5.次の街。契約は先に結ぶ。曖昧にすると全部壊れる。
夜明け前、門が静かに開いた。
眠っている街の吐息みたいな冷気が流れ込み、馬車の車輪が石畳を控えめに鳴らす。
護衛は二人。武装は控えめ。
目立たない、というのはこの仕事の第一条件だ。
俺は戦えない一般人で、しかも“何か”を抱えている。派手に守れば守るほど、周囲は理由を探し始める。
半日ほど揺られ、次の街――交易路の分岐点、グレイハースが見えてきた。
城壁は前の街より低いが、人の流れは多い。荷車、商人、見習い、傭兵。金の匂いが混じった街だ。
ギルド支部は小規模だが、内部は整っている。
支部長は若い男で、目が鋭い。書類を見る目だ。
「紹介状、確認しました。……協約も承知しています」
支部長は俺に向かって頭を下げた。丁寧だが、距離を取っている。俺の“特殊性”を、あくまで契約の範囲に閉じ込めたいのだろう。正しい。
俺は先に釘を刺す。
「能力の話は、しないでください。俺からも説明しません。
必要な文言は、契約書にある分だけで十分です」
支部長は頷いた。
「もちろん。こちらは“契約文言”以上を聞きません。
……ただし、順番だけは崩せません」
その言葉に、俺は内心で頷く。
順番が崩れると、矛盾が生まれる。矛盾は漏洩の入口だ。
支部長は書類を二つ並べた。
「まず、当都市分の ギルド⇔オサム契約。
秘匿、身分偽装、移動手配、そして成果分配――追放成立後に、依頼成功報酬の一割を永続で支払う条項」
次に、もう一枚。
「そして ギルド⇔パーティ契約。
非戦闘員を同行させる斡旋。役に立たなければ追放してよい。
追放成立後も、依頼成功のたびに、当該依頼報酬の一割をギルドがオサムへ支払う原資として計上する――」
支部長はそこで言葉を選んだ。
「誤解されやすいので明確にします。
支払い主体はギルドです。パーティが直接あなたに渡す形にはしません。
……それが漏洩防止に最も有効です」
「助かります」
俺は率直に答えた。
パーティが直接金を渡せば、間違いなく疑問が生まれる。疑問は詮索を呼ぶ。詮索は剥奪に直結する。
ギルドが口座で処理する。これが最も安全だ。
支部長はさらに続けた。
「そして――ここが最重要。
一都市一PT。当都市の枠は、この後紹介するパーティに固定されます。
追放が成立した時点で、あなたは次の都市へ移動。協約どおりです」
俺はサインをし、印章を押した。
これで当都市分の“枠”が動き出す。
契約が先。同行は後。ここを崩すと全部壊れる。
すぐに、支部長が扉の外へ合図を送る。
入ってきたのは四人組。
剣士のヴァン。
魔術師のセラ。
重装歩兵のガード。
斥候のミナ。
装備は堅実で派手さがない。だが動きに無駄がない。
中堅――しかし、伸びる中堅。次期主力候補だと一目で分かる。
ヴァンが俺を見て言う。
「……お前が非戦闘員?」
「はい」
「戦えるのか」
「戦えません。魔力もありません。剣を振れば腕が震えます」
俺は嘘をつかない。
期待させた瞬間、誰かが守ろうとする。守ろうとした瞬間、戦闘が歪む。歪んだ戦闘は死者を出す。
ミナが眉を上げた。
「じゃあ何で同行? 見習い補給係?」
「そんな感じです。
できるのは準備と撤退補助だけ。役に立たなければ追放してください」
追放という単語が落ちると、空気が少し沈んだ。
ガードが腕を組む。
「追放って、簡単に言うな。……だが契約なら仕方ない」
セラが小さく息を吐く。
「準備係がいないのは正直きつい。
でも戦えないなら、前に出ないで。絶対に」
ヴァンが最後に釘を刺す。
「条件は一つ。邪魔になったら切る。
情は挟まない。生き残るために」
俺は頷いた。
「それでお願いします」
こうして当都市の枠は、このパーティに固定された。
俺の役目も、この街で始まる。
そして――
始まった以上、終わりは必ず来る。追放という形で。




