6.ダンジョン前夜。準備が整うほど、空気は少しずつ危うくなる。
出発は翌朝。
夜明け前に集合し、半日歩いて近郊の廃塔へ向かう。内部が地下へ伸び、石像系魔物が増えている――それが依頼の概要だった。
俺は宿の床に荷を広げ、同じ種類の物をまとめる。
松明、油、火打ち石。ロープ、杭、滑り止め粉。止血粉、包帯、消毒用酒精。
戦えない俺が生き残るための装備は、戦う者より多くなる。笑える話だが、笑っている場合じゃない。
集合場所で、ヴァンが言った。
「オサム、お前は入口付近で待機。絶対に戦闘線へ来るな」
「はい。近づいたら死にます」
即答すると、ヴァンは少しだけ眉を動かした。
戦えないと言い切れる奴は珍しい。普通は虚勢を張る。虚勢は最悪の事故を呼ぶ。
ガードが盾を叩く。
「廃塔型のダンジョン。中は地下へ。
石像系が増えてるって話だ。……正直、嫌な相手だ」
セラが顔をしかめる。
「ガーゴイル。石の翼。止まってると彫像。
硬い。しつこい。奇襲が得意。核を割らないと止まらない」
スライムやゴブリンと違う。
彼らは“油断したら死ぬ”。
ガーゴイルは“油断してなくても死ぬ”。正面からでも死ねる。
俺は地図を広げ、指で線を引く。
「撤退路を二つ用意します。
入口からここ、最初の広間で一度折れる。
もう一つは外周の排水路。万が一入口が塞がった場合の代替です」
ミナが俺を見た。
「……そこまで考えるんだ」
褒めではない。警戒でもない。
ただの“違和感”だ。
俺は淡々と返す。
「考えないと死ぬので」
その言葉に、セラがわずかに頷いた。
準備は、戦闘の足を引っ張らない。むしろ助ける。
問題は――助かるほど、守りたくなることだ。
その夜、ギルド支部の奥。
支部長が通信石を握っていた。俺のいない場所で、短い会話だけが交わされる。
『当都市の枠、固定しました。契約も締結済みです。
非戦闘員は明日、廃塔へ同行します』
通信の向こうの声は低い。
『……早いな』
『偶然とは言い切れません。ですが、表には出しません。
本人も求めていません。契約文言以上は扱わない』
少し沈黙があり、向こうが言った。
『剥奪の兆候が出たら即時遮断。
情が混じれば事故が増える。事故が増えれば街が割れる』
『承知しています。
追放が成立したら、次都市へ移送します。協約どおりに』
通信が切れた。
支部長は机に手を置き、小さく呟く。
「……また層が一段厚くなる」
良いことか、危険な兆候か。
判断するのはもっと後だ。だが少なくとも、歯車は回っている。
俺は宿へ戻り、布団の上で天井を見た。
戦えない一般人の俺が、またダンジョンへ行く。
前に出ない。出れば死ぬ。
ただ準備をして、撤退を助けて、必要なら切られる。
――切られるために、頑張る。
矛盾しているようで、矛盾していない。
見せかけでは発動しない。本気でやって、本気で不要と判断される必要がある。
明日は、廃塔だ。




