15.領主会議。町を守るのは剣だけじゃない。制15.
リンデン辺境伯の執務室は、豪華ではない。
むしろ軍の詰所のように簡素で、壁には地図と補給表、討伐記録が貼られている。
金を飾る場所ではなく、死者を減らす場所だ。
執政官ルーファスが、机に報告書を置く。
「洞窟ダンジョン、ゴーレム個体を討伐。死者なし。負傷二。
《黒鉄の牙》の連携は改善傾向。ただし……」
ルーファスは言葉を切り、視線を上げた。
「補給係オサムの存在が、戦闘判断に影響を与えています」
向かいに座る男が、指を組んだまま聞いている。
辺境伯グレゴール・フォン・リンデン。
軍服に近い衣装。大柄で、目の奥が暗い。
笑わない目だ。笑えない現実を見ている目。
「影響、とは?」
グレゴールが低く問う。
ルーファスが答える。
「守ろうとする。
一瞬、意識が割れる。
その一瞬が、前線では死を呼ぶ」
辺境伯は頷いた。
怒りも驚きもない。最初から想定していた顔だ。
「追放は成立しそうか」
その問いが、全てを物語る。
最初から、追放は“予定”に組み込まれている。
ただし見せかけでは意味がない。自然に全会一致へ到達させる必要がある。
「はい」
ルーファスは淡々と答える。
「《黒鉄の牙》は合理的です。
オサムの準備能力は評価しつつも、戦闘面の害を切ります。
追放が成立すれば、補正がかかり、主力は“町の使いやすい最強”へ寄る」
グレゴールは地図の一点を指した。
リンデン砦市の北側。山脈沿いに点がいくつもある。ダンジョン位置だ。
「この線が崩れれば、次は王都が騒ぐ」
ルーファスが静かに言う。
「すでに騒ぎ始めています。
王都から監査官が来ます」
「名は」
「王都監査官セシリア・アルヴェーン。
王室直属の監査局――《白銀院》所属です」
辺境伯が短く息を吐いた。
「……ついに王が匂いを嗅ぎつけたか」
政治が、王まで繋がる。
その中心に、戦えない一般人のオサムがいる。
滑稽だが、現実だ。
ルーファスは続けた。
「監査官は制度を嫌います。
制度は“説明できる形”にすると漏れます。
漏れれば剥奪が起き、主力が落ち、町が落ちます」
「なら、説明はするな」
辺境伯が即答した。
「説明せずに納得させろ。
王都の連中には、“結果”だけを見せろ。
我々は前線だ。前線の現実は、紙の上の正義より重い」
ルーファスが頷く。
「そのためにも、オサムを次都市へ移す必要があります。
一都市一PT協約は、囲い込み防止であると同時に、“追跡の分散”です。
一箇所に留めれば、監査官の目に止まります」
辺境伯は地図を叩いた。
「よし。追放が成立したら、次は《ノースウェル市》へ回せ。
あそこは商都だ。金も情報も多い。監査官の目も届きにくい」
商都。金と情報。
俺が好きな要素が揃っている。だが同時に、漏洩リスクも高い。
政治回は、そこへ繋がる。
辺境伯は最後に言った。
「町を守るのは剣だけじゃない。制度だ。
そして制度は、誰にも触らせるな。触らせたら壊れる」
その言葉は、俺に向けたものではない。
だが、俺の人生を決める言葉だった。
一方その頃、ギルド支部の奥で、エルンストが端末の報告を確認していた。
追放はまだ成立していない。
だから成果分配も、まだ始まらない。
だが、始まるのは時間の問題だ。
《黒鉄の牙》の合理性が、それを決める。
エルンストは窓の外を見て、独り言のように呟いた。
「……均衡を守るために、均衡の外側を使う。
皮肉だが、これが現実だ」
そして机の上には、次都市――ノースウェル市の紹介状が、すでに用意されていた。




