4.一都市一PT。だから俺は、次の街へ行く。
ギルド本部の奥は、酒場とは空気の密度が違う。
木の床は磨かれ、壁には古い依頼札が整然と並び、通路に無駄な物が一つもない。ここでは雑音が少ないぶん、言葉が重い。
受付を通され、奥の部屋に入ると、ギルド長ラルフが帳簿を閉じたところだった。
巨体。腕も首も太いのに、指先だけが妙に繊細に動く。こういう人間は、感情で動かない。数字で動く。
「無事に追放されたな」
ラルフは最初から結論だけを言う。
俺は頷き、余計な言葉を削って返す。
「はい。全会一致で、不可逆です。撤回の余地もない形で」
「よし」
その一言で終わりだ。
慰めも称賛もない。だが、それでいい。追放は“仕事”になった瞬間に壊れるものじゃない。むしろ、仕事として扱われることで、制度として回る。
ラルフは帳簿を指で叩きながら言う。
「これであいつらは一段上がる。街の層が厚くなる」
街の層。
主力だけで守る街は脆い。主力が一つ欠けた瞬間に崩れる。中堅が準主力に、準主力が主力に寄っていく――それが“層”だ。ギルドはそれを厚くしたい。だから俺の歪みを使う。
俺は確認するべき点だけを聞く。
「……分配の扱いは、いつも通りですか」
ラルフは即答した。
「追放が成立した時点で、当都市分の契約は“稼働中”だ。
元パーティが依頼を成功させるたび、依頼報酬の一割を、ギルドが俺たちの口座経由でお前に支払う。永続。条項どおりだ」
ここが重要だ。
金は能力から湧かない。あいつらが依頼を成功させる“結果”が先で、その結果に対して契約に従って一割が支払われる。支払う主体はギルドであり、パーティから直接巻き上げる形ではない。ギルドは制度を回し、街に利益を残しつつ、その一部をオサムへ返す。そういう設計だ。
俺は頷いた。
「了解です。接触は避けます」
ラルフは鼻で笑った。
「当然だ。お前から顔を出すな。
疑念が生まれれば詮索が始まる。詮索が始まれば、剥奪が起きる」
剥奪。
能力が露見した瞬間、補正が剥奪され、強化の恩恵は失われる。街の戦力が落ち、依頼達成率も落ち、死者が増える。ギルドが最も嫌う事故だ。
俺は次の確認に移る。
「この街で、次のパーティは……」
「ない」
ラルフは短く切った。
「協約だ。一都市一PT。当都市の枠はもう使った。
追放が成立した以上、お前がこの街に留まることは協約違反だ。囲い込みは均衡を壊す」
俺が同じ街で次のパーティに入れば、話が早い。だが話が早いことは、漏洩が早いことでもある。
それに、戦力バランスが歪む。ひとつの街だけが異様に強くなると、周辺が弱くなる。弱い周辺から崩れ、結局この街にも波及する。だから協約がある。
ラルフは封書を差し出した。
隣領のギルド支部宛の紹介状。印章と署名がある。
「夜明け前に出ろ。護衛は薄くつける」
「薄く……?」
「厚い護衛は目立つ。目立つと詮索される。
お前は“ただの一般人の見習い補給係”で通す。忘れるな」
俺は封書を受け取って懐に入れた。
その紙一枚が、俺の生存確率を上げる。
部屋を出ようとすると、ラルフが最後に言った。
「オサム。勘違いするな」
振り返る。
「お前の価値は、剣でも魔法でもない。
お前が前に出れば死ぬ。だから前に出るな。
前に出ない代わりに、制度の中で役目を果たせ。……それが最も危ない」
「危ないなら、やめさせてください」
俺が小さく返すと、ラルフは肩をすくめた。
「世の中は都合のいい歪みを手放さない。
生き残れ。均衡の要が消えると、歪むのは街だ」
俺はフードを被り直し、廊下を歩く。
当都市での役目は終わった。追放は成立し、契約は稼働し、分配は“結果”とともに積み上がる。
そして俺は、次の街へ移る。
また捨てられるために。
静かに稼ぐために。
そして何より、生きるために。




