7.廃塔の石像は、呼吸する。動く前に、もう殺しに来ている。
廃塔は丘の上に立っていた。
崩れた階段、欠けた外壁。だが入口だけは妙に整っている。
生きているダンジョンは、外見が朽ちていても、内部が“機能”している。
中へ入った瞬間、空気が変わった。
湿気が重く、音が吸われる。
足音が自分の耳の中にだけ残る感じがして、気持ち悪い。
壁沿いに石像が並んでいた。
翼を持つ獣。口を開けた悪魔。鎖を巻いた彫像。
どれも彫りが細かい。細かいほど怖い。細かいほど“本物”に見える。
ミナが小声で言う。
「……動くなよ」
ヴァンが剣の柄に手を添える。
「動く。だから来た」
セラは杖を握り、ガードは盾を構える。
俺は入口付近に杭を打ち、ロープを通し、撤退線を“物理的に”作る。
戦えない俺にできる最大の支援は、戻る線を目に見える形にすることだ。視界が悪いダンジョンでは、一本のロープが命綱になる。
――ぎぎ、と石が擦れる音。
石像の一つが、首だけを僅かに動かした。
次の瞬間、翼が開き、床を蹴って跳んだ。
ガーゴイル。
石の翼で空を滑るように跳び、爪で肉を裂く。
硬い。重い。速い。
攻撃の質が“殺し”に寄っている。
「来た!」
ヴァンが一歩踏み込み、剣で爪を弾く。
火花が散り、手首が痺れる。硬い。刃が通らない。
ガーゴイルは勢いを殺さず、翼で体を回して、後ろ脚で蹴りを入れる。
ガードが盾で受けた。
衝撃が鈍い音を立て、床がきしむ。
盾が押され、ガードの踵が滑る。
セラが火球を放つ。
表層の苔と煤が焼け、石肌が赤く光る。だが止まらない。
核を砕かなければ止まらない。核は胸の奥、関節の内側、あるいは喉の奥に隠れていることが多い。
ミナが横へ回り込み、目を細めた。
「核……位置が、見えない!」
ガーゴイルは彫像のような身体で、あり得ない角度でひねり、尻尾で薙いだ。
風圧だけでミナが壁に叩きつけられそうになる。
ヴァンが叫ぶ。
「押さえろ! 核の位置を出させる!」
ガードが盾を突き出し、体当たりで壁際に押し付ける。
ガーゴイルの翼がばたつき、石粉が舞う。
ヴァンの剣が関節へねじ込まれ、石が僅かに割れた。
その割れ目の奥に、淡い光。
核だ。
「見えた!」
ミナの矢が割れ目へ吸い込まれ、核をかすめた。
足りない。核は硬い。
セラが詠唱を短縮し、衝撃波を叩き込む。
割れ目が広がり、ヴァンがそこへ刃を押し込む。
――石が砕ける音。
ガーゴイルが硬直し、そのまま崩れ落ちた。
倒れた彫像の中から、石の匂いと鉄の匂いが一緒に立つ。生き物を倒したはずなのに、死体が石だという事実が、気持ち悪さを増やす。
全員が息を吐く。
だが、終わっていない。ダンジョンは呼吸している。石像はまだ並んでいる。
ヴァンが俺を見た。
「撤退線、確認。いいか」
「はい。ここです」
俺はロープを握り直し、杭の固定を再確認した。
手が汗で滑りそうになる。戦えないことが怖い。だが、怖いから準備をする。準備をするから、生き残れる可能性が上がる。
その時――
また、石が擦れる音がした。
別の石像が、動いた。
一体目より小さい。だが、動きが静かで、速い。
奇襲に特化した個体だ。
ヴァンが舌打ちする。
「……二体目かよ」
廃塔の奥は暗い。
戦闘が続けば続くほど、こちらの消耗が増え、撤退の判断が難しくなる。
俺は胸の奥で、冷たいものを飲み込んだ。
(……この街の“追放”は、まだ先だ)
でも、空気は確実に変わり始めている。




