8.役に立つほど、守りたくなる。守りたくなるほど、判断が鈍る。
二体目のガーゴイルは、違った。
羽ばたきが小さい。影が薄い。
彫像のふりをするのではなく、最初から“影”として動く。
ミナが低く呟いた。
「……あいつ、狙ってる」
誰を?
答えはすぐに出た。
二体目が床を滑るように走り、一直線に俺へ向かった。
「オサム!」
叫び声が上がる。
その一瞬、ヴァンの剣が止まった。
ガードの盾が僅かにずれた。
セラの詠唱が揺れた。
ミナの矢が、半拍遅れた。
たった一瞬。
だがダンジョンでは致命的だ。
ガーゴイルの爪が俺の喉を狙う。
俺は反射で身を縮め、ロープを離しかけた。
ロープを離せば撤退線が崩れる。だが喉を裂かれれば終わりだ。
(死ぬ)
そう思った瞬間、ミナの矢が翼の付け根を貫いた。
ガーゴイルの軌道が僅かに逸れる。
ガードが盾で体当たりし、さらに角度をずらす。
ヴァンがその隙に踏み込み、関節へ刃をねじ込む。
セラの衝撃波が割れ目を広げ、ヴァンの刃が核へ届く。
――石が砕ける音。
二体目が崩れ落ちた。
俺はその場に膝をつきそうになるのを堪え、必死に呼吸を整えた。
戦えない一般人が、戦闘に巻き込まれたらこうなる。
誰かが守ってくれなければ死ぬ。
守ってくれた瞬間、誰かの判断が鈍る。
ヴァンが吐き捨てるように言った。
「お前、本当に戦えないんだな」
侮辱じゃない。現実確認だ。
俺は震える手を握りしめ、答える。
「はい。戦えません。だから近づかないようにしてました」
セラが俺を見る。
その目に、一瞬だけ“庇いたい”色が混じりかけて、すぐに消える。
セラは自分でそれを消した。消さないと死ぬから。
ミナが唇を噛む。
「……あんた、何も悪くないのに」
その言葉が、俺の胸を締める。
悪くない、は追放を難しくする。
だが同時に、追放が“必要”であることを浮かび上がらせる。
ガードが言う。
「悪くないからこそ、危ない。
守る対象がいると、俺たちは余計なことを考える」
ヴァンが頷いた。
「今日の一瞬で、剣が止まった。
俺は……止まった自分が嫌だ」
ダンジョンでは、自分の弱さを許せない。
許した瞬間に死ぬから。
俺は、撤退線を握り直しながら言った。
「撤退します。今日は深追いしない方がいい」
命令じゃない。
事前に決めた手順の確認だ。
撤退判断を共有しておけば、迷いが減る。迷いが減れば死者が減る。
俺にできるのは、それだけだ。
ヴァンは一拍だけ迷い、そして頷いた。
「……撤退だ」
帰路の足音が、さっきより重い。
死者は出ていない。だが全員が理解している。
――次も同じことが起きたら、今度は運で済まない。
宿へ戻った夜、俺は布団の中で天井を見た。
このパーティは良い。良いからこそ、追放が成立しにくい。
守りたくなる空気がある。必要だと思われる余地がある。
だが、守りたくなる空気は、戦闘では毒だ。
毒はいつか決断を呼ぶ。
(……俺は、切られるべきなんだろうな)
そう思うのは苦い。
でも、俺は戦えない一般人だ。生き残るために、切られることも受け入れるしかない。




