッカは血溜まりの前に立ち止まったまま、腕を組んで思案顔になる。


 とうとうオルゴは痺れを切らし、背中でも蹴飛ばしてやろうかとにわかに右足を浮かすが、次のレベッカの言葉にギリギリで踏み止まった。


「長話になると拗れそうになると思いますので、あえてこのタイミングでお尋ねしたいのですが――デスタルータさんは、母君を殺害した真犯人に復讐したいとか、そういったことは考えられないのですか?」


 過去のことだからと振り返らないのですか?

 それはそれで、割り切りすぎだとも思うのですが――――と。


「愚問だな」


 しかし、オルゴはそっぽを向きつつ、呆れた調子で答えた。

 その顔面には傘の影が落ち、表情はよく見えない。


「己は名実ともに禁術の破り手であり、脱獄囚であり、そして御尋ね者だ。聞き込み調査や現場検証が出来るような身分ではなく、従って今の己が真犯人に到達することは不可能だ――――出来ないことはしない。それだけの単純な理屈だ」


「……まあ、それはそうかもですけど。でも、」


「何よりザンナには父君がおられるではないか」


 オルゴはレベッカの反論を封じつつ、食い気味に言う。


「この己が母君を殺すわけがないということは、父君が一等分かっておられるはずだ――――きっと今頃は兵を動かして、真犯人探しに邁進しておられるに違いない。己が出る幕ではないのだ」


 そして、「話は以上だ。さっさと行け」と、足の甲でレベッカの腰を押す。


「わっ! いきなり何す――わぷ!」


 レベッカは顔面から血溜まりに落ち、そのまま全身ごと沈み込んでいった。


「………………」


 オルゴはレベッカが落ちてから、しばらく黙って血溜まりを見下ろしていたが、やがて溜め息を一つ吐くと、傘を持ったまま飛び込んだ。

お読みいただきありがとうございます。


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