14.ゴーレムは重い。重さは、逃げ遅れを殺す。
出発は早朝。
今回の依頼は、リンデン砦市の北側、山道を越えた先の洞窟型ダンジョンだ。
報告によれば、出現個体は――ゴーレム。
スライムやゴブリンが「油断したら死ぬ」なら、ゴーレムは「油断してなくても死ぬ」。
重量級の拳が当たれば鎧が潰れる。盾ごと折れる。足場が崩れる。
逃げる、という選択が遅れた瞬間に終わる。
洞窟の入口は広いが、奥へ進むほど狭くなる。
狭くなるほど、ゴーレムは強い。
回避の余地が減り、盾の角度が固定され、撤退が難しくなる。
俺は入口で杭を打ち、ロープを通し、撤退線を作る。
そして“重さ”に対抗するため、滑車を組んだ。
万一誰かが倒れても、引きずり出せるように。
ザイオンが目を細める。
「……そこまでやるか」
「やらないと死にます」
俺はいつも通り言った。
奥へ進む。
洞窟は冷たく、湿気が肌に貼り付く。
水滴が落ちる音が、やけに大きく聞こえる。
静かな場所ほど、次に来る音が怖い。
――ごり。
石が擦れる音。
地面が僅かに震える。
「来るぞ」
マルクが槍を構える。
オルドが杖を握る。
グラムが斧を振り上げる。
シェリルは影に溶け、ザイオンは前に出た。
暗闇の奥から、巨体が現れた。
岩の塊に、関節だけが人間のように組まれている。
目の位置に赤い光。
拳は丸太ほどの太さ。
足が一歩出るたびに、床が鳴る。
ゴーレムは遅い。だが遅いからこそ、当たったら終わりだ。
そして遅いからこそ、逃げ遅れを確実に殺す。
ザイオンが声を飛ばす。
「関節を狙え! 核は胸だ、割れ目を作れ!」
グラムが斧を振り下ろす。
だが刃が弾かれる。火花。
硬い。石像系とはまた違う“質量”の硬さだ。
マルクの槍が膝の関節へ刺さる。
刺さるが、抜けない。
ゴーレムが腕を振り、槍ごとマルクを吹き飛ばしかける。
マルクは寸前で槍を離し、後ろへ転がって避けた。
「くそっ、重い!」
オルドの魔術が走り、関節部に亀裂を作る。
そこへザイオンが剣をねじ込み、割れ目を広げる。
シェリルの短剣が関節の隙間へ滑り込み、内部の繊維のような魔力線を断つ。
ゴーレムが僅かに傾ぐ。
だが、倒れない。
倒れる前に、拳が来る。
拳が床を叩いた瞬間、地面が揺れ、岩片が跳ね、視界が乱れた。
衝撃で洞窟の天井から石が落ちる。
落ちた石が通路を塞ぎかける。
(まずい)
撤退路が狭い。
重い敵相手に狭い撤退路は、死に直結する。
俺は咄嗟に叫んだ。
「撤退線! 今、下がって!」
命令じゃない。
“手順の確認”だ。
だが叫ばずにいられなかった。下がる判断が半拍遅れたら終わる。
ザイオンが一瞬だけ、俺の方を見た。
その一瞬が危ない。
守ろうとしたら、剣が止まる。
ゴーレムが、俺の方向へ半歩向きを変えた。
狙っている。
“弱い方”を狙う。
単純だが、それが一番殺せる。
「オサム!」
シェリルが叫び、矢のように飛ぶ。
グラムが怒鳴り、斧で拳を逸らす。
ザイオンが胸の割れ目へ刃を突き立て、核へ届かせようとする。
オルドが魔術で石を砕き、割れ目を広げる。
核が見える。赤い光。
ザイオンが刃を押し込む。
――砕けた。
ゴーレムが崩れる。
崩れる瞬間、通路がさらに狭くなる。
だが、倒せた。生きている。
帰路、ザイオンは無言だった。
無言の意味が分かる。
さっき、俺を見た一瞬で判断が鈍った。
その一瞬が致命傷になりかけた。
宿へ戻り、装備を片付けながら、グラムが吐き捨てた。
「……やっぱり邪魔だ。
守る対象がいると、俺たちは死ぬ」
その言葉に、誰も反論しなかった。
反論しなかったことが、追放の準備になる。
俺は静かに頷いた。
本気で頑張って、本気で不要と判断される。
それが俺の役目だ。




